第21話

柾朗は呆然とした。杏惟がこれほど冷たい口調で自分に話しかけるとは思いもよらなかったのだ。「杏惟、僕が悪かった、許してくれないか？」彼は卑屈な口調で言った。杏惟は眉をひそめ、何も言わず、ただ彼の傍らをまっすぐに通り過ぎた。「杏惟、これから必ず大切にするから、もう一度チャンスをくれないか！」柾朗は諦めきれず、追いかけた。杏惟は再び立ち止まり、冷たく彼を一瞥した。「柾朗、私たちの間はもう終わったの」「杏惟......」柾朗はまだ何か言おうとしたが、杏惟に遮られた。「お願いだから、これ以上私の生活を邪魔しないで」そう言って、彼女は柾朗を回り込み、少し離れた場所に停まっている車の方へ歩いて行った。車のドアが開き、清隆が車から降りてきた。彼は優しく彼女のためにドアを開け、「疲れただろう？先に車に乗って休んで」と言った。その後、彼の視線は少し離れた場所にいる柾朗に注いだ。やつれた顔の柾朗に向かって、嘲るような笑みを浮かべた。杏惟は微かに微笑み、車に乗り込み、清隆と一緒に去っていった。柾朗は呆然とその場に立ち尽くし、車がゆっくりと走り去るのを見ていた。まるで頭から冷水を浴びせられたようで、頭から足まで骨の髄まで冷たくなった。彼は追いかけようとしたが、足が重く、どうにも動かせなかった。車の中で、清隆は杏惟に温かい牛乳を一杯差し出した。「道が混んでいて、少し遅れたんだ、お腹空いてないかい？」「大丈夫」杏惟は牛乳を受け取り、少しずつ飲んだ。清隆は彼女の方を向いて言った。「夕食は何を食べたい？お手伝いさんに早めに準備させておくよ」彼女は少し考えて言った。「うーん......あなたの作った酢豚が食べたいわ」清隆は甘えるように微笑んだ。「分かった、作ってあげるよ」「そういえば、明日......」清隆は少し間を置き、杏惟の穏やかな顔に視線を落とし、優しく言った。「明日、僕の両親に会わせたいんだけど」杏惟は牛乳のカップを握る手を微かに止め、顔を上げて彼を見た。目に微かな驚きが走ったが、すぐに平静に戻り、軽く頷いた。清隆の口元に優しい笑みが浮かんだ。片手で彼女の手を握り、そっと撫でた。「緊張しないで、両親は君のことが大好きだよ。二人とも、僕みたいな馬鹿息子が君みたいな良い彼女を持てて、本当に運が良いって言ってるんだ」彼女

第22話

数日後、柾朗は鵬市を離れた。出発前、彼は杏惟に短いメッセージを送った。【杏惟、待っていてくれ】杏惟はメッセージを見たとたん、指を軽く滑らせて、再びブロックし削除した。柾朗が去った後、杏惟の生活はまるで加速ボタンが押されたかのように、一気に進んだ。「準備はできた？」清隆の優しい声が杏惟の耳元で響いた。彼女は深呼吸をし、頷いた。「さあ、帰ろう」清隆が言ったのは、杏惟の地元、京北市のことだった。そこに帰って、彼女と清隆の婚約披露宴を開くのだ。婚約披露宴で、杏惟はシャンパン色のドレスを纏い、高貴で優雅だった。清隆は黒いスーツ姿で、彼女をより一層ハンサムで背が高く見せた。この時、彼の目には杏惟一人しか映っていなかった。「杏惟、綺麗」清隆は小さな声で言った。口調には微かに気づかれぬ震えがあった。杏惟は微かに微笑み、頬に微かな赤みが差した。心は温かい気持ちで満たされていた。清隆は優しく彼女の口元のワインの染みを拭き、また彼女の耳元で小さな声で囁き、彼女を笑わせた。皆が二人に祝福を送った。この間、清隆の手は彼女の手をしっかりと握り、彼女の傍を離れなかった。そしてこの時、ホテルのゲートの外で、柾朗は警備員に止められていた。「お客様、招待状がなければ入れません」柾朗は汗だくになって焦っていた。杏惟がここで婚約披露宴を開くという情報をようやく聞きつけたのに、今、外で止められているのだ。「私は杏惟の知り合いです、彼女にとても重要な話があるんです！」警備員は動じなかった。「お客様、招待状をご提示ください」柾朗はホテルのゲート越しに、宴会場の様子を見た。杏惟の顔には幸せな笑顔が溢れ、清隆は優しく彼女を見つめていた。二人は指を絡ませ、その光景は温かく甘美だった。この光景は、かつて彼と杏惟が婚約した時の光景とどれほど似ていることか。ただ、彼はあの時怜緒那のために彼女を一人残して行ってしまったのだ。そして今、彼女の傍に立っている人は、もう別の男に変わっていた。柾朗の心はまるで針で刺されたように、息ができないほど痛かった。彼はかつて自分が杏惟に何度も与えた傷を思い出し、杏惟の無力と絶望を思い出し、思わず目を赤くした。彼は時間が巻き戻ることをどれほど願ったことか。彼にやり直す機会を与えてくれれば、彼は決し

第23話

婚約の後、長い間柾朗は現れなかった。この日、清隆は杏惟に付き添ってオーダーメイドのウェディングドレスを試着しに行った。真っ白なウェディングドレスが杏惟のすらりとした身体を包み込み、軽やかなヴェールの下には、彼女の端正な顔立ちがあった。幸せな笑顔は春の暖かい太陽のように輝いていた。清隆は傍らに立ち、彼女に視線を追わせ、目には満ちた魅了があった。「杏惟は本当に綺麗だ」彼は優しく言った。口調には気づかれにくい震えが混じっていた。杏惟は頬を微かに赤くし、彼を睨みつけるように言った。「口が達者ね」「口が達者なわけじゃない、本当のことを言っているんだ」清隆は一歩前に出て、彼女の耳元に垂れ下がった髪をそっとかき上げた。「どのウェディングドレスもこんなに綺麗に着こなすんだから、全部残しておこうか？」杏惟は彼にからかわれて笑った。心は甘い気持ちで満たされていた。「杏惟！」突然、耳障りな声がこの美しい雰囲気を打ち破った。柾朗がいつの間にか店の入り口に現れており、焦った顔をしていた。杏惟の笑顔は瞬時に固まり、眉をひそめた。「どうしてまた来たの？」彼女の口調には満ちた不機嫌さがあった。「杏惟、僕が悪かった、許してくれないか？やり直そう！」柾朗は哀願した。清隆は一歩前に出て、杏惟を背後に庇い、冷たい眼差しで柾朗を見た。「五十嵐さん、いつまで騒ぎますか？杏惟はもう君とは何の関係もないです。出て行け！」「お前は何様だ！」柾朗は嫉妬に狂っていた。「杏惟は僕の婚約者だ！」「かつてはね」杏惟は冷たく彼の言葉を遮った。「今は違う。それに」彼女は少し間を置き、口調はさらに冷たくなった。「私とあなたの間は、とっくに終わったの。今好きな清隆よ、もうすぐ結婚するから、これ以上私の生活を邪魔しないで！」「いや、杏惟、話を聞いてくれ......」柾朗はまだ何か言おうとしたが、清隆に遮られた。「寄せ」清隆は口調が強硬だった。「ご自分で出て行きますか？それとも店員に追い出されたほうがいいですか？」「お前......」柾朗は怒り心頭だった。彼は怒鳴った。「お前は何様だ？僕と杏惟は同じ布団で何年も寝たんだ、とっくに......」「パチン」という乾いた音が、静かな部屋にひときわ耳障りに響いた。清隆が反応する間もなく、杏惟は猛然と手

第24話

車が荘園に入り、杏惟は初めて気づいた。ここはなんとバラの花の海だった。様々な色のバラが競い合うように咲き誇り、空気中には馥郁たる香りが満ちていた。柾朗は彼らを花海を通り抜け、一棟のヨーロッパ風の別荘の前へ連れて行った。別荘のリビングには、ウェディングドレスがずらりと並べられ、まるで盛大なウェディングドレス展のようだった。「杏惟、見て、これらは全部君のために用意したんだ」柾朗の声には微かな震えがあり、目には期待の光が瞬いていた。杏惟は周囲を見回した。これらのウェディングドレスは確かにデキよく美しく、どれもどんな女性をも魅了するに足るものだった。しかし、彼女の心には何の波立ちもなく、ただ柾朗の行動が荒唐無稽で滑稽だと感じただけだった。柾朗は深情な目で杏惟を見た。「杏惟、あの時君が丹念に選んだウェディングドレスを怜緒那に汚されてしまった、安心してくれ、ここのウェディングドレスはどれも唯一無二で、新品だ、君一人だけのために」彼は杏惟の前に歩み寄り、片膝をついた。手には輝くダイヤモンドリングを捧げていた。「杏惟、僕と結婚してくれ！昔たくさんの間違いを犯したことは分かっている、でも本当に君を愛しているんだ！もう一度チャンスをくれないか！」杏惟は目の前にいる、かつて深く愛し、今では計り知れないほど見知らぬ男を見て、心の中は冷え切っていた。「柾朗、どうかしているんじゃない？私はもう清隆さんと婚約してるわ」杏惟は冷たい口調で、容赦なく柾朗の幻想を打ち破った。「婚約なんて数に入らない！結婚してないなら数に入らない！」柾朗の声は少しヒステリックだった。「僕たちだって以前はあと一日で結婚するところだったのに、君は行ってしまった！だから君たちの婚約だって数に入らない！」彼は清隆を指差し、声はむせび泣いていた。「七年間の情が、彼に劣るはずがない。杏惟、愛している......」杏惟は軽く笑い、目には満ちた軽蔑があった。「五十嵐さん、あなたの言う愛とは、ただの自己中心的な独占にすぎないわ。口では私を愛していると言いながら、鈴木さんのために一度ならず私を置き去りにして、私一人に全ての苦痛と屈辱を耐えさせた。あなたは清隆さんと全く比べ物にならない。あなたには釣り合わない！」彼女は清隆の腕に腕を絡ませ、親密な態度で言った。「清隆と一緒にいてとても幸

第25話

柾朗はあてもなく歩いていた。頭の中では杏惟の別れの言葉が絶えず繰り返されていた。彼はあの時怜緒那が好きだったが、怜緒那に触れたことは一度もなかった。だから何とも思っていなかったのだ。そして彼はかつて、杏惟はいつも自分の傍にいてくれるだろう、たとえ自分が時々彼女をないがしろにしたり、過ちを犯したりしても、彼女は離れないだろうと思っていた。今になって彼は、自分がどれほどとんでもなく間違っていたかを理解した。彼は自らの手で二人の愛を葬り去り、自らの手で杏惟を他の人へ押しやったのだ。かつて手に入れられたはずの幸福は、今や彼にとって遥か遠い夢となった。柾朗はしゃがみ込み、苦痛に顔を覆った。指の隙間から抑えきれない嗚咽が漏れた。顔を上げた時、自分がかつてウェディング写真を前撮った店の入り口まで来ていたことに気づいた。ウェディング写真......そうだ、ウェディング写真だ！彼らはあんなにたくさんの美しいウェディング写真を撮ったのに、まだ受け取っていなかったのだ！彼は興奮して店に駆け込み、店員を掴んだ。「僕のウェディング写真は？僕と佐倉杏惟のウェディング写真だ！」店員は呆然とした顔で、記録を調べた後彼に言った。「お客様、お客様と婚約者様のウェディング写真はとっくにお客様に郵送されていますよ」柾朗は突然思い出した。確かに、階下で捨てられていたウェディング写真を見たことを。あの時、彼はまだ杏惟と笑いながら話していたのだ。あの時杏惟が「どちらか一方が相手に完全に失望したのでしょうね」と言ったのを覚えている。今思えば、あの時杏惟はすでに彼に失望していたのだ。そして彼が見たウェディング写真は、おそらく彼らのものだったのだろう。「ネガは？ネガはあるだろう？」柾朗は切羽詰まった声で尋ねた。「ネガはとっくにお客様に送られていますよ」店員は仕方なく説明した。柾朗はスマホを取り出し、電子版のネガを必死に探し始めた。突然、彼は怜緒那がかつて彼のスマホを持ち、写真の整理を手伝うと言っていたことを思い出した。「ああ！」柾朗は苦痛の叫び声を上げた。彼はついに理解した。あの貴重な写真、あの美しい思い出は、全て怜緒那、彼がかつてずっと庇っていた女によって、完全に削除されてしまったのだと。彼は力なくウェディングドレスの店を出た。「杏

第26話

柾朗の母は震える手でスマホのアルバムを開き、あの数枚のウェディング写真を探した。幸い、写真はまだあった！震える手で写真を柾朗に差し出した。「柾朗、見て、杏惟よ、杏惟は......」柾朗の元々虚ろだった眼差しは、ウェディングドレスを着て幸せそうに笑っている写真の中の杏惟を見た時、ついに反応を示した。彼はスマホを奪い取り、まるで一筋の希望を掴んだかのようだった。「杏惟......僕の杏惟......」彼は写真を見つめ、涙が無言で流れ落ちた。彼は嬉しくて、部屋から駆け出し、写真を持って写真館を見つけ、杏惟の写真を等身大のパネルにした。がらんとした新居で、柾朗は等身大のパネルをリビングの中央にそっと置いた。同時に、ホテルの宴会場では、杏惟が真っ白なウェディングドレスを纏い、華やかで美しく、清隆と結婚式を挙げていた。清隆は優しく彼女の手を取り、指輪を嵌めた。二人は健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、喜びのときも、悲しみのときも、死が二人を分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ると誓った。壇の下では、招待客の祝福の声が次々と上がった。ちょうどその時、柾朗の母がふらつきながら乱入してきた。彼女は「ドサッ」と杏惟の前に跪き、声涙倶下だった。「杏惟、お願い、柾朗に会いに行ってあげて！彼......彼はおかしくなっちゃったの！」清隆は微かに眉をひそめ、杏惟を見て、優しく言った。「杏惟......」杏惟は跪いている柾朗の母を平静な眼差しで見つめ、口調は淡々としていた。「彼はもう私と何の関係もありません。今日結婚式です。彼が本当に狂ったとしても、それは自業自得です」柾朗の母はまだ何か言おうとしたが、杏惟はもう相手にせず、振り返って清隆の腕に腕を絡ませ、結婚式の舞台の中央へ向かった。彼女は地面に倒れたまま、絶望的に泣き叫んでいた。一方、柾朗はがらんとした新居に立ち、あの等身大のウェディング写真パネルをぼんやりと見つめ、以前彼が杏惟のために用意した様々なウェディングドレスを写真の杏惟に着せていた。「杏惟、この星空ドレスが一番君の雰囲気に似合うよ......このシャンパン色の、君が着たらきっとお姫様みたいだ......」彼は毎日写真に向かって馬鹿みたいに笑い、話しかけ、一日三食も二人分用意し、一つは自分に、