式の準備がすべて整った頃、わたしは静かに新婦の名前を羽川ひまり(はねかわ ひまり)に差し替えた。お願い、と羽川が泣きながら頼んできたから、「悠真を返して」って。それも、別にいいかなって思った。だって彼らが「愛」を選ぶなら、会社は要らないよね?わたしはすべての株を手放し、この街をあとにした。でもさ――ふたりとも?わたしの株がなければ、あなたたちの「真実の愛」なんて、案外脆いものじゃなかった?「桃山さん、本当に……ご自身の名前を他人に差し替えるおつもりですか?」「ええ」ホテルのロビーを出た瞬間、わたしは見上げた青空に、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。これでようやく――一生付きまとうはずだった影から、解き放たれたんだ。結婚式の書類に記された「桃山夕凪(ももやま ゆうな)」の名前。その欄を、わたしは丁寧に線で消し、代わりにこう書いた。「羽川ひまり」と。それは、ほんの数日前に羽川から届いたメッセージがきっかけだった。彼女は、月城悠真(つきしろ ゆうま)の初恋だったらしい。「もしあなたのお父様が、『彼女を支えてやってくれ』なんて言わなければ、悠真はきっとあたしを選んでいた。別れる必要なんてなかった」と。……そう語る言葉に添えられていたのは、彼と一緒に映った数枚の写真。――しかも、ベッドの上の、ね。見た瞬間、ほんとに倒れそうになった。ちょうど隣にホテルのマネージャーがいたから助かったけど、いなかったらたぶん、そのまま発作を起こしてた。そして、目を覚ましたときには――すべてを悟っていた。悠真が五年間わたしに触れなかったのは、病気を気遣った優しさなんかじゃなかった。羽川以外に手を出さないって、そういう忠誠心だったのね。もういいわ。そう思って、スマホを手に取った。羽川にこの朗報を伝えた。彼女にとってわたしは、恋路を邪魔する悪役だったらしい。じゃあ、ヒロインの座は返してあげましょう。……でもね、五年間の時間を、わたしは本気で生きてきた。愛して、信じて、騙されて。この胸の奥に沈んだ痛みは、簡単には抜けない。しかも、わたしにはもう、彼らに仕返しする気力も体力もない。だから――もう、いっそ全部捨ててここを離れようって思ったの。わたしの名義で所有していた光耀グルー
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