All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 71 - Chapter 80

88 Chapters

第70話:マスターのご馳走

私たちは、町の酒場へと向かった。木製の扉を押して、中へ入る。入った途端、アルコールの強い匂いが鼻をついた。それに、がやがやと賑やかな話し声が飛び交っている。「俺の女房がさぁ……」「この間、冒険者に依頼を出したんだけどよ……」「今年の小麦も、出来がよくってなぁ……」他愛のない会話が、そこら中の席から聞こえてきた。「おう! いらっしゃい!!」カウンターの奥から、ガタイのいい男性が声をかけてくる。「どうも~!」「失礼します……」私たちは、酒場のマスターさんに軽く会釈をした。「旅の人だな!」「なにか飲むかい?? リヴィアはいらねぇぜ?可愛いお嬢ちゃんたちには、俺からの奢りだ!」マスターさんは豪快に笑いながらそう言ってくれる。「ほんとですかぁ~!? じゃあ私はエール酒で!!」ミストさんがご機嫌に答えた。(こいつ…!!!私の前で…!!!)エレンが恨めしそうな声を発する中、「わ、私はミルクで……」と私は控えめにお願いする。「あいよぉ!」***数分後、それぞれの飲み物がテーブルに運ばれてきた。「ありがとうございます!!」ミストさんはグイッと一口、エール酒を飲み干す。(ミストさん……お酒、強いんだ……)「いただきます。」私も、ミルクを一口すくって飲んだ。甘くて、優しい味…。「そういえば、マスターさん。」ミストさんが、カウンター越しに声をかける。「ん? なんだい?」「この辺りで、困っている人とか見かけませんでした?」ミストさんが尋ねた。「困った人かぁ……それなら、ほら。あそこにいるぜ?」マスターさんが、奥の方で俯いている女性を指さした。「おっとぉ……あのどんよりした感じ……相当とお見受けしました!!」「ちょ、ミストさん!?」ミストさんはそのまま席を離れ、突っ伏している女性のもとへ歩いていってしまう。「なんだい?あんたたち、困ってる人を探してんのかい?」マスターさんが、私に尋ねる。「実は……」私は、これまでの経緯をマスターさんに簡単に説明することにした。***「なるほどなぁ。それで嬢ちゃんたちは、その瘴気の原因を探してるってわけか。」「はい……。」私が説明を終えたタイミングで、ミストさんが戻ってきた。「あの人は恋愛のもつれで、あんなふうになってるだけでした。」と、淡々と言い放つミス
last updateLast Updated : 2025-08-30
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第71話:妖精セラフィン

「ご馳走様でした。」私たちは、マスターさんに深く頭を下げた。(私も…飲みたかった…!)エレンの残念そうな声が脳内に響く。「いいってことよ!ミルサーレ村を助けてくれたんだ。これでも足りないくらいだ!」マスターさんは豪快に笑い、ふとミストさんに視線を向ける。「それにしても……青髪の嬢ちゃんは、やたら酒につえーんだな!!?」「いや~酔ってますよ??」ミストさんがにこにこと答える。……えっ?全然、いつも通りだけど。顔だって、全く赤くなってない。そんなやりとりを交わしながら、私たちは酒場を後にした。「気をつけてな!またいつでも来てくれ!」マスターさんが、背中越しに声をかけてくれる。私はもう一度、深く頭を下げた。正式に“聖女”と呼ばれるようになったとしても――こうして出会う、人の優しさ。温かい声。心からの笑顔。私は、これらを何より大切にしたい。そう、強く思ったのだった。***「さぁ! 調査を再開しましょう!」ミストさんが元気よく声を上げる。「話を聞いた感じだと……ピクシーが、鍵を握っていそうだよね。」「そうですねぇ。でも、ピクシーは妖精ですから――そんな簡単には見つからないと思いますけど。」そう――妖精。妖精も、元は“魔物”だったと言われている。魔物が、何らかの祝福を受け、人を助ける存在――妖精へと変わる。そんな奇跡は、稀に、けれど確かに存在するとされている。「それじゃあ、また聞き込み調査ですっ!!」ミストさんは、勢いよく通りへと足を向け、道行く人に元気に声をかけていく。「こんにちは~! 一つお伺いしてもいいでしょうかっ!??」***それから十数人目…。「こんにちは。ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」「ん? ああ、もちろん。なんだい?」落ち着いた様子の男性だった。「ピクシーについて、なのですが……」その言葉に、男性の眉がぴくりと動く。「……ここは昔から、ピクシーがいるって噂だからね」「はい。ですので、ピクシーについて調べたいなと思いまして」「なるほど。ピクシーに何かをするわけじゃないんだね?」男性の問いに、私とミストさんは顔を見合わせてから、揃って答えた。「はい!私は魔法研究所所属の研究員でして、この地に薄い瘴気が漂っていた為、それを調査してるだけです!」「
last updateLast Updated : 2025-08-31
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第72話:魔物狩り

「じゃあセラフィン、行くね」「……♪」風車番の男性がそう挨拶すると、セラフィンちゃんはひまわりのような笑顔で、小さく手を振ってくれた。その仕草ひとつひとつが愛おしい。「これからも元気でね」私はそう言って、セラフィンちゃんの柔らかな銀髪を、そっと指で撫でた。名残惜しいけれど、これが最後だ。***風車を後にして、私たちは男性に別れを告げようとした。その時、彼は何かを決心したように、私に向き直って深々と頭を下げた。「あなたが、聖女様とは露知らず…。雰囲気こそ神秘的で高貴なお方なのはわかったのですが、失礼な態度をとってしまい、すみませんでした……」その震える声に、私は慌ててしまう。「ど、どうぞお気になさらないで下さい! 私としては、むしろあれくらいが丁度良いので…」「エレナさん…」少し離れた場所から見ていたミストさんが、呆れたような、面白がるような、なんとも言えない声を出す。「えっ…わ、私、何か変なこと言ったかな…?」「ご自分が聖女様だと知った相手に、今まで通り気安くしてほしい、とお願いするのは、なかなかに鬼ですよ?」えっ…そ、そうかな…?(そうかな? と思っただろうが、大いにそうだろう。聖女はこの世界にとって最も重要な人物の一人だぞ)エレンの呆れたような声が、頭に響く。(その聖女本人から『もっと気安く接しろ』と言われて、はいそうですかと態度を戻せる人間がどこにいる。畏れ多くて、誰もそんなことはできん……)(うっ……ごめんなさい…)「ご、ごめんなさい…! そんなつもりは、まったくなくて…!」私が慌てて頭を下げると、今度は風車番の男性が「あわわわわわ!」とさらに恐縮してしまう。「ど、どうか頭をお上げください、聖女様!!!」「うーん…これはもしやすると、エレナさんの聖女としての身の振り方は、一度皆で徹底的に研究した方がいいかもしれませんねぇ」その一連のやり取りを眺めながら、ミストさんがやれやれと首を振り、真剣な顔で呟いた。そんな、どこか気の抜けるやり取りをしていた、その時だった。「み、みんなーッ!!!! セラフィンを守れぇぇぇぇぇ!!!!!」町の中心部から、平和な空気を切り裂くような、切羽詰まった叫び声が響き渡った。えっ……!? な、なに!? どうしたの!?隣にいた風車番の男性は、「し、失礼します!!」と血相を変えて
last updateLast Updated : 2025-09-04
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第73話:シイナの熱

「それは本当か?ミスト」シイナさんが、低い声で尋ねる。その瞳は、縛り上げられた冒険者ではなく、まっすぐにミストさんを見つめていた。「ええ!先程、エレナさんと一緒にこの目で確認してきました!この町は、魔物…いいえ、妖精『セラフィンちゃん』と共存しています!」ミストさんが、少し興奮した様子で報告する。その言葉を聞いたシイナさんは、ふっと目を伏せ、何かを思考するように黙り込んだ。「……素晴らしいじゃないか!」(え???)(ん???)私とエレンの思考が、完全にシンクロする。シイナさんが顔を上げた時、その表情はいつもの沈着冷静な彼ではなかった。まるで長年探し求めていた答えを見つけたかのような、学者の熱に浮かされていた。「共存できるのなら、それは素晴らしい事だ。いや、素晴らしいなんて言葉では足りない!」「あ、あの……シイナさん……?」(こいつ…急にどうした……?)「だから、俺は共存出来る魔物とは、積極的に共存していくべきだと!そう考えている!!」力強く言い切ったシイナさんの言葉に、町の人々は、希望の光を見たように、ほぼ全員が深く頷いていた。更には、拍手までが飛び交っている。「な、なにいってやがんだこいつ……?」その異様な光景に、冒険者の男が悪態をつく。「ええい!話の通じない奴にはこうするしかねぇな!!」男性が叫ぶと同時、その足元の地面がひび割れ、土を突き破って長くて太い茨の蔓が、蛇のように私目掛けて襲いかかってきた。「えっ…!?」咄嗟の事態に、私は恐怖でぎゅっと目を瞑る。だが、衝撃は来なかった。代わりに、空気を切り裂く鋭い音と、何かが細かく砕け散る乾いた音だけが耳に届いた。恐る恐る目を開けると、私の目の前には、緑色の紙吹雪のように細切れにされた蔓の残骸が舞っていた。いつの間にか動いていた左腕が、それを成したのだと理解する。(馬鹿め。やらせる訳がないだろうに)エレンの冷たい声が響く。「は??」「す、すまない……エレナ! 俺は熱くなりすぎて、警戒を怠っていたようだ」シイナさんが、我に返ったように私を振り返る。「あっ……いえ……その、大丈夫です」「挙句の果てには、俺達の大事な仲間を人質に取ろうとした、ということでいいな?」シイナさんの声から、先程までの熱が消え失せ、静かな怒りが滲み出る。「う、うるせぇ!! 俺は認めねぇ
last updateLast Updated : 2025-09-08
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第74話:狂気の研究成果

「ひぃぃぃぃぃっ!? な、なんだその薬はぁぁっ!!」 リーダーが泡を吹いて倒れたのを見た仲間の一人が、金切り声を上げる。彼らは縛られた体勢のまま、芋虫のように必死に後ずさろうともがいていた。さっきまでの威勢は見る影もなく、その瞳には純粋な恐怖だけが映っている。 そ、それはそうだよね……。私も、今、すごく怖い。 「うわ〜ぁ……あの薬、威力エグすぎねぇか……?」 「これは……流石に引きますね……」 グレンさんとシオンさんが、心底嫌そうに顔を顰めて呟いた。 「ちょっとちょっとちょっとぉぉぉぉぉぉ!??」 その言葉に、薬を作った張本人が声を上げる。 「な、なんで私がそんな目で見られないといけないんですかぁぁぁ!!? 命令したシイナ君にするべきでは!?」 ミストさんが、心外だと言わんばかりに意義を唱えた。 「いや……にしたってお前……これ……」 グレンさんが、自分の両腕をさすりながら、言葉を濁す。鳥肌が立っているのが、遠目にもわかった。 「おや、グレン。あなたも被りたいのですか?」 シオンさんが、すっと無表情のままグレンさんの背中に手を添える。 「ぎゃあああああああ!!! やめろおまえぇぇぇぇっ!!」 グレンさんの絶叫は、本気の恐怖から来ていることだけは、痛いほど伝わってきた。 「あっ、被ってみます? こんなにも強烈な効果が出た薬は、我ながら会心の出来でしたよぉ。私自身、効果を試した時は一瞬で失神したくらいですから」 え"っ 「は?」 「???」 私とグレンさん、そしてシオンさんの反応が、珍しく、完璧にシンクロする。広場に、間抜けな声と、無数の疑問符が浮かんだ気がした。 「まさか……また自分で試したのか……?」 シイナさんが、頭痛をこらえるかのようにこめかみを押さえながら、呆れた声で尋ねた。 「当たり前じゃないですか! 実験とは、まず自分でデータを取らなければ、意味がないでしょう!!」 ミストさんは、何を今更、とでも言いたげに胸を張る。 うん……そうだね……。ミストさんは……そういう人だったよね……。 以前、メモリスの町で「ばにーがーる」の衣装の効果を確かめるために、自分で着て「データを集めなければ!」と力説していた時のことを、私は鮮明に思い出していた。 「まぁ……いい。おい、お前たち」 シイナさんが、騒がしい仲間たちか
last updateLast Updated : 2025-09-10
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第75話・ナヴィス・ノストラ

あれから数日間の野宿を繰り返し、私たちはついに目的の港町、ナヴィス・ノストラにたどり着いた。街の入り口に足を踏み入れた瞬間、鼻を突く独特の香りが私たちを迎えた。潮の香りと魚の生臭い匂い、そして微かなタールと酒の匂いが複雑に混じり合って、これまで旅してきたどの町とも違う、荒々しくも活気に満ちた空気を作り出している。海風に運ばれてくるその香りは、確かに港町特有のものだった。だけれど――今のナヴィス・ノストラは、私が想像していた賑やかな港町とは程遠い姿を見せていた。石畳の道をすれ違うのは、屈強な体つきの船乗りや、明らかに海賊と分かる荒くれた人々。しかし、その誰もが眉間に深い皺を刻み、険しい顔つきで足早に歩いている。彼らの目には焦りと苛立ち、そして他者を警戒する刺々しい光が宿っていて、まるで獲物を狙う肉食獣のような緊張感を漂わせていた。「エレナさん、私の傍から離れないように」シオンさんが周囲を鋭く警戒しながら、私の耳元で低く囁いた。彼の手は既に腰の辺りに構えられていて、いつでも戦闘に移れる体勢を取っている。普段の穏やかな彼からは想像もつかない、研ぎ澄まされた緊張感だった。「う、うん……」私は小さく頷きながら、無意識に彼の後ろに身を寄せる。街全体を覆う不穏な空気が、肌にまとわりつくように感じられた。「んー??ここ、なんかおかしいな」先頭を歩いていたグレンさんが立ち止まり、眉間に深い皺を寄せて辺りを見回した。彼の表情には、明らかな困惑が浮かんでいる。「グレン、何がおかしいんだ?」シイナさんが振り返りながら尋ねる。「前に一度、護衛の仕事でここへ来たことがあるんだが……」グレンさんは記憶を辿るように空を見上げた。「こんなにも殺気立った場所じゃなかったぜ?もっとこう、カラッとしてて、騒がしいだけの陽気な場所だったはずなんだが……」「確かに……なんだか皆さん、追い詰められたような、荒んだ雰囲気を醸し出していますよね」ミストさんも同感というように、きょろきょろと辺りを見回している。彼女の普段の明るい表情にも、不安の影が差していた。「そうか……」シイナさんが状況を整理するように頷く。「とにかく、エレナは俺たちから離れないようにしてくれ」その声には、いつもより強い保護者としての意志が込められていた。「はい!」私は力強く答える。「ともかくだ。俺た
last updateLast Updated : 2025-09-15
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第76話:暗明の聖女

「随分早かったな」シイナさんが、息一つ乱れていないミストさんへそう声をかけた。彼の後ろからは、グレンさんが「おう!」と片手を上げて合流する。「まあ、俺たちも運良く情報が手に入ったところだ。とりあえず、そっちの情報を教えてくれるか?」「おや!そうだったんですね。では早速! 今、我々がいるこの港の異様な雰囲気ですが、やはりヘレフィア王国の騎士団が関係していること、これが一つめです」「そこは、私たちが先程聞いた情報と一致していますね」シオンさんが、静かにそう相槌を打つ。「そしてふたつめが、どうやら『大海賊』と呼ばれる連中がこの近海を荒らしまわっているらしくて、それが騎士団が過剰に巡回している原因なのでは? という噂です!」大海賊……?(この町にいる海賊たちとは、また何が違うのかな……?)「大海賊、か…。なるほど、その存在が騎士団を過敏にさせている、という線はありそうだな」シイナさんが、腕を組んで納得したように頷く。「よし、方針を決めよう。ヘレフィアへ渡れない以上、俺たちは当分ここに留まるしかないだろう」シイナさんが、私たち全員を見回して告げる。「そこでだ。旅をする以上、金銭面は常に問題として存在するからな。今日はここにあるギルドへ行って、情報収集も兼ねて何か依頼を受けようと思うんだが…どうだ?」「いいぜ!!身体がなまっちまうところだった!俺は賛成だ!」グレンさんが、待ってましたとばかりに拳を鳴らす。「ええ、私も賛成です」「資金問題は常に我々を苦しめますからねぇ…。もちろん賛成ですよぉ!」シオンさんとミストさんも、それぞれの形で同意を示した。「うん、私も賛成かな」私も、みんなに続いて頷いた。「よし、決まりだな。じゃあ、依頼を受けに行こう」私たちは、この港で唯一の「冒険者ギルド」だという、一際大きな建物へと向かった。***ギルドの重い木製の扉をくぐると、むわっとした熱気と、安いエールの匂い、そして大勢の男たちの騒がしい声が私たちを包んだ。その、いかにも海賊町のギルドらしい喧騒を、一つの怒号が切り裂いた。「ふざけんじゃねぇぞ!!!!!!」声の方へ目をやると、カウンターで一人の男性が、受付嬢へと怒鳴りつけていた。上半身裸のその体には、おびただしい数の古傷が刻まれており、その雰囲気だけでも、只者ではないのが伝わってくる。「ふ
last updateLast Updated : 2025-09-22
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第77話:大海賊の掃討依頼

【SoulLink 第77話・リライト案】カウンターの向こう側で、受付嬢は一仕事終えたように息をつくと、改めて私たちににこやかな笑顔を向けた。「それで……旅の方々ですよね? 依頼の受注でしょうか?」「はい。我々は六……いや、五人のパーティーなのですが、何か適している依頼はありますか?」シイナさんが、ごく自然にそう答える。その、言い直す前の、ほんの一瞬の間。(……シイナさん、今、ちゃんとエレンのことも人数に数えてくれようとしたんだ)(ふふ……ああ。どうやら、私を含めた六人というのが、彼の中でも当たり前になってきているらしいな)微かに笑うエレンの声が、脳裏に優しく響いた。他の人には気づかれない、本当に小さなことかもしれないけど……やっぱりこの仲間たちに、私の秘密を打ち明けて良かった。心の底から、そう思える。「承知しました。ただ今、調べますね」受付嬢は分厚い紙の束に視線を落とすと、慣れた手つきでぺらぺらとページをめくっていく。──数分後。「お待たせしました。現在、五名様におすすめできる依頼はこちらになります」差し出された一枚の依頼書を、シイナさんが受け取る。その真剣な眼差しが、羊皮紙に書かれた文字を追い始めた。「何か良いのあるかぁ?」グレンさんが、シイナさんの肩越しに大きな体を乗り出して覗き込む。私もその内容を見ようとしたけれど、壁のようにそびえ立つ二人の背中が、私の視界を完全に塞いでしまっていた。「大海賊の……掃討……?」シイナさんが、依頼書から顔を上げずに、低い声で呟いた。「はい。ご覧の通り、今のナヴィス・ノストラは酷い有様です。腕の立つ冒険者や傭兵の方々を探しておりまして……失礼ながら、あなた方はかなりの実力者だとお見受けしました」受付嬢の静かな、しかし確信に満ちた言葉だった。「おお〜! よくわかったなぁ、お嬢さん!」グレンさんが、満更でもないという満面の笑みでカウンターに詰め寄る。「ふっふっふ〜!! さすがはお目が高いですねぇ!」ミストさんまで同調して、どこからどう見ても偉そうに胸を張った。「俺たちにかかれば、どんな依頼だって──」「ばっちりこなしてみせますとも!!!」なんて息の合いよう……。「はぁ……お前たち、調子に乗るな」シイナさんが、心底呆れたように、深いため息とセットでたしなめる。「見苦しいとこ
last updateLast Updated : 2025-09-25
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第78話:予期せぬ来訪者

──────エレンの視点──────「船の炎を消せぇぇぇぇ!!!」乗組員の、切羽詰まった叫び声が、燃え盛る船の甲板に響き渡る。敵船から雨のように放たれた炎の矢が、マストに、手すりに、帆に突き刺さり、船は瞬く間に紅蓮の炎に包まれかけていた。「ちぃ……! やはり私が付いてきて正解だったか…!」私は、迫りくる炎の矢を短剣で弾きながら、忌々しげに呟く。「ひゃひゃひゃひゃ!!! 俺たち『紅の海蛇』に喧嘩を売るとは、馬鹿か!? しかも、そのザマじゃあ、海の上での戦いは素人のようだなァ!!」不快で耳障りな甲高い笑い声が、海風に乗って届く。「姐さん!!! 大砲の準備、完了したぜ!!」「よし……。――放て!!!!」凛として、しかし確かな熱を篭もらせた女の声が、無慈悲な命令を下す。その刹那、腹の底に響く轟音と共に、巨大な鉄の塊が、煙を引きながら、私たちが乗る船へと真っ直ぐに飛んでくるのが見えた。……そもそも、なぜこうなったのか。その経緯を語るには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。***──────エレナの視点──────「ヘレフィア王国の騎士団に近づきさえしなければ、海賊のいる孤島へ向かうこと自体は、大丈夫なんだよね?」ギルドを出た後、私たちは船着き場で今後の動きについて話し合っていた。「ああ。それに、例の受付嬢はヘレフィア王国の民だからな。騎士団に攻撃されないための『信頼の証』の旗を、特別に貸してくれた」シイナさんが、懐から小さな旗を取り出して見せる。「でしたら、その旗を使って、ヘレフィア王国へ直接行ってしまうのはどうですか?」シオンさんが、最も合理的、とでも言うように提案する。しかし、「ダメだぜシオン!! それはあの人が俺たちを信頼して貸してくれた証だ! それを許可なく、自分たちの都合で使うなんて、俺は許せねぇ!」グレンさんが、珍しく、いや、初めてかもしれないくらい真剣な顔で、その提案を真っ向から否定した。「ふむ……確かに、そうとも言えますね。失礼しました。まさかグレンに正論を言われる日が来るとは、思いもしませんでしたが」シオンさんは静かに頭を下げ、しかし、その言葉にはチクリと辛辣な棘が混じっていた。「おま!? 俺をなんだと思ってんだよ!?」「騒がしい熱血馬鹿……と、そう認識していますが。何か?」涼しい顔で、なんで
last updateLast Updated : 2025-09-26
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第79話:奪われたもの

甲板に重い音を立てて着地した、あの古傷の男性。その姿を認めるやいなや、シオンさんが一瞬で私の前に立ちはだかり、盾となる。「あなた……。何か御用ですか?」その声は氷のように冷たく、その全身から放たれる警戒心が、目の前の男を威圧する。しかし、男は臆するどころか――「がはっはっはっ!」と、腹の底から、すべてを吹き飛ばすかのように高らかに笑い出した。な、な、な、なに!?この人……間違いない!ギルドで受付嬢さんと口論していた、あの人だ……!「わりぃなぁ、お嬢ちゃん達…!!この船……ちっとばかし、貸してくんねぇか!」「何を馬鹿な事を。…ぶっ飛ばしますよ」シオンさんのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。その静かな怒りに、男はさらに笑みを深めた。「ほぉ……おもしれぇじゃねぇか!!!」そう叫んだ直後、男の岩のような拳が、唸りを上げてシオンさん目掛けて放たれる。だが、シオンさんはその暴威を、なんと華奢な左手一本で、ピタリと受け止めてしまった。「お!?なんだおめぇ、その力は!」男の目が、驚きと、それ以上の喜びに大きく見開かれる。「そんな細っこい体のどこに、それほどの力があんだ!?」「……お返ししますよ」ズドンッ!シオンさんの拳が、見えないほどの速さで男の腹部へと突き込まれる。重く、鈍い音が響いた。と、思えたが。「なーんちゃってぇ……!」男は、分厚い腕を交差させ、その一撃をがっちりとガードしていたのだ。「…………!」シオンさんの表情から、初めて笑みが消える。咄嗟に、彼は一対のトンファー「風牙」を両手に構えた。それに応えるように、男もまた、腰に携えていた巨大な戦斧を抜き放ち、大きく振りかぶる。「シ、シオンさん!!!」男の斧が振り下ろされる、その刹那。シオンさんの立っていた位置から、爆発的な竜巻が巻き起こり、巨斧の軌道を弾き飛ばした。「おおっと……風属性かぁ!だが、俺の属性は水だァ!!!!」弾かれた体勢から、男はさらに大斧を横薙ぎに振るう。その刃から、凄まじい勢いで水の刃が、斬撃となって飛ばされた。シオンさんはそれをトンファーで叩き落とすと、そのまま足から突風を噴射させ、弾丸のように相手の懐へと飛び込んでいく。**キィンッ!**と甲高い音が響き、トンファーと大斧の間に、激しい火花が散った。「お、おまえ、やるじゃねぇか!!」「そう
last updateLast Updated : 2025-10-01
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