本気で消える人間は、別れの言葉さえ口にしない。何気ない朝、上着を一枚羽織って、静かに扉を開け——そのまま、二度と戻ってこないのだ。風にさらわれた一枚の枯葉のように。「さよなら」すら、惜しまない。慶悟は顔を覆い、嗚咽を漏らした。思い返せば、気づいていたはずだった。澄月が写真を燃やしたあの日——彼女はいつも通り庭の椅子に座っていたのに、目には一切の光がなかった。あの時、きちんと向き合って話していれば。いや、もっと遡れば——彼女の特許を無理やり手放させた、あの瞬間から。澄月の心は、すでに壊れていたのかもしれない。何度も失望を重ね、ついに心が死んだのだ。「ダメだ、取り戻さなきゃ」慶悟はふらつきながら立ち上がった。ガラスに映る自分の姿は、まるで砕けた人形だった。桃の枝で切れた手のひらの痛みさえ、感じない。居間に戻ると、白河家の人間と鉢合わせた。澄月が家を出たと知っても、誠一は鼻で笑った。「家出?苦労人ぶった芝居でも覚えたか?放っておけ、腹でも空かせば犬みたいに戻ってくるだろう」凜士も嘲るように言った。「いっそ出ていってくれて助かったよ。あいつのせいで、陽菜乃姉ちゃんの病気が悪化したんだからな」陽菜乃がそっと近づいてきた。「慶悟さん、私、一緒に探しに——」指先が慶悟の手に触れた瞬間、彼の目に宿った冷たい光に凍りついた。彼は何も言わず、ただ家を出た。エンジンがうなる。バックミラーに映る白河家の屋敷は、まるで巨大な化け物のように歪み、真っ赤な舌を伸ばして慶悟の背中を嘲っているようだった。空港に着いた彼は、電子掲示板を睨みながら、人々の顔をひとりずつ追った。出発案内のアナウンスが耳を切り裂くように響く。頭の中では、澄月との記憶が何度も再生された。警備員に制止されるまで、彼はぼろぼろの姿でロビーをさまよい続け、何度も叫んだ。「澄月!」その声は錆びたナイフでガラスを引っかくように掠れ、痛ましかった。成果はなかった。慶悟は、澄月が行きそうな場所をひとつひとつ回った。どこかの路地の角で、ふとした瞬間に彼女が現れてくれることを、心のどこかで願っていた。そのときは、抱きしめて謝る。「もう二度と手を離さない」と伝えるつもりだった。しかし、陽が落
Read more