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All Chapters of 儚い夢の果て: Chapter 21 - Chapter 23

23 Chapters

第21話

雪が喫茶店を出ると、一台の車が店の前で待っていた。周囲を見回し、誰も見ていないことを確認してから、車に乗り込んだ。「お待たせしました。研究施設までお願いします」車に乗ってから、彼女は自分の手にナイフが握られていることに気づいた。家を出る前に、引き出しから持ち出したものだった。礼とは学生時代から社会人になってからの7年間、ずっと一緒に過ごしてきた。彼女は礼のことをよく理解していた。彼は欲しいものは何が何でも手に入れようとする男だ。もし、今日、自分が言葉だけで拒絶すれば、彼はどんなことをしてでも、自分を連れ戻そうとするだろう。自分の命を賭けることでしか、彼を諦めさせることはできない。雪は苦笑した。策略をめぐらせることが大嫌いだったのに、初めて使う相手がまさか礼になるとは。彼女は窓の外を眺めた。車は街を離れ、砂漠の奥へと進んでいく。「礼、さようなら。これで、私たちはもう他人よ」もう二人が同じ道を歩むことはない。これからは、彼は彼の道を、彼女は彼女の道を歩む。二度と交わることはない。潤が喫茶店に着くと、礼は床に座り込み、虚ろな目で割れたお守りを握りしめていた。手のひらは血だらけだった。しかし、彼は痛みを感じている様子もなく、ただ入り口の方をじっと見つめていた。潤は駆け寄り、彼を椅子に座らせた。お守りを握りしめた手を広げようとしたが、びくともしなかった。「社長、小林さんはもう行ってしまいました。ここで血を流していても無駄ですよ。小林さんも、社長がこんな風になっているのを見たら悲しみます。きっと、社長が立ち直ることを願っているはずです」「そうだろうか……」礼は潤の方を見た。彼女はまだ自分のことを気にかけてくれているのだろうか?今しがた言われた言葉の一つ一つが、彼の胸に突き刺さっていた。彼女はきっと、自分に心底失望し、もう二度と自分のことなど気にしないはずだ。「もちろんです。小林さんは優しい方ですから、社長がこんな風になっているのを見たら、きっと悲しみます」潤は思いつく限りの慰めの言葉をかけた。礼と雪がどんな話をしたのかはわからなかったが、おそらく、彼女はもう二度と礼の元へは戻らないだろう。礼はゆっくりと手を広げた。手のひらは血だらけだった。彼の血がお守りを赤く染め、娘の血と混ざり合っていた。彼は血ま
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第22話

翌日、礼は潤と共に北都へ戻った。飛行機を降りた瞬間から、彼は以前の、自身と気迫が溢れる社長に戻っていた。この一ヶ月の間に溜まった仕事を迅速にこなし、臨時株主総会を開き、社長解任を狙う取締役たちを黙らせ、不穏な動きを見せていた社員たちを粛清した。大規模なリストラを経て、会社は以前よりも業績を伸ばし、低迷していた株価も上昇し始めた。礼は神楽坂家の別荘に戻り、毎日、朝から晩まで会議や接待に明け暮れた。それは以前と全く変わらない生活だった。しかし、潤は、礼の落ち着きぶりに、どこか違和感を覚えていた。なんだか、以前の生気のない姿が幻だったかのようだった。何度か尋ねようと思ったのだが、礼に辛い記憶を思い出させてしまうのを恐れ、言葉を呑み込んだ。半年後、神楽坂グループの業績は前年の2倍に達した。礼は頻繁に出張するようになり、潤でさえ、彼が何をしているのかわからない時があった。年末の忘年会で、彼は全社員に、この一年間の苦労をねぎらう意味で、高額のボーナスを支給した。ようやく礼が立ち直ったと思った矢先、潤は思いもよらない話を耳にすることになる。騒がしい会場の中、礼が壇上に上がり、マイクを手に咳払いをした。途端、会場は静まり返り、皆が彼の言葉に耳を傾けた。来年の目標か、さらなる奮起を促す言葉が続くと、誰もが思っていた。しかし、礼は、会社が外資系企業に買収されることを告げた。「これまで神楽坂グループと共に歩んできてくれた皆さんには本当に感謝しています。今回の買収は、皆さんの雇用と給与に影響を与えることはありませんし、人員削減も行いません。管理職、役員の皆さんも、引き続き同じ役職で能力を発揮し、目標を実現してください。変わるのは社名だけです。そして、俺は社長を辞任し、取締役会からも完全に退きます。またいつか、どこかで会える日を楽しみにしています。今までありがとうございました」誰もが状況を理解できないまま、礼は壇上を降り、会場を後にした。潤は慌てて追いかけた。「社長!」息を切らせながら、車に乗り込もうとする礼を呼び止めた。「社長、どこへ行くんですか?また小林さんのところへ行くんですか?」追いかけている途中で、潤は全てを理解した。なぜ礼がまるで別人のようになっていたのか。彼は雪を探すことを諦めていなかったのだ。落ち
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第23話

礼は砂漠の近くの小さな街に戻り、砂漠に最も近い場所に小さな家を買った。2LDKの、小さな庭付きの戸建てだった。地元の人々に教えてもらいながら、庭に砂漠でも育つ草花を植えた。毎日欠かさず水やりと肥料をやり、芽が出て、美しい花を咲かせるのを見守った。料理も覚えた。最初は気候や食事に馴染めなかったが、今では現地の食材を使い、現地の料理を作る毎日だ。アイロンがけも覚えた。この街ではスーツやシャツを着る必要はなかったが、雪の誕生日と、二人の記念日には、いつもおしゃれをして、ケーキ屋で小さなケーキを買って帰った。蝋燭の火を消す度に、同じ願い事をした。雪と娘が、いつまでも健康で幸せでありますように、と。彼はよく砂漠へ行った。星空の写真を撮ったり、ただただ座って静かに一日を過ごしたりした。いつも一人でいる彼を見かねて、親切な地元の人々が彼に女の人を紹介してくることがあったが、彼はいつも笑顔でこう答えていた。「俺には妻がいる。彼女はただ遠いところに行っているだけなんだ。だから俺はここで、彼女の帰りを待っているのさ」彼の話は街中に広まり、彼のことを「一途だ」と言う者もいれば、「愚かだ」と言う者もいた。しかし、彼は周りの目を気にすることなく、ただひたすら、毎日を生きていた。ある日、砂漠で遭難した人がいると聞き、礼は車で砂漠の奥地まで行き、彼らを救助した。それからというもの、彼に助けを求める人が後を絶たず、いつしか彼は、この地方で有名な砂漠ガイドになっていた。最初は、いつか雪が家の前に現れ、「もう許してあげる」と言ってくれるのではないかと期待していた。そしてその希望を夢にまで見たが、目が覚めるたびに失望し、それが叶わぬ夢だと悟り始めていた。それから彼は、街で偶然雪に出会うことを期待するようになった。ほんの一瞬、すれ違うだけでもいい、今の彼女がどうしているのか、一目見たいと思っていた。しかし、50年の歳月は流れ、彼はもう年老いていた。もう砂漠へ車を走らせることも、庭の花の手入れをすることも、街の中心部までケーキを買いに行くことさえもできなくなっていた。彼は今にも消え入りそうな息をしながら、ベッドに横たわっていた。そばには、かつて彼に助けられた人々が静かに集まり、公証人と弁護士も立ち会っていた。彼は全財産を雪と娘に残すように言い残した。も
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