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第6話

Author: ぴったり
「たぶん、同名だろうな」

悠真は少し驚いた表情を見せながらも、すぐに自分を納得させるように言った。

「五條家の令嬢はずっと海外に留学してたって話だし、それに今のうちの会社はもう名前も通ってる。

もし本当に心音がその娘だったら、親が真っ先に名乗り出てるはずだろ」

湊も頷いたが、なぜか胸の奥に小さなざわつきが残った。

まるで何か大切なものを、取り返しのつかない形で失ってしまったかのように。

一方、五條家では私は新しい家族との生活に少しずつ慣れ始めていた。

「五條……お母さん、本当にそこまでしなくても……」

山のように盛られた料理を前に、私は苦笑いを浮かべる。

「心音ちゃん、あんた、痩せすぎよ。たくさん食べなさい」

五條夫人はにこやかに言いながら、はっと何かを思い出したように、私の器を手に取った。

「さあ、あーんして」

耳の先が熱くなった。幼い頃から自分で食事をしてきた私には、あまりにも照れくさい光景だった。

無言だった行雄は、私の好きなボイルエビを静かに殻を剥いて、皿にそっと置いた。

「心音、スプーンを使うよ」

お父さんの指示で、使用人がスプーンを持ってきてく
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