深沢祈人(ふかざわ きひと)の愛人になって八年。ようやく彼はトップ俳優にまで登りつめた。 だが、萩野朝香(おぎの あさか)という恋人としての存在を公表すると約束していたはずの記者会見で、祈人が発表したのは、別の女優・秋野夜音(あきの よね)との交際だった。「朝香、俺の立場が安定したら、必ずお前と結婚する」朝香は静かに微笑み、首を横に振った。「もういいよ」と、その声は優しくも、どこか遠かった。後日、祈人が長文コメントで公開プロポーズをし、涙ながらに「俺と結婚してくれ」と頼んだときも、朝香は同じように微笑みながら首を振った。十八歳の朝香は、十八歳の祈人と結婚したいと思っていた。だが、二十八歳になった医師の朝香は、もはや二十八歳のトップ俳優・祈人と結婚する気にはなれなかった。………………朝香が最後に祈人に希望を抱いたのは、「自分を恋人として公表する」と言ってくれた記者会見の日だった。 彼女は胸を高鳴らせ、花のように輝く笑顔でその時を待っていた。しかし、その場で耳にしたのは、祈人と夜音の交際発表だった。「夜音、八年間ずっとそばにいてくれてありがとう。これからの人生も、よろしく頼む」その言葉が放たれた瞬間、朝香の胸に鋭い痛みが走る。一言一言が心の奥深くに刻み込まれ、あまりにも深く重く、まるで心から血が滲み出るかのようだった。二人が知り合ったのは、まだ無名だった頃。制服姿の学生から芸能界へと進み、トラブルで一度はキャリアを絶たれかけた祈人も、やがて努力の末にトップ俳優となった。朝香はあらゆる手を尽くし、祈人の未来のために、自分を押し殺して八年間「秘密の恋人」を続けてきた。 それなのに祈人は、たった二言三言で、朝香のすべての努力を他人のものにしてしまった。 この瞬間、朝香はふいに疲れを覚えた。 彼女は携帯電話を手に取り、長い間返事を待たせていた相手に電話をかける。 「桑原(くわばら)院長、貴院で働くことをお受けします。一週間後、必ず出勤いたします」実は前年、指導教授の推薦で浜城市の有名な病院に誘われていた。しかし祈人のことが気がかりで、ずっと決断できずにいた。 仮住まいの別荘へ戻ると、朝香は落ち着いた気持ちで荷造りを始めた。 気がつけば夜も更け、荷物をまとめ終えたころには、時刻はほと
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