All Chapters of 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない: Chapter 51 - Chapter 60

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第50話 真実の告白に愛を込めて 1

 アイゼルは話し始めた。「この王国では常に陰謀がうごめいている。私はミカエラ、君を愛している。だから君の安全が気になっていた」(えっ⁉ いまアイゼルさまは、わたくしのことを愛しているとおっしゃった? わたしくを愛していると? えっ? えーーーーーーっ⁉) サラッと愛を告げたアイゼルは、動揺するミカエラを置いてきぼりにして先を続けた。「怪しい動きがあることは随分前から掴んでいたけれど、まさか副神官まで一枚噛んでいるとは思っていなかったよ。夜会で君と別れたあと、私は陰謀に関する報告を受けていた。浮気をしていたわけじゃないよ? 信じて?」 澄んだ青い瞳に覗き込まれたミカエラは、ドキドキする胸の鼓動に気を取られていて、何を聞かれているか分からないままコクリと頷いた。 アイゼルは満足げにニコッと笑うと、先を続けた。「報告を受けている間、信頼できる護衛たちが君を守っているはずだった。だけど神殿が絡んでいたから、なかに裏切り者がいたんだ。信心深い者にとって副神官は信頼おける人物だからね。本人にも裏切っているという意識もなくて、処分に困っているよ」 アイゼルが苦笑するのに、ミカエラは「はぁ」と気の抜けた返事をした。「君が庭の端まで行ってしまうのも計算外だった。夜の庭は死角が多すぎる。今度じっくり、気を付けるべきことを教えてあげないといけないね」「あ……はい、お願いします」(あ、流し目が色っぽい……えっ、なにどういうこと?) ドギマギするミカエラの左手をとったアイゼルが、その手を自分の口元に引き寄せてそっと口付けた。(えっ……ええっ!) ソファの上で固まっているミカエラに、アイゼルは何事もなかったかのような涼しい顔で笑みを向けた。 青い光とオレンジ色の光が、ソファの周りをキラキラと煌めきながら回っている。「ねぇ? そろそろ見えないかな?」「えっ?」 アイゼルの視線に促されて光へと目を向けたミカエラは驚いた。 小さな頃に絵本で見たものが目に映ったからだ。「えっ⁉ 守護精霊さま?」 宙に浮く人形のようなものが、鈴が転がるような声で話す。『やっと見てくれた』 青い瞳に青い髪のラハットは、呆れたように言った。『やっと会えたね、ミカエラ』 オレンジの髪と瞳を持ったウィラは、嬉しそうに言うとオレンジ色の光を煌めかせた。
last updateLast Updated : 2025-08-04
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第51話 真実の告白に愛を込めて 2

 アイゼルは安心した様子でホッと息を吐いた。「守護精霊さまが見えるようになって、よかった」 そう呟くと、なぜか頬を赤く染めた。(アイゼルさまはどうかなさったのかしら? 耳まで赤いわ) ミカエラが不思議に思って首を傾げながら眺めていると、青い瞳に青い髪のラハットがクスクス笑いながら説明する。『ボクたち守護精霊が見えるようになるには、「愛を信じられる」ことが必要なんだよ』『そうそう。ミカエラって、愛することは得意だけれど、愛されるのは苦手だよね?』 オレンジの髪と瞳を持ったウィラもクスクスと笑いながら説明をした。「……あっ」 何かに気付いたミカエラの頬も赤く染まる。『ふふふ。アイゼルはミカエラのことを「愛している」と信じてもらえて嬉しいんだよ』『ふふふ。そうだよ。アイゼルは嬉しいんだ。耳まで赤くなっちゃうくらいにね』 ミカエラは熱くなった頬に両手のひらをあてた。「守護精霊さまたち。ミカエラを揶揄わないでください」 アイゼルが守護精霊たちをたしなめると、ラハットが楽しそうに言う。『うふふ。違うよ、アイゼル。ボクたちが揶揄っているのはアイゼルのことをだよ』『うふふ。そうだね。揶揄うならアイゼルだね』 ウィラも楽しそうにキラキラとオレンジ色に煌めきながら言った。
last updateLast Updated : 2025-08-05
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第52話 真実の告白に愛を込めて 3

 ミカエラは目をぱちくりさせて守護精霊たちを見て呟く。「神殿の教えは承知しておりますが……まさか本当に守護精霊さまがいらっしゃるなんて」 ウィラとラハットは互いの腕を肘のあたりで組み、腰に手を置くと空中を陽気に踊ってクルクル回った。 足元は宙に浮いているのに陽気なステップを踏んでいるようだ。 空中で回りながらキラキラと光る。『ボクはウィラ。ミカエラ。キミの守護精霊だよ』『ボクはラハット。アイゼルの守護精霊だよ』 嬉しそうに頬を輝かせながら自己紹介する守護精霊を、ミカエラは目を大きく見開いて凝視した。 神殿の教えには守護精霊に関するものがある。 (ご先祖さまと共に1人1人を見守る守護精霊さまがついている、という話は聞いたことがあるけれど……実際に見えたり、話が出来たりするなんて!)「驚くだろう? 神官のなかには守護精霊と話せるという者がいるが、本当のことだったようだ」 アイゼルは苦笑を浮かべながら言った。 ラハットが揶揄うように言う。『ハハハッ。アイゼルがだらしないからボクたちが見えるまでに時間がかかっちゃった』『でも見えるようになったからいいよ!』 ウィラは無邪気に明るく言った。『ボクだけだと今も難しいけど、アイゼルが一緒ならラハットも協力してくれるからね。だからボクの姿がミカエラに見えるようになったの』『うん、そうだよ。まだまだミカエラがアイゼルの愛を信じる力は弱いからね。ウィラだけだと見えないかも』 ウィラの説明をラハットが補足した。『ボクたちはね、いつもキミの側にいたよ? だからね。見えるようになって嬉しいんだ』『ホントだよ、ミカエラ。ウィラは、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっとキミのことを案じていたからね』 ニコニコしながら言うウィラの横で、ラハットがウンウンと頷きながら言った。「まぁ。そうだったのですね」 ミカエラが驚いて声を上げると、ウィラは悔しそうに言う。『ボクはキミの側にいて、いつでも守ってあげたかったよ。ミカエラは……もっと健康で健全な心を持ったまま、愛と幸運を感じて幸せに生きられるハズだったのに……』「えっ⁉」(わたくしは不幸な運命に生まれたと思ったのに……違ったの?) 動揺するミカエラの前で、ウィラは悔しそうに唇を噛みしめた。『ウィラのせいじゃないよ』 ラハットがウィラの肩を慰める
last updateLast Updated : 2025-08-06
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第53話 真実の告白に愛を込めて 4

 ミカエラは守護精霊たちを眺めた。(本当にいる。守護精霊さまが目の前に!) 隠し部屋にいることも、その部屋にアイゼルがいることも、守護精霊たちがいることも、夢幻のように思える。(子どもが読む物語みたい。絵本にありそうね) ミカエラはオレンジ色の守護精霊と、青い色の守護精霊を交互に眺めてから聞く。「ウィラさまがオレンジ色の光で、ラハットさまが青い光なのですね。オレンジは……」 ウィラはクルッと空中を1回転した。『ボクはウィラ。無償の愛と健康の守護精霊だよ』 ラハットもクルッと空中を1回転した。『ボクはラハット。清廉な愛の守護精霊だよ』 ミカエラは目をぱちくりさせた。「そうですよね。守護精霊さまの持つ色には意味があり、守護された者は色に合わせた加護を受けると……」『うん。そうだよ』 ニコニコしながら告げるラハットの隣で、ウィラはクシュンと項垂れた。『でもボクは上手く働けなくて……ごめんね、ミカエラ』「あぁぁぁぁ……ウィラさま? わたくしは、そのようなつもりで言ったのではありません。あぁ、ウィラさま。落ち込まないでぇ~」 ミカエラはあからさまにしょげてしまったウィラに慌てた。『そうだよ、ウィラのせいじゃないよ』 ラハットもウィラを慰めた。『でも……ボクは……もっとミカエラのために、働きたかった……』『仕方ないよ。アレはアイゼルが悪かったんだから』 ラハットは、責めるような横目でジロッとアイゼルを見た。「うぅぅぅぅ。不甲斐ない王子で、ごめんね」 アイゼルは大きな両手を合わせて守護精霊たちに頭を下げて謝っている。『アイゼルがさー、もっと早くミカエラへ愛を感じさせていたらさー。ボクらも動きやすかったのにさー』「だからごめんって、ラハット」(アイゼルさまが謝っている……) ペコペコ頭を下げる王子さまの姿は新鮮だ。 しかも相手は守護精霊とはいえ見た目がとても可愛い。(なんとも不思議な光景ね) ミカエラはポカンとして、アイゼルたちを眺めていた。『ミカエラ。キミは気付かなかったけど、ボクはずっと見ていたよ。助けられなくて、ボクはとっても歯がゆかったよ』「ウィラさま……」 眉毛を下げて何ても言えない表情を浮かべるミカエラを見て、ウィラは気持ちを切り替えるようにニコッと笑った。『ミカエラ。ボクのことは呼び捨てでいいよ。ウ
last updateLast Updated : 2025-08-07
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第54話 真実の告白に愛を込めて 5

 アイゼルはミカエラ方に向き直って口を開いた。「ミカエラ。隠し部屋にいた君を見つけることができたのは、ラハットたちの協力があったからだよ」 ミカエラは驚いてアイゼルへ向かって勢いよく顔を向けた。「守護精霊さまたちの?」「ああ」 2人のやり取りを見ていた守護精霊たちは、コクコクと頷きながらキラキラと嬉しそうに煌めいた。 「そういえば、わたくしが閉じ込められていた部屋は……」「ああ。あの隠し部屋は外からは見えないし、私も知らなかった。だからラハットたちに教えてもらえなかったら、君を救いにいくのは難しかっただろう」 苦しげに言うアイゼルに、ミカエラの胸はトクンとときめいた。(アイゼルさま。そんなにわたくしのことを……) ラハットが嬉しそうに説明する。『ボクたちが教えてあげたんだよぉ~』『そうそう。ボクたちは神殿や王城のことは知り尽くしているし、壁もすり抜けて移動できるからね』 ウィラの言葉を受けて、ラハットが得意げに壁抜けを披露してみせた。「まぁ!」「な? 驚くよな。私も初めて見た時には驚いたよ」 驚くミカエラの横で、アイゼルは呆れたように守護精霊たちを指さした。『でもねぇ、最初は上手く伝えられなかったんだよ』 ラハットが言えば、ウィラもコクコクと頷きながら言う。『そうそう。ボクの姿はアイゼルには見えにくかったからね』 ミカエラは意外そうに言う。「あら? ラハットが見えるようになれば、ウィラも見えるようになるのではなくて?」 ラハットが意味深にニヤニヤと笑いながら説明する。『そこはさー。ミカエラとアイゼルの関係次第なんだ~』『そうそう。ボクの姿はミカエラからはクッキリ見えるようになるけど、アイゼルへの見え方はミカエラの気持ち次第なんだよねぇ~』「え?」(どういうこと?) ミカエラは困惑してアイゼルと守護精霊たちを交互に見比べた。 ラハットは腕を組んで真面目な顔をすると、コクコクと頷きながら言う。『ボクたちは信じる気持ち次第で見えたり、感じられたりするレベルが変わるし。それは愛とか恋とかの感情ともつながっているんだ』 頷いて下を見るたびに大きな目が閉じる姿は可愛いが、言っていることは難しい。 ウィラもラハットの隣で同じように頷きながら補足する。『うん。ニンゲンには理解が難しいかもしれないけど、ボクたちにとっ
last updateLast Updated : 2025-08-08
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第55話 真実の告白に愛を込めて 6

 頭を抱えていたアイゼルは、突然ガバッと顔を上げるとミカエラの方へ顔を向けて口を開いた。「今回のことは副神官が首謀者として裁かれるだろう。もっと先があるのは分かっているが、証明ができない。あの場にいた副神官に関しては罰せられる。それは確実だ。約束する」「えっと……はい」(アイゼルさまが必死になっていらっしゃる。わたくしは、冷遇されている王太子婚約者ではなかった、ということなのかしら?) ミカエラは、まだ夢を見ているような気分を味わっていた。 アイゼルは続けて説明する。「副神官は言い逃れできない。だがその先にいる者たちには手が出せないのも事実だ。そこは許してほしい」「はい。常に政治的な判断が必要なのは承知しております」「あぁミカエラ。その顔は、まだ私の気持ちは通じていなさそうだ」 アイゼルは落胆したような表情を浮かべた。 そんな王太子を見てミカエラは戸惑う。(気持ち? 気持ち、ですか……) ミカエラの気持ちは異能を通じてアイゼルに駄々洩れだ。 (わたくしの気持ちについては自分で分かっていますけど、アイゼルさまの気持ち……気持ちは意識していなかったような気がします) ミカエラはアイゼルに優しくしてもらいたいとは思っていたが、気持ちについては深く考えたことはなかった。(愛されたいというよりも、愛しているように見える行動を求めていたような気がするわ) 優しく話しかけて、エスコートしてもらって、一緒にダンスをする。「わたくしはポワゾン伯爵令嬢のように扱ってもらいたかっただけ……」 なんとなく口にしたミカエラの呟きを聞いたアイゼルは血相を変えた。「あぁぁぁぁぁ、それは誤解だ。誤解だからっ」「誤解?」 首を傾げるミカエラに、アイゼルは事情を説明した。「まぁ! ではあの方はポワゾン伯爵令嬢ではなく、令嬢に変装したポワゾン伯爵なのですか?」「そうだ」 アイゼルは「それはそれで問題があると思うが、私はそっちじゃないから」などとブツブツ言っている。 それを見て守護精霊たちはケラケラと笑っているが、ミカエラは混乱していた。(攫われたと思ったらアイゼルさまに救われて、そこから一気に新情報が入ってきて理解が追いつきません~) ウィラは笑いをおさめると、凛とした物言いでミカエラに話しかけた。『ミカエラ。ボクはミカエラの側にずっといるし、
last updateLast Updated : 2025-08-09
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第56話 ミカエラの帰還

「まぁま、ミカエラさま! ご無事でよかったですっ」「え……ええ。ありがとう……」 自分の部屋に辿り着いたミカエラを待っていたのは、侍女の歓待だった。「大変な夜だった。ミカエラは疲れているだろう。よろしく頼むよ」「あ、はい。承知いたしました」 侍女は慌ててアイゼルに向かって丁寧なカーテシーをとった。 夜会会場からミカエラが攫われたことは一部の人たちにしか伝えられていない。 侍女ルディアは、その秘密を教えられたうちの1人だ。 しかも自分の女主人が王太子にエスコートされて帰ってきたことで、手のひらをコロッと返したように態度を変えた。 帰っていくアイゼルの後ろ姿に頭を下げて見送ったルディアは、クルリとミカエラに向き直ると口を開いた。「さぁさ、ミカエラさま。大変だったでしょう。湯あみの準備が出来ていますからこちらへ」「え? ええ」 テキパキとお世話されてミカエラは戸惑う。(ある意味、ルディアの反応は分かりやすいわね。わたくしがアイゼルさまに冷たくあしらわれていると思えば冷たく扱うし、アイゼルさまから大事にされていることが分かれば態度がよくなる) それは歓迎できないときもあれば、できるときもある振る舞いだ。(わたくしには【アイゼルさまからの愛】を信じる必要がある。少なくともルディアの機嫌がよいときには、信じたらいいのだわ) 猫足のバスタブに体を預けながらミカエラは思った。 ミカエラの誘拐は、スムーズに解決された。 夜会はつつがなく終了し、ミカエラの誘拐そのものに気付いていない者がほとんどだ。 攫われて一日も経たずに救出されたため、事情を知らない人たちから見たらミカエラは王太子と朝帰りしたように見えた。(夜に攫われて今は昼近い。わたくしが消えて衛兵たちがバタバタしていたことにも気付かなかった人たちにとっては、そのような意味にとられても仕方ないわね) もちろん侍女ルディアには事実が伝えられている。 だが彼女は上機嫌だ。「うふふ。アイゼルさまは、ミカエラさまにぞっこんでしたのね。私、気付きませんでしたわ」 彼女の機嫌がよいのは、ミカエラの無事を喜んでの事というわけでもない。 ミカエラがアイゼルと朝帰りした、という噂が広まることで自分の立場がよくなるからだ。「今日はお手入れに時間をかけるよりも、お休みになったほうがよいかもしれません
last updateLast Updated : 2025-08-10
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第57話 裁くもの

 ミカエラを誘拐した者たちは捕まった。「とはいえ、副神官が関わっていた、となると表立って処罰するのも都合が悪い」 国王は政治に敏感だった。「私としては、ミカエラを誘拐した者たちは厳しく罰して欲しいのですが」 アイゼルが厳しい声で迫ると、国王は諭すように言う。「だがな、アイゼル。厳しく罰すれば【ミカエラが誘拐されたこと】が周りに知られてしまう。それは【ミカエラを誘拐すればお前にダメージを与えることができる】と周りに知らせるのと同じことだ」「……ッ……」 父に指摘されて、アイゼルは唇を噛んだ。「冷たくしてまで守りたかったミカエラを、守ることができなかった無念は分かるが。幸い、今回は怪我ひとつなく救い出すことができた。だが、彼女がお前の弱点であると知れ渡ってしまえばそうはいかないだろう」「……はい」 アイゼルも充分に承知していることではあったが、罰したい気持ちは消えてはくれない。(愛を囁きたい気持ちを我慢してまで守っていたものを攫われて……はらわたが煮えくり返っているのに。この気持ちをそのままアイツらにぶつけることすら叶わないとは!) 息子の様子を眺めていた国王はフフッと笑った。「なに、表立って罰する必要はない。罰し方などいくらでもある」 その声はひどく冷たかった。 「お前はまだ若い。儂のやり方を見て覚えなさい」「はい、父上」 アイゼルは冷たく光る父の目を、復讐に燃える瞳で見返した。
last updateLast Updated : 2025-08-11
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第58話 副神官

 副神官たちへの処分は速やかに決められた。 名も無き者たちは罪状すら公表されることなく絞首刑となり、下層の貴族たちも処刑された。 それぞれの家は、もっともらしい理由をつけて潰された。 男爵、子爵程度であれば簡単に切り捨てられるが、それ以上の立場となると扱いが難しい。 当事者だけを処刑させて難を逃れようとする家もあれば、政治的な取引で我が子を助けようとする家もある。 それらを細かく処理したうえで、副神官の処分は決められた。「どうして私が処刑されなければならないのですか、大神官さまっ!」 副神官は大きな机をバシンと叩いて叫んだ。 大神官は自分の机の前に座り、激高する副神官を見上げた。 灰色の髪を振り乱して叫ぶ副神官の姿は醜い。  大神官は形のよい金色の眉を不機嫌そうに跳ね上げた。「君は王太子殿下に現場をおさえられたのだよ? 言い訳のしようもないではないか」「ですが、私は神官です。しかも副神官まで上り詰めた神官です。その私がっ! 他の者たちと同じように処分されるのは納得できませんっ」 副神官の身勝手な言い分に、大神官は溜息をついて右手で額のあたりを包んだ。「我ら神官は特別な立場ではないと、私は何度も言ったはずだ」「あれは下級神官の引き締めを促すための言葉でしょう⁉ あなたに次ぐ立場である副神官の私に当てはまるはずがないっ!!!」  副神官の醜い申し開きは続く。 大神官は再び溜息を吐いた。 ミカエラ誘拐の現場へ王太子に踏み込まれたというのに、副神官の往生際は悪かった。「君はね、副神官。王太子婚約者の誘拐という大罪を犯したのだよ? 罪を不問に付されると思ったのかね? どうしたらそんな思い違いができるのか……」「だってあの女は、たかだか伯爵家の娘ではありませんかっ。しかもあの家はいわくつきの家です。あの家の娘を守ることのほうが、私の命よりも価値があると⁉」 どう説明したら納得してもらえるのか?  大神官は、そんなことに悩むこともバカらしくなった。「あの家のことも、異能のことも、君には説明したと思うけれど」「それは聞きましたけれど……」 副神官はモゴモゴと不満げな言葉を口の中で転がしている。(長年の修行とはなんだったのか? コイツは何1つ分かってない)  大神官は部下であり弟子でもある副神官を青い瞳で冷たく見つめた。
last updateLast Updated : 2025-08-12
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第59話 処刑

 副神官は手足を拘束され、猿ぐつわをはめられた状態で輿に乗せられた。 輿には薄絹のカーテンが掛けられ、その外側にはジャラジャラとした飾りが下げられた。 綺麗に飾り立てられた輿は、中からは外が良く見えるが、外からは中が暗く影になっていて見えない。 神殿の外には神官が命ある身を生きたまま神に捧げる尊い儀式が行われるとの噂を聞きつけた民衆が集まっていた。「副神官さまだー」「みずから神の近くへ行かれるとはっ」「素晴らしい神官さまだー」「ありがたい」「ありがたい」(なんのことだ⁉ 私はそんなことを承知していない) 輿の中で暴れようとした副神官だったが、手足を拘束された上、拘束具から繋がる鎖の先を輿の内部にガッチリとくくりつけられていて逃れられない。 バタバタと暴れたところで、その不穏な物音は民衆の歓声に呑まれて消えた。 叫ぼうにも口には猿ぐつわを嵌められていて声など出せない。(私はどこへ⁉) 副神官の動揺など全く関心のない輿の担ぎ手たちは、粛々と目的地目指して進んでいく。 輿を見守る民の目は爛々と輝いていて、それは狂気すら感じさせる信心だった。(どういうことだ⁉ 私を称えるなら、私を助けろ!) いっそう高い歓声が上がる。 建物も揺るがす大きな声で、副神官の乗る輿もガタガタと揺れた。「おお。輿が建物にはいるぞ!」「神殿の奥だ!」「神に最も近い場所だ!」「素晴らしい! 副神官さま! 忘れません! 我々はあなたの尊い偉業を忘れません!」「ああ、忘れませんとも!!!」「副神官さまー!」(助けろ! 私を助けろ!!!) 副神官の想いは空しく、口々に褒め称え歓声を上げる群衆たちに見送られて輿は建物の内部へと入っていく。(助けろ! 私を助けろっ! 助けてくれぇぇぇぇぇ!) 副神官も、その話は知っていた。 神のみ元へ生きたまま昇るという尊い儀式の噂は聞いていたし、実際に実行されたところを見たこともある。 副神官自身、建物の外にいる民衆のように歓声を上げ、感動の涙を流して輿を見送ったことがある。(あれが……処罰の方法だったと⁉ そんな話は噂にも聞いたことがないっ!) 争い絶えず権力のバランスをとるのが難しい国にあって、全ての事実を下々の者が全て知ることはない。(だが私は副神官だぞ⁉ そこまで出世したというのに……その私が、こんな
last updateLast Updated : 2025-08-13
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