All Chapters of もしこの人生で、あなたと恋に落ちていなかったなら: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

「葉原さん、離婚協議書、無事に手に入りましたよ」電話越しに、佑海が穏やかな口調で報告した。「陸川もすでに署名済みです。あとは役所で手続きを済ませれば、正式に離婚証明書が得られます」「えっ?もう署名したの?」電話の向こうから聞こえてくる春陽の声には、驚きがにじんでいた。だが、その驚きは未練ではなかった。彼女が協議書に記した条件は、決して簡単に受け入れられるようなものではない。高月瑶葵に奪われた子宮を、返還させること。「私が書いた条件……彼、本当に全部承諾したの?勝手に書き換えたりしてないでしょうね?」「ご安心ください」佑海は落ち着いた声で答えた。「協議書が届いたあと、一字一句漏らさず確認しました。内容に一切の変更はありません。葉原さんが提示したすべての条件、陸川はすべて了承してます。高月から子宮を取り戻す件も、例外ではありません」「……そう」春陽は少し笑った。「そんなことまで認めるなんて、あの人はまったく……」それ以上の言葉は続かなかった。そこまで譲歩できる人間なんて、いったいどれほど冷酷なのだろう。彼は自分に対してだけでなく、瑶葵にさえ、情のかけらもなかった。おそらく、この男が本当に愛しているのは、自分自身だけだろう。しかし実のところ、明茂は離婚協議書の内容をまともに読んでもいなかった。ただ、署名して佑海に渡しただけ。なぜなら、彼には最初から離婚する気などなかったのだ。署名はただの「餌」で、春陽の居場所を突き止めるための、手段にすぎない。そして今まさに、佑海が春陽と通話しているこの瞬間、莫大な報酬で雇われたハッカーが、その通話を手がかりに彼女の現在地を割り出していた。ハッカーは佑海の事務所のすぐ下の階に潜んでいた。距離が近ければ近いほど、信号が強くなり、位置の特定も精度が高くなる。佑海の事務所を出るとすぐに、明茂は階段を駆け下り、ハッカーのもとへ向かった。「どうなった?」焦りを隠せぬ声で尋ねた。「春陽の居場所、分かったか?」「現在、解読中です」ハッカーは冷静に答えた。「元奥様のスマホには、かなり高度な追跡防止システムが入っています。専門家が設定したものですね。突破には少し時間がかかります」「元奥様って誰のことだ?俺と春陽は離
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第12話

一切の迷いもなく、明茂はすぐに航空券を購入し、K国のアローラ州へと飛び立った。春陽が姿を消してからの数日間、明茂はまるで狂ったかのように焦り続けていた。世界中を探し回り、使える部下を総動員した。だが、何の手がかりも得られなかった。まるで彼女がこの世から忽然と姿を消してしまったかのように。すべての連絡手段は断たれ、陸川家に残されていた春陽の形跡も、すべて消え失せていた。寝室に飾っていた結婚写真、クローゼットの中の服、靴棚に並んでいた靴、ベッドのシーツと掛け布団。さらには洗面所にあった歯ブラシや、履き古したスリッパまでもが、影も形もなくなっていた。まるで目に見えない巨大な手が、意図的に彼女の存在そのものをこの世から抹消したかのようだった。広すぎる邸宅が、一夜にして空っぽになった。明茂は春陽を見つけられないどころか、「彼女がここにいた」という痕跡さえも見失ってしまったのだ。写真一枚すら、残されていなかった。彼のスマホには、確かにたくさん保存していたはずなのに、誰かが消したのか。あるいはスマホに問題があったのか。いずれにせよ、すべてが跡形もなく消えていた。さらにはLineまでも、春陽は彼の友だちリストから消えていた。削除もブロックもしていなかったのに。まるで最初から存在していなかったかのように、全部消えていた。電話番号も同じ。もう、彼女に連絡する手段は何一つ残されていなかった。本当に、彼女を完全に失ってしまった。そう実感した瞬間、明茂は人生で初めてと言っていいほどの「恐怖」に襲われた。春陽は、彼の命なのだ。失うわけにはいかない。理性をかなぐり捨て、狂ったように世界中を駆け回り、春陽の行方を追い続けた。だが、何も見つからなかった。そんな中、佑海から提示された「二日の猶予」が迫っていた。明茂には、もはや打つ手がなかった。残されたのは最後の賭けだけ。彼はあの離婚協議書を手に取り、歯を食いしばりながら、署名したのだ。この協議書を渡せば、あのクソ弁護士はきっと、春陽に連絡を取るはず。それさえ掴めば、彼女の居場所にたどり着けるはず――彼はそう信じていた。署名を終えるやいなや、明茂は部下に命じ、闇サイトを通じて法外な報酬で超一流のハッカーを雇った。「なぜだかわからないが……
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第13話

春陽は出国前、瑶葵から送りつけられた挑発的な動画をすべて、明茂に転送していた。しかし、彼女が雇った専門チームはそのことを知らなかった。そのせいで、思わぬ行き違いが起きてしまった。彼女の飛行機が離陸した直後、チームのハッカーがそのアプリを起動し、明茂のスマホから春陽に関するすべてのデータを削除してしまった。そのため、明茂はあれらの動画を一本も受け取っていなかった。だが今、そのスマホは優秀なハッカーの手に渡り、データの復元作業が進められていた。少し時間はかかったが、最終的にはすべてのデータが復元された。飛行機が飛び立つ直前、ハッカーはスマホを明茂に返した。「データはすべて復元しておきました。ですが、奥様はすでに陸川社長のすべての連絡手段をブロックしています。私にできるのは、過去のトーク履歴を元に戻すことだけです。ブロックを解除してもらえるかどうかは……陸川社長次第ですね」明茂はうなずいた。「それで十分だ。ありがとう」「滅相もないです」ハッカーは軽く笑って言った。「仕事でやってるだけですから」その言葉を聞くとすぐに、明茂は部下に指示を出し、残りの報酬を支払わせた。さらに感謝の意を込めて、上乗せで多めの報酬も渡した。支払いが終わると、明茂はスマホを手に飛行機へと向かった。彼はすぐにスマホを開こうとはしなかった。ハッカーも言っていた通り、春陽はすでに彼をすべての連絡先からブロックしている。仮に彼女が友だちリストに戻ったとしても、メッセージは送れない。せいぜい、過去のトーク履歴を見返して一人で落ち込むしかない。だが、明茂はそういう性格ではなかった。失恋したからといって、過去のやり取りを見返して涙するような男ではない。彼はグループの社長だ。そんな情けない真似はしない。だから、機内ではずっと目を閉じ、体と心を休めていた。スマホを開くこともなかった。彼は敗者ではないし、弱者でもない。今回のK国へ行って、必ず春陽を取り戻し、やり直してみせるつもりだった。二十三時間におよぶ長いフライトの末、ようやく飛行機はK国に到着した。到着後すぐに春陽を探しに行くことはせず、まずは近くのホテルに入り、ゆっくりとシャワーを浴びて身支度を整えた。そして部下に命じて、近くのショッピングモー
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第14話

雲は春陽の大学時代の先輩であり、同時に明茂にとっては恋のライバルでもあった。学生時代、雲はいつも春陽に気を配っていて、二人はとても親しい関係だった。もう少しで恋人同士になっていてもおかしくなかった。そんな時、突然現れたのが明茂だった。彼は春陽に一目惚れし、すぐさま情熱的なアプローチを始めた。その勢いは誰にも止められないほどで、大きなバラの花束を毎日贈るのは当たり前。さらには、毎日ひとつずつダイヤモンドの指輪を贈るという徹底ぶりだった。「君を初めて見た瞬間、決めたんだ。絶対に君を俺の妻にする」明茂は熱い思いを込めて、春陽にそう告げた。「今すぐプロポーズを受けてくれとは言わせない。でも、俺は毎日ダイヤの指輪を送り続ける。君が一番好きな童話が『千夜一夜物語』だって聞いた。だから、千一個の指輪を贈るつもりだ。その千一個目の指輪を渡すとき、どうか俺のプロポーズを受けてほしい。そのすべての指輪を君のウェディングドレスに飾る。君はきっと、世界で一番美しい花嫁になる」明茂の情熱に、春陽の心はたちまち動かされた。一方で、雲は家庭の事情により、家族と共にK国へ移住することが決まっていた。彼自身もK国で大学院へ進学したため、二人の間に芽生えかけていた関係は、自然と終わりを迎えることになった。雲はずっと春陽に想いを寄せていたが、とうとう告白することはなかった。もうすぐ離れるから、気持ちを伝える意味もないと考えたのだ。だから出国の前、彼は礼儀として別れの挨拶だけをし、それ以上のことは何も言わなかった。「春陽、もし将来K国に来ることがあったら、ぜひ連絡してくれ」雲はそう言って微笑んだ。「また会えるのを楽しみにしてる」「うん!」春陽は迷わず答えた。「そのときは、先輩がおごってね!」「もちろん」雲は笑顔で頷いた。彼が一度も想いを打ち明けなかったせいで、春陽は彼が自分に好意を抱いていたことにまったく気づいていなかった。彼女にとって雲は、ずっと「優しい先輩」でしかなかった。今回K国を訪れたのも、彼がいるからではなく、親友の奥田静雅(おくだ しずまさ)がK国に住んでいたからだった。春陽は、心を整理するために親友を頼り、K国へ来たのだった。しばらくここで過ごしたあとは、他の国を旅しな
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第15話

明茂の姿が目に入った瞬間、春陽の笑みはぴたりと消えた。「陸川、何を言ってるの?」彼女は氷のような声で告げた。「愛人だなんて失礼ね。雲はただの先輩だ。私たちの関係をそんなふうに卑しめないで。口の利き方を注意しなさい!」「先輩?」明茂は鼻で笑った。「お前はそう思っていても、こいつがどう感じていたかは分からないだろ」「何を……!」春陽はこらえ切れず声を荒げた。「あんたって、本当に最低!誰もがあんたと高月瑶葵みたいに汚れていると思わないで!」瑶葵の名が出た瞬間、明茂の顔色が変わった。「春陽、何度言えば信じる?俺と瑶葵の間には何もない。彼女の父親は俺の指導教授で、それに昔、雪崩に巻き込まれたときに彼女が俺を助けてくれた。その恩を返しているだけだ。ほかの感情なんて一切ない!」またそれか。春陽は呆れたように息をついた。「私が送ったメッセージ、届いてないの?」「メッセージ?」明茂は戸惑った。「そういえば……お前、ハッカーを使って俺のスマホをハッキングしたんだろうな?知ってる?あのハッカー、お前に関するデータを全部消した。春陽、いくら怒ってるからってやり過ぎだろ?連絡も取れなくて、ここ数日、俺は気が狂いそうだった!」春陽は視線を落とし、冷たい口調のまま続けた。「やっぱり届いてなかったのね。残念だけど、スマホはもう捨てたわ。あの動画、あんたの目の前で突きつけられたらよかったのに」ひと呼吸置いて、彼女はさらに静かに言い添えた。「小林弁護士に連絡して。高月が私に送ってきた動画、全部そっちに預けてあるから」その言葉に、明茂の体がこわばった。二日前の会場で佑海に見せられたあの動画が頭をよぎった。当時、会場は大混乱に陥っており、明茂の頭を悩ませる問題は山積みだった。そのせいで、この映像が一体どこから流出したのかを考える暇さえなかった。あの映像は佑海が金を出して、探偵に撮らせたものだと思っていた。だが、よくよく思い返してみると、あの動画のアングルは、どうにも探偵による隠し撮りには見えなかった。「……あの動画は、瑶葵が君に送ったのか?」明茂は信じられないように目を大きく見開いた。「あの女……正気じゃないのか?近づくなって、きつく釘を刺したはずだ!」春陽は冷や
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第16話

その一言は、まるで雷鳴のように明茂の耳元で炸裂した。彼は思わず視線を逸らし、春陽と目を合わせることができなかった。「……春陽、落ち着いて。君が思ってるようなことじゃない」まさか、春陽がここまで知っていたとは。彼は、春陽が何となく不倫を察して探偵を雇い、自分と瑶葵の親しげな写真や動画を手に入れたのだと思っていた。そして、それを見て傷ついた彼女が姿を消した。K国に来る前、明茂は言い訳を完璧に用意していた。「春陽、お願いだ。信じてくれ。俺は無実なんだ。全部、瑶葵の仕業なんだ。あいつが俺に薬を盛ったんだよ。意識が朦朧としてて、あいつを君だと勘違いしてしまった。それで、あんなことに……それからずっと、あいつはそのことを盾に俺を脅してきたんだ。関係を続けなきゃ、全部君にバラすって……どうすることもできなかった。俺には、どうしても君を失いたくなかった。君は俺の全てなんだ。君なしじゃ生きていけない!」まずこの台詞で春陽の心を揺さぶり、次に土下座して謝罪し、「二度と過ちを繰り返さない」と誓う。その流れで春陽の怒りが少しでも和らげるはずだ。そして最後の一押し――涙を流しながら、再び頭を下げてこう言うのだ。「償いとして、俺の全財産を君に譲る。春陽、もしまた裏切ったら、そのときは俺を追い出してくれて構わない。全て失ってもいい!」ここまでやれば、春陽はきっと許してくれる。財産を譲ったところで問題はない。どうせ彼女には子宮がなく、子どもは産めないのだから。彼女さえ戻ってくれれば、再婚さえしてくれれば、最終的に財産は沢宇と安菜の手に渡る。つまり、どのみち同じことなのだ。これはただ、春陽を取り戻すための手段にすぎない。だが、彼女がこれほどまでに真実を掴んでいたとは思わず、用意してきた台詞はすべて無意味となった。その場しのぎの言い訳をするしかなく、言葉はどんどん支離滅裂になっていった。「春陽、信じてくれ、本当に君を愛してるんだ!俺と瑶葵のこと……全部、あいつが悪いんだ!あいつが俺に薬を盛ったんだよ!それで、正気を失って……関係を持ってしまったんだ!そのあと妊娠したって言われて……でも俺は、本当は産んでほしくなかったんだ。だけどちょうどその時、彼女の父親が脳腫瘍になって、余命いくばくもないって…
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第17話

明茂は話せば話すほど、自分の言い分に説得力があるような気がしてきて、ついには自分の話に感動すら覚え始めていた。「春陽、覚えてるだろ?結婚したばかりの頃、観た出産のドキュメンタリー……すごく血まみれで、残酷だったよな?現実の出産って、あんなにも壮絶なんだよ。多くの女性が、命がけで痛みに耐えて子どもを産んでるんだ。俺、あの映像を見てるだけで苦しくなったんだ。だから……君には絶対に、あんな痛い思いをさせたくなかったんだよ。今の状況って、むしろ理想的じゃないか?」そう言って、明茂は春陽の手を取り、真剣な眼差しで語りかけた。「瑶葵が、俺たちの子を産んでくれた。君は痛みも苦しみも経験せずに、可愛い双子を手に入れたんだ。息子も娘も揃ってる。それに、無痛で母親になれた。これ以上に恵まれたことがあるか?どうして怒る必要があるんだ?」その支離滅裂な屁理屈を聞きながら、春陽は怒りを通り越し、笑いが込み上げてきた。「つまり、あなたに感謝すべきってこと?」「春陽、そんな言い方はやめて、俺は、本当に君のことを思って……」明茂は真剣な表情を崩さず、言葉を続けた。「君に苦しんでほしくなかったんだ。だから沢宇と安菜を迎え入れて、君に母親になってほしかった。今はまだ、二人が君に懐いていないかもしれないけど……それは瑶葵が生きてるからなんだ。彼女は癌を患ってて、もう長くはない。彼女がいなくなれば、君が沢宇と安菜のたった一人の母親になる。時間が経てば、きっと懐いてくれるよ」彼はこう言ったが、そんな都合のいい未来が、本当に来ると思っているのか?あの沢宇と安菜の陰湿な性格では、瑶葵が死ねば、それは春陽のせいだと思い込むに決まっている。彼らが春陽に懐くどころか、命を狙ってこないだけでありがたいことだった。それに、春陽は誰よりも知っていた。高月瑶葵は、癌なんかではない。「もういい加減、自分に嘘をつくのはやめたら?」彼女はその手を振り払って、冷ややかな目でまっすぐに見つめて言い放った。「あんたが一番わかってるはずよ。高月は最初から癌なんかじゃなかった。この前、ベッドを壊しそうな勢いでやってたじゃない?そんな体力のある癌患者、見たことある?」その一言で、明茂の顔色は再び変わった。彼自身、もうとっくに気づいて
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第18話

その一撃は容赦がなかった。明茂は歯を一本折り、唇の端からじわりと血がにじんだ。「クソッ……!」彼は低く悪態を吐き、血の混じった唾を床に吐き捨てた。「古川、何正義ぶってやがる!春陽は俺の妻だ。夫婦の問題に口を挟むんじゃねえ!」その言葉に、春陽は冷ややかな眼差しを向けた。「陸川、忘れたの?あんたは離婚協議書にサインしたわ。私たちはもう、とっくに終わってるのよ離婚?そんなの認めない!」明茂は歯を食いしばり、声を絞り出した。「離婚協議書はあのクソ弁護士に脅されて、無理やり書かされたんだ。無効だ!そもそもサインしたのも君を探すためだ!俺は君を愛してる、春陽。離婚なんてしない!君は俺の命なんだ。君なしじゃ生きていけない!」その愛の告白に、春陽の心は少しも動かなかった。ただ、生理的な嫌悪感だけが広がった。彼女はもう言い争う気さえ失せ、無言でスマホを取り出して通報しようとした。慌てた明茂が近づこうとした瞬間、雲が一歩前に出て、守るように春陽の前に立った。「陸川、聞こえただろ?もう離婚したんだ。今すぐ立ち去れ。これ以上春陽に迷惑をかけるな。さもなくば容赦しない」すでに苛立ちが限界に達していた明茂は、雲の度重なる挑発に、とうとう自制心を失った。「調子に乗るな、古川!」怒鳴りながら、明茂は拳を振り上げて殴りかかった。だが雲もただの男ではない。明茂の動きを読んで身をかわすと、即座に反撃の構えを取った。こうして二人は取っ組み合いの殴り合いに突入した。互いに胸の奥に溜め込んだ鬱憤をぶつけ合うように。明茂は雲がいちいち口を挟んでくることに苛立ちを募らせていた。一方、雲の胸にもまた怒りが渦巻いていた。明茂は春陽と結婚しておきながら、彼女を大切にせず、かつて自分が心から敬い、憧れていた人を踏みにじてきた。それは、雲にとって決して許すことのできない振る舞いだった。「古川、お前も春陽が好きなんだろう!この間男め、今日こそ叩き潰してやる!」「そうだ、俺は春陽が好きだ。だけど、お前は結婚しておきながら不倫して彼女を傷つけた。そんなクズに春陽は任せられない!」「他人の結婚に割り込んできたくせに、よくそんな偉そうなことが言えるな。いいか、春陽は俺の女だ。俺と結婚したんだから、一生俺のものなんだ
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第19話

しかし、いくら明茂が流暢なK国語でまくし立てても、警察はまったく取り合おうとしなかった。通報したのが春陽だったからだ。さらに、警察の豊富な経験から、夫が「夫婦喧嘩」と称して家庭内暴力を隠そうとするケースは決して珍しくない。だからこそ、K国の警察は夫婦間のトラブルに関して特に慎重になる。加害の可能性がある力の強い側の言い分はすぐには信用せず、まずは弱い立場にある相手の話を優先して聞くのが原則となっていた。「こんにちは、大丈夫ですか?」一人の女性警官が春陽に近づき、優しい声で問いかけた。「あの方の言っていたことは本当でしょうか?本当にあなたの夫ですか?何かされたり、暴力を受けたりしていませんか?少しでも被害があるなら、遠慮なく教えてください。私たちがしっかり守りますから」「な、なあ、春陽。お巡りさんに言ってくれよ。俺は君の夫だって」明茂は希望を込めた目で、必死に訴えるように言った。「俺たちは夫婦だろ?家族なんだよ。古川なんて、ただの他人じゃないか!」彼は本気で信じていた。どれだけ揉めたって、自分たちは夫婦で、春陽ならきっと警察に誤解を解いてくれると。ふたりの問題はふたりで解決すべきだ、と。彼女はいつだって冷静的な人間だった。だから、きっと今回もわかってくれるはずだと、そう思っていた。だが、春陽は明茂を冷ややかに一瞥しただけで、すぐに視線を逸らした。「彼はもう私の夫ではありません。元夫です。私たちはすでに離婚しています」その声は凍るように冷たかった。「でも、彼はそれを認めようとせず、いまだに私につきまとってくるんです。私は彼から逃れるためにK国まで来たのに……まさかここまで追ってくるなんて……彼の行動は明らかに私の身の安全を脅かしています。どうか身柄を確保してください」明茂は目を見開き、まるで世界が崩れ落ちるかのような顔をした。「……春陽、なんで……どうしてそんなこと言うんだよ……俺は君の夫だぞ?なんでまるでストーカーみたいに言われなきゃいけないんだよ?俺は君を愛してる!この世界の誰よりも、ずっと、君のことを愛してる!なんで……」だが、どれだけ叫んでも、もはや彼の言葉は誰の心にも届かなかった。警察はすでに状況を把握しており、迷うことなく明茂をパトロールカ
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第20話

明茂は 一 週間拘留され、釈放時には電子足輪まで装着された。この足輪は彼が春陽に一定距離以内へ近づくと警報を鳴らし、近隣の警察に即座に通報が入る。そして彼女のもとへすぐさま駆けつけるというシステムだった。一方、実際に手を出した雲は、春陽が「自分を守ってくれた」と証言したおかげで無罪放免となった。明暗はくっきりと分かれ、明茂の胸は張り裂けそうだった。それでも彼は春陽を責めなかった。釈放後、ようやくスマホを開き、春陽との過去のトーク履歴を確認した瞬間――すべてを悟った。「くそっ……全部、高月の仕業か!」彼怒りに震え、歯噛みしながら叫んだ。「あのクソ女、春陽にあんな動画を送りつけやがって……!」その動画は眼を覆いたくなるほど下劣で、しかも一本一本に挑発的なメッセージが添えられていた。【春陽、この腰抜け。旦那さんは今、私のベッドにいるわよ。現場に乗り込む勇気、ある?】【旦那さん、下の味も最高よ。クセになっちゃう】【旦那さんは私のほうが気持ちいいって。あんたはベッドじゃ木偶の坊で退屈だってさ】【女としてそこまで負け犬なんて哀れだね。私だったら、壁にでも頭ぶつけてさっさと終わらせるわ】……一通一通に目を通すたび、明茂の表情はどす黒く変わっていった。怒りが胸の奥から噴き出し、彼は静かに、だが確実に決意を固めた。よくも裏切ってくれたな、高月瑶葵。貴様をあんなに甘やかし、全財産を、貴様の子どもに譲ろうとしていたのに、よくも裏切ったな!怒りの頂点に達した彼はすぐに飛行機で帰国し、瑶葵にしっかり罰を与えると決意した。「明茂さん、お帰りなさい!」明茂の姿を見つけるなり、瑶葵は満面の笑みで駆け寄り、甘えるような声を上げた。「どうだった?春陽さん、見つかったの?」明茂は冷たい目で彼女を見下ろした。「瑶葵、教えてくれ。春陽と俺は何の問題もなかったのに、どうして急に離婚したと思う?」一瞬だけ瑶葵の顔がこわばるが、すぐに笑顔を作った。「私にも、よく分からないの……」しおらしく目を伏せ、彼女は続けた。「たぶん……春陽さんは、明茂さんが財産を沢宇と安菜に譲ろうとしたのが、気に入らなかったんじゃないかしら」そう言って涙を浮かべた。「ねえ明茂さん……どうしよう。私、春陽さんが沢宇と安菜
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