Semua Bab いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?: Bab 71 - Bab 80

87 Bab

67 無機質な黒

 ──『アレが現れた時、どうして私たちは人間同士で戦争なんかしてるのかしらって思ったわ』 昔、大戦の話をした時に、ルーシャがそんなことを言っていた。 ──『本当の敵は人間じゃないだろうってね。それでも戦争は続いたけど』 ハロン出現から次元隔離完了まで、半日もなかったという。パラディンの帰還を待つ余裕なんてない、一刻の猶予を争った末の決断だったらしい。 間に合ったのが奇跡だと言って、ルーシャは哀しそうに微笑んだ。   ☆ 慣れてきたと思っていた嗅覚が、また甘い匂いを拾い始める。 ロッドから放たれた炎が照らしつけたその姿は、人の背の倍はあるだろう巨大な漆黒の球だった。炎を反射して飴色に光り、金属のような重量感のある見た目を無視して、無機質にフワリフワリと空中を彷徨う。 ただ不気味に浮かぶだけなのに、そこから発される無言の威圧感に息をすることすら忘れそうになった。「ルーシャから聞いてはいましたが、これは大きな的ですね」 中條の声に危機感は感じられない。「ただの的なら倒すのも簡単だろうけど……」「簡単ですよ。アレを仕留めるのに欲しいのは覚悟だけです。このハロンは昼の空に恐怖を降らせるので、夜の間は何も怖いことはありません。貴方たちはアッシュを助けるんでしょう? 運命を変える覚悟をするだけで終わらせる事ができますよ」 アッシュがやられた時は、まだ明るかった筈だ。けれど夜になった今ハロンが落ち着いているかといえば、それも100パーセントではないような気がする。 試すように笑んだ中條から目を逸らして、芙美はロッドの炎を鎮めた。くるりと回した指の軌跡に魔法陣が現れて、ロッドを柄から吸い込んでいく。 深い闇が戻って、ハロンの咆哮が木霊した。 口なんてないのに全身で響かせてくる声に、芙美は息を呑む。「この壁の内側は、空気が薄い筈です。一度仕掛けたら一気に終わらせないと取り込まれます。今のうちに少しなら休んでも構いませんよ。やる気になったら言って下さい」 中條は芙美を一瞥すると、嫌顔の咲に並んで目を閉じた。 休憩などいらないと思うが、芙美は逸る気持ちを一旦リセットさせて闇を見据える。「私が……」 そっと呟いた声は、誰の耳にも届かないほど小さい。 目の前にいるのは、リーナが戦ったハロンとは全くの別物だ。魔法攻撃を受け付けないモンスターは、山に行
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-20
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68 最強の剣で勝利する

 両手で構える湊の剣は、彼の背よりも少し長い。 振り上げた刃で闇を斜めに切り込むのと同時に、バツリという音と鈍い光が弾けた。「てっ」 全身に響く反動を堪えて、湊は闇の中へと大きく踏み込む。咲が懐中電灯で智を照らすが、中條が言う通り、貫通するにはまだ遠かった。行く手を阻む無色の壁は、まだ1振り分そこにある。「湊くん!」「荒助(すさの)さん、もう一度いくよ!」 芙美は「分かった」と彼を追い掛ける。 湊が2振り目を宙に切り込むと、今度はパァンと壁が弾けた。途端にゼラチン質の壁が粉々に砕けて、ザアッと砂状の粒を地面に降らせる。「きゃあ」 思わず叫んだ芙美に、湊が叫んだ。「剣を!」 芙美は智の向こうへ飛び込んで、彼の剣を奪取する。鞘のない剥き出しの剣は、握りしめた瞬間芙美の魔力に呼応して白い光を滲ませた。 後ろから駆け込んできた中條が、ぐったりした智を横抱きにして元の位置へと踵を返す。再び壁が生成されていくのが見えて、芙美は素早く剣を振り下ろした。しっかりと2回分のダメージを受け止めて、芙美は肩を上下させる。「はぁはぁ……」 致命傷には至らないが、薄い空気に眩暈がして芙美は深呼吸を繰り返した。 闇の外へと脱した中條の「無事です」と叫んだ声が、塞がりかけた壁の外側に籠った音を響かせる。傷一つ残らない無色の壁に彼等の姿がぐにゃりと歪んだ。「再構築か」 外の空気が遮断されて、痛いくらいの無音が広がる。今この中に居るのは、芙美と湊、それに生温い宙をハロンが彷徨う。 ブン、と低い音が頭上で鳴った。 ここからはヤツとの戦いだ。ジリと距離を詰めた湊と背を合わせ、剣を構える。「ハロンは多分、崖の方だよ」 ここは敵のテリトリーだ。踏み込んだらすぐに襲われるかもしれないと思ったけれど、ハロンはまだ沈黙を続けている。 魔法が効かないという効果以外に、敵の攻撃パターンを読むことはできない。 相手が魔法を使う気配はないけれど。「何してくるか分からないけど、想定外って考えは駄目だよね」 想定外だと思うことを想定の範疇に持ってくるのは、簡単なようで難しい。芙美は文言を唱えて、指先に炎を熾す。智の剣にそれを滑らせると、刃が赤く色を灯した。 赤黒く照らされた天井に、黒い穴を空けたようなハロンの姿が浮かぶ。「来るよ」 敵の気配が強まって、数十メートル先の
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-21
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69 ウィザードの覚悟

 刃を失った最強の剣の柄を両手で握りしめたまま、湊は悄然と肩を落とした。 折れた刃を体内に残したまま黒い闇を吐き続けるハロンは、徐々に小さくなって潰れたビーチボールのように皺だらけの殻を残す。支えを無くして地面に転がった刃を、湊はそっと取り上げた。 左手に柄を、右手に刃を持って割れ目を合わせるが、物理的に折れた刃はカチリと音を鳴らすだけで元の姿には戻ってくれない。「ど、どうしよう」 対ハロン戦を想定した最強の武器を失った湊の動揺に、芙美は掛ける言葉が見つからなかった。 月に照らされた藍色の闇は、お互いの表情を確認できる程に明るい。壊れた眼鏡を外した彼は、血の乾いた額に腕を当てて表情を歪めた。「次のハロンが出て来るまで、あと2ヶ月しかないのかよ……」「絢さんがルーシャだって言うなら、きっと何か方法をくれる筈だよ。それより今は、智くんを救出できたことを喜んでいいと思う。湊くんが居てくれたお陰だよ?」「確かにあの人ならどうにかしてくれるかもしれないね。けど、智を救えたのは俺だけの力じゃないよ?」 湊の視線を追って、芙美は空中を仰いだ。ぽっかりと開いた次元の穴は、砕けた闇を全て吸い上げると、干からびた球の残骸を残し、潰れるように風景に溶けた。「運命を狂わせたら災いが起きるって言ってたけど、実際はどうなるんだろうね」「その剣が折れた事も、代償の一つだと思いますよ」 中條が思案顔で呟く。「ただ、何がどうのって事も分からないし、絶対に起きる保証もありません。影響があれば一つずつ対処していくそれだけの事ですよ」「そうですね」 武器を失った焦りに、湊の声が震えた。短い沈黙を壊したのは、咲の悲痛な声だ。「智っ! 智ぉ!」 しゃがみ込んだ咲の側で仰向けに横たわった智は、目を閉じたまま動かない。生きている気配はあるが、さっきまで動いていた手はがっくりと地面に落ちている。 芙美は地面に膝をついて、そっと彼の手に触れた。温かいけれど、反応はない。「智! 何でだよ智! 死ぬなよ、生きてるなら目を覚ませよ!」「智、返事してくれ」 湊の呼びかけにも反応はない。 咲は今にも零れ落ちそうな涙を目にためて、必死に呼び掛ける。ターメイヤに居た頃、ヒルスは兵学校で一緒だったアッシュととても仲が良かった。「目を空けろよ。僕が何のためにリーナの記憶も力も戻したと思っ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-22
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70 口実

「二人とも、お帰り」 学校に戻ると、校門の所で校長の田中が芙美たち二人を迎えた。辺りは真っ暗だが、いつもの登校風景と変わりなく感じてしまう。 去年の夏に広井町の図書館で出会い、この学校を芙美に勧めてくれた彼は、ターメイヤの賢者ハリオスだという。湊が「ハリオス様」と挨拶する横で、芙美は涙腺が緩むのを堪えながら笑顔でその胸に飛び込んだ。「全然気付かなかったよ、おじいちゃん」 少し弾力のある感触を懐かしく感じる。親代わりとして何年も一緒に暮らした彼との、十七年ぶりの再会だった。   ☆ 保健室のベッドで横になる智は、ずっと目を閉じたままだ。 咲は彼の口元にそっと耳を寄せて、小さく聞こえる寝息に安堵する。「生きてて、良かったな」 自分がヒルスだとバレていたのに、ずっと運命など知らないフリをした。一度でも彼を殺そうとした自分を責めて、咲は唇を噛む。智に許してもらえるかは分からないけれど、きちんと話す機会は必要だ。 同時に、彼が死なずに済んで空しいような寂しい気持ちが燻ぶっているのも現実だった。 年末の戦いを控えて湧き上がる不安は、ヒルスの頃から分かっていた事だ。この世界に来たところで自分には何もできない。芙美の力と記憶を戻す役目とやらも、既にやり遂げてしまった。 ガラリと扉が開いて、養護教諭の一華ことメラーレが入って来る。「彼のおうちに電話してきました。お祭りで怪我しちゃったから今日はここで預かりますって。驚いてたけど何とか納得していただけましたよ」「そりゃ良かった。まさか死にかけたとは言えないしな」 湊の怪我も大したこと無かったと言って、一華は手にしていた消毒液の瓶を棚に戻した。「芙美たちはハリオス様の所?」「はい。校長室で楽しそうに話してますよ」 一華は智を挟んだ反対側の椅子に腰を下ろした。「メラーレ、これで良かったんだよね?」「私は、お兄さんに感謝してます」「好きだったんでしょ? コイツのこと」 一華は泣き出しそうに顔を歪めて、そっと顎を引いた。「先生がメラーレだって知ったら、智は驚くだろうね」「どうなのかしら。こっちの世界じゃ向こうより成長の進みが一年遅いみたいなんです。それでも大分歳が離れちゃったから、相手にすらされないかも」「そうだったんだ。メラーレはルーシャたちみたいに魔法でいじってないの? 顔はちょっと違う気
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-23
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71 彼女が誰かなんて分からなかった

 智が目覚めた場所は、誰も居ない高校の保健室だった。 朝だか昼だか分からないが、閉じたままのカーテンが陽の色に染まっている。状況が飲み込めないまま起き上がろうと身体を捻ると、肋骨に痛みが走って再び横になった。 真白な布団に頭まで潜り、大泣きする咲と芙美の記憶が蘇って「そうか」と納得する。「え、けどちょっと待って。何で学校?」 あの広場で倒れてからここに来るまでの経緯を全く思い出すことができない。困惑しながらもう一度起き上がる体勢をとるが、再び痛みが同じ位置を襲った。「やべぇ」 これは骨をやってしまったのかもしれないと不安になった所で、廊下側の扉がガラリと開く。「あ、起きたのね」 小さな土鍋の乗ったトレイを手に入ってきたのは、養護教諭の佐野一華だ。 そういえばこの間、芙美への告白を彼女に聞かれていた。気まずいなと思いつつ平静を装う。「おはようございます」 チラと確認した腕時計は、七時半を過ぎたところだ。どうやら今は朝らしいが、彼女はどこまで事情を知っているのだろうか。「おはよう。そろそろかなと思っておかゆ作って来たんだけど、気分はどう? 食べれそう? それともお肉の方が良かったかしら」「いえ、おかゆがいいです。ありがとうございます」 まだ熱いからと言って一華はトレイを応接セットのテーブルに乗せると、窓際のカーテンを開いた。 晴天の太陽が眩しい。 痛みを堪えて起き上がると、彼女が「無理しないで」とそっと背に手を伸ばした。「すみません」「いいのよ。少し骨を痛めたのかもしれないから、ちゃんと病院に行ってね。御両親にはお祭りでハメ外しちゃったって言ってあるから、うまく合わせてくれると助かるわ」「は、はい」 だからどうして彼女はそんなことをしてくれるのだろうか。 転校してきてまだ一ヶ月の智は、芙美との一件以外で彼女と話した記憶もない。 彼女が保健の先生だから……なのだろうか。「あの、俺どうしてここにいるんですか? 全然覚えてなくて。湊がここに運んでくれたんですか?」「違うわ、中條先生よ。長谷部くん大きいけど、軽々と運んできて驚いちゃった。お姫様抱っこっていうの?」 うふふ、と穏やかに笑む一華に、智は「えっ」と声を詰まらせる。想像したくないワンシーンが頭を過って、背筋がゾッと寒気を感じた。 大体、何でここで中條の名前が出てくる
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-24
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72 お兄ちゃんの彼女と、兄様の彼

 絢の家に泊る湊と別れ、芙美は蓮の運転する車で強制連行された。 家に着いた時には既に土曜へと日が変わっていたが、リーナの記憶が頭いっぱいに溢れて落ち着くまで少し時間がかかった。ハロン戦の疲れも相まって日曜の夕方まで部屋でゴロゴロしていたところで、芙美はふと重要な事を思い出す。 翌日から中間テストだと言う事をすっかり忘れていた。   ☆「何でお前は、俺が折角教えてやった所まで間違えてるんだよ」 今日はハロン戦から一週間後の土曜日だ。 出掛ける準備に洗面所と部屋を往復しているのを、シャワー上がりの蓮に呼び止められた。上半身裸で髪をぐしゃぐしゃに拭きながら不平不満を零す兄に、芙美はムッと反論する。「できなかったものはしょうがないじゃない」 テスト前日に頼み込んで、苦手な英語を付きっ切りで教えてもらった。しかし文法やら何やらを短時間で詰め込んだ結果は68点で、蓮の期待を遥かに下回るものとなってしまった。「90点目標なんて無理だったんだよ」「最初から諦めるなよ。一学期はもう少し良かっただろ?」「テストは毎回同じじゃないでしょ? 今回は難しかったの!」 言い訳にしかならないが、勉強に集中できる気分ではなかった。それで68点も取れたのだから、芙美的には満足している。それに他の教科はもう少し点数が良かったし、朝電車の中で湊に教えてもらった数学は85点だった。 次に来るハロンは、過去にリーナが倒すことのできなかった最大の敵だ。奴が現れるという12月1日が、今度は期末テストの直前だったことを思い出すと頭が痛い。「次はもうちょっと頑張るよ。それでね、今度うちで咲ちゃんも一緒に勉強しようって提案したの。いいよね?」「構わないけど。それって咲ちゃんはOKしたの?」「咲ちゃんはお兄ちゃんが居ると恥ずかしいから嫌だって言ったけど、あれって遠慮してただけだと思うんだ」「へぇ、そっか」 芙美が思っていた以上に、蓮の反応は薄かった。もっと喜ぶかと思ったけれど、最近彼女ができたらしい兄にそんな話は無駄だったのかもしれない。「お兄ちゃん、彼女出来たでしょ。今日はデート?」 蓮が朝からシャワーを浴びるなんて、それ以外に考えられない。 バイトなら寝起きのままだし、ただの休みならテスト前でもない限り、リビングで朝からアニメを見るかゲームをしている筈だ。 「まぁな」と
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-25
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73 お姉ちゃんの驚愕

 朝目覚めると、びっくりするほどの酷い寝癖ができていた。 洗面台で格闘する事15分。けれど外向きによじれた髪が、全然言う事を聞いてくれない。待ち合わせの時間に着くには30分後に発車する電車に乗らなければならず、今からシャワーを浴びている余裕はなかった。 こんなことなら最初からシャワーを浴びればよかったと後悔しながら、咲は「アネキぃ」と凛の部屋をノックする。「どうしたの? 咲ちゃん」 開いたドアの向こうで、凛は咲の髪に目を止めて「どうぞ」と中へ迎え入れた。「寝癖が直らなくて。助けて」「お休みの日にそんなこと言って来るなんて初めてじゃない? いつもなら気にしないで出て行こうとするのに」 そして玄関で引き止められて、無理矢理修正されるまでがいつものパターンだ。「今日は広井町まで行くから」「なら可愛くしていかないとね」 凜は午後から出掛けると言っていたのに、今すぐにでも出れるバッチリメイク顔で咲をドレッサーの前に座らせる。着ている部屋着も可愛らしいワンピースで、まだTシャツに短パン姿の咲とは大違いだ。「ねぇ、咲ちゃん。もしかして、デートに行くの?」 咲の髪をとかしながら、凜が突然確信を突いてくる。 できればまだ話したくなかったけれど、咲は「うん」と小さく答えた。「えええっ!」 なのに凜は、ハロンにでも遭遇したかのように目を剥いて、キンと声を響かせる。 普段穏やかな姉が豹変する事態に、咲は「ちょっと」と困惑した。「だって、冗談で言ったのに。相手は男の子なの?」「男だよっ!」 いきなり姉は何てことを言うのか。「そんなに驚くなよ。アネキだって、彼氏くらい作れって言ってたじゃん」「それは、ものの例えと言うもので……」「はぁ?」「だ、だってよ? 咲ちゃんが男の子を好きだなんて。野蛮でガサツな咲ちゃんの彼氏だなんて、物好きな……ううん、咲ちゃんはそんじょそこらの女の子より可愛いから、相手が騙されちゃうのかもしれないけど」 凛は胸の前にブラシを握りしめて、妹に対して失礼な言葉を連ねる。「アネキは誰の味方なんだよ」「咲ちゃん男の子になんて興味なかったじゃない。そんな人が現れるなんて、私感動しちゃう。ねぇ、どんな人なの?」「大学生だよ。芙美のお兄さん」「それじゃもしかして、この間の朝帰りの相手? 芙美ちゃんの家に泊るって言ってたものね
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-26
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74 兄たちの恋を暴露する

「智くん聞いて! うちのお兄ちゃん、咲ちゃんと付き合ってるって言うんだよ!」 病室に飛び込んで、芙美は興奮気味に智へその事実を伝えた。 広井町の繁華街の外れに位置する総合病院の五階からは、重なり合うビルの風景が見える。智の親に知り合いの医師が居るという事で、高校生にはちょっと贅沢な少し広めの個室だ。 起き上がった彼の胸元に覗く包帯が痛々しいが、肋骨の骨にひびが入っているとは思えないくらい元気そうに見える。そんな智と会うのは、ハロンと戦った祭りの日以来だ。「付き合ってる、って……恋人同士って事? 芙美ちゃんのアニキって……男だよね?」「男だよ! お兄ちゃんだもん」「だよねぇ」 何か考えるように黙る智に、湊が「俺も驚いた」と苦笑する。「けど今は女だから、そういうものなんじゃないの? 海堂が女子と付き合ってるなんて言ったら、それも変でしょ?」「だったら全然知らない相手が良かったよ。よりによってうちのお兄ちゃんだなんて。咲ちゃんは兄様なんだよ? 私の気持ちはどうなるのよ」 前世と現世で状況が違うとはいえ、自分の兄たちの恋愛なんて考えただけで寒気がしてくる。 湊は声が大きくなる芙美を「落ち着いて」と宥めた。「じゃあ芙美は、海堂が今もヒルスの時みたいにしつこく干渉してくる方がいい?」 「咲ちゃんとは女同士の親友だと思ってたのに」 本人に問い詰めたいと思うのに、少し前に送ったメールは既読にさえならない。今彼女の傍らには蓮が居るのだと思うと、怒りさえ湧いてきた。 そんな芙美を面白がって、智が笑う。「アイツとは今のまま親友でいればいいじゃん。ヒルスが変わった奴だってのは昔からだろ? 本人がいいならいいんじゃないの?」「本人がいいと思ってるのかな……咲ちゃんって、今までどんなイケメンに告白されても全然本気にならなかったんだよ? それが、よりによってうちのお兄ちゃんなんて……」 女として生まれ変わったヒルスが男と付き合うのは百歩譲って許すとしても、その相手が気に食わない。数多の男子からの告白やナンパを蹴散らしてきた咲が行きつく場所がなぜそこなのかと、芙美は叫びたい気分だ。 苦虫を噛んだような顔をしたままの芙美に、智は眉尻を下げる。「そういうタイミングだったんじゃない? 芙美ちゃんだって湊と付き合い出したんだし」 智は二人へ向けて身体を回し、頭を
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-27
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75 後ろめたい気持ち

 本当は一人で行こうと思っていた。 けれど蓮が『テスト終わったなら土曜に会わない?』と言ってきて、『会いたい』と返事をしてしまった。もちろん病室へは一人で行くつもりだし、それには彼も納得してくれた。「部屋まで一緒に行っても良かったんだけど、下でコーヒー飲んでるよ」 午後の面会時間に合わせて、昼食を食べてから病院へ向かった。 付き合い出してからこんな風に二人で街を歩くのは初めてだったけれど、一週間ぶりに会う智に後ろめたい気持ちが募って、素直に楽しむ事はできなかった。 蓮に「具合悪い?」と心配される始末だ。 蓮はあの日の詳細を咲に聞いてこなかったが、病院の建物が見えてきたところで少しだけその事に触れた。「お見舞いの相手は、この間怪我した人だよね? 芙美も行くって言ってたから」「そうだ。アイツは湊と行くって言ってたし、僕は色々話もしなきゃならないから一緒に行くのは遠慮させて貰ったんだ。戻り、ちょっと遅くなるかもしれないけど……」「気にしなくて良いよ。咲、今日はずっと不安な顔してる。病室の彼とちゃんと話してスッキリさせてきて」「蓮……ありがとう」 「いいよ」と笑う蓮のやさしさを噛み締めたところで、彼がふと突拍子もない事を告げた。「それより俺たちが付き合ってるって、芙美に言ったからね」 突然の報告に咲は驚愕して、「は?」と素っ頓狂な声を上げる。 繋いでいた手を放し、「何で?」と蓮に詰め寄った。「芙美がさ、俺の彼女はどんな人だなんて聞いてきたんだよ。嘘つくのも良くないなって思って、咲だよって言っといた」「いや黙っとけよ、そういうのは。口が堅いって言ってたじゃないか!」 悪気のない笑顔を見せる蓮に、咲は狼狽える。 そういえば昼を食べる前にポケットの中にあるスマホが震えていた気がする。どうせ広告かなんかだと思って無視していたが、もしやと思って咲はそれを確認した。 戦々恐々とボタンを押すと、案の定芙美から一件のメールが入っている。『咲ちゃんって、お兄ちゃんと付き合ってるの?』「やっぱりぃ」 涙目で訴えると、蓮は「大丈夫だって」と全く気にもしていない様子だ。「大丈夫じゃないよ。心の準備ができてないんだよ。付き合ってるなんて言ったら、絶対嫌がられるだろ」「何で? 咲が昔、芙美のアニキだったから?」「う、うん」 咲がヒルスだと知っただけ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-28
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76 親友の二人

「この間、絢さんが来ていったぜ。話は大体聞いたから、お前が一人でここに来るんだろうなとは思ってた。けど、あの人がルーシャだったなんてな」 頭を上げろと言われて、咲は虚ろに視線を漂わせながら智の話に力なく相槌を打つ。 唇を強く結んでいるのは、気を抜いたら泣いてしまいそうな気がしたからだ。「まさかここで中間テストをやらされるとは思わなかったわ。話すだけ話したら、いきなりテスト用紙出されてさ。湊じゃないんだから、そんな予告なしに来られてもできるわけないだろって」 お手上げだとポーズして、智は笑う。 智が元気そうでホッとした。生きてて良かった――そう思うと、胸が締め付けられる。 そんな咲を察した智が「ヒルス」と声を掛けた。「何だかお前に苦労させてたんだな」「そんなことないよ。僕はお前を……」「殺すって? 生きてるじゃん、気にするなよ。今回のは運命でも何でもない、俺の力不足なだけだから」「最初からお前を助ける決断をしてたら、その怪我だってしなかったかもしれない」「自分の事責めるな。俺は弱いから、立場が逆だったらお前を殺してたと思う。だから、もう次の事考えようぜ。今のこの状態が最善だと思ってさ」「智……」 アッシュはすぐ弱音を吐いて背を向けるけれど、ヒルスは彼を弱いなんて思ったことはない。強がってばかりのヒルスが、リーナの側近を決める試験で勝てなかった理由は明白だ。「ありがとう。僕は智が生きてて本当に良かったと思ってる」「おぅ。それに俺がまたメラーレに会えたのは、お前のお陰だ。それだけで何だか色々吹っ飛んだよ」「僕は、この間彼女と話をするまで、お前の気持ちなんて知らなかったぞ?」「フラれた女の子の話なんてお前にするかよ。武勇伝にもならねぇ」 智がにっこりと笑って見せる。 メラーレのことはきっかけでしかない。申し訳ないと思う気持ちを拭うことはできなくて、咲は無理矢理作った笑顔を返した。 涙が出た。「おい、泣くなよヒルス。男だろ? いや今は女の子なのか? 芙美ちゃんが今日はアニキとお前がデートしてるって騒いでたけど、連れて来なかったの?」「な、なんでそんな話……ぐすっ」 その話題を出されると泣いてなどいられない。咲はズズッと鼻をすすって、ニヤリとする智を睨んだ。「変だと思うか? 僕がアイツの新しいアニキのこと好きだって言ったら」「
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-29
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