All Chapters of クズ男が本命の誕生日を盛大に祝ったが、骨壷を抱えた私はすべてをぶち壊した: Chapter 211 - Chapter 220

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第211話

雅美はその言葉を聞くと、冗談でも聞いたかのように声を出して笑った。「ようやく自分の父親だってことを思い出したのね!」「もういい、俺が家の件を片付ける」静雄はこれ以上言い合う気にもなれなかった。まさか自分がこれほど焦る日を迎えるとは思わなかった。泣きじゃくる芽衣を横目に見て、静雄の胸には罪悪感とやりきれなさが込み上げてきた。「大丈夫か?」「平気...... おば様のおっしゃったことに間違いはないです。私が悪いんです」芽衣はしゃくりあげながらも言葉を続けた。「静雄、私は本当にあなたを深雪さんに返してあげたい。でも......できない。私はあなたを愛してしまったの。あなたがいなきゃ生きられない。あなたを失ったら、私は死んでしまう!」そう言って彼の袖を必死に握りしめる芽衣は、ほとんど狂気にも似た執着と依存に濡れていた。だが静雄が最も好むのはまさにこうした病的な愛情表現だった。こうしてすがられてこそ、自分が必要とされていると確信できるのだから。彼は芽衣の頬をつまみ、にやりと笑った。「お前を手放すことはないさ。馬鹿だな」「静雄......怖いの」芽衣は肩に顔を埋め、甘えるように囁いた。彼女自身も驚いていた。まさか深雪がここまで大胆に出るとは本当に松原家の一族を旧宅から追い出そうとするなんて。やがて静雄は芽衣を伴い、深雪の病室へ姿を現した。延浩は仕事で席を外しており、病室には深雪がひとり残されていた。静雄が必ずやって来ると分かっていたが、まさか芽衣を連れて来るとは思わなかった。「本当に彼女を大事にしてるのね。こんな時にも連れてくるなんて」二人が指を絡めて立つ姿を見て、深雪はふっと笑った。「静雄、あんたは最初から私のことなんて、好きじゃなかった。それならどうして結婚なんてしたの?私が妊娠したとき、どうして堕ろさせなかったの?どうして結婚前に、好きな人がいるって言わなかったの?結婚したくないって言わなかったの?」何も知らず、誠意と期待を抱いて踏み入れた結婚生活。なのに今や、すべてが彼女の罪にされている。問い詰められても、静雄は無表情のまま沈黙し、冷えた声で言った。「......条件を言え」やっぱり。深雪は自嘲気味に笑った。この男が自分に向けるのは、いつも合理性だけ。
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第212話

静雄はすぐさま床に倒れ込んでいた芽衣を引き起こし、そのまま深雪を真っ直ぐに睨みつけた。「本当に俺と敵対するつもりなのか?」「私たちは法律に従ってやってるだけよ。あんたのルール通りに処理してるのに、それでも不満?」深雪は肩をすくめ、無邪気を装った笑みを浮かべた。「静雄、私とあんたの間で感情はないわよ」「深雪......信じるか?俺は寧々の亡骸を掘り返して、骨まで砕いて灰にしてやる」静雄は残忍な笑みを浮かべ、じっと深雪を射抜いた。こいつは一番その子を大事にしていたはずだ。なら、試してみればいい。深雪はすでに静雄の冷酷さを幾度も味わっていた。ここで怯めば、完全に敗北することになる。「生きているときにすら、あなたは寧々を人とも思ってなかった。死んだ今、どうして私が信じると思うの?骨を砕こうがどうしようが勝手にすればいい。今の時代、死んだ人なんて誰が気にするの?」深雪は大声で笑ったが、目には涙が滲んでいた。「寧々が病に苦しんで、120万円が必要だってときは一円も出さなかったくせに今になって、その子の骨灰を21億円と引き換えにするの?」「くそ!」静雄は目を血走らせ、ついに堪忍袋の緒が切れた。一歩踏み出すと深雪の首を鷲掴みにし、指に力を込めた。殺意を隠しもしない冷たい瞳が彼女を射抜いた。「父さんの遺言を盾にすれば好き放題できると思ってるのか?」「首を絞めるしか能がないのね!」深雪は一歩も退かず、冷笑を浮かべて睨み返した。これまでの彼女は優しく、従順すぎた。だからこの男に踏みにじられ続けたのだ。だが、もう寧々はいない。この世に彼女が命懸けで守りたい存在はなくなった。なら、恐れるものなど何もない命などとうにどうでもいい。「静雄、落ち着いて!」芽衣は慌てて袖を引っ張った。彼女が心配しているのは深雪の命ではない。ここで静雄が深雪を殺せば、彼女自身が破滅するのだ。それだけは避けなければならなかった。芽衣の目を見て、静雄はようやく正気を取り戻した。彼は無言で小切手を切り、21億円と書いて深雪に差し出した。「......これで満足か?」「満足なんてするわけないでしょう」深雪は一瞥すらせずに突き返した。「小切手なんていつでも取り消せる。私の口座に実際に振り込まれ
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第213話

静雄は、自分が深雪に大打撃を与えたつもりでいた。だがその脅しは、深雪にとって天にも届く大笑いの種にすぎなかった。この男は頭の中で一体何を考えているのだろう?深雪はふとそんな疑問さえ抱いた。かつては自分のことを恋愛脳だと思っていた。だがよくよく考えれば、本当の恋愛脳は静雄の方ではないか。ここまで多くのことが起きても、なお彼は自分を愛してくれない深雪のせいだと思い込んでいる。図々しいにも程がある。深雪は肩をすくめ、くすっと笑ってからベッドに横たわった。そして、しばらくは静養を楽しむことにした。静雄の車内にて。芽衣はおそるおそる口を開いた。「静雄、これからどうするの?」「ただの金だ。欲しいならくれてやればいい」静雄は鼻で笑った。松原商事は数百億規模の大企業なので、たかが十数億など取るに足らない。それに、夫婦の名分が残っている以上、ただ場所を移すだけのことだ。だがもし宅を奪われれば、それこそ松原家にとって大恥であり、上流社会全体の笑いものになる。芽衣は耳を疑った。十数億を深雪に簡単に渡すですって?「どうしてあの女にそんな資格があるというの......」この数年、彼女は静雄の傍らであらゆる陰口や冷たい視線に耐えてきた。だが、手にした金を合わせても、到底足元にも及ばないと初めて思った。静雄の愛なんて、幻にすぎなかったのだ。静雄は芽衣の目に宿る不満を見て、微笑んだ。「機嫌直せ。海辺の別荘、ずっと欲しがってただろう?来週の名義変更の時に、お前に渡すよ」以前なら歓喜していたはずの別荘。だが21億円という数字を見せつけられた今では、それはまるで物乞いへの施しに等しかった。それでも芽衣は嬉しそうに笑ってみせ、彼の肩に身を寄せた。「やっぱり静雄が一番優しい」「お前が一番分別があるからな」静雄は意味深に言った。自分の求める女は、従順で、優しく、理解のある女だ。そうでなくなった瞬間切り捨てるだけだ。幼い頃から彼を知る芽衣は、その本質を誰よりも理解していた。だからにっこりと笑い、「私はただ、あなたが心配なの」と言葉を添えた。互いに言葉にせずとも、二人は再び暗黙の了解を結んだ。その夜。芽衣は陽翔を呼び出した。酒に酔ってふらつく弟を見て、苛立ち混
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第214話

芽衣は怒りに任せて何個もグラスを床に叩きつけた。そんな姉の様子を見ながら、陽翔は気にも留めず手をひらひらと振った。「所詮は愛を失った安っぽい女さ。義兄さんの金は姉さんの金だろ?それを勝手に渡すなんてありえねえ......姉さん、やっぱり俺があの女に痛い目を見せてやろうか?」芽衣は待ち望んでいた言葉に、じっと弟を見据えた。「今回こそ気をつけなさいよ。失敗して逆にしっぺ返しを食らうような真似は絶対にしないこと、分かってる?」「心配するな。俺が失敗するわけがないだろ」陽翔は拳をぎゅっと握りしめた。前に牢に入ったのも、突き詰めればあの女のせいだ。今回こそ、古い恨みも新しい恨みもまとめて清算してやる。そして一週間はあっという間に過ぎた。その間、深雪は大人しく入院生活を送り、食べては眠り、眠っては食べを繰り返していた。体調もかなり回復し、むしろ少しふっくらしたほどだった。延浩は花束を持って病室に現れた。ちょうど着替え中の深雪の姿が目に入った。雪のように白い背には痛々しい傷痕が走り、その広い肌が露わになっていた。「......ごめん!」延浩は反射的に顔を背け、耳まで真っ赤に染めた。だが深雪は後ろ姿しか見せていなかったので、特に気にする様子もなく、あっさりと手を振った。「もう着替えたわ。振り返っていいわよ」背中を見ただけでも、延浩の胸に浮かんだ妄想は抑えがたい。背を見た直後に彼女の顔を見てしまえば、胸の奥で小さな火は一層燃え上がる。彼は気恥ずかしさを誤魔化すように、手にした花束を差し出した。「......退院おめでとう」「ありがとう。でも今日は月曜でしょ?忙しいはずなのに、どうしてわざわざ?」花を受け取った深雪は小首を傾げ、不思議そうに見上げた。延浩は歩み寄り、ポケットからUSBを取り出して差し出した。「超日グループからのリクエストだ。うちのソフト、まだ改善点が多くてな。君に見てもらいたいんだ」まさに会社の機密。深雪は熱を持つように感じて慌てて手を引っ込め、首を横に振った。「それは業界のルールに反するわ。私は今、松原商事の技術部に所属してるの。君の会社の資料を見るのは不公平だし、私自身にとっても大きな試練になる」「余計なことは言うな。俺は君を信じてる。もう一週間も煮詰まってる
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第215話

静雄が最も嫌うのは、深雪が他の男に笑顔を見せること、とりわけ、それが延浩である時だった。彼は一歩踏み出し、延浩の目の前で深雪の腰を抱き寄せ、まるで自分の所有物であるかのように示した。その瞬間、病室の空気は一気に張りつめた。だが延浩の目には、その行為が子どものように幼稚にしか映らなかった。彼は気にも留めず立ち上がり、深雪に向かって軽く手を振った。「じゃあ、邪魔しないで帰るよ」「待て!これからは俺の妻の前に現れるな」静雄は深雪の肩を抱いたまま、延浩に向けて警告を放った。「妻?言われるまで知らなかったな。彼女が松原社長の妻だなんて」延浩は振り返り、二人を交互に見やり、ふっと笑った。「深雪が入院して一週間、毎日通って手作りの食事を届けたのは俺だ。君は一度でも顔を出したか?それでよく妻なんて言えるな」「お前っ!」静雄は言葉を失い、抱いている腕に力を込めた。それでも最後の意地で吐き捨てた。「これは俺たちの問題だ。お前には関係ない!」「夫婦の問題なら俺に関係はない。だが、後輩のこととなれば話は別だ」延浩の声は冷ややかだった。「松原社長、勘違いするな。俺はお前なんか眼中に入れていない。笑わせるな」そう言い捨て、彼は勝者のような背中を見せて病室を後にした。深雪はその去り際の姿に思わず苦笑した。どうして学生時代より幼稚になっているのだろう?「不誠実な女だな!」静雄は再び声を荒げた。「忘れるな。お前は俺の妻だ。他の男と出歩いて、松原家の顔を潰す気か!」彼は深雪を突き放し、責め立てた。だが深雪は冷ややかに応じた。「あんたは芽衣を連れて堂々と歩き回ってるでしょう?そのとき松原家の顔を思い出した?」「そもそも上流社会では、互いに好き勝手に遊ぶのが暗黙の了解でしょう。夫婦は対等よ。あんたが外で女を抱くなら、私が男と会っても問題ないはずよ」「女と男が同じだと思っているか?ふざけるな!」静雄は逆上した。彼にとって、この女を愛していないことと、他の男に裏切られることは別問題。自分に恥をかかせることだけは絶対に許せなかった。「何が違うの?どちらも人間でしょ」深雪は肩をすくめ、冷ややかに言い捨てた。「安心して。私と先輩の関係は一線を越えていないわ。あんたみたいに裏で女とつるん
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第216話

芽衣は最初こそ視線で威嚇していたが、まさか深雪がこんなに単純明快かつ強引に、自分を引きずり下ろすとは思いもしなかった。顔色が変わり、余光で静雄が出てくるのを見るや否や、すぐに牙を隠して哀れな表情を作った。「深雪さん、私、ちょっと車酔いしただけで前に座っていただけ。どうか怒らないで」「あなたが運転すればいいじゃない。そうすれば前に座れるでしょ?」深雪は腕を組み、にやりと笑みを浮かべた。「私......」芽衣は呆然と深雪を見つめた。この女、言葉の切り返しがこんなに鋭いとは意外だ。一言一言が反論を封じてしまう。「今日は静雄が忙しいんでしょ?あなたって気が利く女なんじゃなかった?だったら時間を無駄にしてどうするの?」「酔うなら運転すればいい。私は私の席に座るから」芝居をする相手にすっかりうんざりした深雪は、消毒用のウェットティッシュを取り出し、助手席を丁寧に拭き上げると、当然のように腰を下ろした。芽衣は涙ぐみながら静雄を見上げた。「静雄......やっぱり私、タクシーで行くわ」「乗れ。一緒に行くぞ」静雄は後部座席のドアを開け、芽衣に視線を投げた。今日の助手席はもう取り返せない。悟った芽衣は内心で歯噛みしつつ、従順に後部座席へ。静雄も同じく後部座席に座り、芽衣の手をそっと握った。するとタイミングよく、大介が息を切らして駆け込み、運転席に収まった。車はそのまま不動産の名義変更先へ走り出した。芽衣は最初、自分の負けだと思った。だが静雄と指を絡めると、すぐに悟った。静雄は最初からこうするつもりだったのだ。彼女は弱々しく肩を静雄に預け、甘えるように声を落とした。「静雄......やっぱりちょっと苦しいわ」吐き気がするほど芝居がかっている。深雪は心の底から軽蔑した。こんなあざとい女のどこがいいのだろう?どうして静雄はこの女を宝物みたいに扱うの?「芽衣、どうしても辛いなら窓を開けたら?車内で吐かれたら迷惑だから」深雪は淡々と大介に目配せした。大介はすぐさま理解し、芽衣の横の窓を全開にした。強い風が芽衣の頬を叩きつけ、髪を乱暴に吹き散らした。「窓を閉めろ!」静雄が怒声を上げる。再び車内は重苦しい沈黙に沈んだ。深雪相手には勝ち目がないと悟った芽衣は、それ以上何も言わず、ただ静雄
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第217話

深雪の小気味よい動きに、大介は思わず舌を巻いた。彼は本気で信じられなかった深雪が、今やここまで成長しているとは。本来なら、彼女は泣き寝入りして現実を受け入れるだろうと予想していた。だがまさか、反撃に転じて責任追及にまで踏み切った。驚愕に見開いた大介の視線を受け止め、深雪は淡く笑みを浮かべ、静かに言った。「私は自分の正当な権利を守ってもいいわよね?」「もちろんです!本来そうあるべきです!」大介は即座に自分がどちら側についているかを態度で明らかにした。深雪はようやく満足げにうなずいた。「じゃあ、先に行きましょう。仕事がまだたくさんあるわ。あの二人は待つ必要ない」「でも、車は一台しか......」「彼らはタクシーに乗るわよ」深雪は車のドアを開け、運転席にすっと座り、にやりと笑って大介を見た。「あなたもタクシーでいく?この車代、経費で落ちないわよ?」バカじゃない。目の前に車があるのに、なぜタクシーなんかに?ましてハンドルは深雪が握っている。余計なことを言う理由はない。大介はすぐに副座に滑り込み、恐る恐る聞いた。「......運転できるんですよね?」「免許取ってから二、三回運転したことあるわ」深雪はにこりと笑い、エンジンをかけると、そのままアクセルを踏み込み、車は勢いよく飛び出した。静雄と芽衣が手続きを終えて外に出た時、残っていたのは走り去る車の排気だけだった。二人の顔は一気に青ざめた。芽衣は静雄の袖をつかみ、小声で言った。「深雪さん、ちょっとやりすぎじゃない?」「ドライバーを呼ぶ」静雄は冷たい顔のまま、会社の運転手に電話を入れた。二人は冷たい風にさらされながら、三十分以上も待たされる羽目になった。物心ついて以来、静雄がこんな屈辱を受けたことは一度もなかった。しかも今日、自分をここまで辱めたのは深雪である。かつては自分の前で顔を伏せていた女が、今やまるで勝ち誇って声を響かせているとは!「アハハハ!」会社に戻った深雪は、声を上げて笑った。目を細め、大介に向かって言った。「ねえ、私ってすごくない?」安全ベルトを外した大介の手は、まだ小刻みに震えていた。運転どころではない、あれは爆走だ!道中、何度も死を覚悟したのだから。深雪の問いかけに、彼は顔を引
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第218話

「みんなありがとう。だけど、私が出した課題、どこまで進んでる?」深雪は遥斗から受け取った花束を抱えながら、早速自分が指示した仕事の進捗を確認し始めた。仲間たちはその姿を見て思わず吹き出した。退院したばかりなのに、まだ仕事のことを気にしているなんて、本当に予想外だった。社員たちが得意げに、この期間の成果を深雪に披露した。皆は技術畑の精鋭ばかりで、小さなミスはあったものの、全体的な方向性は間違っていなかった。深雪は全員のデータを丁寧に確認した後、自分の手で計算し直し、検算を始めた。その頃、静雄は不機嫌そのものの顔で技術部に戻ってきた。ドアを乱暴に開けた瞬間、彼が目にしたのは、全員が真剣に業務に没頭する姿だった。深雪を含め、皆が仕事に集中していて、怒りに燃えて突入してきた自分の方こそ場違いに見えてしまう。静雄の険しい顔色に気づいた遥斗や数人の男性社員は、反射的に立ち上がった。まるで深雪を守ろうとするかのように。自分から給料をもらっている相手がことごとく深雪の側についた。その事実に、静雄は胸の奥が煮えくり返った。だが、ここで私情を表に出すわけにもいかない。結局、冷たい鼻息をひとつ残し、深雪を鋭く睨みつけただけで踵を返し、部屋を出ていった。深雪は最初から最後まで画面から目を離さなかった。怒気も、冷笑もすべて無視した。静雄は仕事と私事を分ける人だと理解していたからだ。静雄が出ていくと、同僚の中村陽葵(なかむら ひまり)が胸を撫で下ろし、そっと深雪の隣に寄って囁いた。「部長って、本当にすごいです......社長のあんな強烈なオーラに、全然動じなかったじゃないですか!」「慣れよ。それより、このデータはよく出来てるけど、三か所、計算式が違うわ」深雪は彼女の頭を軽くコツンと叩いた。「ここ、ここ、それからここ。この三か所はもっとシンプルな公式を使えば、後々の点検がずっと楽になるの。無駄な手間を省けるでしょ?」陽葵は食い入るように深雪の指差す箇所を確認し、目を丸くした。「......すごい!複雑なプログラムをこんな簡単な公式で計算できるなんて!信じられません!」彼女はまだどこかでシンプルでは格好がつかないと思っているらしい。深雪はそんな考えを見透かして苦笑しつつ言った。「正直に言
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第219話

深雪は今にも涎を垂らしそうな陽葵の様子に思わず苦笑した。「陽葵、大袈裟すぎよ」「私......部長に会う前はもう辞めようかと思ってたんです!」陽葵はため息をつき、ちらりと深雪の顔色をうかがった。特に反応がなかったので、ようやく続けた。「この業界、女の私からしたら本当に不公平で......ずっと男たちに排斥されて、いじめられてきました」その言葉に、深雪は深く頷いた。確かにこの分野は男の世界と思われがちで、女性は最初から不利な立場に立たされることが多い。だが彼女たちは実力でここまで来たのだ。深雪自身も男に劣ると思ったことは一度もなかった。「陽葵は少し作業が遅いけど、正確さでは一番。女には女の強みがあるのよ。まだ未熟なところもあるけど、ちゃんと経験を積めば、きっと成果を出せる。そうすれば誰もあなたを見下したりしないわ」「今まで信じられなかったけど......部長を見てたら信じられるようになりました!」陽葵は深雪をまるで憧れの存在を見るように、瞳をきらきら輝かせていた。「仕事に戻りなさい」深雪は軽く笑い、再びデータへ目を落とした。口で励ますだけでは意味がない。結果を出すことが何よりの証明だからだ。陽葵はすっかりやる気を取り戻し、机に戻って作業を再開した。一方、透明なガラス越しに様子を見ていた静雄は驚きを隠せなかった。穏やかな眼差しと温かい微笑み。それは彼が一度も見たことのない深雪の姿だった。かつて彼の目に映っていた深雪は、ただの腹黒く、八方美人で、ひたすら媚びへつらう女だ。だが今の彼女はまるで別人のようだ。俺は本当にこの女と結婚しているのか?初めて、静雄は自分自身に疑問を抱いた。しかし二人の関係はすでに最悪で、このままでは松原商事にとって大きな損失になることも確かだった。静雄は迷いながらも、携帯を取り出し、逡巡の末にメッセージを送った。作業中の深雪のスマホが点灯した。何気なく画面を覗き込んだ瞬間その内容に思わず悲鳴を上げそうになり、危うくスマホを投げ捨てそうになった。慌てて画面を伏せて机に置いた。「......縁起でもない。最悪だわ!」心臓を押さえ、息を整えながら呟いた。静雄からのメッセージは意外にも「一緒に食事に行こう」という誘いだった。頭おかし
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第220話

深雪は頭を振り、休憩室に入って水を二口ほど飲み下すと、ようやく気持ちが落ち着いてきた。あの男が一体何を考えているのか分からない。そう思いつつも、退勤後はやはりメッセージで指定された住所へと向かった。そこは、以前静雄と一度だけ訪れたことのある隠れ店だった。その時、深雪は料理の美味しさに感激し、また来たいと願った。だがその店は会員制で、会員でなければ入れない。彼女は静雄の妻であっても会員カードを持たされることはなく、当然、自由に利用できることもなかった。再びこの場所に足を踏み入れた瞬間、胸に込み上げるのは複雑な感情だった。あの時ここで食事をした後、家に帰って寧々に「今度はきっとパパも一緒に来ようね」と約束した。寧々はそれから毎日のように楽しみにしていた。父と母と一緒にここでご飯を食べられる日を。でもその約束は、ついに果たされることなく、子はもうこの世にいない。寧々を思い出した途端、深雪の心は針で刺されたように痛み、呼吸さえ苦しくなる。案内の店員に従い、予約された包間の扉を開けた瞬間、深雪は異様な気配に気づいた。そこにいたのは静雄ではなく、陽翔だった。「深雪、久しぶりだな」椅子に腰掛ける陽翔は、にやりと笑いながら見上げてきた。その眼差しには、隠そうともしない悪意が満ちていた。「......なぜ、ここに?」深雪は咄嗟にバッグの中の防犯スプレーを握りしめ、身構えながら一歩退いた。だが陽翔は動かない。座ったまま、薄ら笑いを浮かべながら続けた。「南、いや、深雪さん。最近ずいぶんと威勢がいいじゃないか?俺がここにいるのは別に不思議じゃない。だが、お前がどうしてここにいるのか......誰に呼ばれたんだ?ん?」その矛先は明らかに静雄を指していた。稲妻に打たれたように、深雪の身体が震えた。まさか、本当に静雄を信じてしまったのか。「......静雄が君を呼んだの?」深雪は拳を固く握りしめ、歯を食いしばって陽翔を睨みつけた。「お前が俺の姉の相手になると思うか?」陽翔は酒をひと口飲み、冷ややかな目を向けた。「静雄から受け取った21億円を出せ。そうすりゃ痛い目に遭わずに済む」深雪は冷笑を浮かべ、きっぱりと言い放った。「......もし出さなかったら?殺すの?」「俺にできないとでも言う
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