All Chapters of 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない: Chapter 71 - Chapter 80

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第70話 2人で夜会へ

「ミカエラ、一緒に夜会へ行かないか?」 執務室で2人になったタイミングでアイゼルはミカエラを誘った。 ミカエラは自分用の執務机の前に座り、意外そうな表情を浮かべて自分の前に立つ婚約者を見上げる。「えっ? いいのですか? わたくしたちは冷たい関係でいなければならないのに?」「ふふ。冷たい関係だからだよ。私と君は、婚約者として相応しい間柄にならないといけないからね」 アイゼルは悪い笑みを浮かべてた。 その表情があまりに魅力的だったので、ミカエラは頬を赤く染めた。 ミカエラは両手を膝のあたりでモジモジさせながら言う。「でも……仲が良く見えすぎるのは、よくないのでは?」 オレンジ色の光が笑うようにチカチカと彼女の周りに煌めく。 それをアイゼルは満足そうに眺めた。 そして自分の執務机の後ろ側に隠すように置いてあった大きな箱をミカエラの前に置いた。「それは大丈夫。ということで、ドレスのプレゼントです」「まぁ」 大きなリボンのかかった大きな箱を見て驚くミカエラに、アイゼルは悪戯な笑みを浮かべて促す。「開けてご覧」「え? あ、はい」 ミカエラが箱を開けると、そこには黒をベースにして赤をアクセントカラーに使ったドレスが入っていた。「これは……」「ふふ。君の色だよ」 確かに黒と赤を使ったデザインは、ミカエラの色だ。「でもこの国で黒は……」 黒を着ないというわけではないが、喪に服する以外の時期の黒は、女性にとって公の席において忌み避けるような色であるため、夜会のような華やかな席では黒を大胆に使ったドレスは好まれない。 アイゼルが悪戯っぽく笑って言う。「だからさ。この色のドレスを贈って君を夜会に連れていけば、仲がよすぎるとは思われないよ」 ミカエラは少しだけ呆気にとられてポカンとしたが、すぐに表情を変えて悪戯っぽく返す。「あら。わたくしの色は、仲の悪い証拠ですか?」 ミカエラの様子を見て噴き出したアイゼルだったが、すぐに色っぽい笑みを浮かべた。 そしてミカエラの耳元で囁くように言う。「ふふ。私は好きな色だよ」 ミカエラは茹でられたように赤くなった。 青い光とオレンジ色の光がダンスをするように2人の回りでキラキラと瞬いた。 数日後。 2人の姿は王宮の大広間にあった。 王城の大広間で開催される夜会は、そう何回もない。 今回
last updateLast Updated : 2025-08-26
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第71話 嫉妬

(なぜ、あの女が愛される⁉) 夜会から帰ったセレーナの気持ちは荒れた。 だからといって、王妃たるもの乱暴に当たり散らすわけにはいかない。 いつだって他人の目があり、その他人の口は羽のように軽い。  苛立ちは身の内から立ち昇るように見えるだろうが、口をキュッと引き結んで他人に本心を吐露するような愚かな振る舞いはできないのだ。 セレーナは、イライラした気持ちのままドレスを脱がせ、高く結い上げた髪を解かせて、猫足のバスタブに身を沈めた。 薔薇の花びらを散らした湯舟に浸かっても、心までは解れない。(なぜ……あの女が、ミカエラが愛されるの? このわたくしは愛されなかったというのに) セレーナは息子の顔を思い浮かべた。(相変わらず完璧王子の仮面をかぶり、ミカエラを特別扱いしていない風を装っているけれど。時折見せるあの甘い笑顔はなに? 作り物ではない自然な笑顔。わたくしですらあんな顔をあの子から向けられたことはないわ) 黒いドレスを贈った息子は、いつも通りのそつのない王子さまを演じていた。(そう、演じていた。いつもなら完璧王子の仮面をかぶっていることすら感じさせない、自然に王子さまを演じることのできるあの子が……演じていた。母親のわたくしだから分かったのかもしれないけれど) セレーナはイライラとして奥歯を噛み締める。 いつからかは判然としないが、セレーナは【愛の繋がり】が何となく分かるようになった。 心で感じるというよりも、見えるのだ。 (誰かから誰かへの愛や2人の間にある愛の絆が、キラキラと光る糸のように見えるのよ。こんな力、わたくしにはなかったはずなのに) 無償の愛を受けずに生まれたセレーナは、愛に鈍感だった。 だからそれが本来の自分であると思っていたし、特に不便は感じなかった。(愛に鈍感なせいで、わたくしは配偶者である国王の愛を得ることに失敗したけれど。側室に子どもが出来たくらいであんなに傷付いたのですもの。愛など分からないほうがいい) セレーナは、他人の愛だけでなく自分の愛についても鈍感だ。 それはそれでいいと思っていた。(なのに最近は【愛の気配】に妙に敏感で……かえって些細なことが気になってしまう) 最初は自分の勘違いだと思った。 しかし度重なる偶然に、気のせいではないと気付いた。 目の端にキラッと光る違和感を感じて
last updateLast Updated : 2025-08-27
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第72話 順調なことを隠す順調な2人

 今朝もミカエラは、アイゼルの執務室にいた。 2人の間には、会話らしきものはない。 静かに必要な作業を進めていくだけだ。 ミカエラは椅子から立ち上がると、処理の終わった書類を持ってアイゼルの執務机の前へと向かう。 スッと書類を執務机に差し出しながらミカエラは口を開く。「終わりました」 こちらを見もしない青い瞳。 愛しい人は、金色の髪しか見えなくても充分すぎるほど魅力的だ。 事務的な声がミカエラに指示する。「ではそこに置いておいてくれ。確認後、処理済みの箱にいれるから。次はこの書類を頼む」「承知いたしました」 ミカエラは書類を受け取るためにアイゼルへと手を伸ばす。 書類を受け取る瞬間、軽く触れる指先。 青い光とオレンジ色の光が瞬く。 2人は何事もなかったような顔をして、書類を持ったミカエラは軽く頭を下げて自分の机へと戻った。 そして椅子に腰を下ろし、淡々と仕事を進める。 最近のミカエラは、身支度を終えると神殿へ出向き、その後は執務室でアイゼルの仕事を手伝って午前中を終えていた。 (ただそれだけのことなのに。毎日が充実していて楽しいわ) 午後は用事がない日もあれば、そうでない日もある。 用事にはお茶会への出席もあれば、アイゼルとの必要最低限の婚約者としての交流もある。 相変わらずミカエラは忙しい。 用事がないとされる日も、ドレスの採寸や、髪や体のトリートメントなどが行われる日も増えた。  アイゼルの配偶者となる日が近付いているのだ。 だが油断はできない。 ミカエラの身を守るために、2人の本当の仲はメイドや護衛にも知られないほうがいい。(事情を知っていれば、安心していられる。わたくしは、アイゼルさまを信じて……愛していればいい) 心が決まるというのは心地よい。 沢山あった悩みの中から無用なものがスーッと消えていった。 今のミカエラに、アイゼルとの結婚で心の憂いとなるものはなかった。(侍女のご機嫌もいいし。わたくしは王妃教育も済ませているのだもの。王太子妃くらいなら大丈夫) 結婚が決まったといっても、次期国王となるアイゼルの結婚である。(実際の式までには時間があるわ。再来年の春だもの。随分と先) 王国内はもちろん、国外にも周知するためには準備が大切だ。 今日決めて明日というわけにはいかない。(特にわた
last updateLast Updated : 2025-08-27
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第73話 静かに狂う

 その日の夜。 ベッドに入ったセレーナは、なかなか眠りにつくことが出来なかった。(やはり気のせいではなかった。あの2人の間にキラキラと光る糸のようなものが見える。守護精霊の輝きだとすれば、あれは【愛】の輝きということになる。そんなバカな!) セレーナは自分が得られなかったものを、ミカエラが持っている、と想像するだけで許せなかった。 自分が与えられなかったものを、アイゼルが他の誰かからもらっていることも許せない。(何故あそこに……あの2人の間に【愛】があるの? わたくしには得ることも、与えることも叶わなかったものが、何故あそこに!) 守護精霊のいるところに【愛】はある。 キラキラとした光が守護精霊の輝きならば、あそこには【愛】があるのだ。(許せない……わたくしが得られなかったものをミカエラが手に入れたなんて、許せない……) セレーナは自分が見下す対象としていたミカエラが、【愛】を手に入れて自分よりも上になったような感覚にとらわれた。(そんなことは絶対に許せないっ) アイゼルもそうだ。 自分の手駒だと思っていた息子が、見下していたミカエラに【愛】を与えている。(とんだ裏切りよ。許せないわ) 子どもは無償の愛を与えてくれる、そう言う人たちも世の中にはいる。 だがセレーナは、アイゼルから自分への【愛】を感じることはなかった。(もっとも、わたくしがアイゼルを【愛】しているかといえば……分からない) セレーナは、自分が迷子になったような気持ちを味わっていた。 公爵令嬢で王太子婚約者だった自分。 王妃になった自分。 王太子の母となった自分。 そのどれもが事実なはずなのに、ひどく心が乱れる。(わたくしは、この王国で一番成功した貴族女性なのよ? それが……たかだか伯爵令嬢の、あのミカエラに劣る? そんなはずはないっ。そんなはずは……) ギリギリと歯ぎしりをする。 自分が立てているとは思えない不快な音が、セレーナの耳に届いた。 眠れないまま夜は明けて、その日からセレーナに穏やかな眠りが訪れたことはない。 セレーナは日に日に狂っていく。 だが幼い頃から感情はもちろん弱みも見せないセレーナの異常に気付く者はいなかった。「最近、王妃さまがピリピリしているような気がするわ」「無理もないわ。ミカエラさまとアイゼルさまの結婚が近付いている
last updateLast Updated : 2025-08-27
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第74話 引かれる糸

ミゼラルは自室でパムから報告を受けながら笑いだした。「ハハハッ。ついに自ら毒薬を求めるようになったのかっ! あの高慢ちな王妃さまがっ!」 ミゼラルはソファの上で楽しそうに笑い転げた。「はい。手下に命じて王太子にバレない毒薬を探しているようです」 パムは淡い笑みを浮かべながら言った。「王妃に【愛の見える薬】を盛った途端にコレか。本当にお前の薬は効くな?」「いえいえ。もともとそこにあった危機を引き出したまででございます。【愛】が見えるようになったくらいで狂気に駆られるとは、人間は面白いですね」 クックックッと楽しげに肩を揺らしながら言う主人に、悪魔は微笑みながら答えた。 ミゼラルは顎に右手を置くと、考え込むように首を傾けた。「それにしても王太子に見破られない毒薬か。兄上には守護精霊が寄り添っているからな。普通の毒薬ではバレるだろうね」「そうでございますね。守護精霊は【悪意】に敏感ですから」「ん~、そうか。ならば、これにひと働きしてもらうか」 ミゼラルは太い指で、机の上に置かれた串刺しの守護精霊の体をチョンと突いた。 すると守護精霊の体が痙攣するように動いて、七色に輝く血がしたたり落ちる。 小さな白い皿の上にポトリと落ちて盛り上がる小さな七色の雫。 貝の裏側のような虹色に輝くそれを、ミゼラルは楽しげに眺めた。「コレを使った毒薬なら、悪意など消せるのではないか?」「はい、旦那さま。おっしゃる通りです」「では毒薬を作ってくれ、パム」 ミゼラルの命令に応じるため、パムは右腕を胸の前に当てると、うやうやしく頭を下げた。◇◇◇ その夜、ミカエラはアイゼルと共に夕食を摂っていた。 国王と王妃も一緒だ。(静かね) 豪華な食堂には、他の客はいない。 国王がいるため警備は厳重で、ドアの外にはもちろん、部屋の四隅には衛兵の姿がある。 ピシッとした姿勢で作り物のように動かない衛兵に、音をさせずに動く使用人たちのおかげで、食堂内はとても静かだ。 静かすぎて、食器のカチャカチャいう音が異様に大きく聞こえた。 の真ん中に置かれた長方形のテーブルは、かなりの大きさがある。 そのテーブルがこじんまりして見えるほど、食堂は広かった。  会話はなく、時折こちらへ向けられる鋭い視線にミカエラは落ち着かない気分だ。 国王に気を遣うのはもちろん、
last updateLast Updated : 2025-08-27
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第75話 毒

 静かな夕食の席は一気に騒然となった。「ミカエラ? ミカエラ⁉ ミカエラ!!!」 突然、赤く染まったテーブルに驚いて、アイゼルはガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。 ミカエラは隣の席で、うめき声を上げながら血を吐き続けている。「どうして⁉」 白い肌を赤い血が伝い落ちていく。 アイゼルは、椅子に座ってテーブルに突っ伏しているミカエラの体を起こしながら、動揺するままに叫ぶ。「誰か! 医師を呼んでくれっ!」 アイゼルの腕の中で、ミカエラが呼吸するごとに血を吐いている。 赤いドレスは血に染まってもじっとりと濡れていくだけで色は変わらない。 しかし、ただ事でないことだけはハッキリとしていた。 ざわつく食堂を、料理長がヒョコッと顔を出して覗く。「何があったんだ?」 メイドが困惑した表情で首を振る。「分からないわ」 衛兵が眉をひそめて言う。「毒のようだ」「えっ? 食事に毒が?」 料理長がギョッとした表情を浮かべた。「だってココは王族の……」「ああ、国王陛下も召し上がられるし、王妃殿下や王太子殿下のお食事も……」 給仕がコソコソと言うのに衛兵も厳しい表情を浮かべた。「大変だ! 王族の方々はご無事か?」 料理長が騒ぐと、衛兵が安心させるように言う。「ミカエラさま以外はご無事だ」「どうしてこんなことに……」 料理長はハッとすると、慌てて調理場へ取って返して「何にも手を付けるな! そのままで! 洗い物もやめろ!」と叫んでいる。 さっきまでは静かすぎて人形のようだった使用人や護衛たちが騒ぎ出した。 ザワザワと声を出しているが、どうしたらよいのか分からずにウロウロするばかりで落ち着かない様子だ。 国王が立ち上がって使用人たちに指示する。「まずはミカエラを医務室へ。汚れたテーブルも片付けろ」 衛兵や使用人たちが口々に叫びながら動き始める。「担架を持ってこいっ!」「誰か宮廷医師をお連れしろっ!」 衛兵たちが叫びながら動き始めた。 メイドや給仕も自分たちの仕事をし始めた。「雑巾を……モップを……」「ああ、こんなことって……食器を……ああ、血まみれだ」 不吉で不穏な血の色に動揺しながらも、使用人たちは動いていた。 王妃だけはいつもと変わらぬアルカイックスマイルを浮かべ、椅子に座ったまま冷静に周囲を見渡している。「こ
last updateLast Updated : 2025-08-28
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第76話 発覚

 赤い血にまみれた夜は嵐のように過ぎていき、今は朝の日差しが穏やかに降り注いでいる。 ミカエラは閉じた瞼越しに光を感じて、医務室の堅いベッドの上で目を覚ました。「ん……」 軽く声を上げながら昨夜の記憶を辿る。(えっと……昨夜は……ああ、食堂で倒れたのだったわ) ミカエラにとって、倒れるのはよくあることだ。 だが食堂で倒れたのは初めてのことのように思う。(今までは自室で倒れて秘密裡に処理してきたから……他人の目があったら、やはり騒ぎになるのね) 吐血したミカエラは医務室に運ばれたが、いつもと同じように一晩で回復した。 初見の医師であれば、激しい出血に見合わぬ回復ぶりを不審に思ったことだろう。 だがいつもミカエラを診ている老医師にとっては、不思議なことでもなんでもない。 アイゼルに「もう大丈夫です」と短く告げて、早々に医務室を後にしていった。 そこまではミカエラにも薄っすらと記憶がある。 不思議なのはミカエラの目に映るのが自室ではないことだ。 天井が違う。 そもそも、ベッドに天蓋がない。(ここが医務室なのね) 自室よりはシンプルな内装の、白と銀色の際立つ部屋は清潔ということだけが特徴の部屋だ。 窓は大きく開け放たれて、新鮮な空気が白いカーテンを揺らしている。 大量の新鮮な空気で希釈されていても、医務室独特の匂いは消せない。(わたくしの部屋なんて病室みたいなものだと思っていたけれど、実際はもっとシンプルで実用的だわ) ミカエラは頭がぼんやりとした状況ではあったが、状況を理解しようと思考を巡らせ始めた。 そした聞き覚えのある声が自分の名を呼んでいることに気付いた。「……ミカエラ? ミカエラ、気が付いたのかい? ねぇ、ミカエラ。私がわかるかい?」 声のする方へと視線を向ければ、そこには心配そうな表情を浮かべたアイゼルの姿があった。 アイゼルはベッド脇に置いた椅子へ座って、ミカエラを見下ろしている。(アイゼルさまだわ) ミカエラは自然と笑顔になった。 体調の悪い時、愛しい人に寄り添ってもらえるのは悪くない。「ええ、分かります。アイゼルさま」 ミカエラは新鮮な喜びを覚えながら答えた。 アイゼルの後ろには守護精霊たちの姿もあった。『大丈夫? ミカエラ』 ウィラは心配そうな表情でミカエラを見ながら、小さな羽を羽ばたか
last updateLast Updated : 2025-08-29
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第77話 嗤うミゼラル

 夜も更けた時間帯。 自室で寛いでいたミゼラルに吉報はもたらされた。「毒を盛った⁉ あの王妃が⁉」「はい、ミゼラルさま。王妃さまはメイドに命じて毒を盛らせたようです。もっとも、メイドのほうは毒とは知らなかったようですが」 ミゼラルはパムから報告を受けて、声を立てて笑った。 ソファの上で腹を抱えて笑う彼の吐く激しい息のせいで、テーブルの上に置かれた蝋燭の炎が揺れる。「ハッハッハッ。そりゃそうだろう。いくら手下となる者を実家から連れてきていたとはいえ、メイド風情にだって人生はある。吹けば飛ぶようなメイドごときにも自己保身の気持ちはあるから、真実を告げたら思い通りに動かすのは難しいからね。それにしても王妃が、本当にやるとは」「そうでございますね。曲がりなりにもアイゼルさまは王妃さまの実子ですから。ミカエラさまへ危害を加えたいと思っても、我が子に毒を盛るなど普通では考えられませんからね」 ヒーヒー声を上げて笑うミゼラルに、パムは冷静に答えた。「そうだよねぇ。あの王妃はイカレてるっ! 我が子に、それも自分の立場を支えてくれている息子にっ。毒を盛るなんてっ!」 ミゼラルは、笑い過ぎて涙を流していた。「息子を奪ったミカエラが憎いのはわかるけど。そのミカエラを苦しめるために、息子を失う危険を冒すなんて!」「そうでございますね。ミカエラさまの異能は、愛などという移ろいやすい感情に支えられた異能です。彼女自身にもコントロールできない感情に支えられた異能ですからね。アイゼルさまが命を落とさなかったのは、運が良かっただけです」 パムは感情の分かりにくい笑みを浮かべつつ、主人に紅茶をいれた。 良い香りが部屋の中を満たしていく。 その香りを嗅ぎつつ満足げな笑みを浮かべたミゼラルはご機嫌で喋り続けた。「毒を盛る手伝いをさせられたメイドが【罪の意識に耐えられず】名乗り出た、というのも……とんだ茶番だ」「そうでございますね。体に良い薬だと言われて渡されたとしても、本人に無断で盛れば罪になりますからね」 ミゼラルはコクンと頷いた。 そしてパムの出した紅茶のカップを手に取ると、一口、コクリと飲んだ。「メイドの処刑は明日の正午、広場にある断頭台で行われるそうです」「そうか。見に行くか? ふふ。そんなものを見に行っても不快なだけか」「そうでございますね。メイドご
last updateLast Updated : 2025-09-01
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第78話 結婚準備

 唐突に早まった結婚時期のせいで、ミカエラの周辺は慌ただしくなっていく。 今朝もいつも通りアイゼルの執務を手伝っていたミカエラだが、侍女のルディアがバタバタと迎えにやってきた。「ミカエラさま、ドレスの仮縫いの時間でございます」「ええ、ルディア。分かったわ」「こちらはいいから、結婚の準備を優先してくれ」「はい、アイゼルさま」 ミカエラはアイゼルに軽やかにカーテシーをすると、侍女と共に自室へと戻った。 (状況がこんなに変わるとは。先月には予想もしていなかったわ) ミカエラは不思議に思いながら、大人しく仮縫いのドレスを着せられていた。(アイゼルさまは王太子としての執務に加え、国王代理としての仕事もされている。そのお手伝いで、ただでさえ忙しいのに、結婚式の準備にも追われて目が回りそう)  ミカエラは来年の春、アイゼルと結婚するのだ。(正直、ここまで来られるとは思っていなかったわ。途中で婚約を解消されるか、わたくしが死ぬか、どちらかの可能性も高かった……) ミカエラが物思いにふけっていると、上機嫌のルディアが話しかけてきた。「よくお似合いですよ、ミカエラさま」「本当に、よくお似合いです」 感極まった様子のルディアが言う横で、でっぷりと太っているが全身を綺麗に整えた男性デザイナーもニコニコしている。「そうかしら」 ミカエラはドレスを合わせた姿を大きな鏡で眺めながら呟いた。 (いつも赤を着ているから、白いドレスは……とても新鮮っ!) 細く白いミカエラには、色味としては赤の方が似合う。 そのため、ウエディングドレスの生地には輝きの強いものが選ばれた。 そのせいか光を弾いて輝くドレスには、薄っすらと虹のような七色の輝きが感じられる。 侍女は上機嫌でニコニコしながら言う。「ミカエラさまの黒髪も映えますね」 デザイナーもコクコクと頷く。「ええ、本当に。黒髪や黒い瞳が不吉という迷信深い人たちもいますが、そのようなことはありません。どのような色も組み合わせ次第で輝くのです」 デザイナーが青い瞳をキラキラさせて自分を見ている。(わたくしは、もっと自信をもっていいのかしら?) ミカエラは足元で忙しく働いているお針子たちの邪魔にならないように、鏡の前で体を動かして確認してみた。 (ドレスは美しいわ。わたくしは……ん、当日は髪も、メ
last updateLast Updated : 2025-09-02
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第79話 壊れゆくミゼラル

(父上が愛を知らなかったわけじゃない。僕が愛されてなかっただけだ) ミゼラルは唐突に訪れた気付きに戸惑っていた。 国王の座から父が降りたことも、兄が国王になることも、どうでもよかった。(僕が愛されていないだけだった) ミゼラルは自室のソファに座り、大きく開けた窓の外に広がる青空を眺めていた。 朝の早い時間だというのに、何もする気が起きない。 神殿に行くことも、朝食を摂ることも、どうでもいい。 ソファの前のテーブルの上で、熱々だった紅茶が冷めていくのもどうでよかった。  季節は移り変わり、秋も終わりに近付いている。「ミゼラルさま。せめて紅茶を召し上がってください」「……ぁ? あぁ……」 パムに話しかけられても、ミゼラルはおざなりに返事をするだけだ。 腑抜けた主人を見て、パムは溜息を吐いた。 そこに足音も賑やかに、マグノリア伯爵が慌ただしく訪れた。「ミゼラル、ミゼラルはいるか?」「はい。ミゼラルさまは、こちらにいらっしゃいますよ」  パムが返事をするのが聞こえる。 ミゼラルには、訪ねてきた相手が名乗らなくても誰か分かった。「おい、ミゼラル。どうするつもりだ? このままアイゼルを王座に就かせるつもりか?」「……おはようございます、伯父上」 ミゼラルの私室に現れたのは、母の兄であるマグノリア伯爵だ。「僕は第二王子ですよ? しかも側妃の産んだ子だ。兄上が生きている限りは、僕の出番などありません」 ミゼラルは伯父へ当たり前の事実を並べた。 この城には密偵があちらこちらにいる。 (こんなに野望があからさまな伯父上に、兄上の追い落としなどできるわけがない) ミゼラルは冷めた気持ちを抱えて溜息を吐いた。(そもそも父上はセレーナさまと一緒に引退する。セレーナさまがご静養に入られるだけなら、むしろ側妃である母上にチャンスがやってきたはずだ。その程度の可能性すらないのに、僕に王座が回ってくるはずがない) 笑顔を作るのも面倒になって愛想のない表情のままミゼラルは、面倒くさそうに言う。「諦めてください、伯父上。僕の出番なんてありません」「お前は欲がなさすぎるぞ」 マグノリア伯爵は、ミゼラルの正面にある一人掛けの椅子へドカリと座った。「やりようはいくらでもあるっ。諦めるなっ」「そうは言っても、伯父上。父上の決定は絶対です。兄
last updateLast Updated : 2025-09-03
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