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All Chapters of 彩雲華胥: Chapter 81 - Chapter 90

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3-24 交差する記憶

「私たちはこれから一方的に話をすると思う。君の質問には答えられない。なぜなら私たちは、ただの記憶の欠片でしかないのだから」 無明は言葉を失う。 あの時、狼煙が少しも迷うことなく間違いないと言った意味が、今更わかってしまった。だってこんなにも自分とそっくりなのだから。「私たちの前に君がいるということは、また繰り返されてしまったということだね。すべての記憶を消去して、真っ白な神子がこの世に生まれ落ちた。つまり君は、色んな意味で始まりの神子ということになる」「今までの神子とは違い、記憶を受け継いではいないし、生まれた環境によって性格も違うかもしれない。けれどもその魂は同一。四神との契約も可能。そしてその体質も同じもの」 前後で交互に会話が行われる。どちらも同じ声だが、前の方の神子は明るく楽しげな声音で、後ろの始まりの神子の方はどこか静かで落ち着いた印象があった。「国ができる時、神は神子の身体を使って四神と黄龍を生み出した。それはのちに土地を守護する聖獣となり、その地で一番霊力の強い者にそれぞれの血を飲ませたことで、今の五大一族が各地を統べることになる。直系だけが特殊な力を持つのはその名残とも言える」「陰と陽は隣り合わせ。神はもちろん光と闇を創った。晦冥の地を統べていたのは、闇神。黒曜という名の神だった」 晦冥を統べていたということは、烏哭の宗主は人ではなく黒曜という名の神だったということだろうか。「この身体は魂を宿して生まれたその時から、特殊な体質になる。神と名の付く存在のみが善でも悪でも子を宿せる。孕ませるにはその霊気を注ぐ必要があり、女でも男でも例外はない。善神であれば神子の眷属が生まれ、邪神であれば闇の化身が生まれる」「かつて始まりの神子であった私は、彼の、黒曜の傍にいることを望んだ。故にこの身と魂をふたつに分け、もうひとつの魂が神子として永遠に転生し、この地の穢れを浄化することになったのだ」 どういうことだろう? と無明は始まりの神子の言葉に眉を寄せる。しかしその答えはすぐに神子たちから語られる。「黒曜は本来、穢れをその身に移すのが役目だった。しかしこの地は延々と穢れを生み続けた。やがて、彼の中で溜まった穢れから生み出された邪神が彼を蝕んでいき、邪神は時折彼に成り代わって私に闇の化身を生ませた。それがのちに烏哭の四天となったのだ」「黒曜
last updateLast Updated : 2025-08-25
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3-25 逢いたい

「······これが、神子の真実、」 この国の希望であり絶対的な存在。それが書物の中の神子だった。この真実を知っている者は、いったいどれだけいるのだろうか。「それじゃあ十五年も前に、邪神の封印が解かれていたってこと?」 烏哭が動き出したのはあの奉納祭の前日だったと仮定して、それまでまったく気配すら見せなかったのには何か理由があるのだろうか。 見えない何かに踊らされているような、そんな気さえする。今、ここに自分がいることさえも、もしかしたら誰かの思惑なのかもしれない。そんな風に思ってしまうのは、ただの思い過ごしだろうか。 あの日。藍歌の身に何も起きていなければ、外のセカイなど知らないまま、あの邸の中で一生を過ごしていたはずなのだ。「話はここまで。続きはまた今度」「契約の書き換えはもうじき終わるだろう。ここに訪れた時から、すでに書き換えは始まっていた」 ちょっとまって! と無明は後ろを振り向く。白銀髪の仮面の少年、始まりの神子の姿がだんだんと薄くなっていた。まだ訊きたいことがたくさんあるのに、こんな中途半端なところで終わってしまうなど、頭の中が追い付かない。「あのね、ひとつだけお願いがあるんだ」 え? と今度は前にいる自分そっくりな神子が言葉を紡ぐ。そこには悲し気な、けれども何かを決心したかのような表情が浮かんでいた。 神子をよく見てみれば、紅鏡を出る時に自分がしていた髪形によく似た髪形をしており、編み込まれている赤い髪紐もそっくりだった。「もし、君の傍に······こんな感じの、無愛想で無表情で無口なひとがいたなら」 神子は自分の顔を使って、言葉の通りにくるくると表情を変えて見せる。それはものすごくわかりやすく、無明は呆然とそれを見つめていた。「彼に永遠の輪廻を与えた時に私が口にした制約は、"自害すること"、以外はぜんぶ嘘だって教えてあげてくれるかな?」「は? え? どういう、意味?」「いつか生まれるだろう君に嫉妬して、私以外の誰かを慕うのが嫌だったなんて······ホント、私って馬鹿だよね。同じ存在なのに、」 とても愛しいものを想うような、そんな瞳で笑って神子は言う。それが誰に対してのものなのか無明はなんとなくわかってしまった。「彼の時間を縛ってしまったこと後悔してるんだ。だから伝えて欲しい。あの時の私はもういない。君は、君の守
last updateLast Updated : 2025-09-01
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3-26 碧水の希望

 碧水の都から人が消えた。消えた、というのは間違いで、白群の一族による迅速な対応によって避難したというのが正解である。では大勢の民たちはどこへ行ったのか。 霊山の麓、白群の一族が住まう敷地内は、碧水の地の中でどこよりも安全な場所と言えよう。霊山の神聖な霊気と、邪悪な存在を決して寄せ付けない結界。守るべきはこの地の民であり、そのために術士たちはいる。「皆、混乱は承知の上で、今から話すことをしっかりと聞いて欲しい」 それは一刻半前に、白冰が避難させた民たちの前で口にした言葉だった。民たちは誰一人として文句を言うことはなく、宗主の代わりに目の前に立つ白冰に注目する。その声はどこまでも人を安心させるような不思議な魅力があり、同時に揺らぐことのない心強さも生まれる。「数えきれないほどの妖者がこの都へ向かっている。このような事態になったのは、我々の不徳の致すところ。言い訳をする資格もない。皆に不安を与えてしまったこと、本当に申し訳なく思う」 白冰は初めに深く頭を下げた。民たちは口々に、そんなことは絶対にありえない、頭を上げてください、と騒めく。「都も、皆も、我々がなんとしても守り切る。夜明けまで、東の渓谷に太陽が昇るまでのあと約|一刻半の間、どうか信じて待っていて欲しい」 狙われているのはこの都だけで、他の地からの報告はない。つまり、敵は一族と都のみを標的としているのだ。民たちは白冰の言葉に胸を打たれ、不安がないと言えば嘘になるが、なによりも自分たちの先導者を疑うことなどあり得なかった。白冰が守り切ると言っているのだから、それ以上心強いことはない。 そしてその言葉の通り、民はひとりとして犠牲になることはなかった。**** 夜明けまであと約一刻ほど。 竜虎は雪鈴たちと共に、無限に湧いてくる妖者たちを相手に奮闘していた。妖者は殭屍と妖鬼の群れで、いずれも傀儡だった。統率のとれた妖者たちは、明らかになにかを目的として動いているようにしか見えない。 こちらも白冰の指示の下、戦いの前に皆に配られた見たことのない術式の符によって、効率的に動けている。その符は不思議なことに、頭に直接白冰の声が響き、周りにはまったく聞こえない。『怪我を負ったものは無理をせず、結界の内側へ退くこと。我々の最終目的は、妖者の群れをすべて滅することではなく、夜が明けるまで時間を稼ぐこと。
last updateLast Updated : 2025-09-01
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3-27 奮闘

 竜虎はここに赴く前、白冰に頼まれていたことがあった。「この謀は、間違いなく烏哭の仕業だろう。都合がいいと言われたらそれまでだけど、君の力が必要だ。無数の傀儡を操るには必ず陣を用いる。私が媒介の大まかな位置を、妖者たちの行動から推測して割り出す。君には合図と共に動いて欲しい」 金虎の直系の力が役に立つなら、ここにいる意味もある。「白笶と君の義弟は宝玉の方へ行ってもらっている。あちらはあちらで頑張ってもらっているけど、心配はいらない」 あのふたりの心配など無用だろう。(俺などいなくとも、あいつは、) ふと弱気な感情が芽生えて、ぶんぶんと首を振る。違う。そうじゃない。『竜虎殿、聞こえるかい?』 そんなことを考えている内に、頭の中で白冰の声が響く。慌てて竜虎は我に返り、は、はい! と大きく返事をした。『ふふ。良い返事だね。わかったよ、陣の位置が』「どこですかっ!?」 慌てないで、と白冰は落ち着いた声音で囁く。まるで耳元で囁かれているかのように聞こえるその声は、竜虎を落ち着かせるには十分だった。『雪鈴、雪陽、君たちも一緒に行って欲しい。竜虎殿をしっかり援護するんだよ、』 この辺りの妖者の気配は消えていた。絶えず上からは浄化の雨、森や平地には道を惑わす霧、地面には雪の陣が張り巡らされていて隙が無い。この陣地には別の雪家の者を寄こすそうだ。三人は白冰の言う、陣のあるだろう場所へと全力で駆け抜ける。『皮肉にも、渓谷の東側、その陣は必ずそこにある。ただ、気を付けて。陣があるということは、近くに奴らがいる可能性も高い。私もすぐに向かう』 太陽が頭を出す場所。渓谷の東側。 太陽が昇るまで、あと、半刻ほど。 碧水の地に響く、無数の妖者たちの声。まるであの村の時のように、見えない敵と戦っているようだった。**** 森の中で足止めされている妖者たちの横をすり抜けて、三人はなんとか渓谷へと辿り着いた。薄っすらと空に色が浮かび始めていたが、まだ太陽が姿を見せるまでには時間がかかりそうだ。「あの赤い陣、晦冥の地で見たのと同じ、六角形の陣!」 赤い光を帯びた広範囲の陣からは、どんどん殭屍や妖鬼が出てくる。「雪鈴、あそこ、渓谷の崖の、」 いつもは抑揚のない雪陽の声が、少しだけ緊張しているようだった。その指し示す先を雪鈴と竜虎が見上げる。渓谷の崖の少し岩が
last updateLast Updated : 2025-09-01
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3-28 青嵐

 その武器は柄の部分が槍のように長く、その先には大きな斧が付いている。見た目だけでもかなりの重量感があるというのに、大男は地面にめり込んでいた切っ先を軽々と片手で持ち上げてしまった。「妖者を操るだけが烏哭の能力だと思ったら、それは間違いだ」「それは知らなかったな。けれども、正直どうでも良い」「白冰様!」 ゆったりとした足取りで、ひらひらと大扇を揺らしながら三人の後ろから現れた白冰に、雪鈴はほっと安堵の表情を浮かべる。「これはこれは、公子自らお出ましとは! 俺は今日はツイているようだ! お前の首を持って帰れば俺の地位もぐんと上がるだろうよ!!」「お前は烏哭は烏哭でも、下っ端の使い捨てだろう? お前ごときならこの大扇一本でじゅうぶんだ」「噂通り口だけは達者なようだっ!!」 再び斧を振り上げ、まったく動かない白冰の頭上に向かって振り落とした。竜虎は目の前で起こった光景に言葉を失う。 斧と大扇がぶつかった瞬間、衝撃破のような風が巻き起こり、ふたりの纏う衣と白冰の髪の毛を宙に勢いよく舞わせた。 力任せに振り落とされたその斧は先程の白冰の言葉通り、その手に持つ一本の大扇によって止められてしまったのだ。 どれだけの力がぶつかればそんなことになるのか。それ以前に、大男がいくらその切っ先を渾身の力で押してもそれ以上動かせないのだ。大男の顔は黒衣に覆われて見えないが、その奥ではきっと冷や汗をかいている事だろう。「白冰様の宝具、青嵐は、ただ風を巻き起こすだけの大扇ではないんです」 衝撃波で乱れた前髪を直しながら、雪鈴が隣でぽつりと呟く。「それに白冰様は、白笶様や雪鈴の数倍は腕力強いから、」「そういう問題じゃないぞ!」 のんびりとそんなことを言う雪陽に突っ込まずにはいられなかった。あんな怪力の繰り出した攻撃を、片手で、しかも大扇一本で止めてしまったのだ。腕力だけの問題ではない。「もう終わりかな?」「ぐっ·····おのれっ······俺を愚弄する気かっ」「愚弄? お前こそ、その程度の実力でよくもこの私に刃を向けたものだ」 先程までの人懐っこい穏やかな表情が一変、冷ややかな眼差しで見上げてくる。大男はひぃっと思わず情けない声を上げてしまった。 はあ、とあからさまに面倒くさそうに瞼を閉じて嘆息し、次にその青い瞳を開けた瞬間、大扇に少しだけ力を入れ、大男
last updateLast Updated : 2025-09-08
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3-29 光の雨

 その大男の姿を見てなにを思ったのか、にやりと白冰が口元を緩めたのを竜虎は運悪く見てしまった。その瞬間、「おっと、手が滑った」 完全なる棒読みで、白冰は自分の目の前に跪いた大男の顔すれすれに、わざと大扇を落としたのだ。 それには雪鈴と雪陽も目を瞠る。なぜなら白冰の右手から滑り落ちたその大扇は、大男の鼻を掠って地面についていた両手のちょうど真ん中辺りに突き刺さっただけでなく、それを中心にして地面が大きく陥没してしまった。大男の身体がその強い衝撃でがくんと前のめりに傾ぎ、そのまま顔面から勢いよく倒れ込んでしまった。「え、嘘、」「あの大斧と同じくらいの重さってこと?」「う、うーん······なの、かな?」 雪陽は動揺こそしていないが、顎に手を当てて観察している。雪鈴は苦笑を浮かべ、なんとか雪陽の質問に答えようとするが口ごもる。 大男はそのまま気を失ってしまい、ぴくりとも動かなかった。やれやれと地面にめり込んでいる大扇を、普通の扇を持ち上げるかの如く軽々と手に取ると白冰は肩を竦めた。「さて、と。竜虎殿は最後の媒介の無効化を。雪陽はその援護。雪鈴は私についてきなさい」 は、はい! と三人は慌てて言われた通りに動く。雪鈴は白冰の横に控え、その視線の先を同じように見据えた。崖の端にふたつの影が並んでいた。同時に明け始めた空の色を確認する。「自己紹介くらいはしてくれてもいいのでは?」 見上げたまま白冰は、黒衣に身を包むふたつの影に向かって訊ねる。言葉を返してくれる保証はなかったが、聞く権利はあるだろうとあえて強気で言ってみた。ふたつの影はひとつは背が低く、もうひとつは低い影の頭三つ分くらいは高く見えた。「なんで俺たちが、あんたなんかに名乗らなきゃならないわけ?」 そう言いながらも、律儀に背の低い方が応える。見た目通り少年のような声音だった。「まあまあ、そうカリカリしないで。私たちは、あれです。よく言う、名乗るほどの者ではありませんってやつです、」 もうひとつの影は穏やかに言い回しているが、結局のところ言っていることは少年となんら変わらない。つまりは、こちらに名乗る気はないと言っているようなものだ。「目的は穢れで宝玉を壊すこと? それとも別の大きな謀でもあるのかな?」「それこそ、教える義理はないでしょう?」 にこやかに答えるその声はどこまでも読
last updateLast Updated : 2025-09-08
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4-1 お願い

 碧水の宝玉は砕けた。その現実は変わらない。宗主がなんとか朝陽が昇る寸前まで守り切ったのだが、玄武の陣が空に展開されたその瞬間、黒い宝玉にひびが入り、そのまま粉々に砕け散ってしまったのだ。 その代償に玄武の加護は戻り、ひとまず碧水は平定された。妖者たちはすべて浄化され、都に民は戻り、市井はいつもと変わらない朝を迎えた。**** 白群、白家、宗主の部屋。 そこに集まっていたのは、白漣、白冰、竜虎、そして無明と白笶の五人だけだった。 無明と白笶はふたり並んで三人の前に座らせられており、他の三人は宗主を挟んで右側に白冰、左側に少し離れて竜虎が座っていた。「話は大体理解した。しかし、本当にそれで良いのですか?」 白漣は白笶が語った大まかな事情を聞いた上で、ふたりに対して敬意をもって言葉をかける。 白笶はまっすぐに宗主を見つめて、それから深く頭を下げた。無明はそんな白笶を横目で見て、それから同じように頭を下げた。「俺は、······私は、なにも解らないんです。自分がそれであることも、本当に自覚もなくて。だから、神子と呼ばれても困るし、これからどうしたらいいかも分からない。だから、私がそれであることを自分自身で認められるまで、このことは他の一族の宗主以外には伝えないで欲しいんです」 それと、と顔を上げて無明は、にっと笑みを浮かべる。それはどこか、吹っ切れたかのような、そんな笑みで。「やっぱり俺は、俺でしかないから。だから、今まで通り無明でいいし、敬語なんて使わないで欲しい。そうじゃないと、なんだか、俺がいなくなっちゃうみたいで······だから、これは俺からのお願い! 殿も様もいらないし、神子なんて呼ばないで欲しい。我が儘かもしれないけど、」 最後の方は声が小さくなり、背中も少し丸まってしまう。膝の上で握りしめた細い指が、少し震えていた。自分で自分を否定しているような気がしてきて、なんだか気が沈む。 そんな無明の手の上に、白笶がそっと左手をのせた。そのあたたかさに、冷たくなっていた手が熱を取り戻す。「これが、神子の、無明の意思です。私は華守として、その意思を守ります。故に、伯父上たちにもそのようにしていただきたい」 白漣はゆっくりと頷き、承知したと答える。それを皮切りに、隣で白冰が、はあと嘆息する。「まったく君というひとは、本当に興味が尽きない
last updateLast Updated : 2025-09-08
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4-2 そのままでいて

 竜虎は正直、頭の中がぐちゃぐちゃだった。この数年間、無明と仲良くなって、一緒にいて、自分がどうなりたいかをずっと模索していた。 妖退治の時も、遊んでいる時も、何気ない会話をする時も。いつだって無明は楽しそうで、ムカつくくらい色んな才能に溢れていて、それを思い知っては落ち込むこともあった。(けど、こいつは、いつだって······) いつだって、馬鹿みたいに無邪気な笑みを浮かべて、傍にいた。義弟であり、友であり、好敵手。そんな手の届くところにいたはずの存在だったのに、まさか数百年も眠っていた神子の生まれ変わりだったなんて。 華守は神子を守るために、かつては五大一族の中から一番強い術士が選ばれたという。しかし、前の神子が華守を自分の眷属にしたため、永続となった。永遠の輪廻だなんて、想像できない。 過程は話してはもらえなかったが、白笶があれほど無明に執着していた意味が、理解できた。(いったい、どれだけの時間をひとつの想いだけで生きて来たんだ?) 神子を待ち続けて、何度も輪廻を繰り返し、誰にも言わずに生き続ける。せっかく目覚めた神子は、すべてを忘れて生きていた、なんて。報われなさすぎるだろう。「俺も、今まで通りでいいん、だよな? 傍にいても、いいんだよな?」 このまま、旅は続けてもいいのだろうか。一緒について行ってもいいのだろうか。「当たり前だよ! 今まで通りっていったでしょっ! 竜虎と一緒じゃなきゃ、俺は嫌だよっ」 俯いていたせいもあり、竜虎は突然抱きつかれて息が止まるほど驚いた。無明は嬉しそうに弾んだ声でそう言って、ぎゅっと首にしがみ付いていた腕を強める。「馬鹿! 苦しいっ······離れろっ」「やだ! 離れないっ」 竜虎はこの光景を微笑ましく見られている気恥ずかしさと、心のどこかが締め付けられるような苦しさで、混乱する。けれども本当にいつものように無明が懐いてくるので、嫌がるふりをしながら困ったように笑った。(絶対に、守る。なにがあっても、俺が、) 白笶と視線が重なる。華守はひとりだけど、別に神子を守る者はひとりとは決まっていないはず。今のままでは足手まといでしかないが。「では、私は各宗主に知らせを飛ばす。白冰、お前は他の三家、術士たちや内弟子たちに上手く説明をしてやって欲しい。私より適任だろう。くれぐれも皆がこれ以上詮索しないよう
last updateLast Updated : 2025-09-15
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4-3 泣かないで

 玄冥山。玄武洞。 氷楔から解放され、そのまま倒れ込んできた無明を、白笶と狼煙が同時にそれぞれの腕で抱きとめた。狼煙はそのまま白笶に委ね、何も言わずに横に控えた。 白笶は大事そうに抱きかかえたまま、ゆっくりと地面に膝を付く。そして膝の上に頭を乗せて、無明の頬をそっと拭う。 涙。 それは拭っても拭っても流れてくる。狼煙は眼を細めて、その光景を見ていた。一体、どんな夢を見たら、そんな風になるのか。あの中で、何があったのだろう。「太陰兄さん、あの氷楔はなんなんだ? なんでこんな状態になる?」「私に当たるな。あれは神子たちが残したもの。私たち四神に託した記憶の欠片だ。契約の書き換えのための空間で、私もその内容は知らない」 しかし消えたということは、契約が終了した証。現に、太陰には自覚があった。「契約は結ばれた。神子の命で、いつでも陣を展開できる」「······結局、こうなるのか」 白笶は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めて、無明の涙を拭い続ける。悠久の時の中で、神子を望んでいたはずだった。けれども、このひと月の間でその願いは変わっていった。(できることなら、神子としてではなくて······) ただ、普通に、生きて欲しかった。だが結局、流れは止められなかった。「無明?」「神子!?」 瞼が震え、ゆっくりと翡翠の瞳が開かれる。白笶と狼煙は同時に声をかけた。 無明はぼんやりとした表情で、視界に映るふたりを虚ろな眼で見つめる。頬を伝い続ける涙を自分で拭い、けれどもどうやっても止まらないので、顔に右腕を乗せたまま、暗闇の中で気持ちを整理する。(······俺は、神子なのかもしれないけど、でも、俺は、) 真実を、知ってもなお。それを認めたくない自分がいる。「大丈夫? どこか痛むの?」 狼煙が小さな子供のように、心配そうに声をかけてくる。 伝えてあげないと。 解放してあげないと。 でも、それで彼らは救われるの? ずっと、支えにしてきた者に、自分の事はもう忘れて、新しい人生を生きて欲しいなんて。もう待たなくていいよ、なんて。 そんな、残酷なこと。「······無明、」 名前。自分の、名前。けれど、本当の名は、誰にも言ってはいけないと藍歌が言った。なぜなのかずっと疑問だった。 どうして自分は、無明なのか、と。 白笶はそっと頭を撫でてくれた
last updateLast Updated : 2025-09-15
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4-4 一緒にいたい

 狼煙は通り名で、真名は鏡月。そして逢魔というもうひとつの名。白冰に渓谷で狼煙という名を聞いた時に、なんだか腑に落ちなかった。けれども逢魔という名を口にしてみたら、なんだかしっくりとくる不思議な感覚。 彼に、逢魔に、神子からの最後の言葉を伝えてあげないと······。「あのね······金眼の鬼子に会ったら、って、神子が、言ってて」 身体を起こして、袖で涙を拭う。なに? と期待の眼差しで逢魔は続きの言葉を待つが、無明はその後の言葉を本当に伝えていいのか迷う。「神子は、なんて言ってた?」 すっと目の前にしゃがんで、言葉の続きを待っている。それはまるで褒めてもらいたくてこちらを見上げてくる子犬のようで、ますます言いにくくなる。でも、伝えないと、と無明は心を決める。「もう、······待たなくていいよって········ひとりでよく頑張ったねって、」 言い終えた後、逢魔がどんな顔をしていたか、無明は見る勇気がなくて俯いていた。そんな無明を包み込むように、衣の上からでも判るくらいひんやりとした冷たい身体が寄せらせる。「そっか······神子らしい」 肩越しに耳元で囁かれたその声は、どこまでも優しかったが、いつものあの軽い感じの声音ではなかった。「······俺はたぶん、君たちの神子の代わりにはなれないと思う。だから····ふたりとも、無理して俺の傍にいなくてもいいんだよ、」 ふたりを縛っていたものはもうどこにもない。制約も、約束も、ここにはもう存在しない。だからどうか、ふたりにはふたりの道を歩んで欲しい。「もう、解放されて、いいんだ」 伝言を伝えた後のふたりの顔を見たら、それでいいのだと確信した。神子などいなくとも、ふたりなら生きていける。無明もまだ、自分がどうなるかなどわからない。けれども、ひとりでもなんとかなると思うことにした。 それなのに。「私は、君の傍にいる」「······どう、して?」 白笶は迷うことなくそんな言葉を口にする。逢魔も身体を離して無明の両肩を掴んだまま、俺も、と笑顔で言った。「代わりだなんて、違うよ。さっきの言葉のおかげで気付いたんだ。俺はずっと記憶が無くなった神子を取り戻そうとしてたけど······間違ってた」「え?······どういう、」 ごめんね、と逢魔は肩から手を離し、そのまま無明の腹に甘えるように抱
last updateLast Updated : 2025-09-15
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