「旦那さま、先ほど聖人さま、尚さまで佐倉さまをお送りして行かれたそうですが…。どうやら佐倉さまのお引き止めは、無理なようです」「……」それを聞いて、怜士は深くため息をついた。はぁ…、准が泣いてしまうな…。彼の気掛かりはそこだけだった。母親の不機嫌も、美月の身勝手さも、この際どうでもよかった。彼が気にするのは、妻が遺した唯一の愛する息子のみ。怜士は、准が幸せならなんでも良かったのだ。しかしー。「佐倉希純か…。想像以上に愚かだったな…」そう思わないか?と話を向けられて、控えていた井上は少し考え、言った。「あれはあれで、妻のことを考えての行動では?」その答えに、怜士はふんっと鼻を鳴らした。「あれのどこが?彼女の世間知らずは、彼女の生育環境によるものだ。慣れればなんとでもなる。それをできないから、慣れないからと〝傷つけたくない〟なんて名目で閉じ込めておいて、結局は彼女の妹をどこにでも連れ立ってまわってる。〝場に慣れさせる為〟だと言ってな。あいつの偽善者っぷりには反吐が出る」「……」怜士は幾分か興奮しているようだった。それだけ美月の境遇に憤慨しているのだろうが、井上が見るに、彼のこんな姿はほぼ初めてだった。いつもの彼なら、どういう結果になろうが、本人の決めたことならば口を出すことはない。自分には関係ない。その言葉は常に彼の中にあった。不利益を被らない限り、彼はそう言っていた。今回、確かに息子の願いを叶えるという至上の命題がネックにはなっているだろうが、それでも、彼なら無理だと言い聞かせることなど造作もないはずである。それをしないということは…。黙り込んだ執事に、怜士は問うた。「俺は間違ってるか?」「いいえ。私も、彼の態度には納得いきかねます」「だよな…」少し冷静になったのか、静かに相槌を打った。それから、ふと思い出したように、尋ねた。「母さんは?」「奥の自室にて、マッサージを受けていらっしゃいます」「そうか…気楽なものだな…」怜士はため息をつき、彼女のリフレッシュが終わるのを待つことにした。怜士には母親の考えがよく理解できなかった。彼の母親、英恵もあまり自慢にできるほどの名家の出ではない。ただ彼女の祖父が父、聖一の祖父と仲が良かったというだけで結ばれた縁で、真田の家格に合う気品を身に着けているかと言われれ
最終更新日 : 2025-08-13 続きを読む