Todos los capítulos de 神殿育ちの嫌われΩは、隣国の伯爵αに蕩ける愛を刻まれる: Capítulo 111 - Capítulo 120

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第110話 信じてください

     エマがその箱を受け取ると、ルシアンは代わりに緑のリボンの小箱を手に取った。  そして、柔らかな声で囁く。 「貴方が選んでくれたこの青い鷲のブローチは、私の宝物です」 「えっ?」 「私のブローチを、貴方に預かっていてほしい」 「僕が? ルシアン様の宝物を?」 「ええ」  ルシアンは、手の中の小箱をそっと掲げた。 「貴方を迎えに行く日が来たら……その時、これを貴方に返します」 「ぁっ……!」  エマの瞳に、じわりと涙が浮かぶ。  眦からこぼれていく滴は、熱かった。 (迎えに行く? 今、たしかにそう仰った……!)  聞き間違いかと思った。  けれど、ルシアンの真っ直ぐな眼差しがそれを否定する。  胸の奥が熱くなって、胸の高鳴りが大きくなった。  頬が紅潮し、唇が震えた。 「る、ルシアン様が……僕を?」  勘違い……その可能性もあったけど、期待で心臓が激しく脈打つ。 (僕が、ルシアン様の恋人になれるの?)  それは、甘い夢のはずだった。  けれど。 「エマ。私は本気です」 「っ……!」 「必ず、すべてを片づけて、貴方を迎えに行きます。それまで、待っていてください」 「……っ、でも……そんなこと……!」  喜びに震えながらも、頭の隅にレオナールの顔がちらつく。 (本当に……王子から自由になれるの?)  酷い境遇から救われたいと、何度も女神に祈ってきた。  それでも救いは訪れず、エマの絶望的な日々は変わらなかった。  でも……帝国の貴族であるルシアンなら、何かを変えられるのかもしれない。 「エマ。どうか、私の言葉を信じてください」 「っ……信じます、ルシアン様」  エマは大きく頷き、潤んだ瞳で彼を見上げた。 「僕は……ルシアン様を、お慕いしています」 「エマっ」  ルシアンがエマを優しく抱きしめる。 「可愛いエマ
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第111話 勇気を振り絞る

    「エマ様、お時間が……」 「うん」  ナタリナが、申し訳なさそうに声をかける。  早く戻らなければ、侍女長に怪しまれてしまうだろう。 (僕は、ダリウ殿下の補佐という名目で出てきたから)  ダリウは、すでに南殿に戻ったとクロエから聞いている。  長居すれば、どこで油を売っていたのかと執拗に責められるはずだ。 「ルシアン様。これで……」 「ええ。明後日の晩餐会で、またお会いしましょう」 「はいっ」  その言葉に、エマの瞳が輝いた。  もう一度だけ、公の場でルシアンに会えるのだ。  別れ際、名残惜しげに見つめるルシアンの眼差しが、いつまでも心に残った。  エマはルシアンから預かった青い鷲のブローチの小箱を、法衣の懐にそっとしまい、離れへ戻る。  ほどなくして、ナタリナが夕食の支度を整えてくれた。 「今日も、デイモンド伯が食事を持たせてくださったのですよ」 「うわぁ! またメルベランがあるっ」 「エマ様がとても喜んでいたと、申し上げましたから」 「そうなんだ? ありがとう、ナタリナ」  ふわりと漂う甘い香りに、思わず顔がほころぶ。  けれど、ナタリナは優しく釘を刺すように微笑んだ。 「でも、食べ過ぎはいけませんから、二つまでですよ」 「えぇ……」  せっかく、こんなにたくさんあるのに。  残念だけど、仕方ない。  エマは大事に食べようと決めて、先に温かい料理を口に運ぶ。  今日もナタリナと並んで夕食をとり、穏やかな時間が流れていった。  + + +  エマの穏やかな時間は、突然の訪問者によって破られた。  明日の公務に備えて、机で書類をまとめていたときに、遠くで騒がしい音がした。  すぐに、荒々しい足音が廊下を響かせて近づいてくる。 「ッ……!」  エマは反射的に立ち上がった。  次の瞬
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第112話 奪われる

     レオナールの愚行が、王族の権威に傷を付けている。国民に、国の恥だと思われていることも、知らないのだろうか。  軽率で、分別がなく、粗野で卑劣な男。  この、どうしようもなく愚かな王子が、エマの婚約者なのだ。その事実に、涙が出てきた。 (どうして……どうして僕の相手が、この人なんだろう)  打ちひしがれるエマを見て、レオナールは愉快そうに嗤った。 「ハハッ! 貴様のような下賤が、あの男の戯れを本気にしたのか? まったく、惨めな奴だ」 「ぅっ……ッ」 「平民のくせに、身の程も知らずに思い上がるからだッ!」 「ぁあっ……ぃ、痛い……っ」  髪を掴まれ、無理やり引き上げられる。  苦痛に顔を歪めるが、涙はこぼさなかった。歯を食いしばって、ただ耐える。  その強情さが気に障ったのか、レオナールは不機嫌そうに眉をひそめた。 (早く……早く出ていって!)  必死に祈るエマの心を嘲るように、低い声が割り込んだ。 「レオナール様、あちらを」 「何だ?」  後ろに控えていた従者が、蛇のような目つきで、エマへと視線を滑らせた。 「机の上に、見慣れぬ品がございます。宝飾品のようですが」 「何だと?」  レオナールの視線が逸れて、エマの心臓はドクンと大きく跳ねた。 「っ……だ、だめです!」  エマは声を震わせながら、首を振る。  机の上には、ルシアンから預かったブローチの箱があった。淡い青のリボンが結ばれたままだ。 (しまい忘れたんだッ!)  眠る前に眺めようと置いていたのが、まずかった。 「持ってこい」 「かしこまりました」 「お、お待ちくださいっ! 殿下、それはッ!」  必死に叫ぶ声も空しく、従者は箱を取り上げ、レオナールへ差し出した。  レオナールは一瞥して、唇を歪める。  リボンを乱暴に引き解き、蓋を開けた。 (あぁっ! ルシアン様のブローチが!)  エマは絶望的な気
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第113話 残酷な現実

    「誘発剤を飲ませ、水だけ与えておくように指示します。鎮静剤は私が管理しておりますので、ベッドに手足を繋いでおけば、生殺しの苦しみを味わうでしょう」 「ほう?」 「発情期は三日間ほど。ちょうど皇太子が帰国される頃ですので、卑しい平民の安否など気にする者はおりません」  従者の淡々とした口調に、エマは体を震わせた。  手足を縛られては、自ら慰めることもできない。それがどれほどの苦痛か、エマは身をもって知っていた。 「ぁッ……どうか、お許しをっ!」  エマはかぶりを振って、レオナールに慈悲を請う。 「離れから出ず、大人しくしていますッ……どうか、お許しくださいっ」  体を震わせながら、レオナールに縋る。  レオナールは残虐な笑みを浮かべて、エマを見下ろした。 「お前の案、気に入ったぞ。やってみろ」 「はっ。ありがとうございます。レオナール様」  従者はうやうやしく頭を垂れる。  そして、うずくまっていたエマの髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。 「ひぃっ……!」 「下賤の分際で、レオナール様に歯向かうからだ」  従者は、蛇のように醜悪な顔で、怯えるエマに命じた。 「いいか、卑しいメス犬め。皇太子が帰国するまで、この部屋から一歩たりとも出ることは許さん」 「ぁッ……そ、そんな……っ」 「侍女に助けを求めても無駄だ。貴様一人を隔離して、ベッドに縛り付けてやる。発情した淫乱が耐えきれるかは分からぬが……」  従者がククッと笑いながら、エマをどん底へ突き落とす。 「手足を拘束して三日も放置すれば、貴様も気が狂うかもしれぬな?」 「ぁ……ぁぁ……っ」 「レオナール様のお心が向けば、途中で慈悲を下さるかも知れぬが」 「ッ……」  エマは、これから何をされるか知って、ガクガクと震える。 (本当に……三日の間、放っておく気なの?)  体の自由を奪われ、自慰もできず、躰を襲う熱に喘ぐことしか許されない。  それが、一
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第114話 王太子の謝罪

     王太子妃は、容態が思わしくないため伏せっているということだ。彼女が公の場に姿を見せたのは一度きりで、とくに不可解なことでもない。  そしてエマの欠席について、こう説明した。 「聖樹エマヌエーレは、神の加護の循環期にあたり、本日は静養のため、欠席させて頂きます」  その声音は落ち着いているが、その瞳が鋭くレオナールを睨んでいることに気付いた。 (何か、あったのか?)  ルシアンは不審に思ったが、問い詰めるわけにもいかず、よそ行きの笑顔で儀礼どおりに乾杯する。  周囲と談笑を交わしながらも、先ほどのダリウの様子が頭から離れなかった。 (神の加護の循環期とは、つまり発情期のことだろう)  もしそうなら、突然の欠席も納得がいく。  発情期のオメガは、抑制剤を服用していなければ、理性を失うほどの苦痛に襲われる。アルファが近くにいれば、互いに制御を失う危険もあった。  それゆえ、王宮では発情期の聖樹を必ず隔離し、静養させているのだと推測できる。 (だが……エマは抑制剤を服用できていなかったはずだ)  抑制剤を継続して飲んでいれば、多少の発熱と倦怠感で乗り切れる。しかし普段から抑制剤を飲んでいなければ、鎮痛剤があってもほんの少し楽になる程度だ。 (王太子は、エマに目を掛けていたな)  だからダリウも、レオナールがエマに抑制剤を渡していないと、見抜いたのではないか。  その証拠に、レオナールはグラスを傾けながら、この場にいないエマを嘲った。 「帝国の賓客を送るこの時に、循環期などと……あれは己の身体ひとつ満足に制御できぬようです。王族の婚約者として、恥を知るべきでしょう」 「言葉が過ぎるぞ、レオナール」  ダリウが咎めるが、レオナールは聞こえぬふりをして薄く笑い、再びワインを口に含んだ。  ルシアンもダリウに加勢したい気持ちはあるが、ここで事を荒立てるのは得策ではない。  そう思い、怒りをこらえた。 (一刻も早く、この男からエマを救い出さなければ)  グラスを持つ
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第115話 ワイール伯爵

   「王太子殿下。そろそろご挨拶すべき方々がおりますので」 「ああ、引き留めてすまない」  ルシアンは会釈し、ダリウのもとを離れた。  視界の端にレオナールの姿を捕らえたが、令嬢達の間に交じって下品な笑い声を上げていた。 (もう酔っているのか)  眉をしかめたが、無視してテーブルの間を歩き回る。  そして、任務の為に、静かにワイール伯爵へと歩み寄った。  彼は、レオナールの管轄領を預かる人物だ。そのため、この場に列席を許されているのだろう。  小太りの中年男は背丈も低く、しきりにハンカチで額の汗を拭っていた。ノワジエール侯爵や王太子への挨拶では、終始卑屈な笑みを浮かべて腰を折り曲げていたが、その目だけは油断ならない光を宿している。  一人になった瞬間を見計らい、ルシアンは軽やかに声をかけた。 「ワイール伯爵、少しお時間をよろしいでしょうか」 「おおっ、これはこれは……デイモンド伯爵!」  ワイール伯爵は驚きと喜びが入り混じった顔で、ルシアンを見上げる。  同じ伯爵位とはいえ、ルシアンは帝国の貴賓であり、皇太子の側近でもある。  そんな人物から声をかけられては、ワイール伯爵のような男が平静でいられるはずもなかった。  ルシアンに話しかけられたこと自体が、彼にとっては名誉なのだろう。 (小心で欲深い。だが、己の利に関わることには嗅覚が鋭い、か)  事前の調査書の内容を思い出しながら、ルシアンは口端を上げる。 「実は、ワイール伯爵に折り入ってご相談が」 「ほうほう。私に相談とは、どのような件でございましょう?」 「ここでは……少々、人目が多い」  ルシアンは軽くグラスを持ち上げ、何気ない仕草で周囲を見渡すと、大広間の隅へと伯爵を誘導した。  ワイール伯爵も察したように、恭しく会釈してついてくる。  二人は衝立の影に移動し、他の貴族たちから姿を隠した。  ルシアンはさりげなく部下を配置し、ノワジエール侯爵らの視線が届かぬよう注意を払う。 「ワイ
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第116話 カミラとブローチ

     ルシアンが大広間に戻ると、副官が急いで駆け寄ってきた。 「閣下ッ」 「どうした?」  副官は眉をひそめ、険しい表情で耳打ちする。 「レーヴェン公爵令嬢が、青い鷲のブローチを身につけておりますッ」 「なに?」 「閣下が、あの御方へ贈られた物かと」 「盗んだのかッ!?」  驚愕と怒りで、カッと頭に血が上る。 (あの男ッ……エマへの贈り物を奪い取って、別の女に渡しただと!?)  あまりに卑劣な行為に、ルシアンは激怒した。  視線を向けた先に、レオナールとカミラが談笑している姿が見える。彼女の、青を基調としたドレスの肩口に、確かに青い鷲のブローチが煌めいていた。 (盗んだ物と知って、着けているのか?)  そう思ったが、気位の高い令嬢が、盗品を誇らしげに身につけるとは考えにくい。  おそらく、レオナールは何も告げず、あたかも自らの贈り物のように渡したのだろう。 「行くぞ」 「はっ」  ルシアンは赤い瞳に怒りを滲ませ、レオナールとカミラの元へ歩み寄った。  レオナールは酔いに顔を赤くし、取り巻きたちと下品な笑い声を上げている。  ルシアンは、躊躇無く割って入った。 「失礼いたします、王子。それにレーヴェン公爵令嬢」 「何だ貴様! 無礼だぞ!」  レオナールが不快げに顔を歪める。  カミラは扇子を口元に寄せ、蔑むように微笑んだ。 「まあ。何ですの? 帝国の紳士は、礼儀をお忘れになるのね?」 「どちらが無礼か、自覚はおありですか?」  怒りを押し殺した声で、ルシアンは令嬢の肩に視線を向けた。 「そのブローチ。どちらから賜ったものか、伺っても?」 「あら? これのこと?」  カミラが扇子を軽く動かし、青い鷲のブローチを見せびらかす。 「レオ様がくださったの。素敵でしょう?」  カミラが自慢げに微笑んだ。  ルシアンの怒りも読み取れず、媚びたような目で見上げてくる。まる
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第117話 盗人

     カミラの声は震えていたが、その瞳には激しい怒りがあった。 「これは、貴方の物なのですね」 「ええ。間違いありません」  ルシアンの答えに、カミラは一瞬だけ視線を伏せ、唇を噛むと、肩口のブローチを外した。  青い宝石が、彼女の白い指の上で小さく揺れる。  そして、無言のまま、ルシアンへと差し出した。  ルシアンは手のひらでブローチを受け取る。 「ありがとうございます。レーヴェン公爵令嬢」 「……」  カミラはレオナールに視線を向け、鋭く睨みつけた。 「他人の物を、わたくしに贈るなんて! 最低ですわ!」  カミラは吐き捨てるように言うと、踵を返す。  怒りと屈辱に頬を紅潮させながらも、令嬢としての気品を保ち、護衛を従えて夜会の人混みへと消えていった。 (思いのほか潔い……公爵令嬢としては、黙っていられないというところか)  奥庭園で会った時のカミラは、高慢で嫌みな女だった。だが、他人の物を贈られたことは、よほど腹に据えかねたようだ。  カミラは、自分が一番でなければ許せない。そういう矜持の持ち主なのだろう。  その自尊心を見抜けず、盗品を贈ったレオナールが、浅はかだったのだ。 「カミラッ……待ってくれ!」  情けなく取りすがろうとするが、公爵家の騎士に遮られる。  そこへ、大広間を警護していた衛兵が数人やってきた。 「王子殿下、デイモンド伯、いったいどうされたのですか?」  この場の警護を任されている近衛隊長が、困り果てた面持ちで尋ねてくる。  レオナールはルシアンを指さし、唾を飛ばす勢いで怒鳴った。 「そいつがオレを盗人呼ばわりして、カミラを怒らせたのだ!」  王子自ら「盗人」などと口走るなど、愚の骨頂だ。  ルシアンは、レオナールの愚鈍さに辟易した。近衛隊長に状況を説明しても、事態が丸く収まるとは思えない。  そう考えたとき、騒ぎに気付いたダリウが駆けつけてきた。 「デイモンド伯! 一体何があったの
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第118話 侵入

     ダリウは大広間の隅まで聞こえるように、声を張り上げる。 「皆の者。騒ぎはすでに収めた。どうか、今宵の宴を続けてくれ」  その一言で、音楽が軽やかに響き渡り、ダンスも再開される。  ダリウは、ルシアンに頭を下げた。 「デイモンド伯。誠に申し訳ない」 「いえ……王太子殿下が謝罪される必要はございません。この後、あの男を尋問されるのでしょう?」 「ああ。先に、デイモンド伯から事情を聞きたいのだが」  手短に済ませたいという思いが伝わり、ルシアンは簡単に説明した。  先日、エマに預けたはずのブローチを、カミラ嬢が着けていたので問いただした。どうやらレオナールがエマから奪い、そうと知らせずカミラ嬢に贈ったため、カミラ嬢が激怒し、立ち去った。  そこまでで、ダリウはすべてを察したようだ。 「本当に、済まなかった。エマヌエーレも、苦しんでいるだろう」 「ええ」  ルシアンも同意する。  心優しいエマは、自分のせいだと責めているかもしれない。 「ところで……なぜ、エマヌエーレにブローチを預けたのですか?」 「特別な贈り物ですから、聖樹の祝福を頂きたかったのです。ランダリエでは、お守りとして喜ばれるとか」 「ああ……そうでしたか」  ダリウも納得したように頷く。 「子細、承知しました。それでは、名残惜しいですがこれで」  ダリウはもう一度頭を下げて、すぐに背を向けた。  今度は、ティエリーの元へ駆け寄り、謝罪を始める。 (まったく、難儀なことだ)  問題児の尻拭いをする様を直に見ては、ダリウを責める気にはなれない。 (それより、エマは発情期だと言っていたな)  その時期に、番ではないアルファが近づくのは危険だ。しかし、先ほどのレオナールの態度に不安を覚えた。 (まさか……あの男、エマに何かしたのではないか?)  あのブローチを、力ずくで奪ったのかもしれない。  その時、暴力を振るわれていたら……。  考えた
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第119話 暴力的なフェロモン

     こちらも、見張りの女性騎士の姿が見えるが、先ほどの陽動で混乱しているように見える。 「エマの部屋からは、生け垣だけが見えると言っていたな」  ルシアンは周囲を見渡して、眉をひそめた。  生け垣はあるが、それほど高さはない。  二階より上に部屋があれば、生け垣に邪魔されずとも庭園の様子が見えるはずだ。 (部屋が、一階にあるということか?)  貴族の住む建物で、主の部屋が一階にあるということは、まずない。  だが、その答えはすぐに分かった。 「ッ……!」  かすかに、甘い香りが漂ってくる。  アルファであるルシアンにしか感じ取れない、芳しい香りだ。 (発情期にしても、フェロモンが外に漏れるとは……)  ルシアンは思わず口元を覆った。  抑制剤を飲んでいないオメガは、発情期にひどく苦しむ。  せめて、ルシアンの渡した鎮静剤を飲んでいてくれたら、多少は楽になるはずだが……。 「閣下。離れに、わずかな明かりが見えます……使用人の住居でしょうか?」  ジュリアンが離れの建物に気づき、訝しげにつぶやく。彼はベータであるため、オメガの香りに気付かないのだ。  ルシアンは、今にも駆け出したい衝動を押し殺し、ジュリアンに命じた。 「私は離れへ向かう。お前は衛兵の注意を逸らせ」 「はっ」 「……館の中に、あの方の侍女が拘束されているかもしれない。もし見つけたら、ただちに救出を」 「侍女が、館に……ですか?」  琥珀の館は、聖樹のための住まいだ。聖樹の侍女が拘束されているなどと、普通は考えもしないだろう。  だが、レオナールの性格を考えれば、エマと侍女を引き離すことで、精神的に追い詰める可能性もあった。 (弱者をいたぶって喜ぶ、下劣な人間だからな) 「あの方と侍女以外は、すべて敵と思え」  ルシアンは低い声で吐き捨てた。  赤い瞳を怒りに染めて、離れを見据える。 「私が戻るまで、見張りを怠るな」 「かし
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