All Chapters of あなたからのリクエストはもういらない: Chapter 111 - Chapter 120

126 Chapters

111.お見合いⅡ

すると希純はちらりと視線を上げて、「本気か?」と訊いてきた。架純は内心「ほらね」と笑いが止まらず、だが口調は素っ気なく答えた。「ええ、そうよ。私は、こんな話は受け入れない。あなたとは結婚しない」「……」フフンッ!どう?焦ってる?見下すように顎を上げて嗤う架純を、希純はただ黙ったままじっと見ていた。架純はそれを見て、益々彼が狼狽えているのだと思い込んだ。いい気味。これからどうやって私の機嫌を取るのか、見てやるわ。彼女はその細い指に一房の髪の毛を絡め、いかにも仕方なさそうに口を開いた。「だけど、どうしても私と結婚したいならー」だがそう言いかけた時、目の前の希純が「いや」と口を挟んできた。話しを途中で遮られて不満気に眉を顰めると、彼はスマホを手にさっと立ち上がった。それを驚いたように見上げる架純に、彼は言った。「ちょうどよかった。こっちに拒否権がないと言われてたから、どう交渉しようかと思ってたんだ。そっちが断ってくれるなら、それに越したことはない。ありがとう。肩の荷が下りたよ」「……」さっきまでの無愛想が嘘のように微笑ってそう言う希純に、彼女は呆然とした。は?なんなの?肩の荷が下りたって?どういうこと?まさか、彼も断りたかったってこと!?そう一瞬で結論付けて、今にも個室のドアを開けようとしている希純に、彼女は怒鳴った。「待ちなさい!」それにピタリと足を止め、振り返った顔には既に微笑みはなかった。「なんだ?」その冷たい声音に架純は戸惑い、幾分柔らかく問いかけた。「食事は?していかないの?」その態度の変わりように、希純は鼻で嗤った。「一人でどうぞ。俺は忙しいんだ。こんな所で時間を潰していられるほど暇じゃない」「!」その言い様に、架純の不満が爆発した。「何言ってんのよ!そっちに拒否権はないんでしょう!?」だいたい、初めから気に入らなかったのだ。自分を迎えた時、彼は立ち上がらなかった。椅子を引くのも案内係に任せた。自分の好みも訊かずに注文を済ませていた。挙げ句に、自分の機嫌も取らずに下ばかり向いていた!結婚がしたいなら機嫌を取るべきでしょう!?なぜこんなにも蔑ろにされるの!?しかも、置いて帰るですって!?架純の手はぎゅっと拳に握られ、屈辱に震えていた。だが、それに答える希純の声は、あくまでも冷静だった。「そちらか
last updateLast Updated : 2025-09-28
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112.懇願

美月との約束は1時間後だった。だが准に急かされ、まだ20分前だというのに車を彼女の家の前に着けた。怜士は、嬉しそうに車を降りて美月を迎えに行く息子を見送り、そしてすぐに振り向いた准の顔に戸惑いが浮かぶのを目にした。その瞬間、彼は車から降りて大股で近づいて行くと、息子の頭を撫でた。「どうした?いないのか?」その問いに准はコクンと頷き、不安そうに父親を見つめたのだった。「どうしよう…。ねぇ、お父さん。美月先生、何かあったのかな…?」「……」怜士は准の顔を見て微笑み、「大丈夫だ」と言った。そして後ろの車から降りていたボディーガードの一人を呼び寄せ、家の周りを確認してくるように言った。この家には、至る所に監視カメラが設置されている。なんでも、ピアノを弾く為に改築を業者に頼んだ際、女性の一人暮らし、しかも若くてお金持ちっぽい彼女を心配してアドバイスを受けたと言うのだ。それ故に、彼女が危険だと感じるような人物に簡単に会うとは思えない。だからもし彼女が対応をしたのだとしたら、それは彼女のよく知る人物ということになる。怜士は戻って来たボディーガードに目で問うた。「どこにも侵入した形跡はありません」「……」つまり、やはり彼女は自ら出たか、知り合いに連れて行かれたか…だ。「お父さん…」准が、怜士の袖をキュッと握ってきた。「心配するな」彼はそう言うと、次の指示を待つボディーガードに玄関の鍵を開けるように言った。彼らは何があっても対応できるように様々な訓練を受けており、鍵開けなどは朝飯前だった。果たしてほんの数十秒で鍵は開いて、玄関から彼らは家に入って行った。上がり口にはスーツケースが2つ置いてあり、美月が既に準備を終えていたことが知れた。「監視カメラの確認を」その言葉に、准はレッスン室に向かった。そこには全てのモニターがあって、例えレッスン中で玄関のチャイムが聞こえにくくても、来客などがあった時には気がつけるようになっていた。准、怜士、ボディーガードの男、3人が部屋に入り、モニターの前に立った。そして准がモニターの側に置いてあるパソコンを操作し、まず、玄関についているカメラの確認を始めた。「あっ…」すると、ほんの数十分前にある人物が映った。佐倉希純…。彼は何かを決心したかのような顔つきでチャイムを鳴らし、しばらくして出て
last updateLast Updated : 2025-09-28
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113.弟

その言葉を聞いて、美月はポカンとした。目の前にある元夫の顔をまじまじと見つめ、その表情から彼が真剣に言っているのだと気が付いて、僅かに眉を寄せた。「あなた、まだそんな事言ってるの?私たちが別れてどれだけ経ってると思ってるの?いい加減、無理だって気が付いてよ」そうして取られていた手を取り戻し、頭痛を堪えるかのようにそれをこめかみに当てた。希純は尚もいい募った。「言ったじゃないか。俺たちがやり直す為に一度離婚するんだって…嘘だったのか?」「…いいえ、嘘じゃないわ」美月は緩く首を振った。「やり直せるならやり直してた。でも、あなたはまた、同じ事を繰り返したでしょう?」「……」それがあの、生活アシスタントを当て馬にした件だとわかり、希純も気不味そうに目を伏せた。そんな彼の様子を見て、美月は更に言った。「あなた達が出した写真、わざわざ彼女が送ってくれたから私も持ってたわ。挑発的な言葉も貰った」「え……」希純の顔がサッと青褪める。知らなかった。彼女の携帯は調べたはずなのに…。まさか他にも持ってたのか…?彼が動揺している様子を見ながら、美月は苦笑した。「誤解しないで。怒ってる訳じゃないの。ただ…ああ、またか…て思ったわ。その時から、私たちにはもう可能性なんかなかった」「美月…」じわりと涙を滲ませて、希純の目の縁が赤く染まった。その傷ついたような眼差しに、美月は少しだけ最悪感を覚えた。なぜなら、そもそも彼女には最初からやり直すつもりなどなかったから。ただその件が決定打になっただけなのだ。だから言った。「あなたなら、もっと他にいい人が見つかるわ。プロポーズしてくれた時にも言ったけど、私には佐倉家のような家の奥様なんか、務まらなかったの」自分の性格は自分がよくわかっている。華やかなパーティーやオークションでの見栄の張り合い、そんなものに興味はなかったし、そんな事に神経を使いたくなかった。当時、自分が暗にお断りの意向を伝えようとしていることを察した希純が、それでもいいと、自分がいるから美月は好きにしていいんだと言ってくれたことに彼女は感動したし、感謝もした。だからあの時、彼からのプロポーズを受けた。そして彼の気持ちに応える為、彼女なりに頑張ったのだ。美月はそれまでピアノ一辺倒で人付き合いを疎かにしてきたから、尚以外ほぼ友人と呼べる
last updateLast Updated : 2025-10-08
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114.スカウト

なに、この人!?失礼にもほどがあるわ!人を動物扱いして!美月は英明をキッと睨みつけるとサッと立ち上がり、その場を去ろうとした。がー。「待て」威圧的でもないのになぜか逆らえない声音に、ピタリと足が止まった。振り返ると、珍しく怜士が苦笑していた。そして弟の後ろ頭をバシッと叩くと、「すまない」と言った。英明は、それを聞いて驚きに目を見張った。怜士が謝った!?そうして兄と美月の間を視線で何往復かして、一人納得したように頷いた。なるほどね。そういうことか…。うんうんと頷いている英明を美月は冷めた目で見つめ、希純はその眉間に深いしわを刻んでいた。「彼は何をしに?」希純がそう問うと、怜士が答える前に英明が堂々と胸を反らして言った。「もちろん、彼女をスカウトしに」「スカウト?」2人の間に…というか、主に希純から、火花がバチバチと飛んでいた。彼は明らかに不機嫌だった。事ここに至って、スカウトとは…。どういう事だ!?もちろん希純には、英明が何の仕事をしているのか分かっていた。わかっていて尚、それと美月を繋げることができなかった。真田家の三男、真田英明は、グループ系列の会社の社長をしている。それは芸能事務所で、「真田エンターテインメント」という中規模の会社だった。彼は野心家ではなく、自分の気に入った人材を売り出して華やかなスポットを浴びさせてやる事を歓びとしていた。その幅は広く、歌手、俳優、ダンサー、等など多岐にわたっており、事務所には作曲家や作詞家、振り付け師、脚本家等も、彼の眼鏡に適えば抱え込んで、スケジュール管理を一手に引き受けていた。「ちなみに君のお友達の如月尚も、うちの事務所に所属してるよ?」「……」不審げに眉を顰める美月に、英明はニコニコと説明した。元々彼女は人気作家で、時々トークショーや討論会などに呼ばれていたのだが、近頃真田家の次男、真田聖人と婚約したことにより、彼関係の番組に一緒に呼ばれたりしだしたのだ。それが意外にも結構忙しくて、彼女だけではスケジュールの調整などに手が回らなくなってきたのだ。彼女の仕事は作家であり、タレントではない。そこで余計な事に煩わされて本来の仕事に支障をきたさない為、英明にその管理を任せたのだ。実際任せたことで、彼女はずいぶんと楽になった。それまではオファーのあった仕事の内容や
last updateLast Updated : 2025-10-08
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115.対立

「何が知りたい?」ゆったりとソファに足を組んで座る怜士に問われて、美月は姿勢を正した。「誰のせいで危ないのかはいいです。あの藤原さん?ていう人のせいですよね?」確信を込めて尋ねると、怜士はふん…と鼻先で返事をした。「私の教室が駄目になったのも、彼女のせいですか?」次の確認の為の質問にも、「そうだ」と彼は頷いた。美月はやっぱりね…とため息をつき、また尋ねた。「彼女は何がしたいんですか?教室を潰しただけじゃ飽き足らず、まだ何かするつもりなんですか?私が何をしたっていうんですか?」矢継ぎ早に質問が口をついた。だって不思議だったのだ。怜士とのことを誤解したのだとしても、そんなものは調べたらすぐに分かるはずだ。それなのに彼女は、あんなにも分かりやすい方法で自分を排除しようとしてきた。調べなかったのか、単に美月が気に入らなかったのか。どっちにしろ、やり過ぎじゃない?もし美月が、教室を運営することで生活をしていたらどうするのか。新しい所に行ってまた新しく始めるとしたら、時間もお金もかかる。そこでも無事に済むのか分からないのに、安心して生活できると思うのか。それに、他人から避難を勧められるほど危険なことを、本当にするつもりなのか。美月には全然理解できなかった。つらつらと思ったことを話していると、怜士が答えた。「そもそも、あの女にそこまでの考えはない」「…?」美月が眉を顰めると、彼は更に言った。「あの女は単に自分の鬱憤を晴らしているだけだ」「……」嘘でしょ?そんな事あるの?美月は信じられなかった。どうやったら、そんな無責任な鬱憤の晴らし方ができるというのか。自分以外はどうなっても構わないとでも!?そんな傲慢な考え方をしている架純に、美月は激しい嫌悪感を抱いた。そして、それを止めようともしないこの男にも。「それがわかってて、何もしなかったのはなぜですか?」「なぜ俺が?」「だってー!」だって、彼女はあなたが好きなんでしょう!?あなたとの仲を誤解して、私がこんな目に遭ってるんでしょう!?イライラと吐き出すと、怜士は恩着せがましく言った。「だから、こうして助けてやってるだろう?」「!」「言っておくが、教室が潰されたことに関しては確かに俺の不手際だった。それに関しては俺なりに始末をつけた。補償もする。だが今回の件はー」そ
last updateLast Updated : 2025-10-08
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116.顛末

希純はギリギリと歯を食いしばった。確かに佐倉グループには沢山の会社があり、その内の一つに分家の息子がやっている芸能事務所があった。だがそれは佐倉グループとは名ばかりのほとんど捨て会社で、規模も小さいが、実績もほぼないものだった。真田家ではどうなのか知らないが、佐倉家では分家筋の人間には特に希望がない限りなるべく外ではなく、グループ内で働くことを推奨している。それは、下手に他所に行かれて利用されても、問題を起こされても困るからだ。特に問題のある人物に関しては競合する所へ行かれて裏切り行為などされては目も当てられないということから、何かしらのポストを与えて適当に飼い殺しのような生活をさせていた。それは希純の考えとは異なることだったが、自分がまだ当主になっていない今、どうにかできることでもなかった。でも、もし美月が英明の考えに乗るのならば、この小さな事務所を自分の管轄にしてもいいと思った。今の経営者には他のものを与えてやればいい。どうせ、遊んで適当に暮らせればそれが一番だと思っているようなボンクラだ。希純があれこれと頭の中でこれからの計画を練っていると、英明がハハッと笑った。「本気か?佐倉さんがそこを自分のものにして、彼女を迎えられるようになるまでに、いったいどれだけかかるんだ?」「…っ」ぐっと言葉に詰まり、自分を睨みつけてくる希純の顔を視線で舐めて、英明は更に言った。「やめときなよ。余計な手間と金をかけるだけだ。彼女のことは俺に任せておいてよ」「何をー」言い返そうとすると、うるさそうに手を振られた。「もうさ〜、しつこいよ、あんた。別に監禁して働かせる訳でもないのに、何でそんな拘るかな?彼女が安心して好きなことできるんなら、それでいいじゃん」「……」確かに。確かにそうだ。でもー希純が尚も言い募ろうとすると、美月が先に口を開いた。「あなたの所に行くわ」「美月!」振り向いた希純が彼女の肩に手をかけると、それをそっと外された。「尚もいるっていうし…それにー」彼女としては、せっかく希純との関係が切れたのに、ここへきてまた今度は仕事上での上下関係など、到底受け入れることはできなかった。もう知ってる人間が誰もいない所に行きたくない。尚がいれば安心。その思いは、彼女の中で親友の尚が確固たる位置を占めている証拠だった。希純は悲しげに
last updateLast Updated : 2025-10-08
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117.狙い

彼女は確認するように、問い質した。「お見合いを受けないって言ったのは、藤原さんなのよね?」「そうだ。それを録音して、話を打ち切った」それを聞いて、美月は益々分からないというように眉を顰めた。「だったら、それでいいんじゃないの?普通に聞いたら、彼女から断ったって思えるけど?」そう言うと、希純がため息をついた。「俺もそう言った。でも彼女が言うには、俺がその録音を持っていることが問題なんだ…て」「意味がわからないわ」「なんでも、俺がそれを持っていると彼女だけじゃなく、俺も破談にしたかったということになるから駄目なんだそうだ」「??」美月はパチパチと目を瞬いた。どういう理屈なの?結局破談になってるんだから、それでいいんじゃないの?何が駄目なの??ていうか、なんでそれで私が狙われるの!?美月はう〜ん…と考え込んだ。これを解決しないと、きっと彼女のことだからいつまでもしつこく絡んでくるに違いない。そんなのは絶対に嫌だ。鬱陶しくて敵わない。その時、ふっと閃いた。「ねぇ、希純。彼女、ひょっとして、あなたに破談にしてもらいたくなかったんじゃないの?」そう言うと、彼は苦笑した。「それはないよ。彼女の真田怜士への執着は、もうほとんど病的なんだ。そんな彼女が見合いを成立させたいわけがない」「……」執着が病的って…あなたもじゃない。自分のことって、わからないものなのね。美月は胸の内で嗤った。「成立させたいんじゃなくて、あなたに〝破談になんかしないでくれ〜〟て縋り付いて欲しかったんじゃない?」美月の言い方がからかうように聞こえたのか、希純がキュッと眉を寄せた。「彼女、プライドが高いんでしょ?だったら、例え口火を切ったのが自分でも、相手もそうだったなんて許せないんじゃないの?」「……」「あなたが破談にしたい理由が私にあるって、彼女がそう思ったから、私が狙われたんじゃないの?」「美月…」畳み掛けるように言われて、希純は胸が痛かった。彼女は自分を責めているのだ。自分がいつまでも彼女を追いかけるから、こんなくだらない事に巻き込まれる羽目になった…と怒っているのだ。希純はふらっ…と美月に近づき、その手を取ろうとした。だが彼女はそれをサッと避け、彼から離れた所のソファに腰を降ろした。「それで?彼女は何をしようとしてるの?」「……」希純は宙
last updateLast Updated : 2025-10-08
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118.計略Ⅰ

なんといっても相手は真田怜士なのだ。架純は、自分が彼らのような身分の男のことなど詳しくは知らないと思っているのか、ずいぶんと軽く大丈夫だと言ってくれる。そんな事があるはずがない。誰でも知っている。真田怜士は、一度護ると決めたものに対しては際限なくその腕を広げて護る。彼が敵と認定したものに対してどこまでも非情になれるのと同じで、護ると決めたものに対してはどこまでも甘く、寛容になるのだ。それはほとんど身内に限られるものだったが、今回の浅野美月がどうしてそんな恩恵に与れるのか、それは自分にはわからない。怜士の恋人なのか、それとも他の真田家の者と関係があるのか。だが、重要なのはそこではない。彼女がどういう立場であれ、〝手を出してはいけない〟ということなのだ。つまり架純の使うこの男は、今回初めて彼女を裏切ることを決めていた。最初で最後。これで終わり。彼は彼なりに、自分に金を与えてくれた架純に従順だったつもりだ。彼女のおかげで世間には堂々と顔向けはできなかったが、まともに暮らせるだけの金を手にすることができた。貧しかった暮らしは向上し、両親も兄妹も思うような道を進むことができた。それに関しては、彼女に感謝していた。だが今回のように、自分や仲間の命を危険に晒しても「大丈夫だ」と笑って言う彼女を見たら、もうこの関係も終わりにしなければならないと痛感したのだった。男はいつも、依頼を受けるこの部屋にカメラを仕込んでいた。念の為にボイスレコーダーも隠して置いていた。それは、万が一裏切られた時の為の用心で仕込んでいただけだった。それを使わなければいけないような事がなければいいと、男は思っていた。彼は架純がここを去ってから仲間全員にメッセージを送った。『計画は一旦中止。そのまま待て』そして男はカメラとボイスレコーダーを回収し、部屋を後にした。怜士はー。たった今届いたメッセージを見て、ほんの僅かな間目を伏せ、そしてある人物に連絡をとった。彼は英明と別荘を出てから弟だけを帰し、自分は部下数人とボディーガードと共に近くに待機していた。彼はつい先日、いきなり目の前に現れた男のことを思い出した。その男はどこで手に入れたのか、怜士の仕事用の携帯にメッセージを送ってきた。『藤原架純から、浅野美月を潰すよう依頼された。連絡を待つ』それだけだった。
last updateLast Updated : 2025-10-13
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119.計略Ⅱ

美月をS市に連れ出すことは、計画の一部だった。それは、あの田舎町では見慣れない人物がウロつけばすぐに人々に警戒されて、下手をすれば通報されてしまう恐れがあったからだ。架純を信用させる為にもある程度の騒ぎは起こさないとならないことから、美月に関係があって周りに人の目がない所…ということで、S市にある別荘に場所を移したのだ。いつにするのか、日時は希純に任されていたのだが、まさか連絡もせずに実行に移すとは誰も思わなかった。怜士は、准のレッスン終わりに迎えに行った時、彼女かあっさりと教室を閉め、すぐにでも引っ越しをするような事を言っていたことから、希純を待っていては手遅れになるかもしれないと思った。が、計画を知っていた准が機転を利かせて彼女に荷造りをさせ、とりあえずあの町から連れ出そうとしてくれた。自分たちの手を離れてどこかへ行かれるくらいなら、連れて行こう。そう思ったらしい。その間に怜士が希純にメッセージを送り、計画の一部を変更する事を伝えた。だがー。偶然にもその日、希純は彼女を連れ出すつもりで既にS市に向かっている途中だった。『美月さんがすぐにでも引っ越したいようだ。決行日を待っている余裕がない。一部計画を変更する』怜士からの連絡を受け、彼は自分が計画から外されること、美月を怜士に任せることを恐れ、それまで以上に急いで彼女の下へ向かったのだった。そうして彼女を連れ出しS市に向かう途中、怜士から確認の連絡が入り、希純は、既に自分が計画を実行に移したことを知らせた。怜士が不快に思っていることは、希純にもわかっていた。でも美月に関することで、自分を差し置いて他の男が主導権を握ることが我慢ならなかったのだ。関わるのは仕方ない。でも、彼女の事を勝手に決めてしまうのは駄目だ。希純はずっと黙っているつもりはなかったし、彼女を別荘に連れて来たらきちんと連絡をするつもりだった。まさか、こんなにも早く怜士が嗅ぎつけるとは思わなかったのだ。彼は、今回の事を自分の口から彼女に説明したかった。架純の彼女へのこの悪質な企みは、決して彼女が怜士と何かあると思われたからではなく、自分が彼女の事をまだ想っていることで、架純との見合いを断った事が原因なんだと知らせたかった。例えそれを聞いた美月が腹を立てたとしても、彼女に関することが他の男が原因であるなどと思われるよ
last updateLast Updated : 2025-10-13
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120.計略Ⅲ

そこへーガシャンーッ別荘の方からガラスを割る音が微かに聞こえた。こんな離れた場所の、ほんの少しだけ開けていた窓から聞こえたくらいだから、実際には結構な音だったかもしれない。美月は大丈夫だろうか…。眠れているといいのだが…。希純は心配そうに別荘の方を見ていたが、怜士は気にした様子もなくスマホを手にしていた。画面では、伊達隼斗とのメッセージのやり取りがされていた。『動いたか?』その問いに『まだです。ですが、個別で行動しています』との返信があった。隼斗は、割と早い段階でこの裏切り者を監視していた。その男は、自分たちのグループのNo.3の地位についていたのだが、隼斗のやり方をいつも生温いと批判していた。それが原因でグループ内も僅かに派閥のようなものができ始めていて、隼斗自身危機感を持っていた。彼らのような生業を種とした者たちは、一枚岩でないとならない。そうでなければどこで綻びが出るかわからず、また信用できない相手に全てを委ねることなど到底できないからだった。隼斗は以前、たまたま入った飲み屋でこの男が、見知らぬチンピラ相手に気炎を吐いていたのを見た。奴曰く、「隼斗は非情になり切れない臆病者で、そのくせ権力者に媚を売るネズミ野郎」ということで、その場は大いに盛り上がっていた。それ以来隼斗は男を注視し、手下をスパイとして奴の下へ送り込んでいた。そして今回、やはり男は裏切った。手下の佐藤が言うには、男はいつかの飲み屋で一緒だったチンピラ5人と組んで、隼人らが行動を起こす前にターゲットを捕まえ、架純の依頼を遂行して彼女から金を毟り取るつもりなのだ、との事だった。愚かとしか言いようがない。奴らはおそらく、今回の事をネタに後々架純を強請るつもりに違いない。一度きりで大金を得るのか、何度もある程度の金を得るのか。そこは分からないが、一つだけ言えるのは藤原架純という女、とりわけああいった身分の女にそんな屈辱を与えて無事に済むはずがない、ということだ。男も自分と同じで、日々の生活に困窮する場所で生きてきた。そんな自分たちに、架純のような女が同じ人としての扱いなどするわけがない。今回彼女は、自分たちの命に頓着しなかった。彼女にとって、自分たちのような底辺に生きる人間など、死のうが生きようがどうでもいいのだ。その辺りのことはきちんと説明して、必要以
last updateLast Updated : 2025-10-13
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