All Chapters of 悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない: Chapter 81 - Chapter 90

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第80話 揺れる

 季節は慌ただしく移り変わっていき、ミカエラの置かれている状況も流されるようにどんどん変わっていく。(王妃教育は受けてきたけれど、いざその時が近付いて来たら役に立つかどうかが分からないなんてっ!) ミカエラは自分の過去の努力に疑問を持ちつつも、目の前に流れてきた役目を必死でこなしていた。  使用人たちは噂する。「王妃さまが静養に入られてから、国王さまも執務から遠ざかっているような」「それは王妃さまの側にいるためでしょう?」「意外でしたわ。国王陛下と王妃殿下の仲がそんなに良かったなんて」(何があったか知らない者たちにとっては、そう見えるわよね) 真実の一部を知っているミカエラにとっては複雑だ。「愛だわ、愛」「王族であっても愛は大切よね」「ええ、愛あればこそ」「国王陛下と王妃殿下ですら愛があというのに、うちの主人ときたら……」「分からないわよ? いざ貴女になにかあったら寄り添ってもらえるかも」「いざというときではなくて、いま寄り添って欲しいものだわ」 貴族たちもザワザワと騒めていてる。 それは愛についてだけではない。「王妃さまがご静養に入られたくらいで国王さままで半ば引退されてしまうというのでは国政が……」「ああ。王国にとっては良いことではない」「でもアイゼルさまがいらっしゃるではありませんか」「まだお若く未熟な上に、王位を譲り受けられるまでに時間がある」「春には戴冠されるのでしょう?」「でも春の前には冬がありますからね」 貴族たちが国政について騒めくのは、野心があるからだ。「アイゼルさまが国王になられるのは既定路線ではあるけれど。ミゼラルさまはどうなされるおつもりなのだろうか?」「公爵位を得られて王族から離れるのでは?」「それは時期尚早ではないかな? アイゼルさまには御子がおられないのだからな」「ああ、そうですね。王族が少なすぎるのは問題です。王位争いを避ける必要もありますし」「でしたら次の王太子はミゼラルさまということに?」 アイゼルがミカエラと結婚することが決まっていても、ミゼラルが王位を得る可能性が少しでもあるのなら貴族たちにとっては見逃せないチャンスがそこにはある。 王族でなくとも国で力を持つ方法は色々とあるのだ。「側妃さまの立場はどうなるのでしょうね?」「ミゼラルさまの母君であるマリアさまの
last updateLast Updated : 2025-09-04
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第81話 白い雪

 曇った空からはチラリハラリと舞い踊り落ちる雪。 季節は冬へと突入していたが、春に向けての準備は次から次へと進んでいた。「どうしても行かなくてはならないのですか?」「ああ」 アイゼルの執務室で他人の目が少なくなったタイミングを狙い、ミカエラは彼に聞いた。 短く答えたアイゼルの表情は仮面のようで、心の内を読ませるようなものではない。「あの国へ行くのなら、雪山を超えることになります」「道が整備されているから大丈夫だよ。母上に寄り添っている父上まで腑抜けてしまった。私が出向くしかない」「ですが……」「ミカエラッ!」 アイゼルが冷たく強い口調で彼女の名を呼んだタイミングで、赤毛のメイドがお茶を持って入ってきた。 メイドは赤い瞳に侮蔑の色を浮かべながら、ニヤニヤしてミカエラを見る。 結婚が決まった今でも、ミカエラを追い落とそうという者は絶えない。 情報は貴族のなかで回るため、時折、アイゼルはあえてミカエラに冷たい態度をとる。 それがミカエラの安全に繋がるのは彼女自身も承知していたが、今回のことは違う。「ミカエラ。私が行くしかないのだ。大人しく待っていてくれ」「……はい」 アイゼルは疲れた様子で椅子に身を預け、執務机に肘をついて右手で眉間のあたりを揉んでいる。 隣の執務机の前で椅子に座りながら眺めていたミカエラは、クッと口元を引き締めた。 静養に入った王妃が正気を取り戻すことはなかった。 その事実を突きつけられた国王は、一気に老け込んでしまった。 変化は国王自身への影響よりも周りが受ける影響のほうが大きい。 当然のように、国王の指名を受けて次期国王となるアイゼルも、影響は避けられなかった。 彼は彼自身の力で国王の器であると改めて証明しなければならないのだ。 それは王国内にとどまらない。 王国外にもアイゼルが次期国王にふさわしいと認めさせる必要がある。 そのくらいのことは、ミカエラにも分かっている。 分かっていても、不安は止められない。 (できれば、わたくしも一緒に行きたいけれど。今はそれが叶う状況ではない) 王妃の座に就き、世継ぎを産まなければ国外へ出るのは難しい。(すべては国政の安定のため。わたくしはアイゼルさまを愛していさえすればいい、|お《・》|気《・》|楽《・》|な《・》|婚《・》|約《・》|者《・》ではな
last updateLast Updated : 2025-09-05
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第82話 冷たくまどろむ

 窓の外には白い雪。 曇った空から落ち始めたそれは、徐々に勢いを増して世界を白く染めていく。 もう日は昇っているというのに、薄っすらと降り積もった雪が溶ける気配はない。(アイゼルさまは、そろそろお戻りになるはず……) ミカエラは愛しい人の無事を祈っていた。 アイゼルの姿が近くに無い時のミカエラには、ウィラの姿がはっきりと見えないことがある。 それでもオレンジ色の光が瞬けば、異能が働いていることがわかるのだ。(ラハットと繋がっているウィラと話せれば、確認できるけれど……きっと大丈夫。アイゼルさまは、無事にお戻りになるわ) 不安な気持ちを打ち消しながら、大人しくミカエラはアイゼルの帰りを待っていた。 だがその努力を嘲笑うように、昼食に近い時間帯となっても雪が溶けなかったその日に、慌てた様子の使用人がミカエラの部屋へと飛び込んできた。「アイゼルさまがお戻りになりましたっ!」「承知いたしました。でもそんなに慌てなくても……」 侍女ルディアが眉をひそめて応対すると、使用人は叫ぶように異常を伝える。「ですがお目覚めにならないのですっ!」「なんですって⁉」 ミカエラは思わず叫ぶと座っていた椅子から立ち上がり、使用人のもとへと近付いた。 使用人は頭を下げながら状況を伝える。「ああ、ミカエラさま。大変です。アイゼルさまがお目覚めにならず……我らもどうすればよいのか分かりません。なのでミカエラさまに来ていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」「分かったわ。わたくしでお役に立つか分からないけれど……」 ミカエラは侍女と護衛を伴って、アイゼルの部屋へと向かった。 部屋に足を踏み入れると、ちょうど来ていた老医師と目が合った。「あぁ、ミカエラさま。いらしたのですね」 老医師は、ミカエラの上から下まで、まじまじと見た。「これはどういうことだ……ミカエラさまには、全く異常が見られない……」 老医師は小さな声でブツブツいいながら、ミカエラとベッドでグッタリと横たわるアイゼルとを見比べて、首を傾げている。 ミカエラは老医師に問う。「アイゼルさまは、どこがお悪いのですか?」「悪いところはありません。眠っておられるだけです」「……えっ?」 ミカエラはポカンとして、老医師とアイゼルをかわるがわる見た。 老医師は溜息を吐く。「今のアイゼルさま
last updateLast Updated : 2025-09-06
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第83話 問いかけ

 その日からミカエラは、三日三晩、死んだように眠った。 眠りについたミカエラと入れ替わるようにアイゼルは目覚めた。 周囲の者は安堵していたが、彼を待っていたのは執務だ。 早急に決めていかなければいけない案件が、アイゼルには幾つかあった。 なかには父である国王に指示を仰がなければならないほど、深刻な内容の案件もあったが、アイゼルは思ったような支援は受けられなかった。「お前が思うようにやりなさい、アイゼル。儂はセレーナの側にいる。国のことは全てお前に任せるよ」 任せると言いながら、相談にすらまともに乗ってくれない父に、アイゼルは苛立った。 (父上は国王としての役割を放棄している) 彼にはそうとしか思えなかったのだ。 アイゼルを信頼して国政を任せているようには見えない。(実力を認めて任せてくれるならまだしも……こんな形では無責任としか思えない) 執務がひと段落つくと、アイゼルはミカエラを見舞った。 老医師によると眠っているだけで心配いらないらしいが、眠りっぱなしというのは病的だ。 ミカエラのベッドの横に椅子を置き、アイゼルはそこに座って彼女を見下ろす。(婚約者というだけでなく、結婚の日取りも決まっている。だから見舞いくらいは遠慮しないでいいだろう) アイゼルは愛しい人の姿を眺めた。 ラハットが囁く。『前はアイゼルがこの状態だったんだよ』「ああ。そうだろうね」 目覚めてから聞いた話によると、アイゼルは睡眠薬を盛られたようだ。(あの状況では、睡眠薬くらい盛られても不思議はないな。媚薬でなかっただけ幸いだ) ラハットが心配げに言う。『ミカエラに言わなくていいの?』「なんのことだい?」『とぼけないでよ、アイゼル。あの国からの、お姫さまを側妃に、って言われたでしょ?』「ああ。そのことか。難しい問題だよね」 アイゼルは他人事のように返事をすると、ミカエラの冷たい右手首あたりを自分の両手で軽く握って持ち上げて、その甲を祈るように自分の額を当てた。
last updateLast Updated : 2025-09-07
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第84話 雑音

 ミゼラルは色々なことに興味をなくしていた。「ミゼラルッ、どうするつもりなの⁉」 例えば、このヒステリックな声を上げる女だ。 2人はミゼラルの自室で立ったまま向かい合っていた。 朝食を終えたミゼラルが身支度を整えた所を待っていたかのように現れたマリアは、いきなりまくしたて始めた。「母上。僕はどうもするつもりもありませんよ」「あなたはいつもそうやって……あなたが王位に就かなかったら、私はお払い箱なのよっ⁉」 ミゼラルの母、マリアは側妃だ。 国王がアイゼルになれば、側妃の座は追われることはになる。「新しい男を探せばよいではありませんか。母上は、まだまだ美しいですからね。側妃になった年かさの女性だとはいえ、伯爵家の正妻くらいならなれるでしょう」「ミゼラルッ!」 マリアは白い肌を真っ赤に染めて怒った。 金色の髪は艶やかで、化粧映えのする顔は10代の頃ほどではないものの充分に美しい。 だからマリアがその気にさえなれば、未来など容易に手に入る。 しかし既に側妃にまでなった女にとっては、伯爵家の正妻など魅力に欠けるのだ。 (自分の価値を見誤っておられる) ミゼラルは皮肉な笑みに口元を歪めた。「あぁ、母上。ご心配には及びません。僕は側妃のもとで生まれた第二子とはいえ、国王の息子です。王族に留まれなかったとしても、公爵位くらいもらえます。ですから路頭に迷う心配はありません」「何を言っているのだ、ミゼラル」 突然背後から呼びかけられて、ミゼラルは面倒そうに振り返った。 そこにはマリアの兄である伯父のマグノリア伯爵が立っていた。「まだお前には、王位を継げるチャンスがある。諦めるな」「これはこれは、伯父上。おはようございます。いい朝ですね」「おはよう、ミゼラル。だが朝一番から親子喧嘩というのはいただけないね」 マグノリア伯爵がマリアと自分とを見比べながらニヤニヤ笑うのを見て、ミゼラルは精悍な太い眉をピクリと上げた。「お兄さま。ミゼラルが悪いのです」 いきなり現れたマグノリア伯爵に向かって、マリアもいきなり話し始めた。「マリア、落ち着きなさい。アイゼル王子が王位を継ぐからといって、もうミゼラルにはチャンスがないと決めつけるのは早計だ」「ですがお兄さま」「伯父上、母上。立ち話もなんですから……」 ミゼラルは使用人に目で合図を送り、
last updateLast Updated : 2025-09-08
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第85話 試練の冬

 ミカエラの飲食物の周りでは、たびたびオレンジ色が煌めいた。 今日のお茶会でも、オレンジ色が煌めている。(また毒……) ミカエラは溜息を吐きながら、目の前に置かれたティーカップを見つめた。 令嬢たちが数人、こちらを見てクスクスと笑っている。 お茶会というものは駆け引きの場でもあり、社交という名の嫌がらせを仕掛けられることはよくあることだ。 アイゼルとの結婚を控えたミカエラは、格好の餌食だった。(わたくしは来年の春になれば、王太子妃を飛び越えて王妃になる。そのせいで風当たりが強いことといったら……) 貴族たちを味方に付けるための地盤固めは大切なのだが、味方に出来ないのならただの敵。 しかもミカエラはいわゆる【しつけの悪い伯爵家出身の悪役令嬢】なのだ。(ご機嫌とりをする必要もない、か) ミカエラはティーカップとソーサーをわざとらしく隣の席の令嬢に向かって飛ばすようにして落とした。「ああっ、ごめんなさい。粗相してしまいましたわ」 (わたくしが不作法と思われても仕方ないわ。自分自身の健康を守らなければ、アイゼルさまのお役に立てなくなってしまう) 床に転がっているヒビの入ったティーカップとソーサーと、隣の席の令嬢の白っぽいドレスが紅茶の色に染まっていくのを、ミカエラはアルカイックスマイルを浮かべて眺めた。「なんてことっ、我が家の大切なティーカップが……」「不作法ですわね、やっぱり伯爵家の娘では……」「これだから伯爵令嬢は……」「あんな令嬢が、王妃に?」 周りが慌てているが、ミカエラには痛くも痒くもないことだ。(もう結婚することは決まっている。嫌がられても王妃になるのはわたくしなの。もっともわたくしが生きていればの話だけれども) アイゼルと気持ちの通じ合ったミカエラは強くなっていた。 毒をあおって健康を害すことよりも、堂々と恥をかく道を選んだ。 一方のアイゼルも、たびたび青い光が飲食物の周りで煌めいていた。(これは……避けられない) アイゼルはそう判断すれば、毒もあおった。 そして被害を受けるのはミカエラだ。 アイゼルが毒をあおった翌朝は、ミカエラのもとに白い薔薇が届いた。(わたしくは、この白い薔薇を喜べばいいのか、憎めばいいのか、分からないわ) それでもミカエラはアイゼルを許した。 やがてアイゼルも結婚の準備に入
last updateLast Updated : 2025-09-09
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第86話 待ちに待った春

 雪に覆われた凍えた大地が春の呼び声に応えるように、丸みのある緑の葉と、色とりどりの花を散らし始めた頃、ミカエラとアイゼルの結婚式と戴冠式に向けた準備は本格的に始まった。「招待客のチェックは終わったか?」「はい、アイゼルさま」 執務室では、主役となる2人がバタバタと忙しく働いている。 未来の国王と王妃が忙しいということは、その下に続く者の多忙さは殺人的だ。「招待状の数が揃っているか、確認してちょうだい。書き損じの分も考慮に入れて予備も用意しておいてね」「はい、承知しております」 有能な文官たちが入れ替わり立ち代わり執務室を訪れるが、指示することは多く、その全てが順調にいっているかミカエラにも判断がつかない。「招待状は間に合うように早目に送ってちょうだい」「はい、ミカエラさま」 リストを手にした文官が執務室をバタバタと出ていく。 ここには所作も含めてしっかりと仕込まれた貴族しかいないが、細かなことに気を配ることができる上限はとうに超えていた。「やはり結婚式と戴冠式が同時というのは、大変だな」「そうですね、アイゼルさま」 溜息を吐くアイゼルにミカエラは笑みを向ける。 頃合いを心得ている執事が、アイゼルに向かって用意していた紅茶の入ったティーカップをソーサーごとさっと差し出す。 それを受け取り、一口すすってホゥと息を吐くのを見て、ミカエラは笑った。「お茶の時間も満足にとれない。こんなに忙しいと疲れるよね。ミカエラは大丈夫かい?」「ええ、大丈夫ですわ」 ミカエラは自分の椅子に腰を下ろし、机の上に置かれたティーカップを手に取った。 暖かくなったとはいえ、春はまだ浅くて寒い日が続いていた。 その寒さを味わうような時間は、今のミカエラにはない。「わたくし、お妃教育で忙しいのには慣れていますので」 ミカエラは涼しい顔をして紅茶を一口飲んだ。 香り豊かな紅茶を口に含み、自分の喉が渇いていたことを知る。(慣れているといっても、この感じは久しぶりね) 忙しさを理由に、社交のためのお茶会にも行かなくなって久しい。 (悪事を仕掛ける隙すらなくて、悔しい思いをしている人も沢山いそう) オレンジ色の煌めきも、青い色の煌めきも、今は影をひそめている。(今だけのことでしょうけれど。忙しいときに面倒ごとが少ないのは助かるわ。なにかあるとすれ
last updateLast Updated : 2025-09-10
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第87話 上機嫌な者たち

 久しぶりのお祝い事に、王城内は沸いていた。「結婚式と戴冠式が同時なんて忙しいわね」「でもおめでたいわ」「王妃さまが静養に入られた時にはどうなるかと思ったけれど、結果としては良かったかも?」 メイドたちは噂話に花を咲かせる。「ミカエラさまとアイゼルさまとの仲は微妙だけどね」「爵位も微妙というか、バランス悪くけどね」「伯爵令嬢が王妃さまになるわけだから、大出世よね」「でも夢があるぅ~」「そうそう」「玉の輿は憧れよねぇ~」 ルディアはそんなメイドたちに声をかける。「あなたたち、お喋りするのはいいけれど、手も動かしてね」「あ、ルディアさま」「もちろんです。お仕事もしっかりします」「結婚式と戴冠式があるのですもの。お城をピカピカにしなきゃ」 メイドたちは楽しそうに答えた。「いい心がけね。お祝い事だもの。あなたたちにも良いことがあるかもしれないわ」 ルディアはメイドたちを褒めた。「ルディアさまはミカエラさまが王妃さまになったら大出世ですね」「そうだわ。王妃さまの侍女頭になるのですもの」「すごいですね。おめでとうございます、ルディアさま」 メイドたちにルディアは笑顔で「ありがとう」と返した。 メイドたちがキャッキャッしているのを聞きながら侍女ルディアはほくそ笑む。(ミカエラさまがアイゼルさまと結婚して、王妃となれば……私はその侍女頭!) 貴族女性は王妃のように華やかな立場に目を奪われがちであるが、職業婦人としての視点からいえば王家の侍女というのは悪くない。(メイドであれば出世できても知れている。その分、よい縁談が持ち込まれて結婚できる可能性は高い。侍女だってよい縁談には恵まれるけれど、私は私の力を手に入れたいの!) その望みが思っていたよりも早く叶う事態に、ルディアは浮かれていた。(最近は嘔吐物の処理をすることも減ったし。このままいけば、私は貴族女性でありながら出世できるし。目標は達成ね) しかし侍女として昇りつめることが叶えば、次を考えたくなるものだ。(予定ではもっと年を取ってから王妃付きの侍女頭になる予定だったけれど、私はまだ若い。まだまだ活躍できるし、権力に絡むことだって……王妃の侍女よりも、王太子の乳母のほうが力を持てるかしら?) ルディアは計算高い女だ。 より高みを目指すことが出来るのであれば、努力を惜
last updateLast Updated : 2025-09-11
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第88話 不機嫌な者たち

 お祝いの裏側では、いつだって呪いが溢れている。 そこまでとはいかなくとも、機嫌の悪い者たちはいるものだ。 国王の引退にともない、側妃マリアも引退する。「私はどうしたらいいの? 国王さまは……ラインハルトさまは、セレーナさまに寄り添っているわ。私は側妃の座を追われ、ラインハルトさまにも見捨てられてしまった。今住んでる屋敷からも出なければいけないのよ。どうすればいいの⁉」 ミゼラルは朝一番で自室へとやってきて泣き崩れているマリアを見ながら、うんざりしていた。「僕の屋敷がありますよ。あそこを、使ったらいいではありませんか。僕は王城の自室で生活しますので、屋敷は好きに使っていただいて構いません」 ソファに身を預けて泣いていたマリアは、顔を上げるとミゼラルをキッと睨んだ。「あそこは貴方のものでしょう? 私のものではないわ」「どちらのものでも構わないではないですか。そもそも母上は、側妃といっても第二王子を産んでいる。当然、それなりの待遇は得られるはずです。だから僕の屋敷は、僕だけのものではないという判断がなされたのではないでしょうか」 ミゼラルの言葉に、マリアは激しく頭を左右に振った。「そんなことはないわ。屋敷は権力の象徴みたいなものだもの。側妃の座を降りる私に、それなりの屋敷が用意されていないというのは、そういうことなのよ」「……」 ミゼラルは、何がどう【そういうこと】なのかを考えてみたが、よく分からなかった。「生活に困らなければいい、というわけではないのよ。あぁ、口惜しい。なぜラインハルトさまは、セレーナさまのところへなど……。屋敷よりも、金銭よりも。ラインハルトさまが側にいることが一番の誉れだというのに」 悔しそうにしているマリアにミゼラルは、それは貴女に愛がないからですよ、と言いたくなった。(愛されるにも、愛するにも。【愛】は必要だ。【愛】は金のように見たり手に取ったりできないし、名誉のように傅いてくれる他の誰かの存在があるわけではないから、分かりにくいけど……)「私は貴方を産んだ。ラインハルトさまのために。この王国のために。だというのに、この仕打ち。私の存在価値って何? あぁ、私はなんて不幸なのかしら!」 再びソファに顔をうずめて泣き崩れるマリアの姿に、ミゼラルは溜息を吐いた。(だから僕はミカエラに興味があるのか。あの貧相な女の
last updateLast Updated : 2025-09-12
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第89話 始まりの朝

 結婚式と戴冠式が行われる当日。 ミカエラは身支度のために暗いうちから動き出しているが、幸せな浮かれた気分に包まれていた。(今日が終われば、わたくしとアイゼルさまは、ずっと一緒にいられる。公務があるから実際に側にいられるかといえば違うけれど、離れていてもいつも一緒。この王国を支えるために、気持ちをひとつにして生きられるのよ) ミカエラだけでなく、侍女やメイドも浮かれているようで明るくテキパキと動いている。 体を清めてマッサージをして、メイクしてと忙しい。「ミカエラさま、今日は人生で一番美しくなりましょう」「うふふ。そうね。そうなれたらいいわね」  侍女ルディアも張り切ってミカエラを飾り立てる。 ミカエラのためにデザインされたウエディングドレスをはじめとして、彼女のために用意された宝飾品など様々な品物の数々で準備は整えられていく。 ルディアは機嫌よさげに言う。「ウフフ。お肌の調子もいいですね、ミカエラさま。これなら輝かんばかりに美しい仕上がりが期待できますわ。アイゼルさまも楽しみでしょうね」「そうかしら? そうだといいけれど」 鏡台の前の椅子に腰を下ろしたミカエラは遠慮がちに言いながらも、鏡の中に映る自分の姿に期待を膨らめていった。(我ながら美しいと思うわ。アイゼルさまのお気に召すかしら? お気に召すといいけど。綺麗だと思ってもらえたらいいけれど) 不安と期待がミカエラの中で渦巻く。 興奮に胸の高鳴りを抑えられない。(今日は1日中こんな調子なのかしら? これでは身が持たないけれど! でも、高揚する気持ちを止められないっ!) ミカエラとアイゼルの結婚は、王国をあげてのイベントだ。 2人の結婚を祝うために友好国の要人たちが王国へ集まってくる。(そんななかで、わたしくは上手くやれるかしら?) ミカエラのなかでは浮かれた気持ちと不安な気持ちがグルグルと渦巻いていて忙しい。 充分な時間をかけてお妃教育を受けてきたしアイゼルも一緒なのだから大丈夫という気持ちと、友好国の要人たちの前で失敗したらどうしようという不安な気持ちと、これからはアイゼルとずっと一緒にいられるという浮かれた気持ちがミカエラのなかで追いかけっこをしているようだ。 ミカエラの不安などお構いなしに、今日という日を照らすために太陽は昇り始めた。 身支度のために点けられ
last updateLast Updated : 2025-09-13
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