All Chapters of 今さら私を愛しているなんてもう遅い: Chapter 531 - Chapter 540

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第531話

車の中の空気は息が詰まるほど重苦しかった。未央は博人の青ざめた顔と絶えず血を滲ませる傷口を見て、心の中がごちゃごちゃしていた。彼の傷は大丈夫かと聞きたい、手当てをしてあげたいのに、言葉が喉まで出てきて、またそれを飲み込んでしまった。彼女と彼の間は、とっくにお互いを気遣い合える関係ではないのだ。博人は座席にもたれかかり、目を閉じて、激しい痛みに耐えているようだった。しばらくして、彼はゆっくりと目を開け、隣の沈黙している未央を見つめた。「今なら話せるだろう」失血のためか声は少し弱々しかったが、口調は異様にしっかりしていた。「録音は、一体どういうことだ?スクレラはお前に何を言った?」未央は体が強張り、目を伏せた。長いまつ毛が瞳に浮かんだ複雑な感情を覆い隠した。どう説明すればいいのか?彼がスクレラに「指示した」証拠を見たと言うのか。電話から彼の冷たく無情な返事を聞いたと言うのか。恐怖のため、スクレラの提示した条件を呑んだと言うのか。彼女は沈黙したまま、どう口を開けばいいのか分からなかった。博人は彼女の固く閉じた唇を見て、心の中に必死に抑え込んでいた怒りと失望が再び沸き上がってきた。「話せ!」彼は大きく声をあげたせいで、腰の傷にさわって、痛みに息を呑んだ。未央は彼の怒鳴り声に驚いて顔を上げ、苦痛で歪んだ彼の顔と、血走って失望に満ちたその目を見て、胸が痛んだ。彼女は深く息を吸い、小さなカバンから携帯を取り出し、震える手で操作し、暗証番号をかけて保存していた証拠の写真を見せた。「自分で見て」彼女は携帯を博人に差し出した。博人は携帯を受け取ると、その内容を読んだ。――偽造した送金記録、編集された音声、そして真実を歪めた声明書……彼の顔がますます曇り、その身に纏うオーラがさらに凄まじくなり、力を入れすぎて携帯を握る手の関節が白くなった。「ばかばかしい!」博人は低く唸ると、突然携帯を座席に叩きつけた。「これは全部偽物だ!スクレラのあの狂った女が偽造したものだ!それにあの電話は、天見製薬が君の父親の会社だなんて知らなかったんだよ!俺は……」彼は必死に説明し、全ての真相を教えようとした。しかし、相変わらず警戒を帯びて疑うような目をしている未央を見た瞬間、全ての説明が色あせて非常に無力だと思った。そうだ、彼が過去に彼
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第532話

マンションの中は静まり返り、お互いの息遣いさえ聞こえるほどだった。博人は未央がまだ呆然とし、警戒している様子であるのを見て取り、結局心の中に溜まった焦りと悔しさを押し殺した。信頼の崩壊は一朝一夕ではなく、再び立て直すのには時間と忍耐が必要なことを彼は理解していた。スクレラが渡した「証拠」とわざと仕組まれた電話は、彼女にあまりにも大きなショックを与えてしまったのだ。過去の7年間の彼の様々な行いも重なって……彼女が彼を信じないのも当然なのだ。「まずゆっくり休んでくれ」博人は立ち上がり、彼女との距離を取り、声を少し柔らかくした。「ここは安全だ、誰にも邪魔されない。先生も言っただろう。君も子供も安静が必要だ」彼は部屋を見回し、また口を開いた。「何か足りないものがあれば言ってくれ、すぐに手配するから」未央は彼を一瞥し、黙ってうなずいた。博人はこれ以上何も言わず、静かにドアを閉めて部屋を後にした。彼女には一人の空間と、全てを消化する時間が必要だと彼は理解していたのだ。そして彼自身は、すぐに行動をし、自身の無実を証明して、スクレラの狂った女を徹底的に地獄に叩き落とす必要があるのだ!部屋には再び未央一人が残された。彼女は窓の傍に近づき、外の見慣れない街並みを見つめた。ここは博人の個人的なマンションの一つで、セキュリティーがしっかりしていて、都心の喧騒から遠く離れ、確かに安全な場所だった。しかし、彼女の心は少しも安らぐことはなかった。ベッドの端に座り、頭の中では二人の小さな存在が言い争っているようだった。一人がこう言った。「博人はあなたを救うために怪我をしていたわ。危険を顧みず工場に飛び込み、あなたを庇って弾丸まで喰らった。彼は絶対に黒幕じゃない、スクレラが嘘をついているのよ!」もう一人は逆にこう反論した。「バカなこと言わないで!彼がどんな男かまだ分からないの?偏屈で横暴、独占欲が強い!あの証拠も、電話の内容も、彼があなたを屈服させるために父親に手を下したことを証明している!彼があなたを救ったのは、自分の所有物が他人に染められるのを嫌っただけよ!」二つの声が彼女の頭の中で激しく争い、頭がパンクしそうだった。彼女は頭を抱え、苦しそうにベッドで丸くなった。真実は一体何なのか?彼女は一体誰を信じればいいのか?博人が彼女に与えた
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第533話

「分かってる」博人は冷たい声で彼の言葉を遮った。「すぐ緊急対応をしよう!うちが株を持っているいくつかのメディア会社に連絡して、反撃の準備を!それに、技術部にあの録音といわゆる証拠とやらを分析させて、偽造の痕跡を調べさせるんだ!それから、スクレラの全ての資金の出所、特に最近サンダ―製薬に支援した資金を徹底的に調べ上げろ!」彼は冷静に指示を出し、頭でいろいろなことを高速で処理していた。スクレラが世論を使って彼を倒そうというのか?ならば、彼女に名誉を失う味を味わわせてやろうじゃないか!電話を切り、博人は眉間を揉みほぐし、僅かな疲労を感じた。彼はお酒を置いた棚の前に近づき酒を注ごうとしたが、またグラスを置いた。彼は倒れるわけにはいかない、ましてやこんな些細な事で倒れるわけにはいかない。彼は自身の無実を証明し、未央に再び信頼してもらい、スクレラに強烈な代償を支払わせなければならないのだから!……夜が明ける前に、多くの人間がまだ夢の中にいる中、凄まじい世論の嵐が予兆なく全てのネットサイトを襲った。【衝撃!西嶋グループ社長の西嶋博人の妻である白鳥未央が涙の告発。7年間の結婚はまさか嘘まみれなものだった。夫は復縁を迫るために義父の会社を迫害!】【録音公開!西嶋博人が天見製薬への迫害を認める、卑劣極まりない!】【名門の確執。西嶋夫人が明かす西嶋博人の本性。ビジネス界の大物は実は独占欲の狂人?】いくつかの新聞社とセルフメディアがまるで約束したかのように、同時に「念入りに編集された」録音と、扇動的な「告発声明書」を公開した。静かな湖に爆弾を投げるかのように!ネットは瞬く間に大騒ぎになった!博人の名前はたちまち各ニュースサイトに現れ、彼に関する記事が人気ランキングの一番上まで上がった。無数のネット民が関連ニュースのコメント欄に殺到し、衝撃を受ける者、怒りだす者、興味本位の者、そして未央のことを不憫だと嘆く者もいた。【うわっ!マジか?西嶋博人ってまともな人間に見えたけど、こんな奴だったのか?】【白鳥さんが可哀想だ、こんなクソ男と結婚するなんて本当についてない!】【前から西嶋博人とあの綿井雪乃は怪しいと思ってたよ、やっぱりそういう関係か!】【妻に復縁を迫るために、義父の会社まで潰すのか。恐ろしすぎるわ】【西嶋グループの
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第534話

世論の嵐が壊滅的な勢いで虹陽を襲った。西嶋グループ本社は朝早くから前例のない混乱に陥っていた。受付の電話は鳴りっぱなしで、宣伝部の社員たちは四方八方から押し寄せるメディアの問い合わせに対応するのにてんてこ舞いだった。株価は大引けの後、予想通りにストップ安に迫る勢いだった。その部門もヒソヒソしていて、様々な憶測や噂が内部に広がっていた。管理職のメンバーたちも居ても立っても居られず、次々と電話でプレシャーをかけ、博人にすぐに表に出て説明するよう要求した。安全なマンションの書斎は、異常な静寂に包まれていた。博人はパソコンの前に座り、腰の傷がズキズキと痛んでいたが、彼はまるでその痛みを感じていないかのように、冷静な顔でビデオ会議を通じて会社の運営を指揮していた。「広報部、予定通りに最初の声明を出せ。録音が悪意を持って編集された可能性を強調し、法律をもって追及するという点を強調しろ。法務部、すぐ各ネットサイトに連絡して、不実の情報と誹謗中傷の内容を削除するよう要求するんだ。技術部は録音と振込記録の分析を続けて、最短時間で偽造の決定的な証拠を見つけ出せ。それから管理職の全員に知らせろ。午後3時に緊急オンライン会議を開く。俺が直接状況を説明する」彼の声は大きくはなかったが、疑いを許さない威厳と力を帯びており、ビデオ会議の向こうの慌てていた幹部たちをすぐに落ち着かせた。未央は書斎の入り口に立ち、中には入らず、ただ静かにパソコンの前に座り、冷静にこの混乱状態を対処する男を見つめていた。彼の仕事中の姿を見ることはほとんどなかった。記憶では、彼は冷たくよそよそしい夫であるか、子供にとって厳しくて偏屈な父親であるか、あるいはビジネス界で果断に仕事を処理する社長様だった。しかし今、彼は巨大なスキャンダルの渦の中におり、会社も前例のない危機に直面していて、彼自身も傷を負っているのに、相変わらずこれほど冷静に、ちゃんとした手順ですべてを処理している。この優れた統制力と心理的な強さを見て、未央に知らない他人を見るような感覚を覚えさせると同時に、彼女の心の中に存在する「真実」に対する疑念も深めた。もし彼が本当に黒幕なら、今慌てて、全てのスキャンダルとの関係を断ち切る方法を考えているはずで、どうしてこんなに冷静に反撃を考えることができるだろうか?
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第535話

未央は目の前が真っ暗になり、気を失いそうになった。お父さんに……もしお父さんに本当にこのことで何かあったら……彼女は……それ以上は考えることができなかった。巨大な恐怖と自責の感情が再び彼女を呑み込んでしまった。全部彼女のせいだ。彼女があの録音をしたから、父親をここまで追い詰めてしまったのだ!電話を切り、未央は魂が抜けたようにソファに座り、顔色は先ほどよりさらに青ざめていた。ちょうど博人がビデオ会議を終え、書斎から出てきて、彼女のこの様子を見ると、心の中が締め付けられるように痛み早足で彼女に近づいていった。「どうした?どこか痛いのか?」未央は顔を上げ、彼の心配そうな眼差しを見て、もう耐えられず泣きじゃくりながら言った。「お父さんが……ニュースを見て……今……救急処置を受けているの……」博人の顔色も一瞬で曇った。あの録音が宗一郎にこれほど大きなダメージを与えるとは思わなかった。「心配するな」彼はしゃがみ込み、彼女の冷たい両手を握った。彼女が無意識に手を引こうとしたが、彼は離さなかった。「俺はもう中村を保護するように部下に言ったんだ。彼はスクレラに買収されて証拠を偽造した重要な証人だ。彼を見つけて、持っている証拠を手に入れさえすれば、天見製薬の無実が証明できるし、俺の容疑も晴れる」「中村?」未央はぽかんとした。博人はうなずき、勇が中村を口封じしようとしたことと、彼が既に彼を保護するように部下に命令したことを簡単に説明した。「スクレラのターゲットは俺だ。彼女は君と君のお父さんを利用した。証拠を偽造し、デマを流したのは、俺を倒そうとしたからで、ついで天見製薬を潰そうとしているんだ」博人は彼女の目を見つめ、異常なまでに真剣な口調で言った。「あの電話は確かに俺が間違ったことを言った。それは天見製薬が君の父親の会社だとは全く知らなくて、君がその時……危険な状況にあったことも知らなかったからだ。もし知っていたら、絶対にあんな……」彼は間を取り、声を低くした。「未央、過去7年間、確かに俺はクズだった。君をたくさん傷つけてしまった。しかし今回は、本当に君の父親を陥れるようなことはしていない。ましてやスクレラと結託してなどいないぞ」未央は静かに彼の説明を聞き、その瞳の中にある誠実さと苦痛を見て、胸の中に存在した「疑い」という名の氷山が、少
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第536話

「俺が送ってやる」未央がそう言い終わると、博人は即座に承諾した。彼には今の彼女の心細さと無力さがわかり、父親への心配も理解できた。彼女が今彼を信じているかどうかに関わらず、彼は彼女の安全を確保し、その要求を満足させなければならない。彼はすぐに車とボディーガードを手配した。病院側にリスクが潜んでいる可能性が高いと思っているから、今回のボディーガードをつけた人数は前よりさらに多かった。「腰の傷は……」未央は彼が立ち上がる時にわずかにひそめた眉を見て、思わず声をかけた。「大丈夫、死にはしないさ」博人の口調は相変わらず少し硬かったが、動きがゆっくりとなった。上着を羽織って腰の包帯を隠すと「行こう」と言った。病院へ向かう途中、車の中の二人は相変わらず無言だった。未央は窓にもたれ、外をサッと過ぎ去る街並みを見つめていたが、気持ちは来た時よりもさらに重かった。父親の危篤の知らせは巨大な岩のように彼女の胸の上にのしかかり、息もできないほどだった。もし父親に万一のことがあれば……彼女はその結果を想像もしたくなかった。このすべてをやった張本人はスクレラだが、彼女自身も……責任を逃れられない。博人は彼女の隣に座り、邪魔をせず、ただ時々チラチラと彼女を見ていた。その青ざめて憔悴した横顔と強く絡み合った両手を見て、彼の心も何かで塞がれたように苦しくなった。彼女を抱きしめ、俺に任せて、怖がらないでくれと言いたかったが、今はまだその時ではないと分かっていた。彼はただ黙って彼女の隣に座り、無言で彼女を見守るしかなかった。車はすぐに虹陽市中心病院に到着した。前に来た時とは違い、今回は病院の入り口に明らかに多くの見知らぬ顔があふれ、カメラとマイクを持つ記者たちがすでに「西嶋グループ社長夫人の父親が危篤で入院している」というビックニュースの匂いを嗅ぎつけてきたようだ。幸い博人は早くから対応を準備していた。数台の黒い警備車がすでに裏門で待機していて、彼らの乗った車を囲んで人間の壁を作った。黒いスーツにサングラスをかけたボディーガード達が素早く車から降り、記者と野次馬を遮り、博人と未央を非常口を通って病院まで送ってあげた。「西嶋社長、白鳥社長の病室の周辺はすでに警備を強化しており、うちの者が24時間交替でここで見張っていて、いかなる不審な者も近づけ
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第537話

未央はベッドの端に伏せて、声を涙で詰まらせながら泣いていた。後悔した。彼女は完全に後悔していた。こんな結果になると知っていたなら、あの時スクレラの要求を呑むべきじゃなかった。自分も相手も傷つけるあの録音をするべきじゃなかったのだ。たとえ父親と子供が脅されていたとしても、もっと強硬な手段で抵抗すべきだった。今のように自分を絶望の淵に追い込み、父親を死の寸前にまで追いやるようなことをすべきじゃなかった。病室の外で、博人はドアのガラス窓を通して、中で震えながら泣いていて、無力で弱々しい彼女を見ていた。心臓が大きな手で強く掴み潰されたように、息もできないほど痛かった。飛び込んで彼女を抱きしめ、慰めて、全てうまくいくよと伝えたい。しかし、そんなことなどできない。今のどんな慰めの言葉も無力だと分かっている。証拠を早く見つけて、天見製薬の無実の罪を晴らし、宗一郎に公正な結果を届けてはじめて、彼女の心の傷を癒すことができる。博人は携帯電話を取り出し、廊下の突き当りまで歩いて、高橋に電話をかけた。「中村のほうはどうなった?見つかったのか?」その声は低く切迫しているようだ。電話の向こうから高橋の興奮した声が聞こえてきた。「西嶋社長!見つかりました!今、とある辺鄙な小さな店で中村を見つけました!どうやらスクレラから金を受け取って逃げようとしていましたが、結局小川の手下に追われて、辛うじて隠れていたようです」博人は気分が一気にあがった。「彼は無事か?協力してくれる気はあるか」「ひとまず無事です。こちらで既に確保して、移動中です。ただし……彼はあまりの恐怖で、精神状態が不安定になってしまったようです。ずっと誰かに殺されると叫んでいて、何も話そうとしません」「スクレラの悪事を証言すると約束してくれれば、彼とその家族の安全を保証し、さらには海外に行かせて、残った人生は何の不自由もなく暮らせるほどの金をやると伝えろ」博人は決断をした。「それでも承知しなければ……小川はすでにもう危ない状況で、スクレラは小川でさえも口封じしようとしていて、ましてや彼のように多くの秘密を知る駒は尚更だと伝えるんだ。今の彼の唯一の進める道は、我々に協力することだけだ」「はい!すぐに伝えます!」電話を切り、博人は壁によりかかり、長く深く息を吐いた。見つかった!つい
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第538話

「本当に……見つかったの?」未央の声が信じられないという様子で震えて、虚ろだった瞳にかすかな光が煌いた。中村、あのスクレラに買収され、臨床データを偽造し、天見製薬を深淵に追いやった重要な証人を、博人が本当に見つけたのだ!この知らせは、崩壊寸前だった彼女の心臓に強心剤のように注入されるようだった。「ああ、見つかった」博人は彼女の瞳に再び灯った希望を見て、ほっと息をつくと、口調も少し柔らかくなった。「今は安全だ。部下が連れ戻しているところだ。スクレラも小川も彼を口封じしようとしているから、今や彼の生きる道は我々に協力することだけだ」未央の鼓動はコントロールできず速くなった。中村の重要性は彼女はもちろん知っていた。彼が証言をして、買収の証拠を提出してくれれば、天見製薬のデータ偽造の汚名は晴れ、父もおそらく……救われるかもしれない!「それで……彼は証言してくれるの?」未央は期待をすこし込めて緊張した声で尋ねた。博人は首を横に振った。「現時点ではまだ分からない。彼はかなりショックを受けて、精神状態が不安定のようだ。でも、部下に交渉させていて、拒めない条件を提示したし、利害関係もはっきり教えたつもりだ。賢い男だから、どう選択すればいいか分かってるだろう」彼は一息つくと、未央の青ざめた顔を見て続けて言った。「安心して。彼に口を開かせ、君のお父さんの潔白を証明するためにはどんな手段を取るのも厭わないぞ」その口調は非常に強固で、疑わせる余地もないようだ。未央は彼を見つめ、唇を動かして何か言おうとしたが、結局はうなずくだけだった。ありがとうという言葉は、口に出せなかった。彼らの間は、もはや軽々しく感謝を口にできる関係ではなかった。しかしこの瞬間、彼女の心の中の博人への疑いと警戒心は確かにまた幾分か薄らいだ。少なくとも、スクレラと敵対し、天見製薬の冤罪を晴らすという件において、彼らの目標は一致していた。博人は彼女が以前のようにハリネズミのようにツンツンとした様子ではなくなったのを見て、少し安堵した。そして彼は立ち上がった。「君はここでもう少しお義父さんと一緒にいて。俺は少し用事を済ませてくる。外には部下たちが待機しているから、安全だよ」中村が見つかった情報がスクレラや旭に漏れていないはずはない。これからも面倒が起こるだろう。意外なこ
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第539話

「逃げられると思うか」博人は冷ややかに鼻を鳴らした。「捜査にさらに人手を加えろ!それに、中村が我々の手にあるという情報を『さりげなく』三条旭に流せ」「三条に流すのですか?」高橋は少し理解できていない様子だった。博人の口元に冷ややかな笑みが浮かんだ。「三条の奴は高みの見物のつもりだろ。ただ見ていて最後の勝利の果実が取れると思ってるのか。そうはさせないぞ。この火がすぐにも自分自身に燃え移るところだということを知らしめてやるじゃないか」旭とスクレラ達の間の悪事は、いずれ清算する時が来る。今中村の情報を流せば、旭の反応を探り、プレシャーをかけて彼の行動を抑えることもできるのだ。「はい、西嶋社長、承知しました」電話を切った博人は廊下の突き当たりで窓の外を見つめた。世論の嵐はまだ収まらず、西嶋グループの株価はまだまだ下がっていて、株主たちからのプレシャーもますます強まっている。しかし、彼は心配していない。中村からの証拠さえ手に入れれば、短時間で局面を逆転させ、スクレラとこの件に関わった全ての者に代償を払わせる自信があった!……MLグループにて。旭は間もなく博人が意図的に流した情報を受け取った。「中村が博人に見つかっただと?」旭は手にしたペンを弄りながら、眉をひそめた。博人の動きは予想より速かった。「はい、社長。しかも聞くところによると、中村は自白を始めていて、スクレラと小川がデータ偽造を指示したことを認めているようです」と秘書が報告した。旭は指で軽く机を叩いた。こうなれば、スクレラはもうすぐ終わるだろう。西嶋博人が自分の無実を証明した後、必ず自分を片付けに来るはずだ。「綿井雪乃、いや、綿井綾(わたい あや)の方はどうなっている?」旭は尋ねた。秘書は「まだ動きはありません。スクレラが事件を起こしてから、彼女も息を潜めたようです」と答えた。旭の目に一瞬鋭い光が走った。「雪乃」というカードは、おそらく早めに使うべき時だろう。「彼女に伝えろ、出番だと」旭は冷たい口調で言った。「西嶋博人が一番得意になっている時に、致命的な一撃を与える方法を考えさせろ」彼は西嶋博人がそう簡単に巻き返すのを許しはしない。……一方、とある秘密の安全な部屋にて。スクレラは中村が博人の手に落ち、自白をしたという知らせを
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第540話

「お父さん、目が覚めたのね!」未央は喜びながら父親の手を握り、抑えきれず再び涙があふれ出た。しかし今回は喜びの涙だった。宗一郎はゆっくりと濁った瞳を開け、病室の光に少し慣れると、次第に焦点を合わせて娘の憔悴した顔を見つめた。「未央……未央か……」彼の声は乾いてかすれ、息も絶え絶えだった。「ここは……どこだ……」「お父さん、ここは病院よ。気を失って倒れたんだから」未央はすぐに涙を拭い、身をかがめて、嗚咽しながらも喜びを滲ませた声で言った。「でも安心して、もう大丈夫だからね。医者によると、ただのショックで急に心臓に負荷がきたの。しっかり休めば回復するって」彼女は少し間を置き、待ちきれない様子でこの良い知らせを父親に伝えて、希望を与えようとした。「お父さん、聞いてね。天見製薬を陥れたあの中村を見つけたの!彼はもうひろ……もう誰かに拘束されているから、証言さえ引き出せれば、天見製薬の罪は晴れるのよ!」「なか……中村だと?」宗一郎は一瞬呆然としたが、すぐに濁った目にかすかな光が走り、彼も興奮してきた。「本……本当に見つかったのか」「うん!本当に見つかったの!」未央は力強く頷き、父親の手を握りしめた。「だからお父さん、絶対に良くなってね!天見製薬の無実が証明されるところを自分の目で確かめるのよ。私たちを陥れた連中が罰を受けるのを見届けて」この知らせを聞いた宗一郎は、まるで力が湧いてきたかのように、元々青白かった顔に少し血の気が戻ったようだった。彼はなんとか起き上がろうともがいたが、未央にすぐに押し止められた。「お父さん、動かないで、ちゃんと横になってて」「未央……」宗一郎は息を整え、娘を見つめ、その目は心配でいっぱいだった。「お前……大丈夫か?あの連中は……お前に何かしたか」彼は昏睡状態にあったが、前に起こったことについてはまだ記憶があった。天見製薬が突然調査を受け、彼はショックで倒れた……この裏には確かに複雑な事情があり、相手が天見製薬にここまで手酷い仕打ちをした以上、おそらく未央も簡単には許さないだろうことを彼は察していた。「大丈夫よ、お父さん、私は平気だから」未央は父に心配をかけたくなかったので、自分が拉致されたことは隠しておいた。「私のことは心配しないで、まずはしっかり安静にするのが一番大事なんだから」宗一郎は娘がわざ
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