結婚式を一週間後に控えた頃から、森川晴樹(もりかわ はるき)の出張が急に増え始め、式のリハーサルに一緒に行くと約束した日でさえ、彼は現れなかった。申し訳なさを感じていたのか、彼は朝から何度も電話をかけてきては、私の機嫌をどうにか宥めようとした。「今日風が強いから、外に出ない方がいいよ。式のリハーサルなら僕が戻ってからでも遅くない。いい子にして待ってて」けれど私はもう式場に立っていた。そして、彼の姿を見た。もしかして私にサプライズを?そんな甘い期待がかすめたのも束の間。紫のバラが絨毯のように広がる会場で、晴樹が両腕を広げた。すると、ウェディングドレス姿の女性が彼の胸に飛び込んだ。女性が彼の手を握るより先に、晴樹は彼女の体を抱き寄せ、深く唇を重ねた。「ちょっと、やめてよ、みんな見てるでしょ?」晴樹は警戒するように周囲を見渡した。数秒後、ふっと緊張が解けたように、彼は微笑みながら女性の身体を軽々と抱き上げる。「さっきまで『もう終わりにする』って言ってたの、誰だっけ?」「その話はもういいでしょ?それより腰は?もう平気?」……気づけば、私は露天の式場で二時間も冷たい風に当たっていた。そうでもしないと、あの光景を頭の中から消すことなんてできないだろう。私は一通の電話をかけた。「お世話になっております、小林絵莉(こばやし えり)です。前日いただいた内定の件ですが、ぜひお受けしたいと思います。ええ、なるべく早く入社したいと思います」「承知しました。では一週間後、A国でお会いすることを楽しみにしております」電話を切ると、私は大きく息を吐いた。晴樹のために、結婚したらすぐ妊活を始めようと思い、私は海外昇進のチャンスを手放そうとした。けれど今、この三十年近く暮らしてきた故郷を離れる決心をした理由も、やはり晴樹だった。いろんな思いを巡らせていると、また電話が鳴った。晴樹専用の特別な着信音だ。私は少し間を置いてから、風で冷えた頬を手で温めながら電話に出た。「絵莉?今はどこ?君が落ち込んでご飯もちゃんと食べてくれないんじゃないかと思って、お母さんを家に呼んだんだ。でも君が留守だって連絡が来て……それで何度も電話をしたんだけど、ずっと通話中だった」そこで彼はいったん口をつぐみ、次に続けた言葉に不安が滲んで
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