以前の一葉であれば、決してここまで毅然とした態度は取れなかっただろう。「一度死にかけたんだもの。今変わらなきゃ、もう二度とチャンスはないかもしれないわ」哲也は、一葉が崖から転落し、生死の境を彷徨ったことを思い出したのだろう。人が変わってしまうのも無理はないほどの重傷だった。彼はそれ以上、何も言わなかった。彼が背を向けて立ち去ろうとした、その時。「ありがとう」と、一葉は心からの感謝を告げた。あの、狂おしいほどの焦燥感に苛まれていた時に、彼が情けをかけてくれたこと。そして、あの決定的な手がかりを与えてくれたことへの、感謝だった。立ち去ろうとしていた哲也は、その言葉に足を止め、一葉を振り返った。一葉をじっと見つめ、その感謝が心からのものだと悟った瞬間、彼は堰を切ったように感情を爆発させた。まるで、もう耐えられない、これ以上取り繕うことなどできないとでも言うように、一葉に向かって叫んだ。「ありがとう、だと?俺に何の礼を言うんだ。俺が何かしてお前の助けになったか?」「大したもんだよな、お前は!法曹界の重鎮たちを動かして、証拠集めを手伝わせて、たったの二日余りで出てきやがって!俺みたいな小物に何ができる? お前のその『ありがとう』に、どんな価値があるって言うんだ?それとも皮肉か。何日も眠れずに葛藤して、悩んで……結局、お前が刑務所に行くのを見過ごせなくて、兄として最後に助けてやろうとした……俺が苦しんで、悩んで、自分を押し殺して差し出したあの救いの手を……お前にとっては、取るに足らないものだったってわけか!お前にあの診断書を渡して、問題の在り処に気づかせてしまったことを、俺がどれだけ後悔してるか、お前に分かるか!?なんでだよ、一葉!なんで、お前はいつも俺より上手くやるんだ!なんで、お前は何をするのもそんなに簡単なんだよ!なんでお前は、何をやってもそんなに幸運に恵まれるんだ!双子として同じ腹から生まれて、同じ遺伝子で、同じ環境で育って、何もかも同じはずなのに、なんでお前だけが、いつも上手くいくんだ!お前は大して努力しなくても成績はいいし、何もしなくてもおばあちゃんや叔母さんにかわいがられて、みんながお前に家業を継がせたがって、俺のことなんか誰も見やしない!やっと恋に目が眩んで、勘当されたろくでなしのために学業も家
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