──『アレが現れた時、どうして私たちは人間同士で戦争なんかしてるのかしらって思ったわ』 昔、大戦の話をした時に、ルーシャがそんなことを言っていた。 ──『本当の敵は人間じゃないだろうってね。それでも戦争は続いたけど』 ハロン出現から次元隔離完了まで、半日もなかったという。パラディンの帰還を待つ余裕なんてない、一刻の猶予を争った末の決断だったらしい。 間に合ったのが奇跡だと言って、ルーシャは哀しそうに微笑んだ。 ☆ 慣れてきたと思っていた嗅覚が、また甘い匂いを拾い始める。 ロッドから放たれた炎が照らしつけたその姿は、人の背の倍はあるだろう巨大な漆黒の球だった。炎を反射して飴色に光り、金属のような重量感のある見た目を無視して、無機質にフワリフワリと空中を彷徨う。 ただ不気味に浮かぶだけなのに、そこから発される無言の威圧感に息をすることすら忘れそうになった。「ルーシャから聞いてはいましたが、これは大きな的ですね」 中條の声に危機感は感じられない。「ただの的なら倒すのも簡単だろうけど……」「簡単ですよ。アレを仕留めるのに欲しいのは覚悟だけです。このハロンは昼の空に恐怖を降らせるので、夜の間は何も怖いことはありません。貴方たちはアッシュを助けるんでしょう? 運命を変える覚悟をするだけで終わらせる事ができますよ」 アッシュがやられた時は、まだ明るかった筈だ。けれど夜になった今ハロンが落ち着いているかといえば、それも100パーセントではないような気がする。 試すように笑んだ中條から目を逸らして、芙美はロッドの炎を鎮めた。くるりと回した指の軌跡に魔法陣が現れて、ロッドを柄から吸い込んでいく。 深い闇が戻って、ハロンの咆哮が木霊した。 口なんてないのに全身で響かせてくる声に、芙美は息を呑む。「この壁の内側は、空気が薄い筈です。一度仕掛けたら一気に終わらせないと取り込まれます。今のうちに少しなら休んでも構いませんよ。やる気になったら言って下さい」 中條は芙美を一瞥すると、嫌顔の咲に並んで目を閉じた。 休憩などいらないと思うが、芙美は逸る気持ちを一旦リセットさせて闇を見据える。「私が……」 そっと呟いた声は、誰の耳にも届かないほど小さい。 目の前にいるのは、リーナが戦ったハロンとは全くの別物だ。魔法攻撃を受け付けないモンスターは、山に行
Terakhir Diperbarui : 2025-07-20 Baca selengkapnya