ドアまで歩き、一葉はふと振り返った。そして、言吾に向かって、ふわりと微笑みかける。「深水さん、さようなら」二人の始まりは、あんなに素敵だったのだから。最後も、美しく終わりたかった。自分たちの間に何があったとしても、どれほど深く傷ついたとしても、ただもう彼を愛したくないだけで……彼を愛したこと自体を後悔したことは、一度もない。彼と出会い、彼を愛したことは、これからもずっと、自分の人生で一番素敵な出来事だから。言吾もまた、一葉に微笑みかけた。彼女の記憶の中に、一番格好良くて、彼女が一番好きだった頃の自分の姿を焼き付けたいとでも言うように。「さようなら、一葉」「……元気でな」一葉は笑顔で彼に手を振った。「ええ、きっと」そう言うと、もう彼の言葉を待たずに、くるりと背を向け、部屋を出ていく。その足取りに、迷いや震えは微塵もなかった。もう、以前のように言吾を愛してはいないのだと、彼女ははっきりと自覚していた。心に残ったわずかな未練も、時の流れがいつか、完全に消し去ってくれるだろう。離婚を切り出された時も、彼女は「さようなら」と言った。あの頃の言吾は、胸が張り裂けそうになりながらも、まだ心のどこかに確信があった。いずれまた一緒になれる、と。あの「さようなら」は、ただの一時的な別れなのだと。彼女は必ず、自分の腕の中に戻ってくると。一時的に手放すのは、より強くその手で抱きしめるためなのだと信じていた。だが、今は。今回は違う。いかなる信念も確信も失った今、彼は悟っていた。今回の「さようなら」は、もう二度と会えないという意味なのだと。彼女は、もう二度と、自分のものにはならない。彼はただ、一葉を見ていた。彼女がゆっくりと、一歩、また一歩と、自分の人生から去っていくのを。やがてその姿が視界から、そして自分の世界から完全に消え去るまで。ようやく、彼は堪えきれずに、ごふっと鮮血を吐き出した。テーブルに手をついても、崩れ落ちそうになる体を支えきれない。全ては、自分のせいだ。当然の報いだ!あれほど幸せになれたはずの二人を、ここまで追い詰めたのは、他の誰でもない、この俺なのだ。込み上げる後悔が、痛みが、どうしようもなく彼を苛み、再び、びしゃりと音を立てて大量の血を吐き出した。……茶室
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