紬が二人のそばを通り過ぎようとした時、玲奈に腕を掴まれた。「やっぱりあなたね、どうして戻ってきたの?うちの財産が諦めきれないんでしょ。悔しくて、お祖父様が息を引き取る前に戻ってきたってわけ!本当に計算高い女。寝たきりのお祖父様が、まだあなたの味方をしてくれるとでも思ってるの? 甘いわ!婚約解消を言い出したのは、あんたの方からよ!」紬が無視すると、玲奈は逆上して平手打ちをしようとしたが、その手は紬に掴まれ、宙で止められた。紬は、かつて自分を散々見下してきた女をまっすぐに見据え、もう泣き寝入りはしないという毅然とした態度で言い放った。「当然、私を呼んだ方がいらっしゃるからよ」「呼んだですって? 誰があんたみたいな女のこと、気にかけるもんですか!それに、今更戻ってきて何だって言うの。兄さんはもうすぐ睦ちゃんと結婚するのよ!」紬は、隣で何も言わずにどこか緊張している睦を一瞥した。「あら、それはおめでとうございます。橘さんが、私のお古を引き取ってくださるなんて、感謝しなくてはいけませんわね」「あなたねぇ……!」逆上した玲奈が、再び手を振り上げた。しかし、その平手打ちは誰かに空中で阻まれた。「やめろ!俺が呼んだんだ!」玲奈は相手を見て、「兄さん……」と声を漏らした。紬の目の前には、あの懐かしくも忌まわしい顔があった。睦は玲司の姿を認めると、さっと彼から身を引き、ここぞとばかりにアピールする。「あなたにとってはもう価値のない人かもしれないけれど、それでも私は玲司を愛しているわ。彼の良いところも悪いところも、全部含めて」紬はふっと笑い、淡々と応じた。「そうですか」この茶番を、玲司は意にも介さなかった。彼の目には、紬しか映っていなかったからだ。周囲のすべてが音を失い、自分の呼吸がゆっくりになるのさえ聞こえる。寝ても覚めても焦がれ、手に入れたくてたまらなかった人。その人が今、ここにいる。玲司はまだ、夢を見ているような心地だった。やがて、慣れ親しんだ雪松の香りが、紬を力強く包み込んだ。数年会わなくても、紬が意図的に避けていても、玲司の噂はニュースや、友人の萌経由で耳に入ってきていた。事業で快進撃を続けていること、睦と仲睦まじく同棲を始め、世間の羨望の的になっていること。だが、そ
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