朝香の心臓が、喉元まで跳ね上がった。診察室の外には、ファンや見物人がごった返し、窓から逃げ出すなんてとても無理だ。 あわてて研修医に「私のことを誰にも言わないで」と念を押し、そのまま病室のベッドの下に潜り込む。息を潜めたちょうどそのとき、祈人が焦った様子でドアを押し開けた。「萩野先生はどこですか?」研修医は、初めて間近で祈人の姿を見て思わず歓声を上げる。顔を真っ赤にしながら、「ここには萩野先生はいません」と口走った。「いないのか」祈人は眉をひそめ、しばらく黙り込む。 研修医はあわてて「本当にいません」と繰り返すが、その声はどこか頼りなく、どんどん小さくなっていく。緊張で頭の先までしびれるような感覚に襲われた。ベッドカバーの隙間から様子をうかがうと、祈人が自分のデスク周りをじっと観察しているのが見えた。薄明かりのなかで、祈人の目つきがいっそう鋭くなる。 どんな細かいところも見逃すまいと、隅々まで目を光らせている。張りつめた顔、かすかに結ばれた唇――その端正な顔立ちが、さらに厳しく見える。その眼差しは、まるで獲物を狙う野獣のようだ。朝香のまぶたが小さく震え、言葉にできない不安が、全身を包み込む。外では雨がしとしとと降り続いている。廊下のセンサーライトが、一つ、また一つと順に灯る。祈人の白いスニーカーが、静かにベッドへと近づいてきた。最後には、あと一歩の距離で立ち止まる。朝香の心臓が速く脈打ち、神経が極限まで研ぎ澄まされる。思わずさらに体を後ろへ引いた。そして、もう逃げ場はないと諦めて、そっと目を閉じた。 ちょうど這い出そうとしたその瞬間――人混みをかき分け、髪を乱した林田マネージャーが飛び込んできた。「祈人、どうかしてるの!?会社に何も言わずに勝手な行動して、こんな騒ぎを起こして…… このままじゃ芸能人生が終わっちゃうわよ!」林田は祈人の腕をつかみ、強引に引っ張って連れ出そうとする。だが、祈人は意地でも動こうとせず、足を床に踏ん張ったままびくともしない。林田は呆れと怒りで声を荒げる。「しっかりしてよ、祈人! 仕事を守るのと、朝香さんを見つけるのと、どっちが大事なの!?」その会話を聞いて、研修医はハッと息を呑む。その様子を見て、祈人の確信はま
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