Share

第3話

Author: 富貴
「……サイン、する……」

絞り出すように、わたしはそう言った。

生きるために――

この命を守るために、わたしは屈した。

わたしの返答を聞いた悠真の表情が、ようやく少しだけ和らぐ。

彼は温かい水を一杯くんできてくれて、薬を口元まで運んでよこした。

さらには、小さな飴玉までそっと手渡してくる。

……でもわたしは、そんな施しみたいな優しさに、何の反応も返さなかった。

薬を飲んで、ほんの少し息が整ったその瞬間。

わたしは我を忘れて、粉々になった額縁の方へと駆け寄った。

胸の奥から溢れ出す悲しみは、もうどうにも止められなかった。

震える手で、一片一片、床に散らばった写真の破片を拾い集める。

そして、荷物の中から小さな袋を取り出し、丁寧にその中へと収めていった。

あの写真は――

母が、まだ生きていた頃のもの。

父と三人で一緒に写った、たった一枚の思い出。

母は、わたしが幼い頃に亡くなった。

先天性の心臓病が再発して、帰らぬ人になった。

当時の父は、やっと事業を始めたばかりで、まともな治療を受けさせる余裕すらなかった。

母を看取った後も、そのことをずっと悔やんでいた。

だからこそ――

わたしにも心臓病の遺伝が見つかった時、父は昼夜を問わず働くようになった。

わたしの命を守るために。

あれは、彼の償いであり、贖罪でもあった。

けれど、願いは届かなかった。

無理を重ねた結果、父もまた身体を壊してこの世を去った。

死の間際、彼は会社で最も信頼していた人に、わたしを託した。

――それが、悠真だった。

そして、彼がわたしにした「恩返し」が、これだった。

わたしが悲しみに沈む中、彼はまるでそれを面白がるように、皮肉を口にした。

「たかが写真じゃないか。そんなに大事かよ?」

わたしは破片をきちんと袋に収め、彼を見上げた。

もう、その目には何の感情も宿っていなかった。

「母は写真を撮られるのが苦手だったの。父も仕事で忙しかったし……

これは、わたしが両親と一緒に写った唯一の写真」

悠真は、思わず目を見開いた。

唇を引き結び、気まずそうに言葉をこぼす。

「……そんなの、知らなかった」

わたしは無言のまま、冷たくその視線を逸らした。

もう、彼と言葉を交わす気にはなれなかった。

だが――

それが気に食わなかったのか、悠真は突然わたしを力任せに抱え上げ、寝室のベッドへと引きずっていった。

わたしが目を伏せ、もう彼を見ようともしないと――

さすがの悠真も、自分の行動が行き過ぎだったと気づいたのかもしれない。

そっと手を伸ばし、わたしの頬に触れようとしてきた。

……けれど。

その手を、わたしは迷いなく払いのけた。

悠真の顔色が、さっと険しくなる。

それ以上何か言うこともなく、彼は「わたしがすねているだけ」と勝手に思い込んだようだった。

そして再び、財産譲渡の契約書と黒いペンをわたしの前に差し出してきた。

「サインしろ。そしたら、お前の写真を修復しに行ってやる」

――もう、何を言われてもどうでもよかった。

わたしは黙ってペンを手に取り、その紙に名前を書いた。

叩きつけた後で飴玉を差し出すような、そんな「飴と鞭」のやり方。

それがどれほど吐き気を催すものか、彼は知らない。

彼がちゃんと言葉を選んで話していたら、わたしはきっと初めからサインしていた。

だって――財産なんて、もう全部国外に移してある。

悠真の手元に残るのは、ただの空っぽの紙切れだけ。

……まさか、こんなにも極端な手段を取るとは思ってもみなかったけど。

彼はわかってない。

こんな「強要された契約」に、法的な効力なんてないことを。

でも、彼の狙いは――そこじゃなかった。

彼が「結婚式」の話を持ち出すまでは、わたしも気付かなかった。

あの目の奥にある計算の色――それを隠すつもりもなく、彼はあくまで優しげな口調で続けた。

「明日、結婚式だろ?せっかくだし、今日中に婚姻届も出しに行かない?

これで、お前も正式に俺の妻になるわけだしさ」

わたしは彼を見上げ、その下心をはっきりと突きつけた。

「――婚姻届を出したら、今日のあれを『家庭内のトラブル』にできるから、でしょ?」

悠真の顔が少し強張った。

「まだ怒ってるのかよ……?」

眉間にしわを寄せて、不機嫌そうに呟く。

彼は、わたしが自分の意見に従わないことを何より嫌う。

「俺はただ、お前が俺と一枚岩じゃないから焦っただけだよ。

それに、結婚すれば俺の金もお前の金になるんだから、サインくらいで騒ぐなよ。

少しでも俺のこと考えてたら、株なんて匿名で売らなかったはずだろ!

夫婦ってのは共同体だろ?お前はそれなのに、俺に隠れて財産を勝手に処分した。今回のことは、その罰にすぎないんだよ」

反論しようとしたその瞬間、悠真は強引にわたしの髪に触れ、指で梳かしはじめた。

そして、顔を両手で包み込むようにして、真っ直ぐにわたしを見つめる。

「俺は……本気でお前を死なせるつもりなんかない。だから、悪いのはお前の方だ」

その言葉を聞いた瞬間、わたしはすべての力が抜けていくのを感じた。

ふっと、ベッドに身を投げ出した。

もう、怒る気力さえ湧いてこなかった。

――どうして、今まで気づかなかったんだろう。

彼がここまで、恥知らずな人間だったなんて。

たしかに――

出会ったばかりの頃の彼は、とても優しかった。

病院に何度も付き添ってくれて、

雨の日に薬を買いに走ってくれて、

どんなに忙しくても、わたしの電話一本で駆けつけてくれた。

それに、父が彼を信頼していたこともあって、わたしも自然と好感を抱いていた。

でも――

羽川とのことを知ってから、まるで霧が晴れたようだった。

彼がわたしに冷たくなったのは、

わたしが妥協を繰り返してきたからだ。

そして、彼の目的も……はっきりと、見えてきた。

沈黙を続けるわたしに、ついに悠真は苛立ちを見せた。

「今、籍を入れるのがイヤなら、それでもいい。とにかく、結婚式までここで大人しくしてろ」

意味が分からなかった。

――けれど、彼が部屋を出て、ドアの鍵がガチャンと閉まった瞬間。

わたしはベッドから跳ね起きた。

一気に扉へと駆け寄り、ドアノブを力任せに回す。

でも、どれだけ回しても開かない。

焦りと恐怖で、胸がどくどくと音を立てる。

「悠真っ!もしかしてわたしが訴えるのを恐れて閉じ込めてるの!?

訴えたりなんかしない!だから、お願いだから出して!」

もうすぐ飛行機が出る時間だ。

こんなところで足止めされてる場合じゃない。

そして、もう――

悠真と駆け引きするつもりなんて、欠片もなかった。
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • いつかきっと明るい未来が訪れる   第19話

    その突然すぎる、何の前触れもないプロポーズに――わたしはその場で固まった。時間がどれだけ過ぎたのか、まったくわからなかった。ただ、木偶のようにぼんやりと立ち尽くしていたことだけは覚えている。視線の先には、翔琉くんの不安げな表情。彼はぎゅっと唇を噛みしめていた。まるで、胸の奥にある恐れと不安を押し殺して、それでも言葉を搾り出したような、そんな顔。――そして、ついに。わたしは小さくうなずいた。喉の奥からようやく絞り出した言葉は、たったひとこと。「うん」たったそれだけなのに、胸がいっぱいになって、全身から力が抜けてしまいそうだった。プロポーズを受け入れたあと、わたしの心もようやく落ち着きはじめた。これまでの経験を経て、わたしはようやく理解したのだ。――本当に自立して、強くなれれば、愛に傷つくことも怖くない。たとえこの先、翔琉くんと一緒に人生を歩んでいっても。今日この瞬間の、壊れ物みたいに優しい抱擁は、一生忘れないだろう。数日後。わたしたちは幸せいっぱいに結婚式の準備を進めていた。だがその一方で――遠く離れたところで、その話を聞いた悠真は、いてもたってもいられなくなっていた。会社から飛び出すようにしてやってきた彼は、着替える暇もなく、まっすぐに一ノ瀬家の門まで駆けつけた。その日は、わたしが翔琉くんと一緒にドレスの試着に行く予定の日だった。家を出たとき、偶然彼のそばを通りかかったわたしの視界に――必死で懇願するような、そんな悠真の目が映った。彼は素早く手を伸ばし、わたしの手首を強く掴む。少し震えた声で、こう言った。「結婚、やめてくれないか?夕凪……お前、もう愛なんて信じないって言ってたじゃないか……」――その言葉を聞くより早く。翔琉くんが勢いよく前に出てきて、悠真の手を無造作に振り払った。そして、わたしの前に立ち、しっかりと庇ってくれた。翔琉くんは、目を見開きながら、悠真に怒鳴りつけた。「失ってから気づくとか、マジでクズすぎない?」この子、やっぱり口が達者だ。その毒舌っぷりは昔から変わらないし、ダメージ量も相変わらずだ。内心、思わず苦笑した。たぶんこれは、兄弟の血筋ってやつだろう。だって、誠士郎さんも、皮肉を言わせたら天下一品

  • いつかきっと明るい未来が訪れる   第18話

    その時だった――一人の男のいやらしい手が、わたしの胸元に伸びてきた瞬間、迷わず懐からスタンガンを取り出し、容赦なく一突き!反撃のチャンスを逃さず、他の四人にも立て続けに攻撃を加えていく!わたしの反撃に、男たちはあっという間に地面に倒れ込み、辺りは呻き声で埋め尽くされた。五人全員、体を痙攣させながらのたうち回っていた。迷うことなく、わたしはスマホを取り出して通報した。誰が仕組んだかは、警察に調べてもらえばいいわ。一方その頃、翔琉くんサイドでは――スマホを手にした彼は、わたしの名前がついてるメッセージ欄をぽちっと押す。そこに届いた「今から迎えに行くね」という内容を見た瞬間、彼はパッと顔を輝かせて、仲間たちに向かって自慢げに言い放った。「見たか?うちの嫁が迎えに来てくれるってよ!どうよ、羨ましいだろ、モテない組ども!」すると、すぐ横にいた気の知れた友人が肘で軽くツッコミを入れる。「見せびらかしすぎて天罰下るぞ」「オレたちだって、そのうち彼女できるっての!」もう一人がふんと鼻を鳴らす。翔琉くんは、それでもまるで子どものようにはしゃぎっぱなし。そして我慢できず、車のドアをバン!と勢いよく開けて外に飛び出した。そして、嬉しそうに声を張り上げる。「今日の集まりはこれでお開き!もう遊びはおしまい!これからはお利口に、うちの可愛いお嫁ちゃんを待ちます!」その満面の笑みは、まさしく恋に落ちた少年の顔そのものだった。それを見た仲間たちは、あきれ顔を隠せず、口々に冷やかしの声を上げる。中には、オーバーリアクションでわざとらしく吐き気を催すふりをする者もいた。「おいおい翔琉!おまえさ、まだ結婚もしてないのに、『嫁』って呼んでて恥ずかしくないのかよ!?そりゃあんまりにも早すぎるって!」だが、そんなツッコミにも、翔琉くんはまるで動じない。むしろ、得意げにふんっと鼻を鳴らし、堂々とこう言った。「お前らに何がわかるってんだよ?そんなの時間の問題だろ?そのうち絶対結婚するから、その時はみんな招待してやるよ。盛大に披露宴して、たっぷり祝杯あげさせてやるから!」そんなふうに笑いながら冗談を飛ばし合い、仲間たちと和気あいあいと盛り上がっていた翔琉くん。――だが、いくら待っても、わたしが現れ

  • いつかきっと明るい未来が訪れる   第17話

    時が経つのは早いもので――数日後になって、ようやくわたしはネット上での騒動を知った。けれど、それに対して特に頭を悩ませることもなかった。こういうのは、お金さえ使えばすぐに釈明できる。ネットの情報なんて、真実も嘘も入り混じっていて、誰もがそんな些細なことに興味を持ち続けるわけじゃない。悠真の「世論でわたしを追い詰めよう」という計画は、完全に外れたのだった。――だが、その一連の行動は、羽川にとっては我慢ならないものだった。病室のベッドに横たわる彼女は、スマホを見つめながら奥歯を噛み締める。そして、ついに限界を迎えたのか――スマホを思い切りベッドに投げつけ、憎悪を込めて叫んだ。「……夕凪、あんたはあたしの子どもを殺して、男まで奪うつもりなの!?許せない……絶対に許さない!」ちょうどその時、薬を替えに来ていた看護師がその言葉を耳にし、心の中でため息をついた。最初は、この女の涙に騙されかけた。病室に入ったとき、あまりにもリアルな恨みの感情を見せられて、本当にわたしが悪いと思ってしまった。でも、今はもう違う。ネットでの一件を知ってからは、すべての裏事情も把握していた。この女に対して、特に何も言う気も起きなかった。ただの、恋愛に狂った哀れな女――それだけだった。看護師は何の慰めもせず、淡々と薬を取り替えると、さっさと部屋を後にした。彼女は知らなかった。その病室で、羽川が何を企んでいるかなんて――羽川には、確信があった。このまま夕凪が存在している限り、悠真は絶対に彼女を選ばないって。「ならば――消してやるしかない。これは、あんたがあたしにそうさせたのよ……桃山。全部、自業自得なんだからね」ぽつり、ぽつりと呟きながら、彼女はゆっくりと視線を伏せた。この間も、たとえ子を失っていたとしても――悠真は、人道的な配慮から彼女を養っていた。おとなしくしていれば、平穏に過ごすこともできた。けれど、羽川の胸の中に渦巻いていたのは、深い憎しみだった。彼女は、夕凪が持っている「すべて」が憎かった。そして――退院の日。羽川は学校近くで数人のチンピラを雇った。彼らに渡したのは、多額の金。スマホに保存していた写真を見せながら、冷たく言い放つ。「絶対にあの女を潰し

  • いつかきっと明るい未来が訪れる   第16話

    「……今のは全部、怒りで言っただけだよな?お前みたいに優しい人が、そんな言葉を本気で言えるはずないだろ……」悠真は祈るような目でわたしを見つめていた。あんな表情を見せたのは初めてだった。まるで以前、翔琉くんがわたしの昔の絵をみせて、「婚約者がいるって、本当なのか?」と聞いたときの、あの少し拗ねたような顔と似ていた。でも――翔琉くんのそれは、見ていて可愛げがあった。けれど、悠真のそれは……ただただ、吐き気がした。きっとそれが、「愛してる」と「愛してない」の違いなのだろう。わたしは迷いなく、掴まれていた手を振り払った。「あんたが、わたしの命を盾にして署名させたあの日から――わたしたちの関係は終わってるのよ」悠真の唇が微かに動いた。でも、もう何を言っても無駄だった。かつて、自分を深く愛してくれたわたしが、こうして離れていくなんて――彼には想像もしていなかったのだろう。たとえいつか、浮気の事実がバレたとしても、彼なら言い訳して乗り切れると、どこかで思っていたのかもしれない。でも、今はもう違う。もし、羽川とわたし、どちらか一人を選ばなければならないとしたら――悠真は、どちらも手放せないのだろう。だから、彼は何も言わず、わたしを行かせた。けれどその背中に感じる、どろりとした視線は、言葉よりもずっと気持ち悪かった。その後、翔琉くんが空気を変えようと、遊びに行こうと提案してくれた。わたしの体調のこともあって、大きな冒険は避けたけれど、彼は最終的に遊園地へ連れて行ってくれた。メリーゴーラウンドの前で――「こんなの、初めて」翔琉くんの目がほんのり輝いていた。今までスキーも、登山も、カーレースも経験してきた彼にとって、これはまるで別世界のようだった。けれど――好きな人と一緒なら、それも特別になるのだろう。彼はどんなことがあっても、楽しそうだった。メリーゴーラウンドの上で、わたしたちは左右に並び、上下に揺れながら、音楽に合わせてゆっくりと回っていた。終わりが近づいた頃、わたしはずっと考えていたことを彼に伝えた。「翔琉くん、わたしたちって……性格も真逆、趣味も違う。食べ物の好みだって合わない。それでも、本当にうまくやっていけるのかな……?」その言葉に、翔琉くんはすぐ

  • いつかきっと明るい未来が訪れる   第15話

    わたしの視線も、思わず悠真に向けられる。医師も唖然としたように、彼の手を乱暴に振りほどいた。「……ふざけたことを言うな」それだけ言って、彼は再び手術室の中へ戻っていった。最初から、ただ伝達のために出てきただけだったらしい。そして次の瞬間。「子どもを助けろーっ!聞いてるのか!おい!」悠真が手術室の扉を力任せに叩き始めた。わたしは呆れて、彼に言った。「……あんた、大学院まで出てるんでしょ?こんなことも知らないの?どんな状況でも、まず優先されるのは母体よ」その言葉に、一瞬だけ悠真の身体がビクリと震えた。それでも、彼は自信ありげにわたしに向き直ると――まるで勝ち誇ったように語り出す。「……夕凪、お前、ひまりのこと嫌いだったよな?だったらさ、この子を俺たちの子として育てよう。そうすれば……安心できるだろ?お前が子どもを望んでるなら、結婚して……お前自身の子を作ることもできるしさ。そもそも、ひまりの件だって、お前に責任がある。だけど、俺が許せばそれで済むんだ。だから――俺と結婚しろ。もう、意地張るなよ」……その自信満々な顔が、もう気持ち悪くて仕方なかった。どんな言葉を選べば、この嫌悪感をうまく払拭できるのか、わたしは考えあぐねていた。でも――そんな必要はなかった。背後から聞こえた、冷たい声がすべてを切り裂いた。「お前、何言ってんの?」振り向けば、翔琉くんが立っていた。その顔には、心底軽蔑した表情が浮かんでいる。「バカじゃねーの?同情引きたくて子どもをダシに使うとか、どんだけクズなんだよ。……あいにくだけど、その手はもう通じねぇから」「今の夕凪姉はな――お前のことなんて、これっぽっちも好きじゃないよ。これから先も、絶対に好きにならない」翔琉くんはまだレーシングスーツのままで、額にうっすら汗を浮かべていた。まるでわたしを守るために、走ってここまで駆けつけてきたみたいに――そして、ポケットからスマホを取り出すと、すっと動画を再生して見せた。悠真がなにか反論しようとした瞬間――その手前にスマホの画面が突きつけられた。「まったく、お似合いじゃん。お前たち」その口元には、はっきりとした皮肉の笑み。「一人は嫉妬で人を陥れ、もう一人は金と権力のために家

  • いつかきっと明るい未来が訪れる   第14話

    羽川は地面に崩れ落ちた。顔は恐怖に染まり、悲鳴を上げながら両手で腹をかばっていた。そして――わたしの目にはっきりと映った。彼女の足元から、じわじわと広がっていく赤い液体が。「っ……!」すぐに携帯を取り出して、救急に連絡を入れた。周囲の人たちも、空気を察して道をあける。いくら因縁があるとはいえ――人の命がかかっている。こんな時に、見殺しにするなんてできるわけがない。しかも、これだけ多くの人に見られている場面だ。冷静に、できるべきことをしなくちゃ。救急車に乗せられる時、わたしは翔琉くんに賞を受け取りに行くよう頼んだ。彼は最初こそ不安そうだったけど、何度も強く言ううちに、しぶしぶ納得してくれた。「こんな日に……こんなことが起きるなんて……」せっかくの晴れ舞台だったのに、胸の中に暗い気持ちが広がる。それを察したのか、翔琉くんは優しく笑って、わたしにこう言ってくれた。「夕凪姉のせいじゃないよ。あれは自業自得だから。終わったらすぐ行くから、待ってて!」その言葉に、わたしは小さくうなずいた。救急車の中、わたしはスマホを取り出し、悠真の番号を押した。コール音が数回鳴ったあと、ようやく彼が出た。……まるで、わざと出るのを遅らせたかのように。「……どうした、やっと俺に電話する気になったのか?ふーん、この間はずっと拗ねてたけど、もう飽きた?戻ってくるなら、俺はちゃんと迎えてやるよ?」彼の自惚れた声には一切付き合わず、わたしは冷たく言い放った。「羽川が倒れたわ。病院に来なさい」そう言って住所を伝えると、通話を切った。――本当はただの茶番のはずだった、羽川の「突撃」は。けれど、それが現実になった今――一番苦しんでいるのは彼女自身だ。それでも彼女は、最後までわたしを悪者にしようとしていた。病室に運ばれる直前、彼女は半狂乱になって叫んだ。「桃山のせいよ!桃山夕凪が、あたしを突き飛ばしたのよ!訴えてやる!許さない!悠真!あなたが夢中になってるその女が、どれだけひどい人間かわかったでしょ!?」ちょうどそのとき病院に駆けつけた悠真は――その罵声を、すべて聞いてしまった。そばにいた看護師たちも、羽川の言葉を鵜呑みにして、わたしが加害者だと疑いの目を向けていた。「あんた、

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status