遥かなる古《いにしえ》、万象が未だ若く、世界が静かな息吹を漏らしていた時代。 人々は、ただひとりの神に祈りを捧げ、その大いなる慈悲に救いを求めて生きていた。 その神は、遍く世界に恩寵を垂れた。 乾いた大地には豊穣の実りを約束し、 日照りの地には恵みの雨を呼び寄せ、 病に蝕まれた者には癒やしの光を、 絶え間なき争いに疲弊した者らには安寧の秩序を。 生きとし生けるものすべてに、その愛は太陽のように等しく、そして深く注がれた。 人々は神の御業《みわざ》に畏怖の念を抱き、心からの崇敬を捧げた。 そして、いつしか彼らは敬愛を込めて、こう呼ぶようになる。 ──魔神様(まじんさま)、と。 絶対の庇護者、唯一無二の存在として。 けれど、その永劫にも思われた平穏は、ある日、一人の男によって静かに侵された。 男は、神を信仰の対象としてではなく、飽くなき探求心を満たす「研究対象」としてのみ捉えた。 彼は言葉巧みに神の信頼を騙《かた》り、その聖域へと忍び寄り、ただひたすらに神の奇跡の力を“我が物とする”ことだけを渇望していた。 その心に、一片の敬虔さもなかった。 その浅ましくも純粋な裏切りの果てに、魔神様は砕けた。 いかなる怒りも、いかなる悲しみも、 その神々しい表情に浮かべることなく、 ただ静かに、まるで積年の役目を終えたかのように、音もなく崩れ落ちるように。 そして次の瞬間、世界が息を呑んだ。 神の聖なる身体は、天と地を覆い尽くさんばかりの凄絶な爆発を引き起こした。 神の体内、その根源からあふれ出た無尽蔵の“魔力の粒子”は、 目に見えぬ風に乗り、色鮮やかな光の雨となって大地へと染み込み、 広大なる海を渡り、蒼穹の果てへと溶け込み―― やがて、世界そのものと不可分に混じり合っていった。 *** 永い、永い刻《とき》が流れ。 世界が神の遺した魔力で満たされた後。 その混沌たる力に“適応”し、 新たなる理《ことわり》をその身に宿した者たちが、 静かに歴史の表舞台に現れ始める。 彼らの血は、神の残滓に触れてより熱く滾《たぎ》り、 その肉体は、人ならざる強靭さを獲得し、 そして魂の奥底には、失われた神の記憶の欠片を、 微かに、しかし確かに
Last Updated : 2025-05-19 Read more