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今宵、あなたと永遠の別れを

今宵、あなたと永遠の別れを

Oleh:  捨陸Tamat
Bahasa: Japanese
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「決めましたわ。火をつけるのは、除夜の鐘が鳴るその瞬間ですよ」 紀野晴海(きの はるみ)は携帯を握りしめ、落ち着いた声でそう告げた。 電話の向こうで、相手は信じられないといった口調で念を押した。 「失礼ですが、本当にこのような重要な祝日に、そこまで過激な手段で『偽装死依頼』を実行なさるおつもりですか? 当社には、もっと穏やかで安全なプランも多数ご用意しておりますが……」 「結構です。これでいいの」晴海は言った。

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Bab 1

第1話

「決めましたわ。火をつけるのは、除夜の鐘が鳴るその瞬間ですよ」

紀野晴海(きの はるみ)は携帯を握りしめ、落ち着いた声でそう告げた。

電話の向こうで、相手は信じられないといった口調で念を押した。

「失礼ですが、本当にこのような重要な祝日に、そこまで過激な手段で『偽装死依頼』を実行なさるおつもりですか?

当社には、もっと穏やかで安全なプランも多数ご用意しておりますが……」

「結構です。これでいいの」晴海は言った。

その言葉が終わった瞬間、夜空にぱっと大輪の花火が咲き、続いて無数のドローンが宙に浮かび上がって絵を描き始めた。まずは写実的な人物画、続いて鮮やかな文字が空に浮かび上がる。

【晴海へ、お誕生日おめでとう!】

隣のテレビでは、このドローンショーと花火大会の共演が中継されていた。画面には視聴者のコメントが次々と流れてくる。

【うわあ、良辰見(りょう たつみ)って本当に奥さんのこと大好きなんだね。たかが誕生日でこのスケー!?】

【すごっ……この規模の花火、一体いくらかかるの?】

【お金の問題じゃないよ。この前のオークションで良社長、何億も出してネックレス落札したんだって。それを奥さんの誕生日プレゼントにしたらしいよ!】

晴海は画面を眺めながら、皮肉な笑みを浮かべた。

――そう、辰見の「妻への愛」は世間でも有名だ。

だが、それほどの愛妻家が、裏では堂々と浮気しているなんて、一体誰が想像できるだろう。

しかも、一度に二人も。

ぼんやりしていた晴海の背後から、そっと両腕が伸びてきて、彼女の身体を優しく抱きしめた。

辰見は彼女を抱きしめたまま、淡いピンクのダイヤモンドのネックレスをそっと彼女の首にかけ、頬にキスを落としながら優しく言った。

「誕生日おめでとう、晴海。今日の花火大会、僕が自分でデザインしたんだ。気に入ってくれた?」

その言葉に返す前に、けたたましい着信音が鳴った。辰見は発信者を確認すると、すぐに彼女から離れた。

「ごめん、ハニー。会社からだ。すぐ戻るから待ってて」

そう言って、テラスから室内へと姿を消した。

彼の背中を見つめながら、晴海はなんとなく考えた――今かかってきた電話は、彼が密かに囲っている女のうち、どちらだろう。

あの妖艶な秘書・椎橋淑絵(しいばし よしえ)?それとも清楚で可愛らしい女子大生?

「五、四、三……」心の中でカウントを始める。

「一」と同時に、辰見は電話を切り、予想通りのセリフを口にした。

「ごめん、会社で急用が入っててさ。片付けたらすぐ戻ってくるから、一緒に誕生日過ごそう」

晴海は表面上、理解したように笑ってみせたが、胸の奥は妙に苦しかった。

本当は、今までのように素直に「いいよ、行ってらっしゃい。私、家で待ってるね」と言えばいいだけのことだった。

けれど、今日――「偽装死依頼」の契約を済ませた今だけは、どうしても素直になれなかった。

少し皮肉っぽく、軽い調子で問いかけた。

「どんな急用?社長自ら行かないといけないような?」

辰見は明言を避け、彼女の手を取り、唇にキスを落としながら優しくなだめた。

「大丈夫だよ、ハニー。すぐ戻るから、ね?」

だが、晴海は乗らなかった。

「私も一緒に行くわ。第一線は退いたけど、会社のことはまだ把握してるから」

戸惑う辰見をよそに、晴海はさっさと着替え、運転手に車を回すよう指示した。

彼と自分は、裕福な家に生まれた二世たちとは違う。どちらも普通の家庭出身で、ここまで築いた莫大な資産は、二人で一から積み上げたものだ。

その過程で、晴海は何度も流産し、しまいには医者から「もう妊娠はできない」と宣告された。

その日、病室で目を覚ました時、辰見は彼女の手を握り、強がりな男が目を真っ赤にして泣きながら誓った。

「いつか絶対、君をお姫様みたいに幸せにするって」

その「いつか」は、確かに訪れた。だが、そのときには彼の心はもう別の誰かに傾いていた。

なかなか車に乗ってこない辰見に、晴海は車内から声をかける。

「行こうよ、辰見。急用なんでしょ?」

辰見は奥歯を噛み、仕方なくスマホを取り出して、明日予定していた案件を前倒しするようアシスタントに指示すると、車に乗り込んだ。

エンジンがかかると同時に、彼は彼女の肩を抱き寄せて言った。

「晴海、君がわざわざ来る必要なんてないよ。今までずっと僕を支えてくれて、苦労もいっぱいしたんだから、これからはゆっくり幸せを感じててほしいんだよ。誕生日まで動き回ることない」

晴海は笑ってみせたが、何も答えなかった。

三十分後、二人は会社に到着。

だが迎えに現れたのは、辰見のアシスタントではなく、出産休暇中の、あの椎橋秘書だった。
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第1話
「決めましたわ。火をつけるのは、除夜の鐘が鳴るその瞬間ですよ」紀野晴海(きの はるみ)は携帯を握りしめ、落ち着いた声でそう告げた。電話の向こうで、相手は信じられないといった口調で念を押した。「失礼ですが、本当にこのような重要な祝日に、そこまで過激な手段で『偽装死依頼』を実行なさるおつもりですか?当社には、もっと穏やかで安全なプランも多数ご用意しておりますが……」「結構です。これでいいの」晴海は言った。その言葉が終わった瞬間、夜空にぱっと大輪の花火が咲き、続いて無数のドローンが宙に浮かび上がって絵を描き始めた。まずは写実的な人物画、続いて鮮やかな文字が空に浮かび上がる。【晴海へ、お誕生日おめでとう!】隣のテレビでは、このドローンショーと花火大会の共演が中継されていた。画面には視聴者のコメントが次々と流れてくる。【うわあ、良辰見(りょう たつみ)って本当に奥さんのこと大好きなんだね。たかが誕生日でこのスケー!?】【すごっ……この規模の花火、一体いくらかかるの?】【お金の問題じゃないよ。この前のオークションで良社長、何億も出してネックレス落札したんだって。それを奥さんの誕生日プレゼントにしたらしいよ!】晴海は画面を眺めながら、皮肉な笑みを浮かべた。――そう、辰見の「妻への愛」は世間でも有名だ。だが、それほどの愛妻家が、裏では堂々と浮気しているなんて、一体誰が想像できるだろう。しかも、一度に二人も。ぼんやりしていた晴海の背後から、そっと両腕が伸びてきて、彼女の身体を優しく抱きしめた。辰見は彼女を抱きしめたまま、淡いピンクのダイヤモンドのネックレスをそっと彼女の首にかけ、頬にキスを落としながら優しく言った。「誕生日おめでとう、晴海。今日の花火大会、僕が自分でデザインしたんだ。気に入ってくれた?」その言葉に返す前に、けたたましい着信音が鳴った。辰見は発信者を確認すると、すぐに彼女から離れた。「ごめん、ハニー。会社からだ。すぐ戻るから待ってて」そう言って、テラスから室内へと姿を消した。彼の背中を見つめながら、晴海はなんとなく考えた――今かかってきた電話は、彼が密かに囲っている女のうち、どちらだろう。あの妖艶な秘書・椎橋淑絵(しいばし よしえ)?それとも清楚で可愛らしい女子大生?「五、四
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第2話
オフィスビルの明かりは夜遅くまで灯り、辰見は会議室で社員たちに指示を出していた。彼が話している最中、不意に言葉を切り、喉を鳴らしながら無意識に隣に座る秘書の方へと目を向けていた。その足元では、淑絵が靴を脱ぎ、裸足の足で辰見の脚を絡め取っていた。やがて、その足は徐々に上へと這い上がっていった。ある一点に触れた瞬間、辰見は呼吸を詰まらせ、鋭い視線で彼女を睨みつけたが、返ってきたのは無邪気を装った微笑みだった。晴海は視線を下げたまま、近くにいた社員たちのひそひそ話を耳にした。「椎橋秘書ってほんとに仕事熱心だよね。まだ産休中なのに、わざわざ出社してるなんて」「でも彼女の旦那さんって相当なお金持ちらしいよ?家で優雅に専業主婦すればいいのに」「仕事人間ってやつでしょ。でもさ、あの旦那さんって誰なんだろうね?子どもまでいるのに、一度も見たことないよ」社員たちの噂話の最中、淑絵が立ち上がった。「お手洗いに行ってきます」それから数分後、辰見も席を立った。「悪い、ちょっと電話をかけてくる」そう晴海に言い残し、会議室を出て行った。その直後、晴海のスマホに一通のメッセージが届く。送り主は淑絵。【12階、社長専用の控室】こうした挑発的なメッセージは、ここ数か月の間に何度も届いていた。気にするだけ無駄と分かっていながら、晴海は、まるで自らを傷つけるかのように、足を向けてしまった。休憩室の扉は半開きだった。わざとそうしてあるのは明らかだった。部屋の明かりは点いていないが、窓の外から差し込む星明かりに照らされ、辰見が女性を壁際に押しつけ、情熱的にキスしている様子が見えた。長いキスのあと、辰見は淑絵の腰を撫でながら言った。「まったく、君ってやつは……誰が勝手に会社まで来ていいって言った?」「子どもはベビーシッターに見てもらってるの」淑絵が甘えるように答える。「だって、あなたが電話で来るって言ったのに、来てくれないから……会いたくて我慢できなかった」辰見は小さく笑うと、淑絵にキスを重ねた。「今度、たっぷり可愛がってやる。もう戻らないと、晴海が怪しむ」「やだ、良社長」彼女は彼の前に立ちはだかる。「わたし、あなたを待ってる間におっぱい張っちゃって……もう痛くてたまらないの。お願い、少しだけ揉んでって」
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第3話
晴海が家に着いて車を降りた時、ぼんやりしていたせいか、うっかり転んでしまい、腕に大きな青あざができた。運転手がすぐに駆け寄って彼女を助け起こし、ためらいながら言った。「奥様、社長にご連絡しますか?」「必要ないわ。今日のことは一言も言わないで」晴海が帰宅して間もなく、辰見も慌ただしく戻ってきた。靴も脱がずに寝室へと駆け込んできた。「どうして僕を待たずに帰ったんだ?」「急に疲れを感じて、先に帰って休もうと思ったの」晴海はそっけなく答えた。「あなたが電話してるのを知ってたから、わざわざ言わなかったのよ」辰見はそれを聞いて安心した様子で、彼女の肩やこめかみを優しく揉みはじめた。「今日は大変だったね。僕がしっかり労ってあげるよ」彼の体には香水の匂いと、ほんのりとした乳のような匂いが染みついており、それが晴海には吐き気を催させた。彼女は顔を背けたが、辰見の手がちょうどさっき打った青あざに触れて、思わず悲鳴を上げてしまった。「どうした?僕の力が強すぎたか?」辰見は慌てて言った。晴海は傷を押さえ、痛みのあまりしばらく声が出なかった。辰見がのぞき込もうとしたその時、不意に電話が鳴った。彼が出ると、電話の向こうで女の子がすすり泣きながら話した。「辰見さん、やけどしちゃったの……手伝ってくれないかな……」辰見は困った顔をした。「ごめんよ、柔ちゃん。今日は晴海の誕生日なんだ。僕は行けないけど、タクシーで病院に行ってくれるかい?費用は僕が持つから」電話を切った後も、彼の表情には明らかに心ここにあらずの様子が浮かんでいた。その姿を見ていた晴海は、うつむいて無言で笑った。その笑顔は、泣くよりも痛ましかった。彼女は顔を上げ、静かに言った。「行ってあげて。あなたが彼女のことを心配してるのは分かってる」辰見は少し躊躇したが、結局上着を手に取った。「じゃあ行ってくるよ。様子だけ見てすぐ戻るから。柔ちゃんは京市には身寄りがいないし、支援すると決めた以上、ちゃんと責任を持たないと。心配しないで、すぐ帰るよ」辰見が出て行って間もなく、晴海はSNSを開き、あるユーザーのページを見に行った。二時間後、そのぬいぐるみのウサギをアイコンにしたユーザーがこう投稿した。【お湯をこぼして火傷しただけなのに、彼はす
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第4話
晴海がバーに到着したとき、個室の中では辰見と柔をネタにした下品な冗談が飛び交っていた。柔は顔を真っ赤にして耳を押さえ、辰見の胸に身を埋めるようにして逃げ込んでいた。彼は彼女をしっかりと抱き寄せ、笑いながら叱った。「おいおい、やめろよ。柔ちゃんは本当に純粋なんだから、くだらない冗談で汚すなって」「うわー、大事にされてんなあ」冷やかしの声に、柔は顔を覆い、そのまま恥ずかしそうに部屋を飛び出していった。晴海は物陰に身をひそめ、彼女が遠ざかるのを見届けてから再び中に耳を澄ませた。「辰さん、今回連れてきた子、ちょっとノリ悪くねえ?お前のあのエロ秘書のほうがよっぽどいいだろ」「バカ言うなよ。おまえ、あいつ見て晴海の若い頃思い出さないか?学生時代の晴海さ、本当に純粋でおとなしくて、まるで白紙みたいだった」辰見はグラスの酒をひと口飲み、懐かしげに目を細めた。「でも今じゃ、すっかり強気でさ。煙草一本吸っただけで説教される始末だ。会社やってた頃なんて、何でも晴海の許可が必要だったんだぞ」個室の外でその言葉を聞いた晴海は、唇を噛みしめ、苦い思いが喉の奥を焼いた。彼が「強気」と嫌うようになったのは、自分が彼のために変わったからだ。あの苦しかった日々、どれだけ取引先との交渉を共にしてきたか、少しでも気を緩めれば損をするような場面で、無理に自分を奮い立たせて戦ってきた。その結果が、今――彼は、自分の努力で手に入れた安定と地位を楽しみながら、かつての「弱くて可愛らしかった自分」だけを恋しがっている。滑稽を通り越して、情けなくすらあった。そのとき誰かがまた言った。「でさ、あの秘書の椎橋さんは?彼女も奥さんに似てるって言ってたけど、あれは結構エロい系だよな」「顔の作りがちょっと晴海に似てるだけだな。ま、あいつは何でもアリだし、晴海にはとても言えないようなことも、全部受け入れてくれるんだ」男たちは一斉に下卑た笑い声を上げた。その中の一人がグラスを掲げながら、へつらうように言った。「ほんと、あんなババアが良社長にふさわしいわけないっすよね。良社長みたいな若くて優秀な男、若くて可愛い子なんて選び放題っすもん」辰見はグラスを合わせようとした手を止め、次の瞬間、無言で拳を振り抜いた。男の顔に直撃し、周囲は一気に
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第5話
事故を起こしたバイクは、逃げるようにあっという間に視界から消えた。晴海は冷たい地面に倒れ込み、小腿にはぱっくりと裂けた傷口ができていた。激しい痛みに、意識さえも遠のきそうになる。彼女のスマホは壊れてしまい、仕方なく通りすがりの人に電話を借りた。救急車を呼ぶのではなく、反射的に辰見の番号を押していた。何年も共に過ごしてきた恋人、染みついた習慣は骨の髄まで刻み込まれている。我に返って切ろうとした時には、すでに通話は繋がっていた。しかし、電話口から聞こえてきたのは辰見ではなかった。おずおずとした女性の声がした。「……もしもし、どなたですか?」晴海はそれが柔の声だとすぐにわかった。だが、今は細かいことを気にしていられなかった。単刀直入に言う。「ケガしたの。辰見を出して」声を聞いた途端、柔は一瞬言葉を詰まらせた。だが、次の瞬間にはまるで何も聞こえなかったふりをして、何度も「もしもし?」と繰り返した。その向こうから、辰見の気だるげな声が聞こえる。「柔ちゃん、誰から?」「知らない番号だけど、電波が悪いのか、何言ってるのかわからないの」「知らないならさっさと切れよ、無駄だろ」「でも……」「でもじゃない」そう言って彼は電話を奪った。晴海は、彼が柔に「いい子だ、来て。一緒にお酒を飲もう」と言っているのを聞いた。そして、ツーッという切断音。賑やかな笑い声は途絶え、受話器からは無機質な通話終了の音だけが鳴っていた。晴海は茫然と画面を見つめ、力が抜けたように、しばらく動けなかった。結局、電話を貸してくれた通りすがりの人が代わりに119へ通報してくれた。病院に運ばれ、傷の洗浄と縫合が行われている最中、辰見が嵐のように診察室に駆け込んできた。「どうしたんだ、晴海?ケガは重いのか?僕、今家に帰ったばかりで君がケガしたって聞いたけど、どうして真っ先に僕に電話しなかったんだ?」傷口を見て、辰見は思わず息を呑み、目が赤くなった。彼は半ば膝をつき、晴海の傷ついた脚を抱きしめながら、震える声で言った。「いったい何があったんだ?」彼の焦る姿を見て、晴海は冷めきった口調で答えた。「眠れなくて、外に出たの。うっかり転んだだけ」辰見は傷口を見つめたまま沈黙し、次の瞬間、自分の頬を思い切り平手打ちした。
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第6話
淑絵が泣き声混じりに叫ぶのが、晴海の耳に届いた。「どうしよう、あなた……赤ちゃんが急に高熱出して、痙攣まで……!」あなた。その呼び方に、晴海の心がひどくざわめいた。視線を辰見に向けると、彼はそれを否定することもなく、淑絵を抱き寄せて優しく慰めていた。「大丈夫だ、すぐに医者を呼ぶ。僕たちの息子は、きっと大丈夫だから」子どもを抱いた二人の姿は、まるで本当の家族のようだった。そして、自分――法律上の妻である自分こそが、まるで無関係な第三者のように思えた。晴海は車の中から、その三人が屋敷へと消えていくのを、ただじっと見送っていた。三十分後には、急ぎ足の医者が到着するのも目にした。その夜、屋敷に灯る明かりを、彼女はずっと見つめ続けていた。目の奥は虚ろで、まるで魂が抜けたかのようだった。運転席の土方は、一言も発することなくハンドルを握っていた。夜明けが近づいた頃、ようやく晴海の声が聞こえた。「土方、戻りましょう。今日見たことは……忘れてちょうだい」土方は黙ってうなずき、不器用に励ますように言った。「あの……奥様、あまり無理なさらないでください。どうしても無理なら、社長と……離婚、という選択も」晴海は口元にかすかな笑みを浮かべ、首を横に振った。「離婚はできないわ。彼は私を手放してくれない。だから私は、自分のやり方で去るしかないの」土方にはその意味が分からなかったが、晴海はそれ以上語らず、静かに目を閉じた。その後、晴海は二週間かけて怪我を治療し、自宅で静養していた。包帯を外した日、彼女は指折り数えて気づく。新年まで、もう一週間もない。もうすぐ、解放される。そう思うと、ふと口元に笑みが浮かんだ。「何を考えてるの?そんなに楽しそうに」ちょうどその時、辰見が寝室に入ってきて、その久々の笑顔を目にした。「もうすぐ新年でしょ。なんだか、それだけで嬉しくて」晴海は心からそう言った。あの日の事故以来、彼女はずっとふさぎこんでいて、辰見がどんなに気を配っても一向に笑顔を見せなかった。そんな彼女がようやく微笑んだことで、辰見もつられて嬉しくなる。「そうだな、新年だ。それに僕たちの結婚記念日も近い。あの時、僕がプロポーズしたことを、まだおぼえているよね」「もちろん……忘れ
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第7話
晴海がホテルに入ると、すでに見慣れた顔ぶれが何人も目に入った。どれも辰見の親戚で、皆の顔には祝いの色が溢れていた。彼女はサングラスとマスクで顔を隠していたため、誰にも気づかれなかった。宴会場の外には大きな看板が掲げられており、そこにはこう書かれていた。【良悠ちゃんの出産祝い、おめでとうございます!】その瞬間、晴海はすべてを悟った。この宴は、あの私生児ための祝いだったのだ。ほどなくして、人混みの中にざわめきが起きた。晴海が振り向いた瞬間、瞳が驚きに見開かれる。辰見が空港から到着したばかりの両親を連れて、宴会場へと歩いてくるところだった。老夫婦は孫の悠を見るなり満面の笑みを浮かべ、「可愛い孫だ」「宝物だ」と声を弾ませていた。辰見の母親・良里子(りょう さとこ)は淑絵の手を取り、その手首に翡翠の腕輪をはめて言った。「このお嫁さん、私が認めるわ」その瞬間、晴海は自分の感情をどう表せばよいかわからなかった。彼女は良家の両親とあまりうまくいっておらず、とくに不妊のことを理由に里子から陰でよく文句を言われていた。「家の嫁にだけ渡す」と言われていたあの翡翠の腕輪も、彼女には一度も見せたことすらなかった。それが今、何の迷いもなく、淑絵という愛人の腕に収まったのだ。カメラマンが笑顔で声をかけた。「おじいちゃんおばあちゃん、そして夫婦二人と一緒にお子さん抱いて、家族写真を撮りましょう」五人は喜んで応じ、並んで写真を撮った。晴海は、どうやって会場を出たのか、自分でも覚えていない。脳裏には辰見が淑絵を抱き寄せて満ち足りた笑みを浮かべている光景が、繰り返し映し出されていた。まるで自虐するかのように、彼女はその画を何度も何度も思い返した。結局、自分なんてただの笑い者だ。携帯が「ブッブッ」と震える。届いたのは、その五人の家族写真だった。続けて、淑絵の得意げな音声メッセージが送られてくる。「もう見たでしょ?あんたが良奥様って肩書きにしがみついたところで何になるの?お義母さんが認めたのは、息子を産めるこの私よ!」晴海は何も返信せず、タクシーに乗って郊外の墓地へと向かった。墓前に立ち、彼女は「お母さん」と一言声をかけると、堰を切ったように涙が溢れ出した。彼女は母子家庭で育ち、母親と
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第8話
晴海はその言葉に「そっか」とだけ応え、それ以上は相手にしなかった。柔は落ち着かない様子でしばらく待ち、とうとう尋ねた。「晴海さん、気にならないの?この子が誰の子かって」晴海はその下心を見抜き、冷笑を浮かべて答えた。「私に関係ある?どうせ私の子じゃない」その冷淡な態度に柔は激昂し、歯を食いしばって声を荒げた。「じゃあ、もしこの子が……」言い終える前に、柔は突然、誰かに思い切り平手打ちされた。手続きを終えたばかりの辰見が戻ってきたのだった。彼は怒りに満ちた表情で彼女を睨みつけた。「未婚で妊娠とは、なんてだらしない!学費を援助してやったのに、こんな恩知らずな真似をするなんて」柔の目にはたちまち涙が浮かび、それ以上何も言えずにいた。彼女の軽率な思いは、その一撃で完全に打ち砕かれたのだった。恨めしげに辰見を一瞥した彼女は、泣きながらその場を立ち去った。晴海は視線を戻し、冷たく言った。「行きましょう、帰るわ」二人が廊下でエレベーターを待っていると、ドアが開いた瞬間に辰見が言った。「晴海、携帯を病室に忘れたみたいだ。先に駐車場で待ってて、すぐ戻るから」晴海は微笑みながら何も言わず、無人のエレベーターに乗り込んだ。辰見は彼女が黙っているのを了承の合図だと思い込み、柔が消えた方向へと駆け出した。エレベーターが二階分ほど降りたとき、「ガタン!」という大きな音とともに停止した。続いて照明がすべて消え、非常灯だけがぼんやりとした緑の光を放っていた。その瞬間、晴海の呼吸が乱れ始めた。彼女には閉所恐怖症があったのだ。開ボタンを押しても反応がなく、震える指で緊急呼び出しボタンを押したが、誰も応答しなかった。恐怖がじわじわと広がり、体が小刻みに震え始めた。10分後、彼女はついにパニック状態に陥り、扉を叩きながら助けを呼んだ。20分後、スマホにわずかに電波が戻り、彼女は震える手で辰見に電話をかけた。通話が繋がった瞬間、彼女は涙声で言った。「辰見、私、閉じ込められて……」だが言葉を最後まで言えぬうちに、「バン!」という大きな音が聞こえ、それに続いては雑音と電流のような音が流れた。その後、微かに口論の声が聞こえてきた。「大胆になったもんだな、僕のスマホまで壊すなんて?」辰見の声だ。
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第9話
辰見が家に帰ってきたとき、晴海は庭に一人でぼんやりと座っていた。彼はコートを脱いで彼女の肩に掛け、優しく声をかけた。「寒いのに、どうして外にいるんだ?風邪ひくぞ」しばらくしても、晴海は何の反応も示さなかった。気まずくなった辰見は、話題を変えるように言った。「今日、病院のエレベーターが故障して誰かが閉じ込められたって聞いたよ。君じゃなくて本当によかった。もし君だったら、僕はきっと気が気じゃなかった」だが晴海は、相変わらず遠くを見つめたまま、何も言わない。辰見が不安を感じ始めた頃、彼女がようやく口を開いた。「辰見、今年の大晦日、どう過ごすつもり?」彼は少し驚いたが、すぐに答えた。「例年通りだよ。まず両親のところで昼ごはんを食べて、それから家に戻って一緒に年越しする」姑の里子は晴海を好いておらず、晴海も里子との年越しを嫌がっていた。だから毎年こうして過ごしていた。だが今日は、晴海が首を横に振った。「今年は、違うふうに過ごしたい。あなたはご両親と年越しして、私は唐沢甘奈(からさわ かんな)を家に呼んで一緒に過ごす。彼女、今年は一人で国内に残ってるから……友達として、一人ぼっちの年越しにはさせたくないの」辰見は違和感を覚えたが、うなずいた。「うん、君の好きなようにしよう。うちの奥様の言うことには逆らわないよ」「それから、倉庫から花火を取り寄せて、年越しの時に彼女と一緒に打ち上げたいの」辰見は一瞬ためらった。「危ないんじゃないか?花火みたいなのが見たいなら、僕がちゃんと手配するよ」「大げさにしなくていいの。ただ自分の手でちょっと花火を打ちたいだけ。お正月らしさを感じたいの」彼は渋々頷いた。「わかったよ」晴海の表情がずっと沈んでいるのを見て、彼は気を利かせて夕飯を作ると申し出た。辰見が家の中に入って間もなく、テーブルに置かれた彼のスマホが光った。晴海がふと画面を見ると、辰見の生活アシスタントからのメッセージだった。【良社長、すべて手配済みです。大晦日の晩ご飯の時間、まずは猿田様が、次は椎橋秘書がお坊ちゃんを連れてご両親にご挨拶へ伺います】【ご安心ください、お二人の訪問時間は完全にずらしてありますので鉢合わせはしません。それぞれがゆっくり年始の挨拶ができます】【奥様がご希
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第10話
辰見は、突然鳴り響いた激しい着信音に心臓を大きく震わせた。電話に出ようとしたその瞬間、淑絵が彼の手からスマートフォンを奪い、電源を切って投げ捨てた。そして彼の腰の上に跨ると、艶然と微笑んで囁いた。「ご主人様、妾はまだ欲しいのよ〜」彼女の顔立ちは晴海にどこか似ており、辰見は一瞬、まるで晴海が自分の上に跨って求めているような錯覚に陥った。だが彼はよく知っていた。あの彼女が、こんなふうに淫らに振る舞うはずがない。そのギャップが、彼の欲情をさらに煽った。やがて、ふたりは再び激しく交わり始め、鳴り響いていた電話のことなど、すっかり忘れ去った。約三十分後、良家の扉が「ドンドン」と激しく叩かれた。長い時間が過ぎ、ようやく辰見がドアを開けた。​​​外で待っていたアシスタントに向かって、彼は険しい表情を浮かべていた。​​​邪魔をされた苛立ちが、その顔に滲み出ている。「なんだ?」「社長、ご自宅が火事です!執事さんが何度もお電話したそうですが繋がらず、私のところに連絡が……」その言葉に、辰見の顔色が一変した。着替える暇もなく、そのまま飛び出した。車に飛び乗り、何度も晴海の番号をかけ続けたが、返ってくるのは機械的な冷たい声だけだった。「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません……」胸中の不安がどんどん膨れ上がる。アクセルを踏み込んだ車は猛スピードで山道を走り、ついには制御を失って緑地帯へ突っ込んでしまった。良家の別荘は山腹に建てられており、辰見は車から這い出し、顔を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは、空を焦がすような炎の光だった。炎の中から、花火が次々と夜空に咲き誇る。まるで、火の海の中で美を競うかのように。車のことなど気にも留めず、彼は泥にまみれながら必死に山を駆け登った。花火を家で打ち上げるなどと、なぜあの時止めなかったのか!悔恨が胸を締めつける。頼む、晴海、どうか無事でいてくれ。別荘にたどり着いた時、彼は土と灰にまみれ、見るも無惨な姿だった。だがそれを気にしている余裕はない。真っ赤な目で火の海に飛び込もうとした彼を、消防士が強く押し止めた。「中に入らせてくれ!僕の妻が中にいるんだ、僕が助けなきゃいけないんだ!!」「落ち着
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