結婚式は、指輪の交換の場面を迎えた。けれど、私の名ばかりの婚約者・芹沢湊(せりざわ みなと)は、どうしても「誓います」と言おうとしなかった。理由は明白だった。一時間前、かつて彼が想いを寄せていた女・北川望結(きたかわ みゆ)が、突然SNSで破局報告を投稿したから。添えられたのは、都城行きの航空券の画像。到着まであと一時間。沈黙を破って、兄の東雲悠真(しののめ ゆうま)が突然壇上に立ち、「結婚式を延期します」と出席者に告げた。その直後、悠真と湊は何の言葉も交わさず、まるで示し合わせたかのように、私をその場に残して去っていった。私は淡々と後処理を進めた。そしてスマホを開くと、彼女のSNSには一枚の写真。悠真と湊が、望結を囲むように立ち、すべてを彼女に捧げる姿が映っていた。私は苦笑しながら、実の両親に電話をかけた。「……お父さん、お母さん。政略結婚を引き受けるよ。五條家のために」電話を切ったあと、私は式場のお祝いの飾りを見つめ、目の奥に皮肉めいた光が滲んだ。出席者はすでに全員帰っていた。だが、悠真も湊も、まだ戻ってくる気配すらなかった。思い返せば五年前、私は実の両親に見つかった。DNA鑑定の結果、私は都城に本家を構える五條家の娘だった。「ごめんね……こんなに長い間に、ひとりにしてしまって」五條夫人は、優しげな眼差しで私を見つめながら、静かに言った。「あなたを立派な後継者として育てたい。そして、明るい未来を築くよ。一緒に帰ってこない?五條家に」目の前の夫婦を見つめながら、複雑な思いを胸に沈めた。これまでの私は、ずっと施設で育ってきた。けれど、決して愛に飢えていたわけではない。そばには、いつも湊と悠真がいたからだ。だから三年前の私は、「帰りません」と迷いなく、家に戻る誘いを断った。名家の世界では、自分の意思なんて通じない。それに、人を出し抜いてまで何かを手に入れる「後継者」なんて、なりたくなかった。ましてや、政略結婚の駒になるなんてごめんだった。「……つらいよね」「私たちはあなたの決断を尊重するわ。そして、幸せに生きてほしい」「本当はね、あなたのお祖父さまと綾小路家のお祖父さまが決めた許嫁の話があって……五條家の娘として果たすべき務めだった。でも、こういう形になったのも、それもいい
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