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いつかきっと明るい未来が訪れる
いつかきっと明るい未来が訪れる
Penulis: 富貴

第1話

Penulis: 富貴
式の準備がすべて整った頃、わたしは静かに新婦の名前を羽川ひまり(はねかわ ひまり)に差し替えた。

お願い、と羽川が泣きながら頼んできたから、「悠真を返して」って。

それも、別にいいかなって思った。

だって彼らが「愛」を選ぶなら、会社は要らないよね?

わたしはすべての株を手放し、この街をあとにした。

でもさ――ふたりとも?

わたしの株がなければ、あなたたちの「真実の愛」なんて、案外脆いものじゃなかった?

「桃山さん、本当に……ご自身の名前を他人に差し替えるおつもりですか?」

「ええ」

ホテルのロビーを出た瞬間、わたしは見上げた青空に、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。

これでようやく――一生付きまとうはずだった影から、解き放たれたんだ。

結婚式の書類に記された「桃山夕凪(ももやま ゆうな)」の名前。

その欄を、わたしは丁寧に線で消し、代わりにこう書いた。

「羽川ひまり」と。

それは、ほんの数日前に羽川から届いたメッセージがきっかけだった。

彼女は、月城悠真(つきしろ ゆうま)の初恋だったらしい。

「もしあなたのお父様が、『彼女を支えてやってくれ』なんて言わなければ、悠真はきっとあたしを選んでいた。別れる必要なんてなかった」と。

……そう語る言葉に添えられていたのは、彼と一緒に映った数枚の写真。

――しかも、ベッドの上の、ね。

見た瞬間、ほんとに倒れそうになった。

ちょうど隣にホテルのマネージャーがいたから助かったけど、いなかったらたぶん、そのまま発作を起こしてた。

そして、目を覚ましたときには――すべてを悟っていた。

悠真が五年間わたしに触れなかったのは、病気を気遣った優しさなんかじゃなかった。

羽川以外に手を出さないって、そういう忠誠心だったのね。

もういいわ。そう思って、スマホを手に取った。

羽川にこの朗報を伝えた。

彼女にとってわたしは、恋路を邪魔する悪役だったらしい。

じゃあ、ヒロインの座は返してあげましょう。

……でもね、五年間の時間を、わたしは本気で生きてきた。

愛して、信じて、騙されて。

この胸の奥に沈んだ痛みは、簡単には抜けない。

しかも、わたしにはもう、彼らに仕返しする気力も体力もない。

だから――もう、いっそ全部捨ててここを離れようって思ったの。

わたしの名義で所有していた光耀グループの株式を、市場価格で全部売って。

そのお金で、海外の最高の医療を受けに行くの。

心臓病を、本気で治すために。

これからは――わたしの人生を、わたし自身のためだけに生きていく。

そう決めて、全部の手続きを終えた頃には、すっかり夜も更けていた。

家に戻ると、中は真っ暗。

きっと今日も悠真は、いつも通り遅くまで会社で仕事をしてるんだと思ってた。

だけど、玄関のドアを開けた瞬間――目の前に現れたのは、服が乱れて顔をこわばらせた男女だった。

……悠真と、羽川だった。

その場に凍りついた空気の中、わたしは彼の口元に残った口紅の跡をちらりと見て、できるだけ自然に声を出す。

「ただいま」

悠真は目を逸らして、わたしの目をまともに見ようともしない。

けれど口調だけは、いつも通り優しさを含んでいた。

「……ごめん、今日は帰ってこないと思ってて。だからひまりを呼んで、ちょっと仕事の話をしてたんだ。

お前も知ってるだろ、会社のことって本当に忙しくてさ。お前の体じゃ手伝わせるわけにもいかないし。

だから、他の人に頼るしかなかった」

――前だったら、こんな言い訳を聞いたら、わたしは罪悪感に押しつぶされてたと思う。

自分と父のせいで、彼に会社を任せて苦労させているって、そう思い込んでた。

だからこそ、わたしは全部我慢してきた。

たとえば、羽川を家に呼んで「仕事の話」をしてるとき、わたしは横でお茶を出してた。

会社でふたりが遅くまで残業してると聞けば、時間を見計らって差し入れを持っていった。

でも――この前、わたしが結婚を了承し、株をすべて彼に譲ると伝えたときから。

悠真はもう、自分がこの会社の本物の社長だと勘違いし始めた。

わたしに遠慮なんて、もう一切なかった。

まるで、わたしは羽川と彼の使用人だった。

……あのメッセージを羽川から受け取らなければ、わたしはずっとその世界に縛られたままだったかもしれない。

気づかせてくれたことには、感謝してる。たとえ、それが皮肉でも。

深く息を吸って、心の奥から疲れが浮かんでくるのを感じた。

もう――彼らの世話なんて、こりごり。

だから、ちょっとだけ親切なつもりで教えてあげた。

「……口元の、口紅。拭いておいたほうがいいわよ」

せめて、演技くらいはちゃんとやってほしい。

もう、あの人に恋してた頃みたいな、都合のいい幻想は消えてしまった。

悠真は一瞬固まったまま、指で唇を拭った。

手の甲にくっきりと赤い痕が残って、それを見た彼の顔が引きつる。

わたしはそのまま、キッチンに向かい、水を一杯くんで、頭を冷やそうとした。

たぶん――さっきの一言が、彼には効いたんだろう。

慌てた様子でキッチンまで追いかけてきて、言い訳の嵐を投げつけてきた。

「夕凪、違うんだ!ひまりとは何もない、ただの――ただの誤解なんだ!

……ただ、ちょっと口紅がついちゃっただけだ」

取り繕うように、そんな言い訳を口にする悠真を見つめながら、わたしは静かに思っていた。

この人は、父に恩を感じてくれてたんだろうか。

それとも、わたしを騙しているうちに少しでも罪悪感とか、情が芽生えたんだろうか。

――でも今なら、はっきりわかる。

そんなもの、何ひとつなかった。

この人はただ、わたしの会社が欲しかっただけ。

平然とした顔で黙っているわたしを見て、悠真は勘違いしたみたいだった。

いつものように、わたしが素直に信じると思ったのか。

まるで当然のように、口を開く。

「なぁ夕凪、どうせもうすぐ結婚するんだし、会社の株、全部俺に譲ってくれよ。

そもそも、お前の父さんが株の大半をお前に残したから、俺の意見が株主会で通らないんだよな。

今度の判断は、会社にとっても大事なんだ。お前にもわかるだろ?」

まただ――

「お前のため」を盾に、疲れたフリして、恩着せがましく、都合のいい理屈を並べる。

でも、もうわたしは前みたいには応じない。

「わたし、その株、売るから」

悠真の顔が、ピクリと動いた。

けれど無視して、淡々と続ける。

「もし欲しいなら、仲介業者を通して手続きして。連絡先はあとで送るわ。正規の流れでね」

本当のことを言えば、わたしだってつい最近まで信じてた。

彼の「苦労」は、てっきり会社の問題かと――

でも仲介業者から言われたの。

うちの会社はもう軌道に乗っていて、そんなに疲弊するはずがないって。

思い返すと、馬鹿みたいだった。

そう思ったら、つい笑いが漏れた。

その声に、悠真はようやく現実を直視したらしい。

ショックから抜け出した瞬間、怒りを露わにして怒鳴りつけてきた。

「夕凪っ!お前、いい加減にしろよ!会社の重大な話を、お前のくだらない嫉妬と一緒にすんな!」

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