All Chapters of 対人スキルゼロの変人美少女が恋愛心理学を間違った使い方をしたら: Chapter 61 - Chapter 70

80 Chapters

61話

 凛の家には少し遅れて合流する手はずになった。 陽川はかなり不満顔で、『もしサボったりしたらどうなるかわかってるでしょうね?』と俺じゃなかったら卒倒物の威圧感を放ちながら言ってきたのだ。 これ以上機嫌を損ねたら何をされるかが怖いし、もちろん遅れて参加するつもりではいるが、物事には順序ってもんがある。 別に連絡を受けた相手のせいで浮かれているわけではない。 俺が向かうのはいつもの公園。 待ち合わせの相手は────エマ。 少しウキウキとした気分になっているのはきっと気のせいだし、弾む足取りは早く陽川の元に向かいたいからだ。 ……多少、浮ついているのは認める。 いつもの公園にたどり着くと、ベンチに座るエマの姿があった。 後ろ姿だってすぐわかる。 このまま普通に声をかけてもなんか面白くないような気がして、たまにはサプライズをしてやろうと思った。 うーん。ここはベタにだーれだなんてやってみる? いや、直接顔に触れるのはダメだろ……だとするならば──── エマに気が付かれないよう、足音を立てないように近づく。 そして一気に背後から……「わっ!」「きゃっ!」 可愛らしい鈴の音のような悲鳴が公園内に響き渡るのと同時に液体が飛んできた。 その液体が俺の体に付着して、夏服がスケスケになってしまった。「ふふふ。まだまだ甘いね。お見通しだよ」「くっ、不覚をとったか」 エマの手元には水のペットボトルがくしゃくしゃに握り潰されていた。 どうやら俺が忍び寄っているのに気がついて、声をかけたタイミングで潰して水をかけてきたようだ。 ドッキリを仕掛けようとして、逆ドッキリを仕掛けられた格好だ。 エマは軽く体を捻ってこちらを盗み見ると、チラリと舌を出してみせた。「水だから安心して。決して危ないものじゃないから」「その言い方は危ないものをぶっかけた時に使うんだぞ」「ただの水だよ。本当の本当。だから安心して」 ちょっと納得いかないけど、最初にイタズラを仕掛けようとしたのは俺だしな。「しょうがねえな」「とりあえずこっち座りなよ」 エマは自分の横の座面を叩いて座ることを促した。 断る理由はないというか、話をするために来たわけだしな。 ベンチ正面に回り込み、ベンチに座ろうとした時、思わぬ物が目に入った。 俺は思わず目を逸らした。 水で濡れて
last updateLast Updated : 2025-08-20
Read more

62話

「急に大きな声をだしちゃって本当にごめんね」 ジャージに着替えたエマがそう謝罪をした。「いや、べつに気にしてないから」 ラッキースケベをあじわえた訳だから、こちらとしては謝られる筋合いもないわけだけど、ここは紳士ぶるためにもこう答えておくのが無難だろう。「もとはと言えば、わたしがイタズラをしようとして失敗しちゃっただけなのにね」 申し訳なさそうにしているエマを見ていると、こちらまで申し訳ない気持ちになってくるな。 さっさと話題を切り替えるのが『吉』だな。「そういうこともあるさ、で、本題なんだけどさ、俺を呼び出したのはどういう用件だったんだ?」「ああ。うん。そうだよね。本題だよね」 そう言いながら、エマはスマホの操作を始めた。 ちょっとしてエマが俺にスマホを手渡してきた。 それを受け取り、画面をのぞき込むと、竹田が俺に突きつけてきた、俺と凛がキスをしているように見える画像が映し出されていた。「いや、これは違うよ。そう見えるだけでさ、実際にしているわけじゃないんだ」「うん。大丈夫。凛ちゃんと桐くんの関係性を近くで見ていればわかるから。わかってるから、安心して」 エマのその言葉に安心はしたけれど、それと同時に違和感に気がつく。「……なんで、その画像持ってるんだ?」「うん。それは当然の疑問だよね。桐生くんにとってはあまりうれしくない報告になっちゃうと思うんだけどね……」 エマはそこまで言って一つ深呼吸をした。そして続けて言った。「これ噂なんだけど、竹田さんのグループの子たちが、あっちこっちにばらまいてるみたい。最初は姫にしか見せてなかったみたいなんだけどね」 凛と踊り場で話していた時、陽川とエマがあとからやってきて話していた内容を鮮明に思い出した。 陽川はエマに俺と凛が付き合っているのではないかと話し、エマに俺と距離をおくように話していた場面を。「どうしてそんなことを?」「わたしにもそれはわからない。でも、悪意があってやっているのは間違いないと思う」「実はさ、さっきも凛が絡まれてたんだよ。陽川が保護して連れて帰ってくれたけどさ。どうにかしてやめさせるしかないな」「それは難しいかも」「どうしてだ?」 竹田たちが写真の流失を止めればそれで済む話じゃないか。「この写真、わたしに直接送られてきたものじゃないんだ。……学校の裏サ
last updateLast Updated : 2025-08-21
Read more

63話

「遅れてきたと思ったら、なによ……そんなだらしない顔しちゃって」 エマと公園で別れてから凛の家に向かうと、いきなり辛辣な声をかけられた。 でも、それも仕方がない気がする。 なにせ、夢見心地というか、かなり気分が良い。 それは他ならぬ天使が公園に舞い降りていて、ラッキースケベを味わったせいもあるし、エマとカップルのようなやり取りをしていたせいなのは自分自身でも理解できた。「そう言うなって、遅れたお詫びにお土産を買ってきたぞ」 同僚と飲んで帰ってきていい気分。な父さんの気持ちが少しわかった気がする。 持っていた手提げ袋を凛に手渡し、さっそく席に着こうとすると、陽川に手を洗うように怒られた。 それでも、イライラはしない。それに従って、台所まで戻り、手を洗ってから浮ついた心のまま席についた。「なんだか、今日のあなたは気持ちが悪いわね。なにかあったの?」 あの夢のような時間を人とシェアするなんてあり得ない。「な~んにもなかったよ。今日一日」「嘘ね。凛とあなたが絡まれていたから、助けたのは誰だったかしら?」 そういや。そんなこともあったね。あの時はどんな心持ちだったのか今となっては思い出せない。「だ、大丈夫?」 なぜか凛までそんなことを言い出した。「……これはダメね。凛。今日はこの男のことは当てにしないで二人で頑張りましょう」「う、うん」「そんなことないって、なんでもするよー」 足が地面についていないんじゃないかと思うほど、心も体もフワフワと浮かんでいるような感覚。 これが幸せなのかもしれないな。「凛、さっきの話の続きだけれども、凛の意見通り、各自の推しを展示する形で行きたいと思うわ。スペースの割り当てについては熱量と私たちの独断と偏見で決めさせて貰うことにしましょう」「そ、それでいいの?」「いいのよ。他の人がやらなかった仕事を引き受けているんですもの。凛のスペースは少し大きくしましょうね」 と陽川はニコリと微笑んだ。「姫ちゃん。ありがとう」「いいえ。ところで、凛はどんな推しを発表してくれるのかしら」「これだよ」 俺がいなくても、会議は進んでいく。俺いなくても良かったんじゃねとも思うが、文句をつける気にはならなかった。「ぷ、プリン?これがあなたの推しなの?」「うん。そうだよ!この前、エマちゃんと一緒に、みんなで作ろう
last updateLast Updated : 2025-08-22
Read more

64話

「特定なんかしてどうするつもり?」 陽川は怪訝な表情を浮かべて、そう言った。「これ以上拡散するのをやめてもらうんだよ」「うーん。それは……」 珍しく言葉の歯切れの悪い陽川。「なんだよ?」「誰が拡散したものかは私は知らないわ」「陽川なら、知ってると思ったんだけどな。エマも陽川なら知っているかもって言っていたんだ」「仮に知っていたとしても、もう停めることはできない。私のときみたいに、ブレーキとして働く何かがあればよかったのだけれど」「なんの話してんの?」 陽川の話は的を射ていなくて、何を言いたいのかがよくわからなかった。「はあ……」 陽川は逡巡のようなものをみせ、ため息を一つ吐き出したあと言葉を続けた。「私のストリー事件の時と、似たようなことになってしまっているのよ」「どういう意味だよ?」 話の規模が違いすぎて、瞬時に理解することはできなかった。「今回の桐生くんと凛の件と、私の件の構造はよく似ている」 身バレしかけたバーチャルアイドルと一般高校生の恋愛話とでは全く違うもののように思えるが。「一度広大なネットの世界に拡散されてしまったものは、元を消してももう、完全に消し去ることはできない。仮にネット上から消えたとしても、どこかの誰かの媒体のストレージには残り続ける」「そこまで大きな話じゃないだろ。俺と凛の件は」「甘く見ているわね。スケールの大きさはこの際どうだっていいのよ。大衆っていうのは、自分が優位に立って叩ける存在を常に探しているのよ。その矛先が向いてしまったのが、今回のあなたたち」 陽川は深刻そうな顔で語るが、いまいちピンとこなかった。 俺と凛は何かをしたわけじゃないし、誰かに迷惑をかけたわけでもないのに。 もちろん、陽川だって誰かに迷惑をかける行動をしていたわけではない。 むしろストリーとして、ファンを魅了して、人の生きる活力になっていたはずだ。 それは近くにいる吉岡というフィルターを通して見てきたからよく理解している。「私だって、あなたたち、特に凛が困っていればすぐにでも助けてあげたい。でも、それはあくまで、私の目の前で起こっている範囲のことだけ」「そこまでの問題とは……思えないけどな」 俺の言葉を遮り、陽川は口調を強めた。「私にはわかるのよ。 ────もし、あの写真が保護者の誰かの目に触れたとする。
last updateLast Updated : 2025-08-23
Read more

65話

 翌日、陽川にこってり絞られ推しについて考えていたせいもあって、寝不足気味の最悪の体調だった。 そのせいで二度寝をしてしまい遅刻ギリギリで正門をなんとかくぐり抜けた。 しかし、まだ油断はならない。出席を取られるまでが登校だ。 昇降口でうち履きに履き替えて、階段を駆け上った。 自クラスの扉を開いたタイミングで、ちょうど予鈴のチャイムが鳴った。 ギリギリセーフだったな。 いつも俺が教室に入っていったって誰も見向きはしない。 それなのに、今日はみんながこちらを見ていた。「おはよう」 見られているから挨拶をしてみたけど、多くのクラスメイトから挨拶が返ってくることはなかった。 何らかのアクションをくれたのは三人。 陽川はこちらを見ずに右手だけをあげ、エマは「おはよう」と挨拶を返してくれた。 後方後ろの席では、凛が手を振っていた。「桐生、こんな所で立ち止まってどうした?さっさと席に着け。ホームルーム、始めるからな!」 そう言いながら俺の肩を叩いたのは横島先生だった。「は、はい」 あっちの姿を知ってしまってから、この姿を見ると違和感が凄い。 それをここで言うわけにもいかないし、指示に従って自席を目指した。 その間も、誰かに見られているような気がしたけれど、そちらに目を向けると皆が同じようになにもない机のうえに視線を落とした。 俺を見て、ニヤついているやつもいる。 なんだろう。この違和感は。 昨日と今日では、明らかにクラスメイトの反応が違っている。「お、おはよう」 自席へたどり着くと、いつも通りの不器用な笑顔を浮かべ、凛が挨拶をしてきた。「おう」 その瞬間、熱を帯びた複数の視線が明らかに俺、そして凛を見ていた。 嘲笑い、ヒソヒソと話し声まで聞こえてくる。「みんな、こっち向け!今日は落ち着きがないぞ。高校生らしく、自覚を持って行動をしなければ内申点に響くぞ」 横島先生がそう言うと、おかしな緊張感は途端に霧散して、皆が教卓の方を向いた。 そして、なんの問題もなく朝のホームルームは終わった。 横島先生が出ていって、一限目が始まるまでの間を狙って、俺はトイレを目指した。 慌てて家から出てきて、トイレに寄っている余裕などなかったからもう限界だった。 トイレを済ませて廊下に出ると、二人の男子と触れ違った。二人とも面識はない。 
last updateLast Updated : 2025-08-24
Read more

66話

 陽川が俺を連れてきたのは、例の階段の踊り場だった。 誰にも聞かれたくない話ってことだな。 まあ、そりゃそうだよな。これから陽川が話そうとしていることは明白だ。「わかったでしょう。これが現実なのよ」「ああ」 昨日の俺の見積もりの甘さが身にしみた。「とりあえず、あなたと凛はしばらく距離を置きなさい」「……」 なんとなく即答はできなかった。それがなぜなのかはわからないが。 でも、少し考えてそうするのが最善策だと理解をした。「……そうだな。しばらく距離を置いて、噂が収まるのを待つしか……」「バカね。噂が収まるわけないでしょう」 陽川は呆れたように首を左右に振ってみせた。 なにがおかしいと言うのだろう?「人の噂も七十五日って言うだろ?」「それは目についたり耳に入ったりしなくなるからそうなるだけであって、あなたと凛がこの学校にいる限り、知ってしまったみんなは忘れることはないでしょうね」「そういうもんなのかな?」「だったら桐生くん、例えばの話だけどストリーの話題はもう誰もしなくなったわよね」「ああ、そうだな」「でもこの先、志津里アイリさんが芸能活動を再開して、テレビや配信動画なんかで姿を見れば、みんなストリーを思い出す。この学校の生徒であったのなら特にそうでしょうね」 そう言われればそうなのかもしれない。  あの恋愛神学書にも載ってたな。 たしか、プライミング効果とか文脈依存記憶なんかがそれにあたるのだろう。他にもいろいろあったけど忘れた。 どれも、あるものを見たり、似たような状況に置かれる。特定の場所を見聞きしたりすると発動する。 発動してしまえば、記憶の奥底に眠っていた記憶を呼び覚ます。 しかも、厄介なことに、それを繰り返すことによって記憶はより強固なものになっていく。 恋愛心理学的にはもっと別の使い方をするものなんだけど。「……そうかもな」 凛に迷惑をかけないようにするには、あとは陽川やエマに任せて、卒業するまで近寄らないようにするのがいいのかもしれないな。「あなた今、自分が身を引けばいいと思ったんでしょう?」「え、いや……」 陽川は一つため息を吐き出してから続けて言った。「あなたもなかなかに厄介な性格をしているわね……。でも、それは間違いよ。それじゃあ凛が悲しむじゃない」 凛が悲しむ? 俺にはそうは
last updateLast Updated : 2025-08-25
Read more

67話

 補習では、理科ちゃんにこってりと絞られた。 勉強をしっかりしていないだけではなく、生活態度を改めるべきだと。 うん。一限目に遅れて行ったのは悪いとは思ってはいるけど。こちらにだって事情があるんだ。 ……まあ言い訳なんかしたりしないけど。 理科ちゃんの説教を真正面から受け止めて、迎えた放課後。 学園祭の準備も免除されてしまった俺は暇を持て余していたが、嬉しいことに二日連続で、エマから呼び出しをされた。 待ち合わせ場所はあの公園で、何やら新たな動きがあったとかないとかで。 メッセージがくると俺は二つ返事ですぐに行くと返した。 よくよく考えれば、滝沢の家に寄らないのであれば、家とは正反対方向側になるからかなりの遠回りを強いられるわけだけど、そんなことも気にならなかった。 こんな状況なのに、浮かれているってやつだ。 俺が公園へたどり着くと、すでにエマの姿はあった。 今日はイタズラを仕掛ける事はせずにすぐに声をかけた。「桐生くん。お疲れさま」 なんて声をかけてきたけれど、少し浮かない顔をしていた。 どうも嫌な予感がする。「おつかれ。で、今日はどうしたの?」 白々しくそんな風に声をかけた。相手が滝沢だったらこうはいかないだろう。「桐生くん。もしかしたら、大変なことになってしまっているかも。とりあえず座って」 エマは自身の横の座面を掌で軽くたたいて座ることを促してきた。 それにならい俺は着席をしてからエマの方へ向き直る。「大変なことって?」「うん。ちょっと待って」 エマはスマホをスイスイと操作をして、昨日と同じように、俺に画面を突きつけた。 そこに表示されていたのは、昨日とはまた違う写真。「これは……」 画面に映し出されていたのは、オンボロアパート。俺はこのオンボロアパートをよく知っていた。 ここ数ヶ月で何度通ったかわからない。 凛の住んでいるアパートに間違いないかった。「なんで凛のアパート?」「これ、裏サイトに載ってたの」「はっ!?さすがにそれはやりすぎだろ。プライバシーの侵害だ」「私だってそう思うよ。でもね、これにはまだ続きがあって……」 促さられるままにスマホを返してやると、エマはまた端末をちょいちょいっと操作して、また俺に手渡してきた。「これは……完全にこれはライン超えてないか?」 そこに映し出されて
last updateLast Updated : 2025-08-26
Read more

68話

 横島先生に『凛がピンチだ。話がしたい』と。メッセージを送ると、秒で返信があった。『わかったわ。私はどこに行けばいいの?』 マスドと指定して返信をすると、『19時までには仕事を終わらせて行くわ』と返ってきた。 時間も時間だからエマには返ってもいいと勧めたのだけれど、自らの意思でエマも参加することになつた。 後悔することがなければいいけど。 そして現在時刻は19時。 マスドのテーブル席でエマとドーナツを齧っていると、窓越しに店内を覗く人物が一人。 それに気がついてしまった俺は、思わず小さな悲鳴を漏らしてしまった。 頬を押し当て、まるでトカゲのようにへばりつき、鬼の形相で店内を見回すその姿に恐怖しないものはいないだろう。 実際、店内にいる他の客たちも同じ感想を抱いたようで、目を背け見えないふりをしているもの、そそくさと食べていた物を片付けて帰ろうとしているものが、多数見受けられた。 自分の背中で起きている出来事だからエマが気がついていないことがせめてもの救いか。 店員からは『通報!』なんて言葉が漏れ聞こえてきたから、さすがにこれはまずいと思って声を発した。「すいません。自分の連れです」 ─────────────────────「まったく、あたしのことをなんだと思っているのよ。まるで妖怪みたいな扱いをしちゃってからに!」 横島先生は店に入ってくるなり、悪態をついた。 いやいや、あんな姿見たら誰だって驚きますよ。「こ、こんばんわ」 そんな横島先生に恐る恐る挨拶をしたのはエマだ。 この状態の横島先生を見るのは初めてのことだろうから、動揺をしてしまうのは仕方がない。 俺の姿しか目に入っていなかったのだろう。 横島先生は、結婚式に行ってみたら自分の席だけ用意されていなかった時のような表情を浮かべた。「あら、……矢野も来ていたのか?」 慌ててモードを変更したようだけど、もう遅いと思いますよ。 エマの引きつった笑顔は、まるで石膏の胸像のようで、崩れそうもなかった。「なっ、これが凛のおねえちゃん」「ははは」 乾いたエマの笑い。 先程まで、騒がしかった店内も今はシンと静まり帰り、店内放送のBGMと俺たちの声だけが響いていた。「桐生、これはどういうことだ?俺を嵌めたのか?」 嵌めたつもりはない。むしろ自分から地雷原に突っ込んで
last updateLast Updated : 2025-08-27
Read more

69話

 横島先生はコーヒーを注文したようで、黄色いカップの置かれたお盆を持って席に戻ってきた。 俺とエマとを交互に見て、どちらに座るべきか迷っている様子だったから、エマに俺の横に移るように指示をした。 不気味にも思える張り付けたような笑顔のまま、俺たちの前に横島先生は着席をした。「で、凛がピンチってのはどういうことなのかしら?初耳なんだけど」 ジャージ姿のガタイの良い男性とは思えない言葉遣いに、横のエマは完全に固まってしまっていた。 まあわかるよ。俺も最初はそうだったし。「エマ。俺に見せてくれたあの写真をおねえちゃんに見えてあげてくれるか?」「横島先生でしょ」 横島先生はそう言いながら、俺の耳をつまんだ。「痛い、痛い!」 俺が声を上げると手を離してもらえた。 でも俺が声をあげたおかげでエマが正気に戻ったようで、「はい」と返事をすると、スマホの操作を初めた。 そして、少ししてからスマホを横島先生に側に向けてテーブルの上に置いた。「これを見ればいいのかしら?それじゃあ、失礼して」 そう言うと、横島先生はエマのスマホを手に取った。 横島先生はしばらく画面を凝視した後、俺の顔と、画面とを交互に見始めた。 そして、また俺の耳をつまんだ。「先生、痛い痛い。ちぎれちゃうって」「これは、どういう要件なのかしら?」 横島先生がこちらに向けた画面に映し出されているのは、例のキス疑惑写真だ。まったくの誤解なのだけど。「妹の世話はお願いしたけど、手を出すことまでは許可していないわよ。まあ、あんな美少女なんだから、年頃の男子高校生が我慢できないってのはわかる。でも、ダメよ。ちゃんと保護者の許可を取らないとね。……保護者である私のね」 ひい。 眼前に迫ってきた横島先生には二重の怖さがあった。 強者男性としてのフィジカル、そして、オネエとしてのメンタル。「ち、違うんですよ。どうやったのかは分からないんですけど、俺は誓って凛には手を出していません」「ふーん。そもそも。いつの間に滝沢から凛に呼びなが変わったのかしら?……あー、なるほどそう言うことね。自分の女になったら呼び捨てにするタイプなのねあなたは」 横島先生は疑わしきものは罰する態度で、俺を訝しむ視線で凝視する。「それに関しては私も違うと思います。凛ちゃんと桐生くんを近くで見ていてそう思いました
last updateLast Updated : 2025-08-28
Read more

70話

 横島先生はわかりやすく、しまったといった感じで口を一文字に引き結び目線を少しそらした。 しかし、エマは真っ直ぐな瞳で横島先生を見つめ続けている。 しばらくそんな膠着状態が続いたのだけど、先に諦めらたのは横島先生だった。「……そうよ。凛と私は、父親違いの異父兄妹なのよ」 俺も知らなかった情報に、驚きを隠せない。 表には出さないようにしていたけれど、内心は動揺していた。「そう……なんですか」 聞いたエマ本人も戸惑っているようで、言葉を詰まらせた。「あなたたちを信じて話したんだから、黙っていてちょうだいね。本来なら、親族が担任をすることは良しとされていないのよ。凛を近くで見守る為には、こうするしかなかったの」「大丈夫です。凛ちゃんの秘密、誰にも話したりはしません。ね、桐生くん?」「あ、ああ。もちろん」 横島先生が凛に執着する理由がようやくわかった気がした。 そりゃ、可愛い妹のことだったら豹変したりもするわけだ。「……二人を信じるわ」「……あの、先生、聞いちゃいけないこと聞くかもだけど怒らないでくださいよ」 そう前置きをしてから言葉を続けた。「なんで、凛は一人暮らしをしているんですか?」「……凛の母親は、あの子をおいて男と出ていったわ。 私のときもそうだった。私をおいて、男と出ていったのよ。それが凛の父親だった」 あまりに重すぎる話に、言葉が出てこなかった。 父さんや母さんがいるのが当たり前だと思っていた俺の常識がグラグラと揺らぐ。 エマも同じ感想を抱いたようで、両手で口元を覆っている。「それで、凛ちゃんは……」「凛はね。母親がいなくなった時、身寄りがなくて行くあてがなかったのよ。それで私のところに連絡が入ったの。凛の面倒をみれないかってね」 横島先生はカップを手に取り、少しだけコーヒーを口に含んだ。そして、それを飲み込んでから話を続けた。「もちろん、それまで凛の存在すら知らなかったし、私と父を捨てた恨むべき女の子供。二つ返事で良いですよとはならなかったわけよ」「……複雑ですよね」「そのとおりよ。私はすごく複雑な気持ちで凛との面会日を迎えた。今から二年前のことね。 お顔は私に似てすごく可愛いらしいのに、性格は正反対だった。おしゃべりでもないし、表情から考えていることを見抜くこともできなかった。オカマの勘は鋭いはずな
last updateLast Updated : 2025-08-29
Read more
PREV
1
...
345678
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status