「……先週の水曜日です」教師は、真澄の身元を確認した後、書類の束から退園届を取り出しながら答えた。その視線には、皮肉混じりの憐れみが浮かんでいた。真澄は書類を握る手をわずかに震わせながら、それを見つめた。時間は、自分が「転園させろ」と言った、まさにその翌日だった。胸の奥が、ひどく軋む。あのときの言葉が、こんなに重くのしかかってくるなんて。そこに、柚希の署名があった。ふと、指の腹でその名前をなぞってしまう。胸の中に、音もなくぽっかりと穴が空いたようだった。まさか、本当にふたりが、自分のもとから去っていくとは。幼稚園を出たとき、彼の背筋は弛みきっていた。張り詰めていたすべてが、崩れ落ちていくようだった。初めてだった。こんなにも無力で、なす術がないと感じたのは。「……きっと家に戻ってる」自分にそう言い聞かせながら、スマホを取り出し、再び電話をかける。返ってきたのは、「電源が入っていません」という冷たく機械的な音声だけだった。もはや、最後の望みにすがるようにして、会社に電話をかける。「……社長、篠原さんは、退職されました」短く静かな答えが、彼の鼓膜を打った。……辞めた?「行き先を調べろ。一刻も早く」返事を聞く前に電話を切り、車に飛び乗って自宅へ急ぐ。もしかしたら、まだいるかもしれない。「心羽」「柚希」玄関の扉を開けながら呼びかけた声は、静まり返った空間に吸い込まれていく。リビングは、冷たく空虚だった。キッチンに立つ人影もなく、食卓には何の気配もない。階段にも、駆け下りてくるあの小さな足音は——もう、なかった。その瞬間、真澄はようやく分かった——自分は、彼女たちの存在に甘えていた。いつの間にか、「いて当然」と思っていた。整えられた生活、温かな食事、無言の気遣い。彼女たちは、毎日そこにいたのに——彼は、それに一度も「ありがとう」を言ったことがなかった。ゆっくりと階段を上がり、柚希の部屋の前で立ち止まる。ドアノブに触れる指が、かすかに震えていた。初めてだった。彼は、これまで彼女の部屋に入ったことがなかった。扉を開けると、ふわりと香りが鼻をかすめる。柚希が纏っていた、あの静かな香り。なぜだろう——それだけで、ひどく胸が締めつけられた。部屋の
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