そしてこの、一見修羅場のような様子を眺めながら、希純は一人感心していた。なるほど…。確かにこれはアウトだな。中津の言う通りだった。例え本人にそんなつもりがなくても、周りがそういう風に見て判断すれば、どんなに潔白でもアウトだ。どうしたって本人にしか分からない気持ちなんだから、怪しいと思われた時点でそれはもう、純粋な潔白ではない。視線や雰囲気、距離感、その全てにおいて潔白でなければ、疑われた時それを否定する証明はできない。今なら芳香の気持ちが理解できる。だが当時の希純には、できなかった。あの頃、芳香は夫の仕事が休みになると、自分を預けて出かけていた。今なら、それは別れる為の準備をしていたのだと分かるが、当時は仕事もしていないはずなのに何をしているのだろうと思っていた。そうはいっても、普段父親が仕事で忙しくて不在でもずっと母親が付きっきりでいてくれたから、希純も別に不満に思っている訳ではなかった。たまに母親がいなくても悠おばさんがいたし、幼稚園にも通うようになっていたから友達もいた。純孝はあの頃から悠を「妹」だと言っていたから、自分は本当に彼女が父親の妹なんだと思っていたのだ。だから、芳香が悠を嫌う理由がわからなかった。幼稚園の先生に訊いてみても、皆曖昧に微笑うだけで何も教えてくれなかった。今ならわかる。きっと園でも彼らの三角関係を疑って、適当な噂を流されていたのだろう。ただ佐倉家の人間に直接言えるような人がいなかっただけで、陰では面白可笑しく言われていたに違いない。あのプライドの高い母親がそんなことに耐えられるはずもなく、結局、彼らの間の溝は埋まるどころか益々広がっていったのだろう。悲しいかな、それに気づいていたのは芳香だけだったのだが…。純孝も希純も、まったく気づいていなかった。自分たちが、そんな嘲笑に晒されていたなんてことは。だから言ってしまったのだ。ある園での行事の時、純孝に参加をお願いしていた芳香がたまたま時間が取れて急いで園に向かうと、そこには堂々と母親席に座る悠がいて、激怒した彼女がその場で悠に平手打ちをしたのだ。そしてそれを嗜めた彼女の夫にも平手打ちを一発お見舞いし、彼らの面目をことごとく粉々に打ち砕いたのだった。水を打ったように静まり返る園庭に、大きくもない芳香の声が浸透した。「恥知らずっ」「っ!」そ
最終更新日 : 2025-09-15 続きを読む