帰路に就き、鬼松が運転するリムジンの中で、一矢が優しく話しかけてくれた。「伊織、そろそろお腹も空いただろう。昼食はなにが食べたい?」「あ、そうね、久しぶりにミックが食べたいな。さっき看板が見えたから」 グリーンバンブーで働いていると、普段は厨房で作った出来立ての洋食を食べることが多く、ジャンクフードのような手軽でお手頃なものを口にする機会はほとんどない。だからこそ、たまには無性に食べたくなってしまうものだ。先ほど車の窓からちらりと見えた、あの大きな黄色い『M』の看板に心を惹かれてしまった。「ミック……?」 しかし、私が何気なくその名前を口にすると、一矢は不思議そうに眉をひそめて、小首を傾げてしまった。 ――え、もしかして、ミクドナルドの略称が『ミック』っていうのを知らないの……? そんなに驚くことではないのかもしれない。だって、一矢は生粋のお坊ちゃまであり、世俗のことに疎い部分がある。だから、こうした一般庶民が親しんでいるような言葉や略称を知らなくても不思議ではない。「あの……テレビのCMとかで、見たことない?」 念のため一矢に問いかけてみた。すると彼はやや呆れたように軽く首を横に振って答えた。「俗なテレビはほとんど見ないからな」「ええと……じゃあ、普段は何をしているの?」 一矢があまりにも日常的なことに疎いので、私は思わず尋ねてしまった。一矢は真面目な顔をして、堂々と自分の生活を語り始めた。「休みの日は専ら読書をしていることが多い。歴史的な文献やビジネス書など、実務に役立つような専門書を中心に読むことにしている。平日は仕事が忙しく、書籍にじっくり目を通す余裕など到底ないからな。だからこそ休日には意識的に読書の時間を作っている。まず朝は、グリーンバンブーに寄って、お前が作った弁当を受け取る。その後に会社に行って仕事だ。朝から晩までスケジュールがぎっしりと詰まっている。会議やらセミナー、海外とのオンラインミーティングなども頻繁にあるから、息をつく暇もない。夜になれば接待やパーティーに顔を出さなければならないことも多々ある。まあ、私もこう見えて、意外と忙しい身なのだ」 彼の話を聞いているだけで息苦しくなりそうだった。一矢の毎日がそんなに過密なスケジュールで埋め尽くされているなんて知らなかったし、想像もしていなかった。彼があまりにも自然に、そん
Terakhir Diperbarui : 2025-06-07 Baca selengkapnya