Semua Bab 蛇と桜と朱華色の恋: Bab 31 - Bab 40

55 Bab

弐 裏緋寒と表緋寒の邂逅 + 16 +

   * * *  神殿の離れにあるこぢんまりとした室(へや)が、朱華が身を置く場所になった。ちいさいながらも装飾は凝っており、真珠の粉を混ぜ合わせたような白い光沢感のある壁には姿見のようにおおきな円形の窓がつけられている。蔦模様の窓枠のなかへ手をのばせばそこは空洞になっておらず、空気のように透明で薄い玻璃が膜を張っているかのように填めこまれているのが確認できた。窓の向こうには竜神が眠る湖と蕾から花へと姿を変えつつある白や薄紅色の菊桜の樹々がよく見える。  外つ国より海を渡ってやってきた硝子細工はまだ高貴な人間にしか許されない、珍しいものだというのに、竜糸の神殿では至る所に硝子が使用されている。壊さないように気をつけなければと場違いなことを思いながら朱華は備え付けの寝台の上へさきほどまで着ていた衣を脱ぎ捨てていく。  さきほどの身体検査などまるでなかったかのように夜澄は自分に接しているため、朱華もひとまず気にしないようにふるまっている。さすがに自分の秘処を舐められるとは思ってもいなかったけれど……  そんな夜澄は朱華のことを雨鷺に頼んで、室の外の扉の前で待っている。 軽く夕食をいただいてからあらためて雨鷺に身支度を手伝ってもらった朱華は、いっそう華美な猩々緋(しょうじょうひ)の糸で刺繍された菊桜が咲き誇る月白(げっぱく)の袿に着替える。 「……なに?」 「いや。馬子にも衣装だ……」 「悪かったわね!」  着替えを終えた朱華は夜澄に連れられて神殿へ戻る。そして代理神が座す湖畔の間に入った。  硝子が張り巡らされた壁の向こうには、竜神が眠る湖と、湖に反射しながら煌々と輝く銀のふたつの月がゆらめきながらも鋭い刃物のように交差している風景がのぞめる。その月明かりに照らされるように、室内もまた、ゆらぎと淡いひかりを帯びている。陽が沈んだとはいえ、月のひかりが存分に入るこの空間は、夜を忘れさせるほど、眩しかった。 遠目から見ても鮮やかな袿姿の少女が、朱華の姿に気づき、顔をあげる。  朱華は俯いた状態で一歩一歩、夜澄に手を引かれながら、しずしずと里桜の前へ進んでいく。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-03
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弐 裏緋寒と表緋寒の邂逅 + 17 +

 「――九重(ここのえ)?」  ふたりの邂逅を見守っていた桜月夜の守人たちが固唾をのむ。  朱華の菫色の瞳に射られた里桜もまた、声を失っていた。 「九重だよね? 瞳と髪の色が違うから、一瞬わからなかったけど……覚えてる?」  ……彼女が、裏緋寒なのか? 竜頭さまの、花嫁として至高神が選んだ乙女なのか?  混乱する里桜を前に、朱華は嬉々とした表情を保っている。「あたし……あ」 だが、その顔色が一変する。まるで思い出してはいけない過去に触れてしまったかのように。隣にいた夜澄が慌てて朱華を抱きかかえ、背中をさすっているが、顔色は変わらない。  当然だ。  彼女は雲桜の禁忌に触れた、集落の結界の留め金を外した、赦されざる罪人なのだから。  その彼女が、里桜の家族を殺し、故郷を血で染め上げた幽鬼を招き入れた元凶だというのに。  ――それでも神々は、彼女を選ぶのか! 自分が必死で護る竜糸の土地神の花嫁を、この罪深き少女に担わせるというのか? 「その名で呼ぶな」 いつも以上に厳しい声で、里桜は蒼白な表情の朱華に告げる。「貴女と慣れ合うつもりはない! 記憶を改竄されたときいたけど、身体はすべてを忘れていたわけではないのでしょう? 暢気に忘れたふりでもしているんじゃないかしら?」 九重。 それは里桜が逆さ斎になる前に呼ばれていた彼女の名前。  そして目の前にいる朱華もまた、ふたつ名を持っていた。里桜が逆井というふたつ名を与えられる、ずっとずっと前から。 ふたつ名。  それはカイムの民のなかでも特に強い加護を持つ者にしか許されない、神々が呼ぶ真実の名。  朱華は、雲桜の集落で、幼いころからふたつ名を賜れた、唯一の少女だった。 「あ……」 「ようこそ。記憶がないのならば、無理にでも思い出させてあげる。雲桜を裏切った、愚かな紅雲の娘よ」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-03
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 1 +

   ――雲桜を裏切った、愚かな紅雲の娘。 「まさか生きていたなんて……それも、裏緋寒として、竜頭さまの神嫁に選ばれるなんて」 土地神の代理神の半神である里桜は、逆さ斎としてこの竜糸の神殿に入った。緑がかった瞳と月のひかりのような髪の色に、逆井の姓を持つ彼女を誰もが|椎斎《しいざい》の人間だと信じている。  だが、里桜が生まれ育ったのは雲桜だし、生まれた頃は髪の色も瞳の色も『雲』のなかではごくふつうの、じゃっかん紫がかった黒に近い|烏羽色《からすばいろ》だったのだ。  生まれつき菫色の瞳を持っていた朱華とは違って。 「……どうして竜糸なのよ。ほかにも集落はあるっていうのに。どうしてよりによって……」  神は気まぐれな生き物だ。  不滅の生命を抱く至高神は特に奔放で、息子たちである土地神の方が苦労をかけられているともいうが、そのなかでも神の代理をしている里桜からすれば、似たりよったりである。 本質的に神とひとは異なるもの。  気まぐれに雲桜を滅ぼす原因をつくった少女を神嫁にしようとすることくらい、どうってことないのだろう。それでも里桜が受けた精神的な苦痛は大きい。危うく逆さ斎になる際に身体のなかへ閉じ込めた闇鬼が飛び出してしまうところだった。「里桜さま。落ち着かれましたか?」 扉を叩く音とともに、心配顔の颯月が飛び込んでくる。「ええ……大丈夫よ」 朱華との対面時に興奮した里桜を宥めてくれたのは、颯月が起こした風だった。過去の苦しみや憎しみを代理神の役についている自分が口にしたのを危ぶんで、瘴気を払ってくれたのだ。「ごめんなさい、我を失うところだったわ」 「お役に立てたのなら、よかったです」 朱華との因縁を目の当たりにした桜月夜の三人の反応はまちまちだった。興奮した里桜を諫めるため風を起こした颯月に、いまにも崩れ落ちそうだった朱華のもとへ駆け込んだ星河、そして「話が違う」と怒りのあまり雷を鳴らし朱華を放って飛び出してしまった夜澄……  怒りたいのは自分
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-04
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 2 +

    * * *  朱華は星河と一緒に神殿の外へ出ていた。護ると言っていたはずの夜澄は里桜の発言に抗議するようにひとりで湖畔の間から飛び出し、どこかへ行ってしまった。支えてくれた腕がなくなった朱華に、そっと手を差し出してくれたのが星河だった。「……静かね」 湖に面した神殿は月明かりに照らされている。月のひかりを浴びているからか、青みがかった星河の黒髪がいっそう蒼く見える。「どこかで雷雪が降っているとは思えないですね」 星河は穏やかな微笑みを絶やすことなく、朱華のたわいもない話につきあってくれる。里桜に言われたことを強引にききだすつもりはないとわかり、朱華は安心して彼とともに歩く。  湖畔の間からみえた雷は、多雪山系の奥地に落ちたようだ。大地を揺るがすような落雷は一度だけで、それからは遠くの雲がときおり明滅を繰り返す程度に落ち着いている。それでも肌に刺すような冷気から、雷を伴った雪が降っているのが想像できる。 カイムの地は国の北に位置しているため、桜が咲く時期を迎えてもしばらくは雪が降る。生まれつきカイムの地で暮らす朱華からすればそれが当り前のことだが、神皇帝が暮らす帝都ではいまの季節、雪が降ることはほとんどなく、すでに初夏を告げる満天星躑躅(どうだんつつじ)の花が咲きはじめているという。「蒼谷(そうや)の狼神(おおかみ)さまが暴れているのでしょう。冬将軍が最後まで居座るのはあの地ですからね」 星河の生まれは『雪』の部族が暮らす集落のひとつで、蒼谷と呼ばれているところだという。彼は朱華が話に詰まったのを見計らったかのように、土地神の加護について語りだす。「わたしたち『雪』は多雪山系を中心に、大陸の北部で五つの集落になっているんです。朱華さんも、そのことはご存じでしたっけ」 「えっと、師匠が教えてくれました。カイムの地に残る土地神と暮らす集落はわずか十二にまで減ってしまったって……」 土地神の加護を持つ集落以外に、神無と椎斎という逆さ斎が興した集落も存在しているが、神が人間とともに生きている集落は、十二しかない。そのうえ、『雨』『風』『雷』『雲』『雪
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-04
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 3 +

  「……カイムの地で加護があるのは五つの『雪』の集落と六つの『雨』。それ以外は『風』をひとつのぞいてすべて幽鬼によって滅ぼされてしまいました」 「そういえば、颯月は『風』なのよね」 自己紹介されたとき、彼はレラ・ノイミと言っていた。たしか、カイムの古語で風祭を意味していたはずだ。「ええ。瘴気を払うことのできる『風』は、古くから幽鬼たちに警戒されているんです。とはいえ、払うだけで幽鬼を葬り去ることができないため風祭をのぞいてすべて滅んでしまいましたが……」 「そういえば、土地神さまに後継がいないとその集落は滅ぶ、ってはなしもあったような……それも裏緋寒に繋がるの?」 「そのとおり。よくわかりましたね」 偉い偉いとあたまを撫でられ、朱華はなんだかくすぐったい気持ちになる。  星河は朱華を妹や娘のようにみているきらいがある。夜澄や颯月と違って、ひとり別の視点から裏緋寒の乙女である自分を見守っている、そんな感じ……  けれど朱華はそんな風にされることに慣れていない。父代わり、兄代わりだった未晩は、もっと朱華を自分の所有物のように扱っていたから。 星河はそこに立っているだけの柳の木のようだ。糸のように垂れ下がる葉をゆらゆら靡かせながら、焦点の定まらない朱華の心を見透かし、朱華の言おうとしていることを汲みとって、必要になったら支えてくれる。そんな、強い意志を隠した柳の木。  朱華は深呼吸をして、挑むように星河を見上げる。「星河。あたしがここにいる理由を、あなたは知っている?」 「すべては知りませんけれど、だいたいのことでしたら、さきほどの里桜さまとの会話で推測可能です」 「あたしは記憶がごちゃごちゃになっているみたい。師匠の甘い言葉だけを信じていればよかったのかな。そうすれば、九重が苦しむようなことは起こらなかったのに」  九重。 朱華は里桜のことを無意識のうちに呼んでいる。星河はあえて訂正を入れず、黙って彼女の言葉を待つ。 「茜桜がね。あたしにちからを解放する、って夢に現れたの
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-05
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 4 +

   ――いや、そんなことできるわけない。いくら、里桜さまがお望みになっているからといって……  葛藤を隠したまま、星河は足音を立てることなく朱華の隣から後ずさる。湖に視線を向けたままの朱華は星河が動いたことにも気づいていない。 自分の前で無防備に背中を見せる朱華を見て、震えが走る。  いまの竜糸は雪が降ってもおかしくない気温だが、湖のなかは地上よりも温かいのか、凍りついた気配はない。夜の帳が下りたいま、この少女を竜頭が眠る湖底へ突き落したら、どうなるだろう? 土地神は目覚めるのか……?「――莫迦なことはやめろ」 振り上げた腕を、思いっきり叩き落される。  星河はすぐそばまでやって来ていた同朋の姿に気づき、乾いた声でその名を呼ぶ。「夜澄」 ぼんやりと湖を見つめたままの朱華も、彼に気づいたのか顔をあげ、憤怒の表情に彩られた夜澄を見て、驚いている。「どうしたの?」 「……どうしたもこうしたも」 漆黒の髪と瞳を持つ、星河よりもはるか昔から竜神に仕えている桜月夜の総代。彼は星河の腕をきつく掴みながら、朱華に叫ぶ。「お前は緊張感がなさすぎる! 神殿内ではお前が裏緋寒であることを厭う人間もイヤってほどいるんだぞ! もうすこし自覚しろ!」 ぽかん、と口をあけている朱華を睨みつけながら、夜澄は星河にも吠える。「星河も星河だ! いくら里桜が彼女を非難したからっていきなり湖に突き落とそうとしただろ? あのときといまは違う! ……いま、そんなことをしても無駄だ」 夜澄が怒りをあらわにしている横で、星河は気まずそうに朱華の表情をうかがう。朱華は夜澄が言っていることの意味がわかっていないのか、いまも不思議そうに夜澄の表情を観察している。  夜澄は呆れたように朱華の背中へ手をまわすと、しっしと星河を追い払う仕草をする。「もういい。あとは俺が代わる。お前は戻れ」 「すまない」「謝るのは俺にじゃない。お前が先の裏緋寒と混同した彼女に謝れ」 「……そうだな」 星河は夜澄
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-05
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 5 +

  「ねえ夜澄」 「なんだ?」 「くっつきすぎじゃない?」 星河が立ち去ったのを見送った夜澄は、朱華の首根っこを掴んでいた手を下ろし、自分の腕のなかへ彼女を招き入れた。真っ黒な外套を着た彼は猩々緋の刺繍が刻まれた月白の袿を着た朱華をすっぽりと覆い尽くすように、両腕で彼女を閉じ込めている。  まるでこの腕から逃がさないとでも言いたそうな、彼のかたくなな態度に、朱華は何も言えずにいる。「いやか?」 「……ううん。よく、師匠もそうやって、あたしを温めてくれたから」 「ふうん」 朱華の口から師匠、未晩のことがでてくると、夜澄は急に不機嫌な顔で突き放すように口を開く。「あの男のこと、何も知らなかったくせに」 「夜澄だって、知らないであたしのところに来たくせに」 両頬を膨らまして反論する朱華に、夜澄は勝ち誇ったように言い返す。「お前のことを俺が知っているぶんには、問題ないだろう?」 「あたし?」 「桜月夜の総代は天神が定めた裏緋寒を一目見ただけで判別する能力がある。それに」 意地悪そうな笑みを見せながら、夜澄は朱華の両頬に手をのばし、輪郭を確かめるようにゆっくりと指の腹を使って辿っていく。くすぐったいよと抵抗を見せる朱華を無視して、夜澄はつづける。「お前は姿を隠していた俺たちの気配にすぐ気づいた。ちからを半分以上封じられているにしては、優れた術者に育ったと思うぜ」 「……まるで昔のあたしを知っているみたいな言い方ね」 「それはどうかな」 朱華が挑発するように夜澄を見上げても、彼は素知らぬ顔で朱華の頬を撫でつづけている。「質問を変えるわ。あなたは、あたしがここにいる理由を知っている?」 「星河と同じ質問か。そりゃ、お前が天神に目をつけられた裏緋寒だから、だろ?」 「それはあたしでもわかることじゃない。そうじゃなくて、夜澄が知っていることを知りたいの」 「塗り替えられた記憶を取り戻したいのか」 そのひとことで、ぴん、と夜の空
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-06
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 6 +

  土の上に押し倒され、朱華がちいさな悲鳴をあげる。さきほどの身体検査のつづきだとでも言いたそうに、夜澄の瞳が獰猛に煌く。黒から琥珀色に変化する双眸に射抜かれて、身動きがとれない朱華を嘲るように、夜澄は朱華の着衣を乱し、小ぶりな乳房を空気に晒す。「……あ」 「もう勃っているぞ……はやく竜神に愛されたくてたまらないとでもいいたそうな身体だな」 「そんな……っ!」 月明かりの下、夜澄に胸を露出させられた朱華は彼から逃げ出そうと身体をくねらせるが、留めていた帯がほどけ、肩から腰まで上半身を剝かれてしまう。仄かに白い肌は夜闇のなかでも発光しているかのように目立っていた。「きゃん」「抵抗するならこうだ。おとなしく感じろ」「あぁっ!」  腕を持ち上げられ、先ほどの勢いでほどけた帯で両手首を拘束された朱華は夜澄の前で胸の膨らみを強調され、甘い声をあげる。「縛られるのが気持ちいいか? いまにも達しそうな表情をしてる……」「ひぁ、そんなわけ」  夜澄の指先で左右の乳首を交互に弄られ、朱華が下肢をくねらせる。たとえいまが夜で暗いからとはいえ、神殿の外で行われる卑猥な状況は羞恥心を刺激する。胸元を愛撫され抵抗できなくなった朱華は頬を赤らめつつ、夜澄にされるがまま、身体を疼かせる。 やがて夜澄は手だけでなく己の顔を朱華の胸元へ持って来て口唇と舌での愛撫を開始した。れろれろと乳首を舌先で転がされ、今までに感じたことのない快楽を前に朱華は首を横に振る。「あぁ……それだめっ」 「さすがに胸からは蜜を出さないか……それにしても甘い香りだ。たまらない」 乳首を咥えたまま喋る夜澄に戸惑いながら、朱華は甘い声で啼く。未晩が施したおまじないよりも艶めいた彼の行為に、まだ触れられてもいない下肢が湿ってきていることに気づき、愕然とする。  秘処から分泌された桜蜜の甘い香りが漂ってきているのだろう、夜澄が満足そうに乳首を舐めしゃぶった後、下衣の間へ己の指を差込み、くいっ、と秘芽をつつきだす。どぷっ、と
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-06
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 7 +

   * * *  雲桜が滅んだ日のことはよく覚えている。  十年前。里桜がまだ、九重と呼ばれていた頃のはなしだ。 早花月の下旬。その年は比較的暖かかったから、ふだんならまだ蕾の八重咲きの白い枝垂れ桜が盛りを過ぎ、すでに散りはじめていたのだ。そんな白い花びらが舞い散るなかで見た、幽鬼が襲ってくる前日の夕陽が、忌わしいほどに美しかったのだ。たぶん、それが予兆だったのだろう。雲桜が滅亡するという、予兆。 九重の父親は雲桜の集落にある神殿の大神官だった。常に清廉な空気と白い浄衣をまとい、土地神である花王の神、通称「花神さま」に仕えていた。九重もまた、自分が生まれたときに花神から『雲』の加護を与えられ、神官の娘として父親の手伝いをすることもあった。 花神さまには茜桜という名があったが、そのときの九重は彼と直に会話をすることはおろか、逢うことすら叶わなかったため、彼の名を知ることはなかった。彼の名を呼べたのは、『雲』の民のなかでも花神に愛された、限られた人間だけだったから。 その、限られた人間のなかに、父親だけでなく、九重よりふたつ年上の、朱華という名の少女がいた。  彼女の父親も九重と同じ、花神に仕える神官だった。そして、彼女の母親はカイムの姫巫女と呼ばれた天神の娘だった。朱華は、生まれたときから茜桜の名を識(し)っていたのだ。  九重が逆さ斎を頼って椎斎の地へ逃げ込み、名を里桜と改め、試練に打ち勝ち闇鬼を身体に封じ、土地神と対等の逆さ斎となったことで、彼女はようやく今は亡き故郷を守護していた土地神の真名を識ることができたというのに。 しかも朱華は九重よりも年配のくせに、自分が持つ『雲』のちからを制御できていなかった。  しょっちゅうちからを使いすぎて父親に叱られ座敷牢で罰を受けていたのを、九重は何度も見ている。無邪気で愛らしい、けれど後先何も考えていない愚かな娘だった。 きっと茜桜の結界に綻びを生じさせるほどの術を発動したときも、自分が罰せられてそれでおわりだと思ったのだろう。  けれどそうはいかなかった。  彼女のせいで雲桜は滅びの道を辿った。  神
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-07
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参 虹色の蝶が魅せた夢 + 8 +

  「颯月(そうげつ)」  代理神である里桜はふたつ名を呼ぶ権利も持っている。だから朱華のことをあえて朱華(あけはな)と呼び、竜糸の代理神として彼女と面会した。そして桜月夜のなかにも神々と対等の人間として認められたふたつ名を持つ人間がいる。桜月夜の守人と呼ばれる彼らもまた、ふたつ名を所持していた。「お呼びでしょうか?」 その桜月夜の一人、呟いただけで自分の傍に風のようにやってくる少年は、ふたつ名で縛った主のただならぬ状況に驚きを隠すことなく、その場に跪いた。「カシケキクの大神殿をあたってほしいの」 裏緋寒が神殿へ連れてこられたことでふだんは清冽な空気が漂う神殿内に緊張が走っている。瘴気に侵され闇鬼を顕現させた巫女のような例がふたたび出てこないとも限らない。そこで里桜は思い出す。自分の半神であるもうひとりの存在を。「きっと、大樹さまは至高神によって身動きをとることができないだけなのよ」 なんせ自分が逆さ斎、すなわち神皇帝が持つ『地』の加護に近い人間であるのと逆に、大樹は対をなす『天』の加護を持つカシケキクである。彼らが所属するカイムの中央に位置する大神殿だけが、至高神と直接的なやりとりを許されているのだ。「あぁ、どうしていままで気づかなかったのかしら! 大樹さまがいなくてもあなたがいるのなら『天』に接触できるじゃない」 至高神はとても厄介な神である。 かの国の神のなかで唯一の不老不死を謳う、美しき母なる天の神。気まぐれに異界に通じる穴をつくって人間と幽鬼を争わせたり、自分の息子である土地神たちに集落の統治を任せて人間の男とのあいだに子どもを作ったり、滅びを招いた娘を土地神の花嫁に据えようとしたりと枚挙に暇がない。 ……たぶん、あの天神は今回も眠りっぱなしの息子を起こすために人間たちを翻弄させ、どこかで高みの見物をしているはずだ。 「里桜さま?」 「だって、大樹さまが消えて結界が薄れてからもうすぐ丸三日が経とうとするのに、瘴気の量は増えることも減ることもしていないわ。裏緋寒を連れてきたからかもし
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-07
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