サウザス地方に向かう馬車の中、アルファはすこしだけうとうととしていた。朝まで深酒に付き合わされたのと、久しぶりの休みに気が緩んでいるのもあるのだろうか。気を引き締めなければ、と思うアルファの頭を掴み、マリアは自分の膝の上に乗せた。いわゆる膝枕だった。「……なにをしているんだ?」「膝枕だ。知らないのかい?」「そういうことを言っているんじゃない」「少しは休みなよ。アリスもいるし、護衛の騎士たちもいるじゃないか」「うる、さい……」 マリアに頭を撫でられ、アルファは不思議な安らぎを感じていた。とうとう眠気に耐えることができなくなり、彼はまぶたを閉じた。そのまま眠りに落ちたアルファは、彼にしてはめずらしく熟睡するのであった。「かわいいね、ぼくの旦那様は」 マリアは口元に笑みを浮かべながら、眠ってしまったアルファの頭を撫で続ける。そしてちらりと横目で護衛の騎士たちが乗る馬を見る。(まあ、旦那様の心配もわかるけどね。誰がいつ裏切るかもわからないんだから) そこでマリアは未来を“視る”力を発動する。裏切られる未来は視えなかった。代わりに視えた光景に、マリアはすこしだけ顔を赤らめた。「……まったく素直じゃないね、旦那様は」 マリアは、アルファを撫でる手をますます優しく丁寧にしていった。その間も馬車と護衛の騎士団は、サウザスにあるローゼスの別荘に向かっていった。◆◆◆ サウザスは帝都から南に行くとあるローズ帝国の一部を成す国だ。火山地帯のため、温泉が名物で、ローゼスの別荘は湖畔の近くにある。そこは帝都から遠ざけられていた幼いローゼスとアルファが過ごした場所であり、皇帝の別荘と呼ぶには小さい2階建ての建物だった。 建物の前で止まった馬車から降りたアルファとマリア、そしてアリスは、帰還する騎士団を見送ると、屋敷の中に入っていった。「アリス、今日の予定は?」 アルファはいつもの調子で、後ろを歩くアリスにそう尋ねた。口にしてから今は休暇中だったと思い出す。しかしアリスはそんな主人のミスを指摘するでもなく、いつものように返してくれた。「偉大なる皇帝陛下からは、余の名代として星祭を視察するようにと仰せつかっております」「星祭か、懐かしいな」「……星祭?」 マリアは知らない単語に首をかしげる。「なんだ、星祭は“視て”いないのか。星に感謝をささげる祭だ。
Last Updated : 2025-06-14 Read more