Semua Bab いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?: Bab 61 - Bab 70

87 Bab

57.5【番外編】 プロポーズ失敗

 物心ついた時にはもう、戦争の始まる気配を感じていた。 これは後に2年続く世界大戦まであと半年という、メラーレがまだ八歳の頃の話だ。 ターメイヤの城下はまだ平和だったが、刀鍛冶を生業とする祖父が目に見えて忙しくなっていた。「ねぇ、おじいちゃん。この世界は怖いことになってしまうの?」 剣を叩く祖父・ダルニーの横で母の焼いたビスケットをかじりながら、メラーレはぼんやりと尋ねた。 おじいちゃんとはいえ、ダルニーはまだ若い。いつも汗まみれになって鉄を叩いているせいで腕の筋肉は隆々としているし、眼鏡も老眼用ではなく若い頃から掛けているものだ。 町でたまに見かける賢者のハリオスと同じ歳らしいが、ダルニーの方がずっと若く見えた。「今この国に城付きのパラディンは居るが、ウィザードは何年も不在じゃ。今開戦にでもなったら厳しいかもしれん。国王は戦力不足を懸念して武器や魔法使いの確保に尽力を尽くしているが、どうじゃろうな」「えぇ」「じゃが心配するな。戦争が起きて城下が攻め入られるようなことになれば、潰れる前に敗北するじゃろ。儂が元気なうちは、食う事にも困らんよ」「うぅん……良く分からないけど、ご飯が食べれるならいいのかしら」 メラーレはくるくると巻かれた髪を空いた手で弄びながら、大きく伸びをするダルニーを見上げた。「アッシュも戦争に行くのかしら」 アッシュは近所に住む一つ年上の男の子だ。彼はメラーレが初めて会った魔法使いだった。 魔法を使える人間は稀で、よく二人で丘に遊びに行ってはその炎を見せてもらった。「ヤマさんとこの子倅か。いやぁ、あれはまだ兵学校にも入っていない歳だろう? いくら魔法が使えるからと言って、即戦力にはならんよ」 兵学校は魔法使いや兵士を育てる全寮制の大きな施設で、城に併設されている。女子禁制だと聞いて、メラーレはいつも側を通るたびに中から聞こえる剣や魔法の音に心をときめかせていた。「そうなの……アッシュは凄いのよ? 彼が手を広げるとね、パアッと花火みたいに赤い炎が広がるの」 メラーレは、小さな眼鏡の奥の瞳を輝かせる。 ダルニーは額の汗を腕で拭って立ち上がった。彼女の横にそっと立ち、宥めるように肩を叩く。「戦争に行くという事は、死ぬかもしれないという事じゃ。行かなくてもいいもんを、わざわざ送り出すことはないんじゃよ」「死んでな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-10
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58 遅れてきた彼

 休み明けはテストだというのに、朝から教室は祭モードだ。 三時間目の終わりに保健室から戻った咲は顔色も良くなっていて、芙美は安堵する。「祭が楽しみで、昨日あんまり眠れなかったんだよ」 咲はそんなことを言うが、ワクワクとは程遠いぼんやり顔を授業中ずっと窓の外へ向けていた。 祭は五時からの神事に合わせて屋台が開くらしい。 芙美と咲は湊たちと駅で待ち合わせをして、その前に学校のトイレで少しだけメイクをした。とは言ってもリップクリームを塗って髪を整えるくらいだけれど。その頃には咲の様子もすっかり回復しているように見えた。「夏祭りなら浴衣着れるけど、もう涼しいからそういう訳にはいかないもんね」 いつも通りの夏制服に、芙美はベージュ色のカーディガンを羽織る。九月の終わりは夕方になると寒いくらいだ。 咲はいつもより少しだけスカートを長めに下ろして、「こんなもんかな」と鏡越しに芙美へ問いかける。「うん、可愛いよ」 見慣れないスカート丈に首を傾げつつ、芙美は笑顔を見せた咲にホッと胸を撫で下ろした。   ☆ 約束の四時半より少し早く駅に着いた。 いつもの殺風景な駅舎には大きな祭飾りが付けられ、壊れかけたスピーカーが割れた音で古い流行歌を流している。町からの下り列車からは、構内が溢れる程に人が下りて来た。 夕暮れの暗い山並みの真ん中に、斜面に沿った赤い光が見える。人々は駅からそこへ向けて緩い列を連ねていた。「この町にこんなに人がいるなんて、なかなかないよね」「今日だけだよ」 時計を確認する咲の横で、芙美は空を見上げる。雨の予報はなかったはずだが、町に沈み込むような厚い雲が広がっていた。 「はぁ」と短いため息を吐き出した口が、ふと甘い空気を含む。 あれと思ったけれど、声には出さない。智の言葉を思い出したからだ。 ――『匂いの事は、俺と芙美ちゃんの秘密にしておいて』 湊たちが修行するあの広場で二度感じた、砂糖を煮詰めたような甘い香りだ。あそこからは大分離れているのに、今日に限って何故だろうと思ってしまう。「咲……ちゃん?」「どうした?」 朝電車を下りた時は、こんな匂いは感じなかったはずだ。鼻を撫でつけるように主張してくるそれは、前の二回より格段に強くなっている。眩暈さえ引き起こしそうな臭気を、咲は感じていないのだろうか。 駅を出る祭客も、誰
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-11
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59 気付けなかった二人

 ――『行くなよ芙美。私を置いていくのか?』 衝動的とはいえ、その言葉を口にしてしまったことを咲は後悔した。 保健室で見た夢のせいなのか。これは、昔ヒルスがリーナにかけたセリフだ。 あれが芙美の過去を取り戻すきっかけになるわけじゃないが、可能性がゼロだとも思えない。「落ち着けよ」と自分に言い聞かせて、咲は改めて目の前に立つ湊を見上げた。 待ち合わせに現れたのは、彼一人だけだ。「芙美は用があるから、咲に行ってくれってさ。てっきりお前のトコに行ったと思ってたよ」 芙美の様子が変だった気もするけれど、咲はそれをあまり深くは考えていなかった。「俺は何も。智も来てないなんてな」「アイツら逢引してるかもな」 ニヤリと笑う咲に、湊は仏頂面で黙る。「まぁそんなことはないんだろうけど、もう少し待とうか。この二人で祭だなんて滑稽だもんな」 咲の中で、今日祭に行くという選択肢は消えている。ここで四人揃ったら、明日の事や智の運命、そして自分と芙美の事を話すつもりだ。だから、その後に祭りなんて行けないだろう。 なのに再び到着した列車からの客が駅舎を出ても、二人はそこに現れなかった。 湊と二人でいる沈黙は、咲にとって苦痛でしかない。ラルの頃から嫌いな湊が芙美の恋人になってしまったと思うと、更に怒りが増してくる。 けれど、明日を乗り越える為に彼の力は必要だ。だからここで仲違いするわけにはいかず、咲は苛立つ気持ちを抑え付ける。 湊はずっといじっていたスマホをしまい、横目に咲を見た。「海堂、昼間倒れたけど大丈夫なのか?」「はあっ? お前が私の心配するなんて、天変地異の前触れじゃないのか? やめてくれ」 かつて湊にそんな心配をされた記憶がなく、咲はしかめ面を向ける。 湊は投げやりに「あぁ、そうですか」とそっぽを向いた。「けど、ありがとうな。私は大丈夫だ」「おぅ」 湊とうまくいかないのは昔からだ。この関係は一生変わることはないだろうが、嫌だとばかり騒いでいては、きっと後悔する気がした。「湊、お前はどうして芙美のことを好きになったんだ?」「はぁ? 何で今そんな話しなきゃならないんだよ」「私が聞きたいからだよ。それに、今聞くべきだと思ったんだ」 真実を告げる前に聞いておきたかった。 芙美がリーナだと分かっている智ならばその気持ちも納得できるが、湊は芙美
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-12
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60 土下座

 困惑する湊を一瞥した絢が、咲に「任せたわよ」と告げて学校とは逆を見やった。 広場の方角――まさに芙美が飛び出していった方角だ。けれど咲が目を向けた所で何も感じ取ることはできないし、湊も首を傾げるばかりだ。これは単純に魔法使いかそうじゃないかの差なのかもしれない。「あの子はもう思い出したの?」 「いや」と声を震わせる咲に、絢は「そう……」と眉を顰める。「なのに行ったとなると心配ね。私たちは町に居る人たちを守るから、貴方はそっちをお願い」 そう言い置くと、絢はくるりと踵を返して来た道を戻って行った。 咲は掴まれたままの腕を払って、湊を正面から見上げる。「なぁ湊、芙美は何で智を追うんだよ。記憶も力もない筈なのに、お前たちまさかアイツに「お前はリーナだ」とか言ったんじゃないだろうな?」 咲は湊に不安を投げつけた。 誰にもまだ何も話していないのに、事態は勝手に先へ進もうとしている。 智が10月1日のハロンに遭遇しているのなら、彼はもうこの世にいないような気がしてしまう。震え出す体に歯を食いしばって、咲は湊に訴えた。「芙美が僕に言ったんだ。お前や智と同じように、自分もターメイヤから来た転生者だったら良いって」「言っただけなんだろ? 俺は荒助(すさの)さんが崖から落ちた夢を見たって言うから、俺たちもそうやって向こうの世界から来たって言ったんだ。けど、そんなの夢だろ? 彼女がリーナだなんて」「勝手に違うって決めつけるなよ!」 咲の声が大きくなって、横を通った祭客が肩をビクリと震わせる。 そんな事があったなんて、咲は知らなかった。芙美は少しずつ過去を取り戻していたのかもしれない――そう思ったら冷静さを保てなくなって、涙が溢れた。「ラルの馬鹿野郎……やっぱりお前なんか……」「おい、何で泣くんだよ。まさか……本当だって言うのか?」 浅く頷いた咲に、湊は絶句する。「芙美はリーナで、絢さんはルーシャなんだよ。芙美が雨を苦手だっていうのは、アイツがリーナだからだ。お前ならその意味が分かるだろう?」 感情が高ぶって、咲は湊の胸をドンと叩いた。 芙美が雨を嫌うのは、リーナがハロンと戦った時の記憶が頭のどこかに残ってるせいだと咲は思っている。 ルーシャと次元隔離を行う少し前の事だ。一人で挑んだ最後のハロン戦で疲弊して、リーナは雨の中倒れた。ラルとアッシ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-13
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61 横たわる影

 殺気立つ甘い匂いに、芙美は両手で鼻を抑え付けた。広場のある山へ一歩近付くごとに、それは確実に強くなっている。 根拠なんて何もないが、そこに智がいる気がしてならない。「やっぱり私はリーナなのかな?」 記憶も力もなくては何の意味もないけれど、崖から落ちる夢を見た事も、この匂いを感じる事も、自分の都合良く「そうだ」と断言してしまえば、今のこの行動を「使命」だと言い切れる気がした。 川沿いの小道にポツリと並んだ古い電柱の灯りが坂の入口で途絶え、芙美は闇の奥に目を凝らす。 踏み出そうとした足に一旦躊躇したのは、山の深さへの恐怖よりも辺りが異常なくらいに静かだったからだ。もしそこで戦闘が起きているのなら大きな音が聞こえてきそうなものなのに、祭の音も遠退いて、沈黙が広がっている。 突然羽ばたいた鳥の羽音がこだまして、芙美は「ひゃあ」と声を上げた。びっくりして数歩退くと、手の離れた鼻がまた甘い臭気を感じ取る。「何があるの……?」 智の放つ炎の色もない。彼等がそこにいる可能性は低いのかもしれないし、普段なら絶対に一人で踏み込むような場所じゃない。「けど、行かなきゃ」 咲の制止を振り切ってまでこの闇に入ろうとする衝動に、自分でも驚いてしまう。 闇は深く、木と道の境目がぼんやりとわかるほどだ。地面を探りながら何度も転びそうになって進んでいくと、道の奥の闇が薄れた。そこが広場だと確信した途端、急に強い匂いが沸いて、ゲホゲホとむせる。 異常だ──直感的に息をひそめると、目指す先で何かがゴウンと低い音を響かせた。 悪魔の咆哮のようで、急に恐怖が舞い降りる。けれど来た闇を戻る度胸もなく、前へと足を進めた。 広場はあまりにも静かで、智や湊が居るようには見えない。杞憂かと気を緩めたその瞬間、芙美を何者かが拒絶する。急に息ができなくなって、反射的に後退った。道と広場のはざまに見えない壁を感じて、芙美は息苦しさを堪えながら闇へ目を凝らす。 雲間から欠けた月が現れ、藍色に包まれた広場のすぐそこに横たわる黒い影が見えた。何だと思うのと同時に、それが人の形をしている事が分かってザワリと背筋を震わせる。「湊……くん?」 そうでありませんようにと祈りながら声を掛ける。「智くん……?」 しかし影は動かない。甘い匂いに混じる焦げ臭さを感じて、芙美は頭上を仰いだ。 広場を囲む
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-14
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62 お前がリーナだよ

 その闇がハロンだと腑に落ちた理由は分からない。 田中商店で智や湊から話を聞いた時に思い描いたのは、特撮映画に出てくるような恐怖の大怪獣だった。なのに実態の見えない闇にハロンだと呼び掛けて、芙美は横たわる影を一瞥する。 彼は本当に智なのだろうか。 生きているのか――と懸念して、少しずつ闇に慣れてきた目を凝らすと、カサリと小さな音が鳴った。腰の横に伸びた黒い手が、地面の砂をそっと掻く。「智くん! 死んじゃダメ! 湊くんが来るまで頑張って!」 ほんの少しだったが生きていると確信して、芙美は声を張り上げた。 広場全体がハロンに浸食されて、智がその腹の中に居る状態と言っても過言ではない。 大体、この魔物はいつからここに居るのだろう。湊と来た時に感じた匂いは、ガスが充満するように少しずつ濃くなったのかもしれない。「けど……これと戦うって、どういうことなんだろう」 敵は芙美に対して攻撃してくる素振りは見せない。闇に意思があると言うのなら、気付いていないとは思えないけれど。「私がもしリーナだったら、智くんを助けられるかな」 勝手に動いては駄目だと言われたけれど、彼を置いてここから逃げ出すわけにもいかなかった。 芙美は人差し指を立てて、弾かれた境界線にもう一度腕を伸ばす。来た道と広場の境目で、指先が何か柔らかいものに触れた。「クッ」 同時にバチリと痛みが走るが、次第にそれは麻痺していく。いけるかもしれない──自分の感覚に期待して、芙美は生温い感触にそのまま指を押し込んだ。 けれど腕が半分ほど闇に飲まれた所で、今度は痛みが全身を貫く。「あぁぁあ!」 慌てて手を抜き、丸くうずくまった。 やはりこのまま闇雲に手を出すのは危険だ。何もできないまま命を削られてしまうことを恐れて、芙美はスマホを取り出す。 湊から『どこ?』とメールが来ていた。表示時刻からすると、この山に入る前くらいだ。マナーモードになっていて、全然気付くことができなかった。 返信を打とうとした指を、芙美は通話画面に切り替える。電波を探って少し間を置いた後に、呼び出しのコールが鳴った。「湊くん、出て……」 ゆっくりと立ち上がってスマホを両手に握り締めると、背中から小さく着信音が聞こえ出す。「え? 湊くん?」 後れて複数の足音がバタバタと近付いてきて、「はい」と出た返事が闇から現れ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-15
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63 やってもいないことは、きっかけにならない

 お前がリーナだと言って、芙美は咲が予想していたよりも驚いてはくれなかった。 記憶と力を戻す文言は、予め絢からインプットされている。芙美への想いを乗せて吐き出した言葉は自分でも何を言っているのかさっぱり分からなかったが、間違ってはいない筈だ。 こんな魔法を日常的に使いこなす魔法使いは凄いなと改めて思った。「芙美、思い出したか?」 咲との抱擁から解放されて、芙美はぼんやりと首を傾げる。記憶を取り戻した彼女が現実を知ってどんな反応をするのかと咲は不安を覚えるが、芙美は無言のまま何度も瞬きを繰り返すばかりだ。「どうした? リーナ?」 咲が再度声を掛けると、芙美はハッとして湊を振り向いた。「私が……やっぱりリーナなの? だったら、智くんを助けてあげられる?」 おかしいぞと咲は眉を顰め、湊と顔を見合わせた。 湊は闇を警戒しながら、困惑顔で芙美に尋ねる。「荒助(すさの)さん、思い出してないの?」「――えっ? 思い出すって……」 黙る芙美に、咲は「おい」と湊を呼びつけた。「あと何をすればいいんだよ? 僕はルーシャの仕込んだ通りに呪文を唱えたんだぞ?」「俺に聞くなよ。けど本当に荒助さんがリーナなのか?」 まだ半信半疑らしい湊に、咲は苛立って説明する。「何で分からないんだよ。鈍感にも程があるぞ? 僕がリーナを間違えるわけないだろう? 芙美は本当にリーナなんだよ」「咲ちゃん……」 彼女が取り戻しただろう魔法の気配を、咲も湊も読み取ることはできない。答え合わせが出来ないまま、湊は暗闇の広場へそっと手を伸ばす。「とにかく、この膜を破って智を早く助けないと手遅れになるぞ」 けれど指先が触れた途端バチリと火花が散り、慌てて引き戻した手をさする。「海堂、これどうやったら剥がせると思う?」「僕に聞くなよ。なぁ湊、ルーシャはお前一人でハロンと余裕で戦えるって言ってたぞ?」「中にさえ入れれば、な。これは物理的な力じゃ無理なんじゃないか?」「なら、魔法使いの力が必要ってことだよな」 そう言って芙美を振り向いた咲に、湊は「ちょっと待てよ」と言い掛ける。「まさかリーナをウィザードに戻すつもりなのか?」「そうだ。リーナは前世で魔力を失ってなんかいなかった。記憶さえ取り戻す事が出来れば、魔法を使えるはずなんだよ」「アンタがその決断を下すのか? 嫌だったん
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-16
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64 最強の剣に見えなかった

 「大好きだよ」と言った咲の声を、芙美は懐かしいと思った。 いつも煩いくらいに繰り返された、大好きな兄の言葉だ。 頭に鈍い衝撃を食らったかのようにドンと記憶が下りて来て、あぁそうだったんだと理解する。気付いたらもう第一のハロン戦が始まっていた。 遅い……いや、まだ大丈夫だ。「間に合った」 芙美は闇を見据える。甘い匂いもそうだが、過去に戦ったハロンに似た気配はちゃんとそこにある。 智の魔力の気配も感じ取ることができる――生きているという証だ。 芙美は二人を振り返って、「ありがとう」と伝えた。「こんなに長く忘れていられるものなんだね」 ラルにヒルス、そしてアッシュ。ターメイヤに居た頃と同じ顔ぶれにホッとしたところで、芙美はハッと我に返った。「えっ、ちょっと待って。咲ちゃんが兄様だったの?」 アニメや小説の世界では、転生で性別が変わるというのはたまに聞くけれど、自分の兄となると、すんなり受け入れることができない。 記憶がない間に彼女と過ごした日々が走馬灯のように流れて、芙美はブルリと身震いした。「そんなの嫌……」 咲がヒルスだと思って考えれば、別人だと反論できる要素なんて一つも見つからない。むしろ何故気付かなかったのかと思えるくらいだ。 前に湊と智が『ヒルスに似てる』と言った咲は、本当にリーナの兄・ヒルスだった。「咲ちゃん、兄様のまんまじゃない」「いや本人だからな。けど今の方が僕はだいぶ可愛いぞ? それより早くやってくれ。智の命はお前に掛かってるんだからな」 急かす咲に頷いて、芙美は横に立った湊と顔を見合わせる。とりあえず今はハロンとの戦いに集中しなければならない。 記憶が戻る前よりも感覚が鋭くなっている。まだリーナのレベルには至らないが、さっきまで気付かなかった情報をちゃんと拾う事が出来た。 遠くでキンと鳴る耳鳴りは、魔法が発動された合図に聞こえる。「これって、空間隔離?」 空間隔離は定めた場所を守る、こっちの世界で言う結界のようなものだ。 一人の魔法使いが容易に使えるものではなく、魔法陣を数か所に描いたりと大掛かりな準備が必要だ。「智くんがこれをやったの?」 一概に魔法使いだと言っても、炎専門のアッシュでは空間隔離の生成は難しいだろう。「いや、多分ルーシャだよ。祭の方は自分が守るって言ってたから」 咲の説明に、芙
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-17
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65 助っ人現る!?

「下がって、二人とも」 空の手を湊の前へ滑らせ、芙美は素早くロッドを構える。 ドンドンと下から突き上げてくる振動を堪えて、広場との境界線ギリギリの位置で闇を仰いだ。 昔リーナが魔法の訓練をしていた時、大戦の最中に現れたハロンの話をルーシャから聞いたことがある。 ──『私じゃダメだった』 そんな彼女の言葉が蘇って、芙美は武器を握りしめた両手に力を込めた。「まずは智くんを助けなきゃ。その後に湊くんがハロンの核を攻撃してくれれば」 相手に魔法が効かないというのなら、その作戦が手っ取り早い。「荒助(すさの)さん気を付けて。合図くれたら出れるから」「ありがとう、湊くん」 すぐ後ろで戦闘態勢に入る彼を肩越しに一瞥した。 さらにその後ろには咲がいる。『逃げて』と叫びたい衝動を一旦飲み込むのは、その選択が正しいのか判断に迷ったからだ。目の届く範囲に居る方が良い気がする。 丸腰の咲を守らねばならないという使命感すら湧いて、芙美は声を張り上げた。「咲ちゃんも気を付けて!」 芙美はロッドをくるりと回し、柄の方を闇へ向ける。地面と平行に構え、さっきとは別の文言を唱えた。掌の内側から溢れた光が柄の表面に刻み込んでいくのは、懐かしいターメイヤの文字だ。「いけ!」 光が球を光らせるのと同時に、芙美はロッドの柄を闇に突き刺した。ぐにゃりとした感触は、弾力のあるゼラチン質だ。さっき手で触れたような痛みはないが、中からの反発力は大きい。 闇に刺し込めば刺し込むほどロッドを押し戻す力が強くなって、芙美は必死に力を込めた。中をかき混ぜるように手を動かすと、闇はグチャリグチャリと音を立てる。「重い……」 背の高さよりも長い柄の三分の一ほどを侵食させたところで、芙美は炎を発動させた。 闇の内側で放出した緋色の光は広場の隅々へ向けて放射状に広がり、パアッと闇の輪郭を見せる。 頭上を黒い影が横切るのが見えて、湊が「いた」と叫ぶ。けれど光は五秒ももたないうちに闇へ飲み込まれた。 これがハロンなのかと言う程に闇は大人しいが、進入を拒む意思はハッキリと伝わってくる。「がんばれ、芙美」 咲の声援が聞こえるが、状況はあまり良くなかった。 再び送り出す炎は闇を素通りして、囲われたドームの外へと消えていく。魔法が効かないという事実は魔法使いにとって分が悪い。少なくとも過去にリ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-18
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66 鬼の宰相と呼ばれた男

 リーナの師である魔女のルーシャが絢だというなら、彼もターメイヤから来た誰かなのかもしれない。 けれど、芙美はピンとくる人物を思い浮かべることができなかった。 高校のクラス担任という認識しかなかった中條明和(めいわ)は、ある意味ヒルスと似たおかっぱの髪をヒラリと後ろへ払って、「記憶は戻りましたか?」と芙美を振り向く。 芙美は躊躇いつつも、「はい」と頷いた。さっき食べた丸薬の味が口の中に滲んで、しかめ面のまま彼に尋ねる。「中條先生もターメイヤから来たんですか?」 しかしその答えを待たずに、湊が「そうか」と納得する。咲はずっと中條を睨んだままで、どうやら二人ともその答えに辿り着いているらしい。「二人とも先生が誰なのか分かるの?」「分かるっていうか、ほら……名前が似てるから」「名前? 中條先生の名前って……明和? めい……そうか、ギャロップメイ! 宰相の?」 ターメイヤ国王の横に良く居た顔を思い出して、芙美は「あぁ」と声を上げる。皆に共通する事だが、見た目はターメイヤの頃とは大分違っていた。「鬼の宰相と言えばターメイヤじゃ子供だって分かる。そんな貴方がどうしてこの世界に居るんですか?」「説明は後にしましょう。今はこの敵を倒す事を優先させて下さい。リーナ?」「は、はいっ!」 急に呼び掛けられて、芙美は緊張を走らせる。 リーナの時、彼とは何度か話をしたことがある。ラルたちを追い掛けてこの世界へ来ようと思った気持ちを、最初に打ち明けたのは彼だった。あまり接点がなく博識のギャロップは、ルーシャたちよりも旅立つ決心を話しやすかった。「アッシュを助けたいと思う気持ちは、今も変わりませんか?」「もちろんです。私は彼を死なせたくない」 さっき記憶を戻す前、同じことを咲に聞かれた。あの時と今とじゃ返す言葉の重みが違う。「分かりました」 ギャロップメイという人間が『鬼の宰相』と呼ばれているのは知っているが、リーナにとっての彼は優しい人だった。今もこうして穏やかに笑んだ彼にホッとしている。「私は大戦の時、遠方で指揮を執っていて次元隔離の瞬間には間に合いませんでしたが、ルーシャに話は聞いています。彼女がもしもの為にと私をここへよこして正解でしたね」 中條は手にした懐中電灯を闇へ向けた。 あちこちへ光を振っても元々ある風景が見えるだけで、ハロンの核らし
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-19
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