All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 1 - Chapter 10

41 Chapters

魔法の起源

遥かなる古《いにしえ》、万象が未だ若く、世界が静かな息吹を漏らしていた時代。 人々は、ただひとりの神に祈りを捧げ、その大いなる慈悲に救いを求めて生きていた。 その神は、遍く世界に恩寵を垂れた。 乾いた大地には豊穣の実りを約束し、 日照りの地には恵みの雨を呼び寄せ、 病に蝕まれた者には癒やしの光を、 絶え間なき争いに疲弊した者らには安寧の秩序を。 生きとし生けるものすべてに、その愛は太陽のように等しく、そして深く注がれた。 人々は神の御業《みわざ》に畏怖の念を抱き、心からの崇敬を捧げた。 そして、いつしか彼らは敬愛を込めて、こう呼ぶようになる。 ──魔神様(まじんさま)、と。 絶対の庇護者、唯一無二の存在として。 けれど、その永劫にも思われた平穏は、ある日、一人の男によって静かに侵された。 男は、神を信仰の対象としてではなく、飽くなき探求心を満たす「研究対象」としてのみ捉えた。 彼は言葉巧みに神の信頼を騙《かた》り、その聖域へと忍び寄り、ただひたすらに神の奇跡の力を“我が物とする”ことだけを渇望していた。 その心に、一片の敬虔さもなかった。 その浅ましくも純粋な裏切りの果てに、魔神様は砕けた。 いかなる怒りも、いかなる悲しみも、 その神々しい表情に浮かべることなく、 ただ静かに、まるで積年の役目を終えたかのように、音もなく崩れ落ちるように。 そして次の瞬間、世界が息を呑んだ。 神の聖なる身体は、天と地を覆い尽くさんばかりの凄絶な爆発を引き起こした。 神の体内、その根源からあふれ出た無尽蔵の“魔力の粒子”は、 目に見えぬ風に乗り、色鮮やかな光の雨となって大地へと染み込み、 広大なる海を渡り、蒼穹の果てへと溶け込み―― やがて、世界そのものと不可分に混じり合っていった。 *** 永い、永い刻《とき》が流れ。 世界が神の遺した魔力で満たされた後。 その混沌たる力に“適応”し、 新たなる理《ことわり》をその身に宿した者たちが、 静かに歴史の表舞台に現れ始める。 彼らの血は、神の残滓に触れてより熱く滾《たぎ》り、 その肉体は、人ならざる強靭さを獲得し、 そして魂の奥底には、失われた神の記憶の欠片を、 微かに、しかし確かに
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第1話:ふたつの魂

朝露に濡れた草葉が陽光にきらめき、鳥たちのさえずりが夜の静寂を押しのけて空へ舞い上がる。 その響きに応えるかのように――鐘が鳴った。 低く、けれど力強く。 空の高みにまで届くような荘厳な音色が、今日もまた、ベルノ王国の一日が始まったことを告げていた。 それは、王国の揺るぎない象徴。 民に平和と祝福を届ける“祈りの音”だ。 私は――その祈りを、誰よりも大切に受け止める者。 陽光を含んだ金色の髪、澄んだ碧の瞳。 王国に仕える、聖女見習いの少女。 まだ見習いとはいえ、人々の病や苦しみを祈りで癒す力を授かった私には、この国に生きる者としての、ひとつの使命がある。 それは、世界がほんの少しでも優しくあれるようにと、祈り続けること。 この手には何の武器も握っていない。 けれど私は、私にできることを信じて、今日も静かに祈りを捧げていた。 そのときだった。 「エレナ様っ!!」 バンッ! 教会の重厚な扉が凄まじい勢いで開け放たれ、息を切らした男性が、転がり込むようにして聖堂の中へ駆け込んできた。 扉が壁に激突し、石造りの空間に鈍い音が響き渡る。 ひんやりと肌を撫でる空気の中、ステンドグラスを透かした光が床に落とす虹色の欠片が揺れた。私は祈りを中断し、思わず顔を上げた。 額に汗をにじませ、肩で荒く息を吐くその男性の目は、恐怖に見開かれていた。 何かに怯えきったように、わずかに震えている。 「こんにちは。本日も、良いお天気ですね。……何か、お困りですか?」 私は穏やかに立ち上がり、声をかける。 少しでも、この人の心を覆う不安の影を、和らげられるように。 「さ、昨晩……! この街のすぐ近くの森に、グールが出たんです!!」 グール――人の生肉を喰らう魔物。 人間の体格を模した不気味な姿、緑の粘液に覆われた皮膚、鋭利な爪と牙を持った異形の怪物。 ベルノ王国にグールが現れるなど、本来なら万に一つもないはずだった。 なぜなら、国境は精鋭の騎士団によって厳重に守られており、魔物などは境界で排除されているはずだからだ。 「グール……でございますか。冒険者ギルドには、すでにご連絡を?」 「し、しました! でも、ギルドの方が言うには……どうも、様子が妙なんです! 討伐隊が出たというのに、奴らの痕跡がまるで見当たらなくて、まるで、霧か何かのように
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第2話:グールの捜索

夜。 音という音が潜んだ街を、ただ静かに、月光だけが満たしていた。 建物の落す影は漆黒の帯となって長く伸び、家々の窓から灯りが消え失せた路地裏には、もはや人の気配はおろか、野良猫一匹の息遣いすら感じられない。 まるで世界から色が失われたような、そんな静寂。 私はそっと目を閉じ、意識の深淵にいるもう一人の自分へと呼びかける。 (エレン……いつも通り、お願い。この街を、そこに生きる人々を守って) (ああ――君は安心して休んでいてくれ) 彼の力強く、そしてどこまでも優しい声が応じる。それを合図に、ふわりと意識が心地よい微睡みへと沈んでいく。 自分の身体であるはずなのに、その感覚が次第に内側へと遠のいていく不思議な浮遊感。 その代わりに――静かで、鋼のように研ぎ澄まされ、それでいてどこまでも凛とした気配が、この器を満たしていくのを感じた。 私の金色の髪は、まるで月光を吸い込んだかのようにその色を急速に変えていく。 やがて、月の光を浴びて白銀にきらめく長い髪へと。そして、閉じていた瞼が再び開かれる時、その瞳には、血の色を淡く滲ませたような深紅の光が宿っていた。 ひとつ、深く息を吸い込み、そして吐き出す。もう、この身体は“彼”のものだ。 ⸻ 視点:エレン ⸻ 夜風がぴたりと凪ぐ。 肌を撫でる空気が、まるで研ぎ澄まされた刃のように切り替わる。 そんな明確な感覚とともに、私は、エレナが閉じたのとは異なる意思を持って、目を開けた。 覚醒した意識は水鏡のようにクリアで、周囲のあらゆる情報を正確に捉え始める。 白銀に変わった長い髪を慣れた手つきでうなじのあたりで一つに束ね、外套のフードを深く、表情が窺えぬほどに被る。 腰に差した愛剣の柄に一度だけそっと触れ、静かに呟いた。 「……捜索を開始する」 声は夜の冷たい大気に触れると同時に吸い込まれ、誰の耳にも届くことなく消えていった。 夜警の騎士団の巡回ルートを避け、人通りの完全に途絶えた裏道を選ぶ。 特殊な歩法により、私の足音は硬い石畳にほとんど響かず、濃い影から影へと音もなく滑るように紛れていく。闇に溶け込むことは、呼吸をするのと同じくらい自然なことだった。 (……騎士団は表通りばかりだ。やはり、下水道の線が濃いか) (うん。騎士団の人たち、あっちのほうは全然気にしてないみたいだった。実
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第3話:得意個体のグール

(エレン……大丈夫? 数が多いけど……) エレナの、隠しようもない不安を滲ませた声が、意識の奥で波紋のように響く。 私は夜の静寂に紛れるほど小さな声で、しかし絶対的な自信を込めて、短く返した。 (……落ち着け、エレナ。問題は数ではない。――司令塔を潰せば、残りはただの烏合の衆だ) 前方、腕を失ったグールが、未だ夥しい血を滴らせながらこちらを睨んでいる。 私はフードの端をわずかに引き下げ、その深紅の瞳に宿る光をさらに鋭くした。 目指すは、奥にいる「司令塔」。その手前にいる四体のグールは、ただの障害物に過ぎない。 予備動作なく、跳ぶ。 石畳を強く蹴った身体が、放たれた矢のように敵陣中央へと滑り込んだ。 私の動きは、一連の流麗な舞い。最短距離で一体目の胴を袈裟懸けに裂き、その勢いを殺さぬまま手首を返して二体目の首を刎ね、さらに身体の捻りを加えて三体目を斬首する。 一息つく間もない、三つの命を摘み取るための、ただ効率的な連続動作。 鮮血が闇夜に三日月の軌跡を描く。 数瞬前までの喧騒が嘘のように、動きが――ぴたり、と止まる。 残る二体のグールは、仲間が一瞬で肉塊へと変わる様を目の当たりにし、完全に戦意を喪失していた。じりじりと後退を始めるその瞳には、もはや原始的な恐怖だけが浮かんでいる。 「……悪いな。新たな被害者を出すわけにはいかない」 逃げ出した一体の背に向け、右手の長剣を躊躇なく投げ放つ。回転しながら飛んで行った剣は、分厚い肉を貫き、その胸から血に濡れた銀色の切っ先を覗かせた。 「グエェッ!!」 断末魔と共に崩れるグールへ疾駆し、背に突き刺さった剣の柄を掴んで力任せに引き抜く。 そして、最後の生き残りが恐怖で硬直している、その重心が浮いた完璧なタイミングで――流れるように反転し、渾身の蹴りを叩き込んだ。 ドガッ!! と、鈍く重たい衝突音。 無防備な顔面の一点に集中させた一撃。私の蹴りを受けたグールは、まるで子供が投げた石ころのように宙を舞い、隣の硬い石壁に叩きつけられ、ぐしゃりという音と共に崩れ落ちた。 足元に横たわる、虫の息の二体の魔物。 ためらいなく、その二つの首を正確に斬り落とす。 再び、完全な沈黙が訪れた。 鼻につく血臭の中、剣の切っ先から滴る血を一瞥し、指先で刃に付着した肉片を軽く払う。 (……よし。エレナの
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第4話:戦う者と祈る者

夜の闇に慣れた深紅の瞳が、前方の異形を正確に捉える。右手に長剣、左手に逆手の短剣。二刀を水が流れるように静かに構えた。 目の前に立ちはだかるのは、先ほどまでの雑魚とは比較にならぬほどの瘴気を放つ特異個体。その巨体から漏れる低い唸り声が、再び突進せんと全身の筋肉を不気味に蠢かせている。 「……来い。その首、刎ねてやる」 私の挑発に応じるかのように、咆哮と共に振り下ろされる爪。風を切り、死の宣告のように迫るそれを、最小限の動きで体をひねって回避する。巨腕が私のすぐ横の壁に叩きつけられ、石片が砕け散った。 (眼を潰す。視界を奪えば、ただの的だ) 着地とほぼ同時に、体重を乗せた鋭い突きを繰り出す。 グシャッ――! 長剣の切っ先が、狙いすました巨大な右目に吸い込まれるように深く突き刺さった。肉を抉る鈍い感触が、柄を通じて手に伝わる。 「カァァァァァァガアアアアアアッ!!」 眼球を破壊された激痛に、巨体が大きく仰け反り、耳をつんざく絶叫が下水道に反響する。 横薙ぎに振るわれる左腕を、私は横へと大きく跳躍して避ける。空中でしなやかに身体をひねり、右目に突き刺さったままの長剣の柄を強く握り――力任せに引き抜いた。 噴水のように粘度の高い紫の血が闇に散る。 (……次だ) 攻撃の手は緩めない。左手の短剣を順手に持ち替え、残された左の眼窩めがけて、全身の回転と体重を乗せた、技術の粋を叩き込む。 短く鋭い刃が抵抗なく眼窩の奥深くに沈み込み、脳の一部にまで到達した重い手応えがあった。 両目を失ったグールは、もはや理性なく、ただ苦痛に満ちた叫び声を上げながら巨腕を無茶苦茶に振り回す。 (……ふむ。まだ死なんか) 動きこそ闇雲だが、その有り余る筋力と異常な肉体の硬度は本物だ。 暴威が一瞬途切れた隙を見逃さず、影のように背後へ踏み込む。右手の長剣を頭上高く振りかぶり、背骨を狙って渾身の斬撃を振り下ろした。 ザンッ――! 硬い皮膚を引き裂くが、その下の、まるで強靭な獣皮のような肉に阻まれ、刃が止まる。 (……駄目だ。刃が通らん。皮膚そのものが、鎧の役割を果たしているのか) 一撃で仕留められないのなら、何度でも斬るまで。 即座に剣を引き抜き、返す刃で急所である喉元を狙う。だが、なおも手応えは鈍い。硬質化した骨のような組織に阻まれ、刃が途中でぴたりと止まった
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第5話:討伐報告

「本当に……本当に、ありがとうございました! エレナさん、そしてエレンさんにも、どうかよろしくお伝えください!」 ギルドの受付カウンターで、快活な受付嬢さんが、身を乗り出すようにして深々と頭を下げてきた。その声には、心からの感謝と安堵が滲んでいる。 「依頼を受けたのは主にエレンですから。次に本人が顔を出したとき、直接たくさんお礼を伝えてあげてくださいね」 私はにっこりと微笑みながら、安心させるようにそっと言葉を添える。 「もちろんです! ぜひお願いします! それにしても……今回の特殊個体のグール、ギルドに所属する他のSランクの冒険者の方々でも、単独での討伐はかなり難しかっただろうって、討伐後の調査チームから報告が上がってきているんですよ」 (S級の人たちでも……? エレン、やっぱりすごかったんだ……) 私は思わず小さく息を呑んだ。S級冒険者といえば、一国の“戦略的戦力”とさえ呼べるほどの、選ばれし実力者たちのはずなのに。 「そ、そんなに……手強い個体だったんですね……?」 受付嬢さんは私の驚きに、こくりと静かに、しかし重々しく頷いた。 「ええ、……討伐現場の体組織を魔法研究所で分析したところ、通常の魔物とは異なる、未知の反応を多数示していたそうです。」 「それに――」 彼女はそこで一度言葉を切り、周囲に人がいないことを確認するように声を潜める。 「その規格外のグールをほぼ完璧な形で倒せたのは、皮肉なことに、“魔法が一切使えない”エレンさんだったからこそ……というのが、ギルド上層部の正式な見解なんです」 その言葉に、私はハッとする。胸の奥を、鋭い何かで突かれたような衝撃があった。 他の魔法を得意とする冒険者だったら、既存の魔法体系での対処に固執してしまったかもしれない、と。 (たしかに……そうかもしれない) 他ならぬ私自身、聖女としての力、魔法が使えるという事実に、どこか慢心にも似た油断がなかっただろうか。「グール程度なら、神聖魔法で祓えるはず」と、心のどこかで思ってしまっていたかもしれない。 でも、あの戦闘を、私はエレンの意識の中から、彼の五感を通じて全て見ていた。あの異形のグールには、常識も経験則も一切通用しなかった。 だからこそ、魔法を持たないエレンは、己の肉体と剣技、そして極限まで研ぎ澄まされた戦術眼だけを頼りに、“確実に仕
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第6話:魔法闘技の開幕

数日後。 その日は、まるで世界の始まりを祝福するかのように、一点の曇りもない、どこまでも突き抜けるような紺碧の青空が王都の上に広がっていた。 王都の中央、巨大な円形闘技場の上空には、いくつもの巨大な“魔導結晶”が、天空の星座のように魔法の力で静かに浮かんでいる。それらは、これから繰り広げられる激闘のハイライトを鮮明に映し出し、闘技場の外にいる人々にもその熱狂を伝えていた。 地軸を揺るがし、天を衝くかのようなファンファーレが高らかに轟く。 それに呼応し、闘技場を埋め尽くした何万という観客席から、堰を切った激流のごとく、割れんばかりの歓声が一斉に沸き上がった。 「さあ皆さま!! 長らくお待たせいたしました! 王都が一年で最も熱く燃え上がるこの季節がついにやって参りました! 栄光と誇りを賭けた魔法の祭典、魔法闘技――ただいまより、華々しく開幕でございます!!」 魔力によって増幅された司会者の張りのある声が、闘技場の隅々にまで響き渡る。 「出場する栄えある選手たちへ、そしてこれから紡がれるであろう新たなる伝説へ、熱き魂のこもった声援を送る準備は、果たしてできているかーーーッ!!?」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」 観客席から、地鳴りのような咆哮が天に向かって湧き上がった。 ビリビリと、足元から空気そのものが震えているのが肌で感じられる。 その頃、私は貴賓用の小さな控室にいた。外界の喧騒が嘘のように、そこだけは奇妙なほどに静かな空間だった。 「エレナ君……そろそろ、時間だ。心の準備は良いかな」 声をかけてくれたのは、王都大教会の司祭様だった。この方だけは、私たちが“二人でひとつ”の存在であることを知り、静かに見守ってくれている、数少ない理解者の一人だ。 「……はい。今から、エレンと交代しますね。司祭様、いつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」 私は静かに一礼すると、人気のない一室へと向かった。そこが、私たちが意識を交換するための、ささやかな聖域だった。 *** 重厚な木の扉を閉めると、外界の喧騒が嘘のように遠のく。 私はゆっくりと目を閉じ、意識を自分の内側の、さらに奥深くへと沈めていった。 (エレン、準備は大丈夫? 緊張は……してないと思うけど、一応聞いておくね) (ああ、問題ない。むしろ、こうして人
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第7話:焦燥する炎の騎士

土埃が舞い、観客たちの熱狂的な声援が闘技場に反響していた。 先程までの激しい攻防で抉れた地面に、グレンはゆっくりと、しかし確かな意志を込めて立ち上がる。その肩は大きく上下し、額からは汗が滝のように流れ落ちていた。 「アンタ……とんでもない動きしやがって……! 」 掠れた声でグレンが絞り出す。その瞳には、驚愕と、それ以上に強い闘志が宿っていた。 (いわゆる武者震いか――いい目をしている) 私は剣の切っ先をわずかに下げたまま、静かに応じる。 「あいにく魔法は使えなくてね。その代わり、肉体の動きだけは誰よりも研ぎ澄ませてきた」 「へへっ……なにが“魔法が使えない”だよ。あんたの動き、どう見ても魔法で肉体強化でもしてなきゃ無理なレベルだぜ。じゃなきゃ、俺の剣をあんな紙一重で避け続けられるもんか」 彼の声はまだ震えている。だが、それは恐怖からではない。強者と対峙した武人としての本能が、彼の全身を高揚させているのだ。 (次が来る――!) 彼の指先が微かに動いたのを見て、私は即座に思考を切り替える。 「さっきは不覚を取っちまったが! 今度こそ俺の番だァ!!」 グレンが吠えると同時に、その両の手に揺らめく炎が宿り、灼熱の火球となって放たれる。 (牽制、あるいは足止めか。) ゴウッ、と空気を焦がす音を立てて迫る火球。私はその軌道を冷静に見極め、最短距離で右へと疾走する。 「オラァァァァァ!!!」 私の移動先を塞ぐように、時間差で放たれた第二の火球が的確に正面へと飛んでくる。 だが、その程度で私の歩みは止まらない。私は迫りくる火球に対し、剣の腹でそれを横に弾き飛ばした。燃え盛る火球が、まるでボールのように闘技場の壁に激突して霧散する。 「はぁ!? 火球を剣で弾くなんて!?」 グレンの口があんぐりと開く。その驚愕が、ほんの一瞬、致命的な隙を生んだ。 私はその好機を逃さない。迷わず懐へ飛び込み、彼が慌てて振り下ろす剣を紙一重で回避――がら空きになった顔面へと、体重を乗せた右膝を鋭く叩き込んだ。 バギィッ!! と鈍い音が響き渡り、観客席から悲鳴に近いどよめきが上がる。 「ぐっ…………!」 グレンは短い呻き声を上げ、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。 『S級の実力! 騎士団期待の星グレンを圧倒! まさに戦場のエトワール! エレン選手の
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第8話:奇跡のような魔法

『勝者は――エレンだァァァ!! 圧倒的! 魔法を使わぬ剣士、初陣を見事勝利で飾りましたァァァ!!』 割れんばかりの大歓声と、実況の興奮しきった声が、巨大な闘技場全体を揺るがし、私の鼓膜を激しく震わせる。先ほどまでの剣戟の金属音はもう聞こえない。ただ、熱狂だけがそこにあった。 (……ふぅ。エレン、お疲れ様。すごい戦いだったね。ちゃんと満足できた?) エレナが、試合の興奮冷めやらぬ私の意識の奥で、労うように静かに問いかけてきた。その声には、安堵が混じっているような気がする。 (ああ。初戦の相手としては申し分なかった。久々に血が騒ぐ感覚を味わえたよ。実に楽しかった) 私は内心の満足感を隠すことなく答える。 (なんだか……最後の方、ちょっと師匠みたいだったよ? グレンさんのこと、すごく見定めるような目で見てたから) エレナが、くすくすと楽しそうに笑う気配が伝わってくる。 ふっと、私自身も思わず笑みがこぼれてしまう。磨けば光る原石、というやつだったからな。 (……さて、エレナ。名残惜しいが、そろそろ代わろうか。長居は無用だろう) (うん。わかった。ありがとう、エレン) 私はゆっくりと意識の主導権を手放し、身体の感覚がエレナへと戻っていくのを感じる。白銀の髪は再び柔らかな金色へと変わり、深紅の瞳は、澄んだ碧空の色を映した。 (よし、っと。私の身体、ただいまー) 闘技場の喧騒が、少しだけ遠くに感じられる。 (ねえ、エレン。せっかくだから、他の選手の試合も少し観ていかない? 面白そうな魔法を使う人がいるかもしれないし) (ふむ、それも一興だが……確か君は今日、昼過ぎから教会で大切な用事があったはずだが? 忘れたわけではあるまいな?) エレンの、少し呆れたような、それでいて冷静な声が響く。 (あ"っ……!!) ――そうだった!! すっかり、綺麗さっぱり忘れてた!! エレンの試合があまりにすごくて、闘技場の熱気に当てられて、今日の午後に予定していた「祈りの時間」のことが、頭から完全に抜け落ちていたのだ! (わぁぁ! ありがとう、エレン!! 教えてくれなかったら、大変なことになるところだったよ!) 私は心の中でエレンに感謝しつつ、慌てて選手控室を飛び出し、興奮冷めやらぬ闘技場の出口へと駆け出し、一路、教会へと向かって全力で走り出した。 ***
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第9話:風を纏う傭兵

────── エレンの視点 ────── 私は、あの独特の喧騒と期待感が渦巻く円形の舞台に、再びその身を置いていた。 今日の対戦相手は――“風薙ぎの傭兵”と異名を取る、風使いのシオン。資料によれば、風魔法を巧みに用いたトンファー術の使い手で、魔法使いでありながら近接戦闘能力も極めて高いらしい。 (……一筋縄ではいかん相手だな。面白い) 先のグレンという若き騎士との戦いもそうだったが、この魔法闘技という舞台、存外、私の渇きを癒してくれるのかもしれない。強者との真剣勝負は、いつだって私の心を昂らせる。 (エレン、今日も油断しないで、頑張ってね。応援してるから) (ああ。君は安心して見ていろ) エレナの真剣な声援に、私は絶対的な自信を込めて応じた。 『さあさあ皆様! 本日もやってまいりました、魔法闘技! 最注目の剣士、エレン選手の登場だァァァ! そして迎え撃つは、神出鬼没の風の傭兵、シオン選手の入場だァァ!!』 実況の声が響く中、闘技場の反対側のゲートから、私の対戦相手が静かに姿を現した。 息を呑むほどに中性的な美貌。すらりとした長身にしなやかな肢体。艶やかな濡羽色の髪の一部が左目を隠すように流れ、その静かな立ち姿は、どこか捉えどころのない風そのもののようだった。 彼は私の方へゆっくりと歩み寄り、優雅な仕草で一礼すると、鈴を転がすような、性別を感じさせない透き通った声で名乗ってきた。 「初めまして、エレンさん。私はシオンと申します。ご覧の通り、風属性の魔法使い……そして――」 その言葉と共に、彼は腰の一対の鉄製トンファーを、軽やかに、音もなく抜き放つ。 「――風を纏い、風を操る傭兵でもあります。どうぞ、お見知りおきを」 (自らのスタイルを、臆することなく堂々と名乗るか。よほどの実力者か、あるいは、私を試しているのか。どちらにせよ、実に面白い) ──ゴォォォォォォォォォォン── 開始のベルが、重低音を伴って鳴り響く。 その瞬間、闘技場に突風が走った。いや、シオン自身が風になったかのようだ。 (来るか!) 私は即座に腰を落とし、愛剣を抜き放つ。刹那、視界の端で風が渦を巻いたかと思うと、目の前にシオンの姿が現れていた。 ガキィィン!! と甲高い金属音。 風の魔力を纏い、通常よりも遥かに鋭さと重さを増したトンファーが、私の剣に鋭
last updateLast Updated : 2025-05-19
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