All Chapters of 対人スキルゼロの変人美少女が恋愛心理学を間違った使い方をしたら: Chapter 81 - Chapter 90

97 Chapters

81話

 学園祭当日を迎え、当初やる気のなかったクラス面々の面影はなく、みな活力にみなぎっていた。 率先して導線を確認するもの、最後に掲示物の配置にミスはないかと確認をするもの、シフトを確認して、一緒に回ろうと計画を立てるもの。 クラスTシャツの背中に刻まれた『結束』をその行動で示していた。 まあ、俺だけはクラスの輪から外れてそんな光景を眺めているのだけれど。 あの凛ですら、輪の中にいる。凛を見ていたら目があって、控えめに手を振ってきた。 それにはなんの反応もかせさずに目をそらすすと、他の人物と目が合ってしまった。 どうも怒っているようで、うっすらと赤いオーラが包んでいるように見えた。「あなただけ掲示物がないみたいなんだけど、どういう領分かしら?」「安心しろ。それならとっておきを用意したから」 結局、俺は当日までに推しについての何かを用意することはできなかった。 考えれば考えるほど、何を好きなのか、心の拠り所にしているのかがわからなかった。 強いて言えば浮かぶ顔はあったけど、それを推しと言うのは違うと思った。「何がとっておきよ。どうせ何も出さないで、誤魔化して逃げるつもりなんでしょう?……小さい頃のけんちゃんがそうだったからよくわかるわ」 まあ、吉岡ならあり得るだろうなと思いつつもディスるのはやめた。なにせ吉岡大好きな陽川である。 仕返しが怖い。「それがそうでもないんだな。きっと、けんちゃんは喜んでくれると思うぞ」 あえて吉岡とは呼ばず、陽川の呼び名でそう呼称してみると、陽川は少し目を細めた。「どういう意味よ?」「それはあとのお楽しみってことで」 そう言って、俺はその場をあとにしようとした。 すると、後ろから肩を掴まれた。 半ば強引に振り向かされると、真剣な表情で陽川は言った。「展示に関しては、最悪、ほんっとうに何もなかったとしてもあなたを咎めたりはしない。でも……ちゃんと答えは出してあげなさいよ」 今日と明日で何が起こるのか、陽川は知っているようだった。 いや、そうだよな。それは当然だ。 班分けの時点から始まっていたことなんだ。 俺は「ああ」とだけ返事をして、陽川の手を優しく払った。 そして、一人で廊下に出た。 他のクラスも搬入やらがギリギリになってしまったところもあるようで、デカい緑色の水桶みたいなものが早足で駆
last updateLast Updated : 2025-09-11
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82話

やはりというべきか、わがクラスの出し物』推し発』は過疎っていた。 今現在入場をしたのは、1、2…5組だけ。 なんでそんな細かいことを俺が把握しているのかといえば、現在受付をしているからだ。 一応、入場料を貰っているから受付は必要なのだ。 入場料といってもあくまでお金ではなく、入場チケットだ。 学園祭の最後に最優秀クラスを発表するための物差しと説明すれば分かりやすいだろうか。 来場者には無条件、無制限に配られている。 もちろん俺たち生徒側もチケットを貰っているけれど、それにはでかでかと1-Cと印字されてしまっているため、自クラスの投票には使えないといった仕組みだ。 外で焼きそばやヨーヨーなんかをやっていたクラスは材料費くらいは請求しているんだろうけど。 「ねえ、陽葵?」 受付の横に座る、滝沢凛はこちらに視線を向けずに話しかけてきた。 「なんだ?」 「暇だね」 「ああ。そうだな」 そこで会話は途切れる。普通なら気まずくも感じそうなところだけど、不思議とそうは思わなかった。 誰もいない教室内。沈黙が続く環境。外から聞こえてくる喧騒がとても遠くの物に感じた。 「最近、あまり、話せてなかったよね」 「そうだな。いろいろあったしな」 そこでまた沈黙が訪れる。 俺はクラスメイトの掲示物や展示物を流し見るように見た。 「ねえ、陽葵?」 「……なんだよ?」 「しりとりしない?」 「しりとり?……まあ、いいけど」 一瞬、めんどくさいなとも思ったけれど、この現状で暇つぶしをするなら間違いではないかもしれない。 そう思って了承をした。 「じゃあ、私から────」 そう言って凛は少し考えるような素振りを見せてから口を開く。 「プリン!」 「……あのさ、開幕から終わってるけど」 「あっ!」 凛は自分で言って驚いたのか、口元を両手で覆っている。 「……もう一回、最初からいい?」 「いいも何も俺のターンきてないしな。じゃあ凛からな」 「うん。じゃあ……」 凛は俯いて少し考えるような仕草を見せてからポツリと呟く。 「エマちゃん!」 「だから、あのさー『ん』じゃ終わっちゃうだろ。とりあえず『エマ』ってことにして続けるぞ」 凛はごめんなさいと言いながら
last updateLast Updated : 2025-09-12
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83話

 エマに指定された待ち合わせ場所、例の踊り場に早々にたどり着き、すでに1時間以上経過している。 なにせ、エマの当番が終わるのが俺と凛の2組後、一組が30分交代制になっているから、そもそも来るはずがないのだ。 それなのに俺は、はやる気持ちを抑えられず、吉岡に声をかけられたのも無視してここに座っている。 吉岡は陽川から逃げ回っているようで、俺と周る口実を作りたそうにしていたから、逆に陽川に吉岡の居場所をメッセージで教えてやった。 きっと今頃陽川は、吉岡と楽しい学園祭を送れているはずだ。 吉岡がどう思っているのかは知らない。 緊張を誤魔化すためにエマとはなるべく関係のないことを考えているのに、思考の端にエマの顔が見え隠れする。 いつも普通に会話をしていたのに、今エマが目の前に現れたらうまく会話をする自信もない。 心臓もいつもより早く脈打っているし、握り込んだ掌にはじんわりと汗が滲んでいる。 でも、嫌な緊張感ではなかった。 決して心地よいとも言えないけれど、これから起こることにワクワクしてしまっていた。 ……でも、心のどこかで違和感も感じていた。 罪悪感に近い感情も抱いていたんだ。 なんでこんな気持ちになっているのかは俺自身にもわからない。 一度は振られたと思っていた、誰もが憧れる絶世の美女とデートをできるのにも関わらず。「桐生くん。お待たせ」 俺は階段に腰を落として顔も下げていたから、接近に気がつくのが遅れた。 顔を上げるとそこには、クラスTシャツと制服のスカート姿のエマが立っていた。「ぜんぜん待ってないから、気にしないでくれ」 なんでかわからないけど、エマの目を見ることができなかった。「横、座ってもいいかな?」 エマはそう言うと、答えを聞かないうちに俺の横に腰を降ろした。「まだいいって言ってないけどな」「別にいいじゃん。減るもんでもないんだし」「時間は減っていくと思うけどな。4時になれば嫌でも終わっちゃうわけだし」 現在の時刻は十二時少し前。まだ4時間あるとはいえ、きっと楽しい時間は一瞬だ。 エマは座っている段に足も一緒に乗せ、俺の方を向き、器用にスカートを巻き込んで体育座りをした。「別に、私はそれでも構わないけどね。……桐生くんと一緒に居られるなら」 間近での美少女の囁きは破壊力抜群だった。 目を見ることすら
last updateLast Updated : 2025-09-14
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84話

俺は手渡された割り箸を割り、焼きそばの入ったパックから輪ゴムを外した。 焼きそばはかなり大盛りにされていて、パックを二つ使って無理やり閉じられている状態だった。 さすがにこんなに食べ切れるかと自らの胃袋に問いかけていると、エマが俺の肩を叩いた。 「どうした?」 「あーん」 エマはそう言いながら口を大きく開いた。まるで餌をねだるヒナドリのように。 「あーん?」 意味がわからなくてそう聞き返すと、エマは口元を歪ませた。 「これ、1個しかないんだよね。割り箸も」 「はっ!?」 エマの言う通り、膝元に置かれているビニール袋は空っぽのようだった。 「えっとそれって……」 「私あんまりお腹が空いてなかったから、桐生から少し貰えればいいとかなー思ったんだ」 エマは満面の笑みを受けべそう言うと再度口を大きく開いた。 「あーん」 俺はどうしていいのかわからずに固まってしまった。 だけど、エマは引く気はないようで俺の横で口を開き続ける。 「……わかったよ」 「わーい。はやくはやく」 エマはそう言って俺を急かした。 箸を握り直して慌てて焼きそばを掴もうとしてみたけれど、緊張のせいか手が震えてうまく焼きそばを掴めない。 そんな俺の様子を見ていたエマは小悪魔もびっくりな微笑を浮かべ、耳元で囁いた。 「ふーん。緊張してるんだ。かわいい」 「ふぁっえっ!?」 あまりに驚いて、箸も焼きそばも放り出しそうになってしまったけれど、なんとかギリギリのところで踏みとどまった。 「顔、赤くなってるよ?」 エマの吐息がかかる。 顔がとても熱くなっているのが自分でもわかるほどだった。 俺は落ち着くためにエマに気が付かれない程度の深呼吸をしてから再度箸を握り直し、なんとか焼きそばを掴み、それをエマの方に向けた。 当然エマの顔なんて見れるはずがない。 「あーん」 それでもエマは自分から焼きそばを口に運ぼうとはしなかった。 なんとしても俺に運ばせたいらしい。 もうなんとでもなれだ。南無三! エマの方を一瞬だけ振り向き、エマの口の中に焼きそばを放り込むようにして食べさせてやった。 「ムグムグ」 なにか抗議をしているようだったけれど、口に物を入れながら喋ることはしないみたいだ。
last updateLast Updated : 2025-09-15
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85話

「うーん。おいひい。桐生くんも食べる?」 そう言ってエマはかじった側のホットドックを俺に向けた。 つい先程あったことを思い出して俺はむせた。 なんとか咳を無理やりに抑え込んで、首を左右に振った。 ラブコメなんかの主人公を見て、こんな状況に俺がなったのなら、間違いなくかぶりつくと想定をしていたのに、実際その状況に置かれると日和ってしまうものである。 意気地なしだなと思っていた過去のラブコメ主人公たちに、今は心から謝罪をしたい気分だった。 先輩方すいません。俺もそっち側の人間でした!と。「なんちゃって♪」 エマは一人楽しそうに俺の前からホットドックを引っ込めて、それを自らの口に運んだ。 うん。それがいい。それがいいよ。 現在、俺とエマは食べ歩きをしている最中だ。 なにせ、エマが買ってきてくれた焼きそばを俺一人でほとんど食べてしまったからな。 あんなことされたら、思春期真っ只中の純真な高1男子だったらきっと、みんなおんなじ反応をするはずだ。 だが、辺りを見渡してみてると、食べさせ合いをしているカップルの姿もちらほら見えたりして、俺が気にし過ぎなのかと錯覚をしてしまう。 エマは一切気にしていないようだけど。「あー、お腹いっぱい。桐生くんはもう大丈夫?」「ああ。俺はお腹いっぱいだよ」「そうだろうね」 エマがニヤリと笑う。 そりゃそうだろ。 3人前はありそうな焼きそばを俺はほぼ一人で平らげたのだから。 元からそんな大食漢じゃない俺の腹はパンパンだった。「少し座ろっか」「ああ」 エマはそう言ってから周囲をキョロキョロ見渡すと、体育館を指差した。 学校側が設置したベンチは全て埋まってしまっていたけれど、体育館の階段だけはまだ少し座る場所に余裕があった。「あそこにしよう」「おっけ」 体育館前の階段は日陰になっているから、空気が少しひんやりしていた。 エマが座ろうとしたところに、ハンカチを引いてそこに座るように促すと、エマは目を丸くした。「へぇー。桐生くんって案外紳士なんだね」「案外は余計だろ。俺はいつだって紳士だよ」「あーおっしい。そのセリフで減点だー」 文句を言いながらもエマは俺が敷いたハンカチの上に腰を降ろした。 俺もその横に。「ふー。やっぱり人込みを歩くのは疲れるもんだよね」 それは同感だった。俺も人混み
last updateLast Updated : 2025-09-16
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86話

 エマの提案を受けて真っ先に向かったのは1-Dによるお化け屋敷だった。 とはいえ、所詮は公立高校の文化祭。教室を黒いビニールシートで仕切って、ところどころに段ボールで作った棺桶やら、ビニールの血糊を垂らした人形やらを置いただけのものだ。 照明も落とされてはいるが、窓の隙間から差し込む光がところどころに入ってきていて、どうにも締まりがない。「思ったより……チープだな」 俺がそうつぶやくと、横のエマがクスッと笑った。「でも、そういうのが学園祭の醍醐味なんじゃないかな?桐生くんはそう思わない?」 エマは、本末転倒なことを言いながら俺の腕に自分の腕をからめてきた。 ドキリとする。こっちは一歩進むごとに心臓が跳ね上がっているというのに、当の本人は落ち着き払っているように見える。いや、むしろ楽しんでやっているような……。また、それが正解なのかもしれないけれど。「な、なんで腕つかむんだよ」「だって、お化け屋敷だよ?怖いから……って言ったら信じる?」「嘘だな」「うーん、やっぱりバレちゃったか」 エマはいたずらっぽく舌を出す。 どうやら、怖がってしがみつくフリをしているらしい。だが、それを知っていてもドキドキするのだから、俺も大概チョロい。 進路に天井から吊るされたカーテンをめくって進むと、段ボールの棺桶から男子生徒が「うらめしやー!」と飛び出してきた。 俺は思わず「うおっ!」と声を上げて後退り。尻もちをついてしまう。「きゃー、桐生くん!」 エマはそんな俺の背中に両手を回して抱きついてきた。 まったく怖がっている様子ではない。 それどころか、完全に楽しんでいる。俺の狼狽を見透かして、からかう材料にしているようだった。「……おい、全然怖がってくれないんだけど」 棺桶から出てきた男子が苦笑交じりにぼやいた。「こっちは三日間準備したんだぞ? なに余裕ぶっこいてイチャついてんだよ」「だって怖くないんだもん」 エマは涼しい顔でそう言い放ち、俺の肩に顎を乗せた。「ね、桐生くん?」「いや、俺は普通にビビったけど……」「桐生くんは可愛ね、そういうところが」 男子生徒は「ちっ」と舌打ちして次の客に向かっていった。 その後も、通路の角から白布をかぶった幽霊が出てきたり、窓際に血まみれの人形が吊られていたりと、工夫はされていた。だが、エマは一向
last updateLast Updated : 2025-09-18
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87話

 お化け屋敷の黒のカーテンをくぐり抜けると、廊下の空気がやけに澄んで感じた。さっきまでの薄暗さの反動かもしれない。エマは俺の腕からするりと離れ、代わりに指先だけをからめて軽く引いた。あまりにその仕草が自然で、俺は抗議をすることも忘れてしまっていた。せっかく落ち着いた心拍数がまた急上昇を始めた。「次はね、展示をはしごしよう。まずは……美術部!」 エマの足取りは迷いがない。 案内ポスターの矢印を一度も確認せず、まっすぐ美術室へ向かう。 中は絵の具の匂いと土の湿り気がまざって、なんだか知らない世界に迷い込んだように感じた。 壁一面に油彩、デッサン、陶芸などなど。なんて呼ぶのか分からないものも展示してあった。「これ私すきかも」 エマはすっと作品の前に立つと、モデルみたいに首を傾げた。ほんの数センチ、俺の肩にエマのキレイな髪が触れたような気がして心臓が跳ねる。 作者の札を見たら「2年B組 大野」と書かれていた。「桐生くんはどれが好き?」「え、えっと……これ。鉛筆のやつ。リンゴ」「ふふ、写実派なんだ。じゃあ────」 エマは俺の肘を取って、ぐいっと別の絵の前へ。そこには大胆に塗り重ねられた赤い抽象画。「情動」とタイトルがある。「これは?」「……なんか、熱い」「ね、いいよね。理屈より先に体が反応するやつ」 そう言って俺の掌に自分の掌を重ねた。絵の熱を確かめるみたいに、そっと押してから、いたずらが成功したみたいな顔で離す。ずるい。 美術室を出ると廊下に「写真部→」の矢印。階段を降りた特別教室は照明が落とされて、パネルが等間隔に立っている。 モノクロの通学路、朝の校門、体育館の光の筋。俺たちの知らない学校が並んでいた。「キレイだね」 エマが足を止めた一枚は、雨上がりの水たまりに映る桜。枝は画面外で、本物は写っていないのに、映り込みだけが満開だった。「撮った人、絶対こっちを“見る”のが上手いんだよ」 エマの声が少し低くなる。写真に話しかけるみたいな口調で。 俺が相槌を打とうとしたその時、「あの、矢野さん?」と声がした。部員の名札をつけた女子が近づいてくる。「モデルお願いしてもいいですか? “今日の来場者スナップ”で……」「いいですよ。ね、桐生くんも一緒に」「え、俺も?」「一緒のほうが“今日”になるでしょ?」 気づけば俺はいつ
last updateLast Updated : 2025-09-19
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88話

 エマに手をひかれてやってきたのは、屋上だった。 斜陽が差し、塔屋が長い長い影を降ろす日陰に俺とエマは並んで校庭を見おろしていた。 今日の開催も終わりに近づいているということもあり、片付けに入っているテントもあるようだった。 客の数も昼間に比べるとかなり少なくなっていて、昼間は黒い絨毯のように見えていたであろう動線も、ポツポツとコンクリートが剥き出しになっている。「なんかさ、こういう祭りのあとって感じちょっと感傷的な気分になったりするよね」 エマは先ほどまでの積極さを失ってしまったように、俺と少し距離を取り、こちらを見ることもなく投げかけてきた。「まだ、祭りは終わっちゃいないだろ。明日もあるわけだし」「────ふぅ」 エマは一つ深く息を吐き出した。そして続けて、「私としてみたら終わってしまったようなものなんだよね」「どういう意味だ?」 エマの答えはなんとなくわかっていた。エマと凛。同時に連絡が来た時点で何かがおかしいとは思っていたけれど、今のエマの反応を見て、確信に変わりつつあった。「こんなこと言ったら、凛ちゃんには不利になっちゃうけど。私、悪い子だから」 そう言いながらこちらを振り向いたエマの笑顔にはどこか迷いが、躊躇いを感じさせた。 今日一日みせた小悪魔な笑顔は鳴りを潜めていた。「なんだよ。言ってみろよ」「私、今から桐生くんに告白をする」「えっ、!?、ああ」 約束の段階から覚悟していたことではあったけれど、面と向かって言われると、心臓がキュッと掴まれたような感覚に陥ってしまう。 なにせ、目の前にいるのは、振られたと思っていた、学年でも一番の小悪魔。美少女が立っているのだから。「でもね、凛ちゃんと約束もしているの」「約束……?」「返事は今日しなくていい。いいえ。しないでほしいの。桐生くんが結論を出すのは、明日の後夜祭。どちらを選ぶのか、どちらも選ばないのかを桐生くんにしっかり考えたうえで決めてほしい」「……そっか」 エマの言葉から今置かれている現状を理解した。 エマと凛は俺に同時に告白をして、どちらが選ばれるのかを競っている──── 二人にとっては、いや、俺にとったって大事件なのに、そんな単純なセリフしか出てこなかった。 きっと恋愛の経験不足なんだ。 いつかはもっとスマートな返しができるようになるのだろうか
last updateLast Updated : 2025-09-20
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89話

「ねえ、桐生くん」 受付用の机に頬杖をついたエマが、退屈そうに俺を見上げてくる。 外からは焼きそばの香ばしい匂い。輪投げの呼び込みの声が響いてくるというのに、この教室だけは別世界のように静かだった。 ああ腹減ったな。「なんだ」「私たちのお客さんって、もしかして今日は五人で打ち止め?」「陽川の落ち込む姿が目に浮かぶな」「……それはちょっと困るかも」 俺をからかおうとしてきたエマだったけれど、陽川の話を出されるとやはり弱いようだった。 頑張っているのを近くで見ていたわけだしな。「まあさ、今日の3時くらいを楽しみにしていてくれよ」 教室前方の壁掛け時計に目を向けると、現在は10時を少し回った辺り。 5時間後には、この教室内に入り切らないほどの人が押し寄せてくるはずだ。 なにせ、現役がやってくるわけだから。「それって、桐生くんの秘策ってやつ?冗談なんだと思ってたよ」 エマのやつ、ついに白状しやがったな。やっぱりエマも俺の戯言だと思っていたんだ。「きっとみんな警備に追われて狼狽えると思うぜ」 陽川がストリーであると認識されてしまったあの日の正門前の雑踏を思い出しながら俺はニヤけた。「ふーん。……どんなものなのか、私にだけは秘密で教えてくれない?」 エマは少し前かがみになって、上目遣いで俺の顔を見た。 見えてはいけないものが見えそうになって俺は思わず目を背けた。「それはエマであっても言えないな。言ったらきっと反対すると思うから」「えっ……桐生くん、もしかして……悪いことをしようとしてる?」「悪いことではないよ」 そう言い切ってから、場合によっては停学くらいならくらってもおかしくないなと思った。 ……一応あとで、横島先生には事前に連絡をしておこう。 困ったことがあれば力になってくれるって言ってたし。「それならいいんだけど……ところでさ────」 エマは俺から視線を外して、受付の机から正面を見るようにしてこう続けた。「凛ちゃんとのデート。今日だよね」「あ、ああそうだったかな……?」 わかりきっていることだった。なんでそんなことをエマが言い出したのかよくわからなくて言葉を濁して返事を返した。「なにをする予定なのかな?」「まだなにも考えてないよ」「……私と居るより、凛ちゃんと居る方が楽しい?」「はっ!?」 そんな
last updateLast Updated : 2025-09-21
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90話

 陽川が生徒指導室の扉を開くと、そこには不機嫌そうな顔の志津里アイリ。そして困り顔の笹川秋斗、二人の前で腕組をする横島先生の姿があった。 俺の姿を見た秋斗は安堵したのか、笑顔を見せた。「陽葵」 右手をあげながら俺の名を呼んだが、俺は陽川に胸元を掴まれたままだ。秋斗の方へ向かうのことはできなかったから右手をあげて挨拶とした。「あなたの知り合いって言うのは本当なのね」 俺と秋斗のやり取りを見て、陽川はそう判断したらしい。「昔からの友達とその彼女だよ。……こいつら、なんかやらかしちゃった?」 俺がそう質問をすると、陽川は鋭い視線を俺に向けた。「何かやらかそうとしていたのは、あなたの方なんじゃないの?」「と言いますと……?」「はー、呆れた。まだとぼけるつもりなのね。私と横島先生に無断で志津里アイリさんに無償でトークショーをお願いしていたことはもう聞いているわ。彼らが最初に話しかけたのが横島先生で助かったわよ。本当に。他の先生だったら大問題になっていたところよ」 すでに全てバレてしまっている…… 俺がやろうとしていた『秘策』それは、ストリーの中の人として世間に知られている志津里アイリにトークショーをやってもらうことだったのだ。 ストリーの中身がいると騒ぎになっていた学校で、本物(偽物)のストリーの中身がトークショーを行なっているとなれば、お客さんが滝つぼに吸い込まれる滝のように押し寄せるのは自明の理だ。 陽川が起こした事故配信の時に正門前に集まっていた人たちがその証明だ。「桐生。俺が正門前で不審者がいないかの見回りをしていたからよかったようなものだぞ?他の先生の当番のタイミングだったら間違いなく大事になっていたぞ」 凛々しいバージョンの横島先生がそう言った。もはやこっちの姿のほうが違和感が凄い。「私を呼ぶのなら、話は通しておいてくれるのが筋ってものじゃない?」 不機嫌さを隠そうとはせず、アイリも横島先生のあとに続いた。 呼ぶって相談したら、きっとダメだって言われるとわかりきっていたから独断専行したわけで、アイリと秋斗が他の誰かに声をかけるとは思ってもみなかった。「とりあえず陽川も桐生もそっちに座れ」「はい。わかりました」 横島先生の指示を受けて、横島先生の対面側に引きずられていく。 アイリと秋斗が詰めて、その横に陽川が座り、俺に
last updateLast Updated : 2025-09-22
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