「決めましたわ。火をつけるのは、除夜の鐘が鳴るその瞬間ですよ」紀野晴海(きの はるみ)は携帯を握りしめ、落ち着いた声でそう告げた。電話の向こうで、相手は信じられないといった口調で念を押した。「失礼ですが、本当にこのような重要な祝日に、そこまで過激な手段で『偽装死依頼』を実行なさるおつもりですか?当社には、もっと穏やかで安全なプランも多数ご用意しておりますが……」「結構です。これでいいの」晴海は言った。その言葉が終わった瞬間、夜空にぱっと大輪の花火が咲き、続いて無数のドローンが宙に浮かび上がって絵を描き始めた。まずは写実的な人物画、続いて鮮やかな文字が空に浮かび上がる。【晴海へ、お誕生日おめでとう!】隣のテレビでは、このドローンショーと花火大会の共演が中継されていた。画面には視聴者のコメントが次々と流れてくる。【うわあ、良辰見(りょう たつみ)って本当に奥さんのこと大好きなんだね。たかが誕生日でこのスケー!?】【すごっ……この規模の花火、一体いくらかかるの?】【お金の問題じゃないよ。この前のオークションで良社長、何億も出してネックレス落札したんだって。それを奥さんの誕生日プレゼントにしたらしいよ!】晴海は画面を眺めながら、皮肉な笑みを浮かべた。――そう、辰見の「妻への愛」は世間でも有名だ。だが、それほどの愛妻家が、裏では堂々と浮気しているなんて、一体誰が想像できるだろう。しかも、一度に二人も。ぼんやりしていた晴海の背後から、そっと両腕が伸びてきて、彼女の身体を優しく抱きしめた。辰見は彼女を抱きしめたまま、淡いピンクのダイヤモンドのネックレスをそっと彼女の首にかけ、頬にキスを落としながら優しく言った。「誕生日おめでとう、晴海。今日の花火大会、僕が自分でデザインしたんだ。気に入ってくれた?」その言葉に返す前に、けたたましい着信音が鳴った。辰見は発信者を確認すると、すぐに彼女から離れた。「ごめん、ハニー。会社からだ。すぐ戻るから待ってて」そう言って、テラスから室内へと姿を消した。彼の背中を見つめながら、晴海はなんとなく考えた――今かかってきた電話は、彼が密かに囲っている女のうち、どちらだろう。あの妖艶な秘書・椎橋淑絵(しいばし よしえ)?それとも清楚で可愛らしい女子大生?「五、四
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