「一つ、訊いてもいいですか?」あれから一ヶ月。怜士は准を送る為に、本来なら週末にありがちなパーティーなどの社交には重要なもの以外ほとんど出席せず、土曜日の朝から車を運転して美月のいる町まで来ていた。そして昼からのレッスンをして、自宅へ戻る…というスケジュールで動いていた。だが、やはり続けば疲労が溜まるし、第一効率が悪い。ということで。彼はこの町に小ぶりな別荘を建て始めた。〝小ぶり〟とはいえ、それはあくまでも真田怜士の基準なので、この辺り一帯の建物の中で一番大きかった。それまでは適当に借家を手配して、土曜日の朝来て、日曜日の午後から帰る…という生活にシフトチェンジした。そうすれば、准がレッスンしている間や土曜日の夜に残した仕事も片付けられるし、身体も休められる。ただやはり借家の狭さや家政婦が一人、という不自由さが彼の好みに合わず、それならば…と別荘を建てることにしたのだ。それを准から聞いて、美月は彼を送って来た怜士に言った。なぜそこまでして、ここに来るのか?と。彼女の口調は〝理解に苦しむ〟というように困惑が滲んでいた。あなたがここへ来ることで、また厄介なことに巻き込まれるのだけは避けたいのだ…と言い難そうに告げる彼女に、怜士も皮肉げに嗤って言った。「この田舎で、俺の顔を知っている奴がいるか?」「それは偏見では?顔は知らなくても、名前くらいは知っていると思います」憤慨して言うのに、怜士はふんっと鼻を鳴らした。「まぁ、どっちみち、ここに来たがったのは准だ。俺じゃない」その「自惚れるな」とでも言いたげな視線に、美月も冷たい視線で応えた。「それなら結構。変に誤解されて嫌な気分になりたくありませんから。今度から、送り迎えも使用人に任せては?」「親子のことに口出しをするな」「……」本当、嫌な人っ。美月はもう口もききたくないとばかりに顔を背け、奥へ引っ込んで行った。やがて、准が指慣らしをしている音が聞こえ始め、怜士は静かに踵を返したのだった。翌週ー。美月は近くにある町立中学校へと足を運んだ。実は、彼女の教室の生徒の中にこの学校の校長の孫がいて、その子やその母親から美月のことを聞き、ぜひ会いたいと連絡をしてきたのだった。断る理由もなかったので出かけて来たのだが、そこで言われたのが、「近々本校である文化祭でピアノの鑑賞会をやっ
最終更新日 : 2025-09-03 続きを読む