All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 1 - Chapter 10

116 Chapters

#0:属性の起源

遥かなる古、万象が未だ若く、世界が静寂の中で息づいていた時代のこと── 人々は、ただ一柱の神に祈りを捧げていた。 その神の慈悲は、世界の隅々にまで行き渡った。乾いた大地には豊穣の約束を、日照りに苦しむ地には恵みの雨を、病に蝕まれた者には癒やしの光を。 生きとし生けるものすべてに、その愛は太陽のように等しく注がれていた。 人々は神の御業に心からの畏敬を捧げ、敬愛を込めてこう呼んだ。 「万象神様」 絶対なる庇護者。この世で唯一無二の完全なる存在として。 しかし、その永劫の平穏を破る者が現れた。 一人の男──彼にとって神とは、信仰の対象ではなく「研究対象」でしかなかった。 男は巧妙に神の信頼を騙り、聖域へと忍び寄る。その目的はただ一つ。神の奇跡の力を我が物とすること。 その心には、一片の敬虔さも宿っていなかった。 そして、純粋なる裏切りの果てに── 万象神は砕けた。 いかなる怒りも、いかなる悲しみも浮かべることなく。 まるで長き役目を終えたかのように、静かに音もなく崩れ落ちたのだった。 次の瞬間、天と地を覆い尽くさんばかりの凄絶な爆発が起こった。 神の聖なる身体から溢れ出た無尽蔵の**未知なる粒子**は、目に見えぬ風に乗って色鮮やかな光の雨となり、大地に染み込み、広大な海を渡り、蒼穹の果てまで届いて── やがて、世界そのものと不可分に混じり合っていった。 永い刻が流れ、世界が神の遺したマギアで満たされた後── その混沌たるエネルギーに適応し、神の破片と**接続**した者たちが歴史の表舞台に現れ始める。 彼らの血はマギアに触れて熱く滾り、その肉体は人ならざる強靭さを獲得し、魂の奥底には失われた神の記憶の欠片が微かに、しかし確かに宿っていた。 彼らは疑いようもなく”人”でありながら、同時に”人”という枠を遥かに超越した存在へと変容を遂げていた。 この世の理を超えた絶対的な力──属性を自在に操る者たち。 人々は、畏れと羨望、そして一抹の不安と共に、彼らをこう呼ぶようになる。 「接続者」 それは、神の力を受け継ぎ、新たなる時代を担う者たちの名だった。 マギアとは、砕け散った神の本質そのものであり、それは世界に十の明確な属性と
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#1:二つの魂

雲ひとつなく澄み渡る蒼穹。 天頂近くまで昇りつめた太陽が、世界を鮮烈な色彩で塗り替えていく。 降り注ぐ陽光は煌めき、風に揺れる木々の緑は、あふれんばかりの生命力を謳歌していた。 その活気ある朝の空気に呼応するように──鐘楼の大鐘が鳴り響く。 ゴーン、ゴーン……と。 重厚な波紋が大気を打ち、驚いた鳥たちが一斉に空へと舞い上がった。 腹の底に低く響き渡りながらも、余韻はどこか空の彼方、神の座す高みへと吸い込まれていく荘厳な音色。 それは、ベルノ王国の目覚めを告げる産声。 王国の揺るぎない繁栄の象徴であり、民へ等しく降り注ぐ“祈りの音”だ。 喧騒から隔絶された大聖堂の最奥。 ステンドグラス越しの光が降り注ぐ祭壇の前で、一人の少女が膝を折っていた。 鐘の響きを身体中で受け止めるように、静かに瞼を閉じる。 陽光を丁寧に梳いたような金の髪が、祈る背中を流れている。 長い睫毛の奥に隠されたのは、湖面のごとく澄んだ碧の瞳──。 王国に仕える聖女見習い、エレナ・フィーレである。 聖女としては未だ「見習い」の身。 だが、捧げる祈りの純度は何人にも劣らない。彼女は今日も、世界を包む安寧を願い、神へと意識を委ねていた。 その時。 バンッ!! 「エレナ様っ!! 」 張り詰めた静寂を引き裂く音が響いた。 聖堂の重厚な扉が悲鳴を上げ、乱暴に押し開かれた。 転がり込むように現れたのは、一人の男。 祈りを中断し、エレナはゆっくりと顔を上げる。 男の額からは滝のような脂汗が噴き出し、肩で荒く息を喘がせている。見開かれた両目は焦点が定まらず、何かに怯えるように小刻みに震えていた。 「……こんにちは。本日も素晴らしいお天気ですね。──何か、お困りでしょうか?」 動揺の色は見せず、エレナは努めて穏やかに語りかけた。 それは春の日差しのように柔らかく、張り詰めた神経を解きほぐす声音。 パニック状態の男を刺激せぬよう、彼女は衣擦れの音さえ立てず、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。 「さ、昨晩……! この街に、“グール”が出たんです!!」 グール──。 その単語が耳を打った瞬間、エレナの背筋を冷たい氷柱が駆け抜ける。 死者の肉を貪り、生者を喰らう下級魔獣。 緑色の粘液に覆われた腐肉の体
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#2:入れ替わる意識

覚醒した意識は、波紋ひとつない水鏡の如く凪いでいる。 研ぎ澄まされた知覚が捉えるのは、夜の闇に溶けた微細なノイズだ。 頬を撫でる風の湿り気、草むらで震える虫の翅音、遥か遠くで擦れ合う木の葉のささめき──。それら全てが鮮明な戦術情報へと変換され、脳髄へと滑らかに流れ込んでくる。 月光を吸い上げたかのように白銀へ染まった長い髪を、彼は慣れた手つきで後ろに束ねた。 聖女としての豪奢な衣は、すでに脱ぎ捨てている。 今、その身を包むのは戦士が好む実用一辺倒の軽装。彼はさらに、深々と外套のフードを目深に被った。 入れ替わりによって変容した容姿、あるいはその身から滲み出る気配。 夜闇に紛れれば誰の目にも留まりはしないだろうが、念には念を。 いかなる不確定要素も排除する過剰なまでの慎重さ。それこそが、エレンの流儀だった。 そして腰に帯びたのは、ありふれた安物の剣。 その粗末な柄の冷ややかな感触を、指先で確かめる。 重心、強度、わずかな歪み──。掌から伝わる情報だけで武器の“限界”を瞬時に把握し、彼は夜の底へ落とすように低く呟いた。 「……捜索を開始する」 〜*〜*〜*〜 石畳を叩く硬質な足音が、夜の静寂を規則正しく刻んでいく。 夜警の騎士団──その巡回ルートと時間的空白を完璧に計算に入れ、エレンは人通りの絶えた裏路地を滑るように駆けた。 影から影へ。 月光の届かぬ闇に身を浸し、気配を断つという行為は、エレンにとって呼吸と同じほど容易く、自然なものだ。 (……騎士団の人たちは表通りばかりだね。やっぱり、下水道は見てくれてないのかな?) (ああ。実務よりも形式美を重んじるのは……平和ボケした騎士団の悪癖だな) エレナの不安げな声音に、エレンは心中で短く吐き捨てる。 煌びやかな鎧は見栄えが良いだろうが、都市の病巣はいつだって、光の当たらない場所にこそ溜まるものだ。 迷いなく足を向けたのは、街の最下層──汚濁の吹き溜まりとなる地下への入り口。 行く手を阻む分厚い鉄格子の扉は赤錆に覆われ、何年も開けられた形跡がない。 だが、エレンが指先をかけ、わずかに力を加えただけで、錆びついた蝶番は悲鳴のような軋み声を上げて開いた。 〜*〜*〜*〜 湿った石壁に、汚水が滴り落ちる音が鈍く反響している。
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#3:得意個体のグール

(エレン……大丈夫? 数が多いけど……!) エレナの隠しきれない不安が、意識の深層でさざ波を立てる。 それは恐怖というよりは、エレンの身を案じる揺らぎだ。 エレンは夜の静寂に溶けるほど小さな吐息と共に、しかし鋼のような確信を込めて短く返した。 (雑魚に関しては問題は数ではない。「司令塔」を潰せば、残りはただの動く肉塊だろう) フードの端を指先でわずかに引き、深紅の瞳が捉えるのは獲物の喉元──奥に控える「司令塔」だ。 その射線上に立ち塞がる四体のグールなど、エレンにとっては単なる障害物、あるいは処理すべき背景に過ぎない。 予備動作、ゼロ。 圧縮していた筋肉のバネを一気に解放し、弾かれた矢のように敵陣の中央へ滑り込む。 風すら置き去りにする、最短距離の神速。 一体目。 すれ違いざま、胴を袈裟懸けに裂く。 ──ザンッ!! 硬質な切断音と共に、その反動を一切殺さず手首を返す。 流れるような連動──二体目の首へ。 抵抗なく虚空を舞う首。 さらに回転の遠心力を切っ先に集束させ、三体目の心臓を正確無比に貫いた。 一息も置かない。 三つの命を摘み取るための、冷徹で完成された演算式。 生々しい断末魔と落着音が重なり、鮮血が闇夜に三日月の軌跡を描いて散った。 数瞬前までの喧騒が嘘のように、場の時間が凍りつく。 残る二体のグールは、仲間が一瞬にして肉片へと変わる様を目の当たりにし、完全に戦意を喪失していた。 じりじりと後退するその濁った瞳に張り付いているのは、捕食者に対する原始的な恐怖のみ。 「……さぁ、次だ」 背を向けて逃げ出した一体に向け、エレンは右手の長剣を躊躇なく投擲した。 銀色の円盤となって空を裂いた剣は、吸い込まれるように背中を貫き、胸から血に濡れた切っ先を覗かせる。 「グ、エ……ッ!」 断末魔と共に崩れ落ちる敵へ疾駆し、背に突き刺さった剣の柄を掴む。 ヌチャリ、と肉を擦る音と共に引き抜くと同時に、恐怖で硬直していた最後の一体へ肉薄した。 重心が浮いたその刹那、身体を反転。 遠心力と体重、その全てを乗せた渾身の回し蹴りを叩き込む。 鈍く重たい破壊音。 顔面一点に衝撃を集中させた一撃で、グールは枯れ木のように宙を舞い、石壁に激突して崩れ落ちた。
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#4:戦う者と祈る者

闇に沈んだ地下水道。そこに、二つの深紅が灯る。 夜陰に完全に順応したその瞳は、獲物を値踏みする捕食者のごとく冷徹に眼前の異形を捉えていた。 右手に長剣、左手には逆手に握った短剣。 二刀の構えは流れる水のように静謐で、それでいて爆発的な激流の予兆を孕んでいる。 立ち塞がるのは、先ほどまでの雑魚とは一線を画す異形の瘴気塊。 腐肉と異常発達した筋繊維が醜悪に重なり合い、皮膚の亀裂からはタールごとき紫黒の体液が滴り落ちていた。 ジュッ、と石畳を焼く音。 鼻腔を焦がす腐敗臭が、その濃度を増す。 「……来るがいい。その首、私が貰い受ける」 挑発に応えるかのように、魔物が喉の奥で汚泥を煮詰めたごとき唸り声を上げ、丸太のような豪腕を振り下ろした。 ヒュンッ!! 風を裂き、死の刃と化した爪が迫る。 エレンは表情一つ変えず、最小限の体捌きで身を捻った。 紙一重の回避。直後、爪が石壁を豆腐のように粉砕し、礫が散弾となって飛び散る。鋭利な破片が頬を掠め、一筋の紅い線を刻んだが──瞬きすらしない。 (……硬いな。だが、生物である以上、構造上の弱点は存在する) (まずは視界を奪う) 着地と同時に踏み込む。 石畳を砕く脚力で加速し、全体重を乗せた刺突を放つ。 長剣の切っ先が、白濁した巨大な右目へと吸い込まれた。 ──ブチリッ。 熟れた果実を強引に押し潰すような不快な感触が、柄を通して掌に伝わる。 『ギョエェェェェェェェッ!!!』 魔獣が絶叫した。 湿った下水道の空気を震わせる音波が、鼓膜を内側から殴りつける。 苦痛に狂い、横薙ぎの暴風が襲う。 だが、その軌道など予測済みだ。 エレンは大きく跳躍し、空中で身を翻す。右目に突き刺したままの剣を強く握り、遠心力と膂力で力任せに引き抜いた。 ブシャリ、と紫色の汚血が噴水のように撒き散らされ、鉄錆と腐敗の混じった匂いが喉にへばりつく。 (……さて、次だ。もう一方も潰す) 空中での姿勢制御。 左手の短剣を順手に持ち替え、残された左目へと、落下エネルギーを乗せた渾身の一撃を叩き込む。 刃が眼窩の奥深くへ沈み込み、グジュリとした抵抗のあと、脳漿を抉る重い手応えがあった。 両目を失った巨体が、狂乱のままに暴れ回る。 丸太のような腕が壁
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#5:討伐報告

「本当に……本当に、ありがとうございました! エレナ様、そしてエレン様にも、どうかよろしくお伝えください!」 冒険者ギルドの受付カウンター。 年季の入った分厚いオーク材のデスクから身を乗り出すようにして、馴染みの受付嬢が深々と頭を下げた。 その声は微かに震えていた。 それは単なる業務的な礼ではない。張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、そこから心からの感謝と安堵が溢れ出したような響き。 酒場の喧騒──ジョッキがぶつかる音や荒っぽい笑い声──を突き抜け、その切実な想いは真っ直ぐにエレナの胸へと届いた。 「依頼を受けたのは、エレンですから。次に本人が夜に顔を出したとき、直接お礼を伝えてあげてください。……きっと、喜びますから」 エレナは花が綻ぶようにふわりと微笑み、カウンター越しに差し出された彼女の手を、そっと両手で包み込んだ。 その温もりと柔らかな言葉が、強張っていた受付嬢の心を優しく解きほぐしていく。 「もちろんです! 必ず、感謝をお伝えします! ……それにしても」 ふと、受付嬢が顔を上げた。 その瞳には、先ほどまでの涙とは違う、ある種の好奇心と戸惑いが揺らめいている。 彼女は周囲の冒険者たちを一度見回すと、誰にも聞かれぬよう声を潜め、デスク越しに身を寄せた。 ざわめきの中に紛れ込ませるような、秘密めいた囁き。 「今回の特殊個体のグール……討伐後の調査チームから、信じられない報告が上がってきているんです。『もし、ギルドに所属する他の冒険者が担当していたら、単独での討伐は不可能だったかもしれない』と」 (ベテランの冒険者の方々でも……? 不可能?) エレナは思わず、小さく息を呑んだ。 この国において上位冒険者と呼ばれる者たちは、単騎で戦況を覆す力を持ち、時には一国が抱える“戦略級兵器”にも例えられる選ばれし実力者たちだ。 属性の粋を極め、数々の修羅場を潜り抜けてきた彼らですら、苦戦必至の相手だったというのか。 「そんなに……手強い個体だったのですか……?」 驚きと戸惑いが、抑制できずに声となって漏れ出る。 受付嬢は神妙な面持ちで、重々しくこくりと頷いた。 「ええ。回収した体組織を『王立マギア研究所』で緊急分析したところ……通常の魔獣とは構造が根本から異なる、極め
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#6:接続者選抜戦の開幕

数日後。 その日は、世界が生まれ変わったかのような、突き抜けるほどの紺碧が王都を覆っていた。 王都のへそに鎮座する、石造りの巨大な円形闘技場。 その上空に浮遊するのは、幾多の巨大な“魔導結晶”。 真昼の星座のごとく静謐に輝くそれらは、これから流れる血と汗の一滴までを鮮明に映し出し、会場に入りきれなかった何万という場外の群衆へ、熱狂を伝播させるための眼だ。 パパーン、パパパパーン!! 地軸すら軋ませるファンファーレが高らかに鳴り響く。 それに呼応し、すり鉢状の観客席を埋め尽くした人の波から、堰を切った激流のごとき歓声が噴き上がった。 『さあ皆さま!! 長らくお待たせいたしました! 王都が一年で最も熱く、最も激しく燃え上がる季節がついに到来です! 栄光と誇り、そして己の信念を懸けた決闘の祭典──接続者選抜戦、ただいまより、華々しく開幕でございます!!』 風属性によって増幅された実況の声が、大気をビリビリと震わせ、観客の脳髄を直接揺さぶる。 『出場する若き英雄たちへ! そして、今日この場所で紡がれる新たなる伝説へ! 魂のこもった声を届ける準備はできているかァァァーーッ!!?』 「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」 地鳴り。いや、それはもはや物理的な質量を持った熱波の暴風。 エレナは控室の窓越しにその圧倒的な光景を見下ろし、早鐘を打つ胸をそっと両手で押さえつけた。 「……エレナ君。そろそろ、時間だ。エレン君と交代してくるといい」 静寂を纏った低い声が、控室の空気を震わせた。 声の主は、王都大聖堂の司祭。 白い法衣に身を包んだ老齢の彼は、エレナたちが抱える“二人でひとつ”という秘密を知り、守り続けてくれている理解者だ。 「……はい。今から、エレンと交代してきます。司祭様、いつもありがとうございます」 深く一礼し、エレナはあてがわれた人気のない一室へと足を運んだ。 〜*〜*〜*〜 ここが、エレナたちが意識を交換するための、ささやかな聖域。 重厚な扉を閉じ、鍵をかけると、外の熱狂的な喧騒が嘘のように遠ざかり、静謐な時間が満ちる。 長椅子に腰を下ろし、ゆっくりと瞼を閉じる。 呼吸を整え、深く、深
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#7:焦燥する炎の騎士

 あの鐘の残響が、大気に溶けきるよりも速く。  エレンは、石造りの大地を爆ぜさせた。  ドォッ!!  爆発的な踏み込み。  十メートルの間合いが、瞬き一つの間に消失する。突き出された切っ先は、すでに物理法則を置き去りにする雷光と化していた。 「っ……うぉっ!? は、速ぇ……ッ!?」  驚愕は言葉になる前に、生存本能が肉体を突き動かす。  彼の手首が跳ね上がり、辛うじてエレンの刺突をガードした。  鼓膜を裂く甲高い金属音が闘技場に響き渡り、視界を灼く火花が散る。  観客席から、どよめきがさざ波のように走った。 (防がれたか……。反射神経は悪くない。だが、受け止めるのが精一杯。──次は遅れるぞ) 「やるじゃねぇか……! なら、こっちの番だ!!」  咆哮と共に、彼が反撃へ転じる。  右手の剣に紅蓮の炎がボォッ!と灯り、陽炎が空気を歪ませた。 「燃えろォッ!!」  鋼の刃にして灼熱の塊。  陽炎すら焼き切るような熱気が、皮膚をチリチリと焦がす。  だが――その斬撃は、あまりにも直線的だった。  エレンは一歩、前へ踏み込む。  突撃。その動きのまま、上半身だけをわずかに捻る。  灼熱の横薙ぎが、背中すれすれをかすめて空を裂いた。  かわした、その瞬間。  捻った体を元に戻す反動を、そのまま剣に乗せる。  回転、加速、遠心力――すべてを束ねた一撃。  硬質な破砕音。  刃がグレンの纏う「祝福の鎧」の肩口を裂き、展開されていた障壁を粉砕した。  衝撃で体勢を崩した無防備な胴。  そこへ、全体重を乗せた鋭角の前蹴りを叩き込む。 「……ガッ! ぐはっ……!?」  重い衝撃音。  肺の空気を強制的に吐き出させられ、グレンの身体がボールのように弾き飛ばされた。  硬い床へ背中から落ち、ザザザッと数メートル滑ってようやく止まる。 「ま、まじかよ……本当に属性も、使わずに……っ」  苦痛に顔を歪めながらも、その瞳には混乱の色が浮かんでいた。  ほんの数合。わずか数秒の攻防。  その一瞬で最強たる所以の片鱗を見せつけ、接続者から主導権を奪い取った現実。  静寂は、爆発的な熱狂へと変わる。 「エレン!! エレン!! エレン!!」 「すげぇぞ! 本
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#8:エレナの日常

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」 嵐のような大歓声が、闘技場の石壁を物理的に揺るがすほどに巻き起こった。 『決まったァァァァァ!! エレン選手の勝利だァァァァァァァ!!! なんという技術! なんという鮮やかさ! 両者に盛大な拍手を送ってくれぇぇぇぇ!!!!』 頭上から降り注ぐ、割れんばかりの拍手の雨。 その熱狂の中心で、エレンは呼吸ひとつ乱さず、ゆっくりと白銀の剣を鞘に納めた。 カチン。 硬質な音が、戦いの終わりを告げる。 エレンは、まだ地に膝をついたまま呆然としているグレンの元へ、静かに歩み寄った。 彼は、砕け散った鎧の破片──かつて自分の身を守っていた魔力の結晶──を虚ろに見つめていたが、やがて顔を上げる。 そこに映ったエレンの姿を見て──ふっと、憑き物が落ちたように笑った。 「ハハ……ハハハ! 完敗だ。なんつー強さだよ……手も足も出なかったぜ!」 その笑顔は、悔しさよりも清々しさに満ちていた。 全力を出し切り、目の前に聳え立つ壁の高さを知った男の顔だ。 「いい剣だったぞ、グレン。最後の紅蓮剣、見事な気迫だった」 「……だが、溜めが大きく隙ができる。そこを工夫すれば、更に強力な武器となるだろうさ」 エレンは彼に手を差し出す。 彼は一瞬、きょとんとしてエレンの手と顔を交互に見たが、すぐにその意図を理解し、泥と煤にまみれた手で力強く握り返してきた。 「……ありがとよ。あんたに勝つために、また死ぬ気で剣を磨いてくるぜ。次はもっと、あんたをヒヤッとさせてみせる」 「今のアドバイスも、きっちり糧にしてみせるからな!」 その瞳は、すでに敗北の影を払い、新たな目標を見つけたかのように燃え上がっている。 「……ああ。楽しみに待っているよ」 万雷の拍手と歓声が降り注ぐ観客席を一瞥する。 (……“いい”試合だった。私の実力は十分に示せただろう) エレンは観客席に向かって静かに一礼し、背を向けて歩き出した。 まだ、戦いの幕は開いたばかりだ。 『勝者は――エレンだァァァ!! 圧倒的! 魔法を使わぬ剣士、初陣を見事勝利で飾りましたァァァ!!』 地鳴りのような大歓声が背中を押す。 だが、ゲートをくぐり、薄暗い通路へと足を踏み入れると、その熱狂は急速に遠のいていった。
last updateLast Updated : 2025-05-19
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#9:風薙ぎの傭兵

 石造りの観客席から降り注ぐ地鳴りのような歓声が、闘技場の乾いた空気を絶え間なく震わせている。  今日もまた、強者との邂逅を求めて、白銀の髪を持つ剣士──エレンはこの場に立っていた。  今回の対戦相手は、“風薙ぎの傭兵”と異名を取る、風使いのシオンという男。  事前情報によれば、風属性を応用したトンファー術の使い手であり、接続者の中でも近接戦闘のエキスパートだという。 (……一筋縄ではいかない相手か。面白い)  先のグレンという若き騎士との戦いもそうだったが、この接続者選抜戦という舞台は、存外、彼の戦士としての渇きを癒してくれるのかもしれない。  強者との戦いは、いつだって彼の心を昂らせる最上のスパイスだ。 (エレン、今日も油断しないで、頑張ってね。応援してるから!) (……ああ。私は油断などしないさ)  内なる半身──エレナの真摯な声援に、エレンは絶対的な自信を込めて応じた。  彼女の支えがある限り、この肉体に敗北はない。 『さあさあ皆様! 本日もやってまいりました、接続者選抜戦! 大会最注目の戦士、エレン選手の登場だァァァ! そして迎え撃つは、神出鬼没の風の傭兵、シオン選手の入場だァァ!!』  実況の熱狂的な声が響く中、闘技場の反対側のゲートから、対戦相手が静かに姿を現した。  息を呑むほどに中性的な美貌。  すらりとした長身にしなやかな肢体。艶やかな濡羽色の髪の一部が左目を隠すように流れ、その静謐な立ち姿は、どこか捉えどころのない風そのもののようだった。  まるで実体を持たない精霊が、人の形を借りて現れたかのような神秘性を纏っている。  彼はエレンの方へゆっくりと歩み寄り、優雅な仕草で一礼すると、鈴を転がすような、性別を感じさせない透き通った声で名乗った。 「初めまして、エレンさん。私はシオンと申します。ご覧の通り──」  その言葉と共に、彼は腰の一対の鉄製トンファーを、軽やかに、音もなく抜き放つ。 「──風を纏い、風を操る傭兵です。どうぞ、お見知りおきを」 (自らのスタイルを、臆することなく堂々と晒すか。よほどの実力者か、あるいは私を試しているのか。どちらにせよ、実に興味深い)  ──ゴォォォォォォォォ
last updateLast Updated : 2025-05-19
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