彼が立ち去ろうとするのを待たず、一葉は言い放った。「考えるまでもないわ。その条件は呑めない」歩き出そうとした国雄の足が、ぴたりと止まる。信じられないといったように、彼は振り返った。「……何だと?」「その条件は、呑めないと言ったの」一葉は、一言一言、彼に言い聞かせるようにはっきりと告げた。国雄は思わず声を荒らげた。「一葉!お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」「桐生家の二人にはあんなに世話になっておきながら、見殺しにするって言うのか?ためらいもせずにか!?」一葉は肩をすくめる。「元々、善人なんかじゃないもの。見殺しにしたって、今更じゃない?」もちろん、柚羽のことは必ず助ける。だが、それは父の言いなりになるという意味ではない。「きっ……貴様……この……!」国雄はしばらく言葉にならない声で一葉を指さしていたが、やがて顔を真っ赤にして怒鳴った。「いいだろう、一葉!なら、お前はただ指をくわえて、あのお嬢さんが死んでいくのを眺めているんだな!」そう言い捨てると、彼は怒りに肩を震わせながら、足早にその場を去ろうとした。そんな彼の様子を見ると、やはりさっきのは考えすぎだったのかもしれない、と一葉は思い直した。これではどう見ても、何かを巧妙に偽装している黒幕のようには見えない。遠ざかっていく父の背中を見つめながら、一葉は判断に迷い、慎也に電話をかけることに決めた。患者の身分は極めて特殊かつ重要であるため、彼の負傷に関する一切の情報は外部に漏れてはならない。そのため、電話をかける際は、警護員から渡された専用の電話機を使わなければならず、更には警護員の目の前で話す必要があった。これでは言いたいことも言えず、事情を詳しく説明することなど到底できはしない。それでも、この電話は今、どうしてもかけなければならなかった。父の毒物学に関する知識を考えれば、柚羽が治療を受けなければ来年の夏まで生きられない、という彼の言葉は、おそらく真実なのだろう。一刻も早く、何とか手を打たなければ。電話の向こうの慎也は、やはり並外れて聡明な人物だった。一葉がまだ何も言わないうちから、非通知でかかってきたその電話番号だけで、何かを察したようだった。その口調は、普段よりもずっと慎重なものに変わっていた。「……父が、柚羽ちゃん
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