「……気にしないわ」と明日香はなんとか答えた。仁志は軽くうなずいた。「そうか。俺はこのあと用事があるから、先に失礼する」「仁志」と明日香が呼び止めた。仁志は振り向いた。「まだ何か?」「あの……聞いてもいい?星が突然あなたを訪ねてきたのは、どういう理由なの?」「まだ何も話してない。でも、何かあったらちゃんと連絡するから安心して」「仁志、あなたと星はどこで知り合ったの?」「美咲の友達でね。美咲を見舞いに行ったとき、たまたま会ったんだ」明日香にははっきりわかっていた。このことを知った以上、星が黙っているはずがない。自分が仁志の忘れられない人を名乗り続けるのを、指をくわえて見ているわけがない。かといって、星と仁志の接触をずっと阻むのも無理な話だった。それを続ければ、かえって仁志に怪しまれる。星が仁志に何を話しに行くのかは、考えるまでもない。でも、万全の備えさえしておけば、星がどれだけ口が立っても、仁志が信じることはない。自分たちの仲が悪いことは周知の事実だ。星の話は、単なる仲違いによる讒言だと言えばいい。何より、本物の約束の品を持っているのは自分だ。星には何もない。そう思うと、明日香の胸にじわりと安堵が広がった。「わかった、用事があるなら行って。何かあったらいつでも連絡して」仁志は小さく笑って、踵を返した。……星は、このレースで一躍名前を知られることになった。車を降りてすぐ、ファンたちに取り囲まれ、サインや写真を引っ切りなしにせがまれた。断る隙もないほどの熱気だった。人垣がようやく散ったとき、星の手はすっかり疲れて感覚が鈍くなっていた。携帯を確認すると、仁志からメッセージが届いていた。【そっちが終わったら呼んで】まだいてくれた。星の胸がほんの少し緩んだ。仁志を探しに行こうとしたとき、すらりとした長身の影がゆっくりと近づいてきた。それと同時に、かすみ草の花束が目の前に差し出された。「優勝おめでとう。さっきのレース、すごくよかったよ」星は顔を上げて、目を丸くした。「怜央、どうしてここに?」「お前がここで競ってると聞いてな、見に来た」星と明日香の勝負は、界隈でかなり話題になっていた。上流社会のほとんどがこの件を知っていたといっていい。直哉は派手な性格で、レースの
Magbasa pa