「先輩、私、あなたと一緒に海外へ研修に行くことに決めた」電話の向こうで、今井佑樹(いまい ゆうき)は小森伊織(こもり いおり)がようやく下した決断を聞き、抑えきれない興奮を覚えた。ただ、少し冷静になって、彼は躊躇いながら口を開いた。「伊織、本当に考えたのか?今回、行ったら三年から五年、いやもっと長く滞在するかもしれないんだぞ。君には家庭がある。ご主人は……同意してくれるのか?」伊織はわずかに言葉に詰まり、唇の端を自嘲気味に歪めた。川井彰紀(かわい あきのり)か……彼が自分がすぐに海外に行き、完全に縁を切ろうとしていることを知ったら、きっと心底、喜ぶだろうな。伊織は心に湧き上がる苦い思いを必死に押し殺し、言った。「大丈夫だ、先輩。これは私自身のこと。彼とは関係ない」その口調は冷たく、電話で話題にのぼった「彼」とはまるで無関係であるかのようだった。かつて、二人の関係はこんな風ではなかったのに。伊織は電話を切り、ぼんやりと寝室の壁にかかった結婚写真を見つめた。彰紀が彼女の腰を抱き、普段は冷たい印象の整った顔にも、ほのかな笑みが浮かんでいた。結婚式の日、彼は言った。「結婚は一生のことだ。伊織、二人でちゃんとやっていこう」伊織と彰紀は幼なじみだった。彼女はごく小さい頃から、このクールで無口な隣家の兄を好きで、あらゆる手を尽くして想いを伝えようとした。しかし、彰紀の心は動かなかった。伊織がまさに諦めかけていたその時、彼は突然、結婚を申し込んだのだった。伊織は嬉しさのあまり涙を流した。長い苦労の末に、ついに報われたのだと思ったのだ。結婚後、彼は彼女に優しかった。以前のような冷たさはなく、むしろ甘やかし、寛大な態度が増えていた。あの頃を思い出す。伊織がとてつもなく高価なダイヤモンドのネックレスを欲しがった時、家族は皆、買うことを許さなかった。彰紀がそれを知ると、何も言わず、数日後にはそのネックレスを枕元に置いてくれたのだった。「俺の妻が欲しいと言うものなら、何だって手に入るさ」その夜、彼女は感動のあまり涙があふれ、男の唇を激しく奪うようにキスした。彼は拒まず、むしろそのキスを深めた。伊織は、二人がこのまま幸せな時間を続けていけるのだと、本気で信じていた。それが、三ヶ月前に、彰紀の初恋の人、沢田涼
Baca selengkapnya