Masuk結婚式を一週間後に控えた頃から、森川晴樹(もりかわ はるき)の出張が急に増え始め、式のリハーサルに一緒に行くと約束した日でさえ、彼は現れなかった。 申し訳なさを感じていたのか、彼は朝から何度も電話をかけてきては、私の機嫌をどうにか宥めようとした。 「今日風が強いから、外に出ない方がいいよ。式のリハーサルなら僕が戻ってからでも遅くない。いい子にして待ってて」 けれど私はもう式場に立っていた。そして、彼の姿を見た。 もしかして私にサプライズを?そんな甘い期待がかすめたのも束の間。 紫のバラが絨毯のように広がる会場で、晴樹が両腕を広げた。すると、ウェディングドレス姿の女性が彼の胸に飛び込んだ。 女性が彼の手を握るより先に、晴樹は彼女の体を抱き寄せ、深く唇を重ねた。 「ちょっと、やめてよ、みんな見てるでしょ?」 晴樹は警戒するように周囲を見渡した。 数秒後、ふっと緊張が解けたように、彼は微笑みながら女性の身体を軽々と抱き上げる。 「さっきまで『もう終わりにする』って言ってたの、誰だっけ?」 「その話はもういいでしょ?それより腰は?もう平気?」
Lihat lebih banyak三ヶ月後、紗耶香は法廷へと連行された。痩せこけた体に手錠が揺れ、金属の音を鳴らしながら、目を見開いて叫び出す。「森川晴樹!あのバラ園の展示会で酔っぱらって、私の部屋に入ってきたのはあんたよね!?『恋人に似てる』とか言って!結婚式の前夜まで私と寝ておきながら、心変わりしたってことも認められないなんて……この臆病者!絵莉さんに捨てられた指輪と手紙、私が拾って、わざわざあんたの枕元に置いたのに……一度も目を通そうとしなかったよね?そんな汚れた人間、もう誰にも愛されるわけないわ!」晴樹は何も言わずに深く息を吸い、火のついたタバコを指でゆっくりと潰す。まるで痛みという感覚すら失ったかのように。「絵莉、もう二度と、付きまとったりはしないよ。君を、自由にしてあげる」そう言って、彼はその場に膝をついた。手で口を覆い、肩を震わせながら、必死に涙を堪えている。「ごめん……ごめんなさい……全部、僕の……自業自得だ」彼はようやく自分の過ちを理解したようだ。だが、それはあまりにも遅すぎた。私は振り返ることなく歩き出そうとしたら、後ろから晴樹が立ち上がり、そっと私の手に触れた。けれど、そのまま握ることが怖かったのか──彼は手ではなく、私の袖をぎゅっと握り締めた。「絵莉……最後に抱きしめてくれないか?それを最後のお別れにしよう……」「やめて」大きな悲しみは、いつも突然襲ってくるわけではない。冷静な私とは対照的に、彼の目には涙がにじみ、瞳の光が静かに失われていく。「気分が悪くなるから、遠慮しておくわ」私がそう言うと、彼は静かに首を振り、そして小さく頷いた。その日を境に、晴樹は私の人生から姿を消した。やがて冬が訪れ、私は恩師の学会に出席するため一時帰国した。宴の席で、誰かがこんな話を持ち出す。「いやぁ、まさかこんなことになるなんて驚きだよね。絵莉が晴樹と別れたとき、『あんなにいい男はいない』って、私があれだけ説得したのに……まさか、あそこまで落ちぶれるなんて」「そうそう、資産も全部売り払ってるって話よ。あんなに将来有望だったのに、何があったのかしらね」「ねえ、絵莉ちゃん。何か知ってる?あんたたち、仲良かったじゃない」私は首を横に振ろうとした。あの日以来、彼からの連絡は一度もなかったから、きっと諦めたの
ペンを置き、彼を一発殴りたい衝動をなんとか抑え込む。「つまり……私が悪いって言いたいの?」私は深く息を吸い、皮肉を込めて言葉を継ぐ。「安藤さんとお似合いじゃない。帰国して、彼女と幸せに暮らせばいいよ……それとも、自分がクズだって認めるのが、そんなに難しいの?」晴樹が勢いよく顔を上げ、声を張り上げた。「違う!僕は自分の間違いにちゃんと気づいた、もう二度と同じことは繰り返さないって誓うよ!絵莉は言ってたよね。『間違えた人間は、罰を受けるべきだ』って。僕はその言葉を受け止めた。だから毎日、夜明け前から君の家の前で待ってた。月が昇っても、雨の日も、風の日も……でも君は、嵐の日でも僕を家に入れてくれなかった。僕は……もう全部さらけ出したんだよ」「それが愛だと思ってるの?」私は机の上の本をつかみ、彼の顔に向かって勢いよく投げつけた。鈍い音がして、本の角が彼の額を切った。血がゆっくりと額から流れ出す。「……晴樹、あなただってわかってるでしょう?これは愛じゃないって。あなたはただ、安っぽい愛をくれる私を失いそうになって、怖くなっただけよ」私の言葉に、彼の目から光が消えた。「今までのケンカは、全部許してくれてたじゃないか……どうして今回はダメなんだ?」「……自業自得だからよ。全部、あなた自身のせい」出国当初、私は晴樹への憎しみで胸がいっぱいだった。けれど仕事に没頭するうちに、その感情も少しずつ薄れていった。今、この傷を自分でえぐったところで、もう痛みを感じない。私は静かに、唇を歪めた。「この関係を続けたいなら、はっきり言っておくわ。これから先、私はあなたに貞操も、信頼も、100%の愛も捧げられない。それでもいいの?」晴樹は体を震わせ、やがて力が抜けたように顔を手で覆い、しゃくり上げる。私は言葉を続けた。「……愛してほしいなら、まずはあなたの誠実な愛を差し出して。それができないなら、愛を語る資格なんてないよ」……私の家は山の上にあり、途中には澄んだ水をたたえた泉がある。夕暮れ時、その泉のほとりでひとときを過ごし、夕陽を浴びながら帰路につくのがいつもの習慣だった。その日、晴樹と別れてからまだ三十分も経っていない頃。泉を後にしようとしたら、背後から突然強い力に押され、私はそのまま冷たい水の中へと叩き
晴樹が再び私の前に姿を現したのはそれから二ヶ月後のことで、ちょうど大型の国際デザインプロジェクトが無事に終わり、肩の荷が下りた頃だった。この二ヶ月間、私の生活には幾つかの変化があった。郵便受けには笑顔の風船が結ばれており、雨の日には決まって傘が立てかけられている。毎日就寝する前に、庭の外で小さな灯りが窓辺にゆらゆらと映り込み、裏山には、視界いっぱいの紫バラが植えられていた。家の前には小さな飲食店が何軒もオープンし、ふと立ち寄ってみれば、どの料理にもどこか懐かしい味がする。職場でも、新しい出資者が社食を全面的に支援していると話題だった。メニューは海外風だが、味は悪くなかった。晴樹は一度でも姿を見せたことがなかったが、私の日常の隅々にまで入り込んでいる。「絵莉!」風に吹かれて立つ晴樹の姿はひどく痩せていて、まるで枯れ木のように頼りない。それでも、彼は力いっぱい手を振り、目には涙を浮かばせながら、両手で紫のバラの花束を差し出してくる。「報道を見たよ。B地区最年少のデザインエージェント、おめでとう。君の好きなストロベリーパイが評判のレストラン、予約してあるんだ。しかも、あの無愛想な店主から作り方も教わったんだよ。今じゃ負けないくらい、上手く作れる。今日は冷えるから……頭をよく押さえてただろ?ちゃんと着込まなきゃだめだよ。絵莉……お願い、一言でいい。返事をしてくれないか」涙を堪えながらこちらを見つめる彼のそばを、私は何も言わず通り過ぎた。代わりにアベルが花束を受け取り、地面に叩きつける。「申し訳ない、小林さんはこの花が嫌いでね。いや──この花を贈る男が嫌いなんだ。君たちの国の言葉で言えば、『不吉』ってことかな」晴樹は少しも動じず、再び私の前に立ちはだかる。「絵莉、少しだけでいいから、話を聞いてほしい。僕の話を聞いても許せないって言うのなら、僕は姿を消す。約束する」「私の時間が貴重なの。話があるなら、まずは予約を取って」私が返事をするとは思わなかったのか、彼の目がわずかに輝いた。そんな彼を警戒しながら、私は警備員に位置情報を送信し、慎重に半歩下がる。「そもそも、私たちの間に話すべきことなんてもうない。だからはっきりさせておくわ。私はあなたを許さない、決して」A国では法の仕組みが異なり、私の黙認の
「アベル、もうすぐそっちに戻れる」「了解。パーティは明後日だからね」急な帰国により、私のために用意されていた祝賀パーティは中止になった。もともと簡単に済ませるつもりだったが、取引先の責任者が「正式に祝いたい」と言ってくれて、後日に仕切り直されることになった。飛行機が小さく揺れる。カーテンを開けると、雲の切れ間から金色の陽光が差し込んできた。夕陽が肌をじんわりとあたためる。目を閉じると、その温もりが静かに消えていくのがわかった。──一日後、私はA国へ戻った。連日、仕事の予定がぎっしり詰まり、気づけば舞踏会の時刻が目前に迫っていた。メイクの時間だと、アベルが呼びにくる。「あなたは本当に綺麗だね、初めて出会った日から」私は静かに微笑み、口紅を引きながら鏡越しに自分を見つめる。ふと、視界の端を誰かが通り過ぎたような気がして、目を向けた。ドアの向こう、一瞬だけ映ったその影──どこかで見たことがある気がした。しかし、ここはA国だ。気のせいだと自分に言い聞かせ、髪にかんざしを差し込む。「あの時のことは……そうね、雨降って地固まるって感じかな」私の言葉にアベルは意味が掴めなかったのか、ただ頭をかき、私に腕を差し出した。パーティは自己紹介から始まり、私は国内で手がけたプロジェクトをいくつか披露すると、会場から驚嘆と拍手が湧き上がる。かつて私の抜擢に疑念を抱いていた同僚たちも、今は尊敬の眼差しを向けていた。「小林さん、あの男……ずっとこっちを見てるけど。そろそろ中に戻ろうか?」アベルの視線の先にいたのは、脂ぎった顔の男だった。男は薄ら笑いを浮かべながら、私を値踏みするようにじっと見つめていた。その視線に思わず眉をひそめて一歩後ずさると、男は、まるでそれを好機とでも思ったのか、グラスを片手にゆっくりと距離を詰めてきた。開幕式が終わったあと、私とアベルは人混みを避けて庭へ出ていた。周囲には誰もいない。「小林さん、お噂はかねがね」男はグラスを無理やり差し出してくる。「仲良くやりましょうよ。この私がいなければ、あなたの会社などとっくに潰れていたかもしれないんですから」彼が手を叩くと、黒服の男たちが現れ、アベルを力ずくで外へ連れ出した。「せっかくのいい夜です。小林さんさえその気なら──」その声色が
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