「奪われた……もの……?」私は、目の前の男が放ったただならぬ雰囲気に呑まれて、ほぼ無意識にそう言葉を繰り返していた。「…なに、つまらねぇ昔話よ」男はそう言って顔を背ける。だけど、その横顔に浮かぶ瞳は少しも揺らいでおらず、深い影が落ちているのが、私にもわかった。「もし、良かったら……。私達にも、教えて頂けませんか?」「…………。」男は、しばらく黙って海を見ていた。「面白い話じゃねぇぞ?」「ええ。あなたのその顔を見れば、分かります」私の言葉に、男はふっと息を吐くと、ぽつり、ぽつりと語り始めた。「…俺は、見ての通り海賊でな。今、『大海賊』なんて呼ばれてる女も……昔は、俺の相棒だったのよ」「二人で命を懸けたり、バカやったり…。まあ、その…恋に落ちたりも、した」(……エレナ。これ以上は、聞く必要はないかもしれん)(ちょ、ちょっとエレン!いいところなんだから!)「は、はぁ……」こ、恋……。話が急に、思ったよりずっと個人的な方向に飛んで、私は少し驚いてしまった。まぁ……いろいろあるよね……。人生だもの。「だが奴は、俺の…!!俺の一番大事な誇を!!ズタズタに引き裂いて、奪っていきやがった!!!」男が、感情を爆発させる。「俺の……!!」彼は、何かを言いかけて、ぐっと言葉に詰まる。「お、俺の……??」この、ドラマチックな間……!!すごく……!!すごく、気になる……!!「俺の純情な心を、弄びやがったんだっ!!!」「え…………?」(つまりこれは、あれか?ただの色恋沙汰の問題で、そんな心底くだらないものを、我々は今、船の上で真剣に聞いていると、そういうことで合っているか?)エレンの、温度も感情も全てを失った、完全な無の思考が、私の脳内に直接流れ込んでくる。(な、なんか……ごめん……)(って!!いやいや!!でもほら……本人からしたら、すごく深刻な問題かもしれないじゃない……?)「俺は……!この心を奪われたまま、何年も生きてきたんだ!!」「それを、取り返さねぇと、俺の人生は前に進まねぇんだよ!!」(はぁ……エレナ。今すぐ、こいつを海へ叩き落とせ)(い、今更そんなこと出来るわけないでしょ……!!)でも、彼のあまりにも真剣な眼差しに、私は覚悟を決めた。聖女として、この迷える魂を導かなければ…!「そうでしたか……。お辛かったんですね
最終更新日 : 2025-10-02 続きを読む