* * * 神殿の離れにあるこぢんまりとした室(へや)が、朱華が身を置く場所になった。ちいさいながらも装飾は凝っており、真珠の粉を混ぜ合わせたような白い光沢感のある壁には姿見のようにおおきな円形の窓がつけられている。蔦模様の窓枠のなかへ手をのばせばそこは空洞になっておらず、空気のように透明で薄い玻璃が膜を張っているかのように填めこまれているのが確認できた。窓の向こうには竜神が眠る湖と蕾から花へと姿を変えつつある白や薄紅色の菊桜の樹々がよく見える。 外つ国より海を渡ってやってきた硝子細工はまだ高貴な人間にしか許されない、珍しいものだというのに、竜糸の神殿では至る所に硝子が使用されている。壊さないように気をつけなければと場違いなことを思いながら朱華は備え付けの寝台の上へさきほどまで着ていた衣を脱ぎ捨てていく。 さきほどの身体検査などまるでなかったかのように夜澄は自分に接しているため、朱華もひとまず気にしないようにふるまっている。さすがに自分の秘処を舐められるとは思ってもいなかったけれど…… そんな夜澄は朱華のことを雨鷺に頼んで、室の外の扉の前で待っている。 軽く夕食をいただいてからあらためて雨鷺に身支度を手伝ってもらった朱華は、いっそう華美な猩々緋(しょうじょうひ)の糸で刺繍された菊桜が咲き誇る月白(げっぱく)の袿に着替える。 「……なに?」 「いや。馬子にも衣装だ……」 「悪かったわね!」 着替えを終えた朱華は夜澄に連れられて神殿へ戻る。そして代理神が座す湖畔の間に入った。 硝子が張り巡らされた壁の向こうには、竜神が眠る湖と、湖に反射しながら煌々と輝く銀のふたつの月がゆらめきながらも鋭い刃物のように交差している風景がのぞめる。その月明かりに照らされるように、室内もまた、ゆらぎと淡いひかりを帯びている。陽が沈んだとはいえ、月のひかりが存分に入るこの空間は、夜を忘れさせるほど、眩しかった。 遠目から見ても鮮やかな袿姿の少女が、朱華の姿に気づき、顔をあげる。 朱華は俯いた状態で一歩一歩、夜澄に手を引かれながら、しずしずと里桜の前へ進んでいく。
Terakhir Diperbarui : 2025-05-03 Baca selengkapnya