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All Chapters of 解けない恋の魔法: Chapter 51 - Chapter 60

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第六章 特別で大切なもの 第四話

「岳は今、二十九歳だから……八年前は二十一歳の大学三年かな。朝日奈さんが岳に一目惚れしたのはその頃か。たしかに昔からイケメンで、大学でもよくモテてたもんなぁ、岳は」 「一目惚れって。でも……あの頃は二十一歳だったんだ」 私が見た若かりし頃の彼の姿は、いとも簡単に鮮明な映像として私の頭の中で再生される。  今の今まで、歳も名前も、どこの誰かわからなかったのに。  私が当時視線を釘付けにされたのは、二十一歳の二階堂 岳という名のモデルだった。「岳にもう一度会えて……うれしい?」 「うれしいというか、懐かしいです」 あの頃より一段と大人の色気を増した今の彼の姿を見ることができたのは、正直うれしい。  だけど、それ以上に懐かしさがこみ上げた。「言わなくて良かったの?」 「なにをですか…?」 「八年前に見かけてることとか……好きです、みたいなこととか」 「あはは。なにか言えば良かったですかね。偶然の再会に驚きすぎて、緊張しちゃって、そんなこと忘れていました」 私が笑いながら冗談でそう答えても、宮田さんは不機嫌そうな表情を戻そうとしなかった。  それどころか、さらに険しさが増した気がする。「今のは冗談ですよ。前にも言ったでしょう? 現在の彼の姿をもう一度見れたらそれで満足だって。今はすごく懐かしい気持ちでいっぱいで、それだけでいいんです」 その言葉に嘘はない。  今の私は二階堂さんに対して“懐かしい”という気持ちが大半を占めている。  好きだの、告白したいだの、間違ってもそんな気持ちは今は全然ない。  当時十八歳の私が、二十一歳の彼ときちんと出会って恋をしたならば、それはわからなかったけど。  あれから八年経ったのだから、――― 今は今だ。「朝日奈さんが八年間会いたいと思ってた男が、僕の知り合いだったなんて。世の中狭いっていうか、何ていうか……」 「ですね」 「しかも、相手は岳かぁ……強敵すぎて勝てる気がしない」 「……は?」 「でも、悪いけど諦めないよ。朝日奈さんのことは、そんなに簡単に譲れない」 普段とは違う真剣な表情で見つめられると、ドキドキが止まらない。  なのにその上、宮田さんは私の左手を取り、手の甲にそっと唇を落とした。  その行為が男の色気を含んでいて、心臓が一瞬止まるかと思うほどドキっと跳ね上がり、顔が紅
last updateLast Updated : 2025-04-19
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第六章 特別で大切なもの 第五話

「宮田さんも来てたんですね」 真っ赤な顔でもじもじとする私をよそに、ひとりの女性が近づいてきて宮田さんに声をかけた。  高めの甘ったるく鼻に抜けるような、かわいらしい声だ。  赤い顔を見られるのが恥ずかしくて女性から視線を逸らせていたけれど、少し落ち着きが戻ったところで、そっとそちらを伺い見てみると……  私が最初に綺麗な人だと目を奪われたモデルの、ハンナさんだった。  間近で見るハンナさんの美貌たるや、その光は強烈で。  肌も綺麗でスベスベそうだし、なんせ手足が細くて長い。  それに、誰もが美人だと評価するだろう彼女の顔は、美しすぎる。  目鼻立ちがはっきりしていて、まるで花が咲いたようだ。  私の目だって、マチコさんによって今日は相当大きくしてもらっているけど…  そんなのと比べ物にならないくらい、彼女の目は元々が大きい。  こんなに大きな目の女性が、世の中にいるなんてと、思ってしまうくらい。「うん……そう」 「ハンナのことに気づいてたのに、宮田さんってば声かけてくれなかったでしょー?」 「人気モデルのハンナちゃんに、気安く声なんてかけられないよ」 「えー、なんでぇ~?」 少しばかり拗ねたようなセリフを言う彼女の表情がまた、見事にかわいらしさを演出している。「えっと……こちらは? お仕事関係のスタッフの方?」 彼女の大きな瞳が綺麗すぎて、吸い込まれそうだなと思っていたら、突如彼女が私に笑顔を向けてきた。「初めまして。リーベ・ブライダルの朝日奈と申します」 “お仕事関係”と先に言われたものだから、会社名を名乗ると彼女の顔がパーッと明るくなった。「ブライダル?」 「今度最上さん、ブライダルドレスのデザインやるから」 宮田さんが彼女にそう説明すると、にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべた。  またその笑顔の威力といったら、誰でもが卒倒しそうなくらい綺麗だ。「えー、すごい! ハンナ、最上さんのブライダルドレス着たいなぁー! 宮田さん、ドレスのショーのお仕事、ハンナに回してくださいよー」 キャッキャと飛び跳ねるようなリアクションを見せたかと思うと、ハンナさんは宮田さんの腕を取り、ねだるようにベタベタとし始めた。  誰もが卒倒しそうな笑顔で誰もが目を引く美貌の持ち主である彼女に、こんな振る舞いをされてはなびかない男なんてい
last updateLast Updated : 2025-04-19
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第六章 特別で大切なもの 第六話

「ハンナちゃんは、香西さんの専属でしょ?」 「違いますよー。専属ではないです」 「でも…香西さんのお気に入りなんだし、専属みたいなもんじゃない?」 マネージャーを装うときに見せる柔和な笑みを浮かべながら、  宮田さんが自分の腕にまとわりつこうとするハンナさんをそっと引き離した。「香西さんのとこの仕事に、なにか不満でも?」 「不満は無いですよ。ギャラも高いし、ハンナのこと気に入ってくれてますし」 「だったら……」 「でも! たまにはよそのブランドのドレスも着てみたくなるんですぅー」 かわいらしい口調でそう言って、顔をクイっと宮田さんのほうに傾ける。  無意識なのか、意識的なのか、その距離が近い。  男はみんな、この視線にイチコロだろうなと思う。  しかも至近距離で見つめられたら……。  だけどハンナさんは、誰にでもこういう態度なんだろうか?  フレンドリーというか、スキンシップも多い気がするし。  もしかして………宮田さんにだけ?「ハンナね、最上さんのドレスも綺麗だから好きなんだもん」 そう言って今度は、そっと宮田さんの手を両手で掴んだ。  その彼女の行為に、何故かまたギシギシと胸が痛む。 しかし……美人でかわいい容姿というのは、得だなと思う。  どのドレスを着ても、なんでも似合ってしまうんだろう。  些細なお願いごとならば、かわいらしい笑みを向ければ、誰もが聞いてくれそうだ。  きっと宮田さんも……その例に漏れることはないんだろうな。  などと……冷静に見ることで、胸の痛みが軽減されるかと思ったのに。  その痛みは、引くことを知らない。「ねぇ、朝日奈さんが着てるドレスは、もしかして最上さんのデザインです?」 「あ、えぇ……そうです」 「いいなぁー!」 女の私でも、ハンナさんの笑顔にうっとりとしてしまった。  ……なんという威力。「今日は、特別に貸していただいたんです」 「そうなんですか! すごーく素敵なデザインですよね。こういうデザイン大好きぃー。ハンナも今度、これ着させてもらおうかな」 私のドレスをじろじろと見ながら、明るい口調で言ったハンナさんのその発言に、宮田さんの左の眉がピクリと動いた。「それはダメ」 「どうしてです?」 「……サイズが合わない」 「えぇ? そうかな?」 「ハンナちゃ
last updateLast Updated : 2025-04-20
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第六章 特別で大切なもの 第七話

 取り繕うように宮田さんが“細いから”だと理由を言ってなだめたけれど、ハンナさんはダメだと宣言されたことが気に入らないのか、不機嫌そうな顔をしていた。「香西さん、今度またショーをやるんでしょ?  浮気はダメだよ、ハンナちゃん」 「わかりましたよー」 ハンナさんは少しおどけて見せて、不機嫌な顔を引っ込めてくれた。  隣で私はホッと胸を撫で下ろす。「あ、ハンナ、あれが飲みたい! 向こうのボーイさんが持ってるサングリアみたいなやつ!」 突如、ハンナさんは遠くに居るスタッフが持つ飲み物を指差した。  たしかにトロピカルで美味しそうだけど、この位置からよく見つけたなと思う。「宮田さん、ふたつ取って来てくれません? 朝日奈さんとハンナの分。かわいい女の子の頼みなんだから聞いてくれますよねー?」 自分で可愛いと言ってしまうあたり、自己分析がよくできている子だ。  私は口が裂けても、自分のことをそんなふうに言ったりできないから。「わかった。あれね。ちょっと待ってて」 しょうがないなぁ、とでも言いたげに、宮田さんがその飲み物を目がけて歩み寄って行く。  少し距離があるから、辿り着くのに時間がかかりそうだ。「アンタ、何者なの?」 突如隣から、低い声音が聞こえてきた。  この声は、ハンナさん?  いやいや、違うでしょ。  先ほどから聞いている声は、もっと高くて鼻にかかってかわいらしかったもの。「ちょっと、シカトしないでよ。何者かって聞いてんの」 聞き違えだと思おうとしたその時、再び同じ低い声がする。  それは間違いなく、隣に居るかわいらしいハンナさんから発せられたものだった。「な、何者って……」 「なんでアンタみたいなのが最上さんのドレス着てんのよ」 周りの人には聞こえないように、小さな低い声ですごむ彼女に少しばかり恐怖を抱いた。  そういえば、宮田さんが言ってたっけ…… 『中身は見た目とは全然違う。性格悪いって評判だよ』  それは、このことだったんだ。「これは……着ていくドレスがなかったので、貸してもらって……」 「さっきの宮田さんの発言聞いた? 私が着たいって言ってもダメだって。なのになんでアンタみたいなデブでドブスな女が着ることを許されてんの?!」 デブでドブス……悪口の最上級みたいな言葉を言われると、さすがにヘコむ。「
last updateLast Updated : 2025-04-20
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第六章 特別で大切なもの 第八話

「アンタ、宮田さんのなんなの?」 「え……」 「彼を狙ってるわけ?」 怖い顔をして、今度はギロリと睨みつけられた。  元々美人でかわいい顔をしているのに、これでは台無しだ。「言っとくけど、あたしは狙ってるからね。 なのにアンタみたいなドブスが現れて、邪魔されたんじゃたまらないわ!」 ハンナさんって……やっぱりそうだったんだ。  さっきの行きすぎのように思えたスキンシップも、宮田さんに好意があるからで……。  なんだか、謎が解けた気がした。「覚えときなさいよ。このあたしが言い寄ってオチない男なんていないの。上目遣いでにっこり微笑んで、手でもギュッと握ったら大概イチコロよ」 ……そうだと思う。  それには激しく納得してしまった。「アンタ、ブライダルドレスの仕事のためにうまく彼を釣ろうと思ってるの?」 「いえ、ち、違いますっ!」 「フン! 枕営業です、とは堂々と言えないものね」 さすがに今のは、カチンときた。  私がドブスと言われようが、着たいドレスが着れないからってひがまれようが、それには我慢できたけれど。  私が仕事の為に、宮田さんに色目を使ってるとでも?  女だということを最大の武器にした“枕営業”って、そういうことでしょ??「やめてください、枕営業だなんて! そういうつもりはありませんし、宮田さんだってそういう人ではありません!」 「ふぅーん。枕営業じゃないの? だったら、さっきのはなんなのよ。宮田さんがアンタの手にキスしてたじゃないの!」 「!……」 あれを見られていたんだ……。  ハンナさんが私たちに話しかけてくる前の、宮田さんの行動だったのに。「いい? 宮田さんが、あたしよりアンタを選ぶはずがないのよ!  アンタ、ドブスなの。鏡を見たことある? よくそんな顔と体型でドレスなんて着ようと思ったわね」 信じられない! と顔を歪ませて吐き捨てるようにハンナさんがそう言った。「大体、アンタみたいなのに最上梨子のドレスはもったいないって、どうしてわからないわけ?」 「それは……わかってます」 「はっ! わかってるんだ。だったら二度と着ないでね、このドレスも!」 そう言われたかと思ったら、ハンナさんにドン!っと体当たりされてしまう。  その衝撃で料理が並べられているテーブルに倒れこむように手をつき、さらにバラ
last updateLast Updated : 2025-04-21
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第六章 特別で大切なもの 第九話

 目の前には私と共に落ちてきた料理のお皿が割れて、無残にそれがバラバラと床に広がっていた。  それがスープのような熱いものじゃなかった分、まだ幸いだったのかもしれない。  私の顔にも飛び散った料理の液体に、熱さは感じなかったから。 だけど自分が倒れこんでいるドレスの下には、その料理の残骸がびっしりと横たわっていて。  ドレスがぐちゃぐちゃに汚れてしまったのだと、否が応でもわかる。「緋雪!!」 静まり返った会場から、「大丈夫?」と心配する声があちこちから聞こえてくる中、一際大きく宮田さんが私を呼ぶ声が聞こえた。  だけど、すぐに顔を上げることはできなかった。  今、いったいなにが起こったのか……。  震えが止まらず、冷静でいられない自分がいる。  転んで大きな音を立ててしまったことが恥ずかしいとか、もうどうでも良かった。  そんなことより、私は大罪を犯してしまった。 ――― この綺麗なドレスに、シミ一つ作りたくなかったのに。「緋雪、大丈夫か?! すいません、タオル持ってきてください!」 私の上体を起こしながら、宮田さんがホテルのスタッフにそう声をかける。「ごめ……なさい…っ…」 上手く声が出せなくて、振り絞るように宮田さんに謝罪の言葉を口にした。  目は、合わせられなかった。  こんなことをしでかした手前、顔を見せられるわけがない。「朝日奈さん、大丈夫?」 今度は香西さんの声がした。  途端に、申し訳なさでいっぱいになる。  せっかくのパーティなのに、この騒ぎのせいで台無しだ。「緋雪、立てる?」 私の頭や体に付着した料理のソースを白いタオルで拭き取りながら、宮田さんが私をゆっくりと立ち上がらせた。  その瞬間、先ほどまで綺麗だったドレスのスカートが今はデミグラスソースのような茶色いものでびっしりと汚れているのが見て取れる。  その事実に、急激に悲しさがこみ上げた。「怪我はない?」 「……はい」 押されてよろめいて、転んだだけだ。怪我なんてするわけがない。「あ、でも、朝日奈さんの左腕……」 香西さんにそう言われ、宮田さんがすぐさま私の左手を掴んで腕を見る。「血が出てるじゃないか!」 本当だ。少し血が出ている。  足元を見ると、大きめのフォークが転がっていた。  きっと床に倒れたとき、これが腕に少々刺
last updateLast Updated : 2025-04-21
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第六章 特別で大切なもの 第十話

「朝日奈さん、謝らないでよ。謝らなきゃいけないのは、こっちだ。本当にごめんね、せっかくパーティに来てくれたのに、怪我までさせてしまって」 そんなやさしい香西さんの言葉を聞いて、涙腺が緩まないわけがなかった。  じわりじわりと目に涙が溜まってくる。  ――― なんて器の大きい人なんだろう。「大丈夫、泣かないで? 君には宮田くんがついてるから安心して」 にっこりと笑う香西さんに、自然と頭を下げておじぎをしていた。  涙がポトリ、ポトリと床へ落ちる。「緋雪、行こう」 宮田さんにそっと腕を支えられ、ソースまみれの体で私はパーティ会場を後にした。  すぐさまエレベーターに乗り込んで、いくつか上の階の客室のフロアへと到着する。  香西さんが泊まるはずだった部屋は、バッチリと夜景まで見える豪華な部屋だった。「とにかくシャワー浴びて、その体の汚れを落とさなきゃね」 部屋に入っても、ボーっと突っ立っているだけの私の手を引いて、宮田さんが広いバスルームへと誘導する。  そこで私が見たものは、頭や顔にもソースが飛び散り、無残な姿が写る大きな鏡の中の自分だった。  いや、そんなことよりも ―――  茶色いソースがどろどろと付いたドレスの全容を見てしまうと、絶望で胸が張り裂けそうになった。  私がここに着て来なければ、このドレスは綺麗なままでいられたのに……。  そう思うと、涙がとめどなく溢れ出てきて止まらない。「ごめんなさいっ……私、とんでもないことを……」 「え……どうしたの」 鏡の前で号泣する私を見て、未だバスルームから出て行っていなかった宮田さんが心配そうに近寄ってくる。「だって……ドレスが……こんなに……」 「ドレスが汚れたの、気にしてたの? そんなこと別にいいのに」 これだけ汚れてしまっては、その汚れが全部取りきれるとは思えない。  きっともう、元通りには戻らないと直感した。  だからこんなにも悲しいし、その罪は重い。「気にしますよ!! だって、このドレスは……あなたが私の為に作ってくれたドレスで……だから、私にとってとても特別なドレスなんです! なのに……」 「僕にとっても特別なドレスだよ。大好きな人の為に作ったものだからね。だけどそのドレスよりも、もっと特別で大切なのは、緋雪……君自身だ」 私が泣き喚くように声を張って
last updateLast Updated : 2025-04-22
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第七章 突然かかった魔法 第一話

 シャワーを浴び終えたけれど、着替えの類は一切無い。  仕方がないので素肌に備え付けのバスローブをきっちりと羽織り、バスルームから出た。  ―― すごく無防備な格好だ。 上着を脱ぎ、アスコットタイを外してベッドの淵にちょこんと腰掛けていた宮田さんが、私に気づくとやさしく笑って手招きした。「さっきのインターフォン、香西さんがホテルのコンシェルジュに言って、これを届けてくれたみたい」 そう言って宮田さんが指し示したのは、消毒薬や絆創膏や包帯の類だった。  香西さんが私の怪我のことをそこまで心配してくれたのかと思うと、再び申し訳なくなってくる。「こっちに座って、怪我を見せて?」 すでに消毒薬を手に持つ宮田さんの隣に座り、素直に左腕をまくって差し出した。「大したことありませんよ」 「なに言ってんの。けっこう痛そうだよ」 しかめっ面をしながら私の傷をまじまじと見つめ、彼がそのまま唇を這わせる。  思ってもいなかったその行為に、私の心臓がドキっと跳ね上がった。「許せないな……緋雪にこんな傷をつけるなんて」 「……え?」 「わかってるよ。……ハンナでしょ」 突如ハンナさんの名前を出され、なんとなく視線を逸らした。  たしかにハンナさんのせいと言われればその通りだ。  彼女に体当たりされなければ、こんなことにはならなかったと思う。  あの当たり方は絶対……わざとだったと思うから。「ごめん。全部僕のせいだ」 「宮田さんの……せい?」 「飲み物を取りに行かされたのもわざとだったと思う。僕が途中で知り合いに話しかけられて、なかなか戻ってこれなかったからそれもまずかった。ハンナは僕があのドレスを着させないと言ったことが気に入らなかったんでしょ。プライドだけは高い人だからね」 そう話しながらも、私の腕の傷に消毒薬がかけられた。  深くもないし痛くもなかったのに、消毒薬の刺激で少し沁みる。「緋雪は八つ当たりをされたんだよ」 ……八つ当たり、ですか。「緋雪とハンナが一緒にいたのは香西さんも見ていただろうし、きっとみんなわかってるよ。ハンナが原因だって」 ハンナさんは華のある人だから、どこに居ても目立つ。  私や宮田さんと三人で話しているのを見られていたとしてもおかしくはない。「宮田さんが、ハンナさんは性格が悪いって言ってたこと……よく
last updateLast Updated : 2025-04-22
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第七章 突然かかった魔法 第二話

「枕営業って! 緋雪はそんなことしていないし、真剣に口説いてるのは僕のほうなのに。逆にもっと緋雪には僕に対して色目を使ってほしいくらいだよ」 最後に言った、色目を使えって部分がおかしくて、思わず笑いそうになる。  こんな時になにを言っているんだ、この人は。  第一、色気もなにもない私が色目なんて使っても、なんの効果もない気がしますけど?「それに、僕に色目を使ってるのは、緋雪じゃなくてハンナのほうだろ」 「……え?!」 「あ、いや……その……」 今のは宮田さんにとって失言だったのか、あわてるような素振りで視線を逸らされた。  まずいことを言った、と顔に書いてあるような表情をしていてとてもわかりやすい。「気づいてたんですか、彼女の気持ちに」 私がそう言うと、チラリと視線だけを私のほうへ寄越す。「宮田さんを狙ってるって、私にも言ってましたから」 「……そうなんだ。でもあの子の場合はどこまで本気かわからないよ。最上梨子のドレスが着たいだけかもしれない。それに流す浮名も多い子だからね。相手は若手俳優とかイケメンモデルとか。ま、僕はまったく興味が無いから、そんなことはどうでもいいけど」 ハンナさんはあの容姿なのだから男性にモテないはずがない。  だけど宮田さんのレーダーには引っかからないみたいで、それが不思議だ。「私が宮田さんと一緒にパーティに来ていること自体にも、腹を立てていたのかもしれませんね」 「……え」 「最初から目障りだったんだと思います。自分のお気に入りの男性の傍をウロチョロする私の存在が」 「…………」 「それこそ、自分の容姿に自信のある彼女のプライドが許さないんじゃないですかね。私なんてライバルにも成りえないって思ってるでしょうし」 彼女と会話していると、常に見下された感が否めなかった。  無意識だったのかもしれないけれど、彼女の心の中にそういう気持ちがあるからこそ表にも出てくるのだろうと思う。  自分よりも容姿の劣るブスが、どうして彼のそばにいるのか、と。「勘違いも甚だしいよね」 「え?」 「たしかにライバルになんて成りえないよ。僕は最初から、ハンナのことは眼中にないんだから」 その色気を含んだ漆黒の瞳に、吸い込まれそうになった。「緋雪と出会ってから、ずっと緋雪に夢中だよ。……どうしよう」 至近距離でそ
last updateLast Updated : 2025-04-23
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第七章 突然かかった魔法 第三話

「香西さんから、また届け物」 少し漏れ聞こえてくる会話から、訪ねて来た人はホテルのスタッフだろうと思ったけれど、やはりコンシェルジュだったみたいだ。「なにが届いたんですか?」 「着替えがないと困ると思って、用意してくれたみたい」 「着替え?」 「これ。下着みたいだけど」 真新しい袋に入った下着らしい代物の中身を覗こうとしている宮田さんの手から、それを素早く奪い取る。  男性のあなたが、それを確認しなくていいです。「さすが香西さん。ないと困るもんね」 にこにことそんなことを言われても、私の顔が赤くなるだけだ。「服も届いてるよ。着て帰るものがなかったら、って考えてくれたんだろうね」 たしかに着てきたドレスがあんな状態では……代わりに身に付けるものがなかった。  デザイン事務所の衣裳部屋には、私が家から着てきたスーツがあるから誰かにそれを届けてもらうのが最善かもしれないけれど。  あの部屋の鍵は宮田さんが持っていて、容易く誰でも入れる部屋ではない。 だからと言って、宮田さんに取りに行ってもらうには申し訳がなさすぎる。  でも違う服で……と言っても、この部屋に居たままで調達する術がわからない。  どうしようかと、実はそれを先ほどから悩んでいたところだった。「申し訳ないですね。こんなに気をつかってもらって」 「いいんじゃない? 僕と香西さんは仲がいいし。ちゃんと僕からお礼を言っておくから」 「すみません」 香西さんが届けてくれたのは、ホテルで着ていてもおかしくないような上品なスカートとインナーとジャケットだった。「お、これ香西さんのデザインだ」 宮田さんがうれしそうにそう言って、私の顔の前にジャケットを当ててみる。「あー、でも。僕のデザインほうがもっと緋雪に似合うよ」 そんなことを言うなんて。  彼も実は意外と負けず嫌いの自信家みたい。「それとあのドレス、今ホテルのクリーニングに一応出しといたから」 「ありがとう……ございます」 私が洗うより、プロの人に任せれば汚れはかなり落ちそうだ。  できるだけ元に戻りますように、と心から願った。「緋雪は明日、仕事があるの?」 「いえ、有給を取りました」 慣れないパーティに行ったら絶対に疲れ果てると予想して、私は事前に翌日の有給申請をしておいた。……かなり正解だと思う。「
last updateLast Updated : 2025-04-23
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