桐生は、正気なのだろうか?それが、小夜の脳裏に最初に浮かんだ考えだった。彼女がそう思うのも無理はなかった。彰は、長谷川家の現当主である圭介に絶対的な忠誠を誓う側近であり、幼い頃から長谷川家によって育て上げられた存在だ。その忠誠心は揺るぎなく、ただ当主一人の命令にのみ従う。長谷川家の分家の人間でさえ、彰の前では丁寧に接しなければならず、威張ることなどできない。まさに、当主に次ぐ権力者だった。当然、その権力と威光は、彼女という、いわゆる長谷川夫人よりも上だった。この七年間、圭介は彼女に氷のように冷たく、彼を不機嫌にさせようものなら、決まって彰に命じて彼女を「始末」させた。この男は、彼女に対してこれまで一度も手加減したことがなく、彼女の惨めな姿を幾度となく見てきたはずだ。それなのに、今、この態度は何だ?小夜からすれば、彰の突然の親切心など、完全におかしいとしか思えず、圭介と根は同じ種類の人間なのだ。偽善者め!猫かぶりの悪魔!小夜は片手を彰の胸に当て、冷たく言い放った。「降ろしなさい!」彰は動かなかった。「奥様、脚にお怪我を。歩けません」「あなたに頼る必要はないわ!」彰は彼女の言葉を無視し、スーツの上着で包んだ手で小夜に直接触れないようにしながら、もう片方の手でドアを開け、そのまま彼女を抱きかかえて外へ出た。小夜は怒りで胸が張り裂けそうだった。この圭介の飼い犬は、飼い主とそっくりで、人の話を聞かない!「権力を笠に着る畜生め!」小夜は外の人間に顔を見られたくなくて、顔を彼の胸の方へ向けたが、怒りが収まらず、つい罵りの言葉を口にした。不意の罵声に、彼女を抱いていた彰の動きが一瞬止まる。心臓が、どくりと一つ跳ねたかのようだった。しかし、彼はすぐに何事もなかったかのように平静を取り戻した。彰の足取りは常に安定しており、一歩踏み出すごとに、腕の中の雲のように軽く柔らかな体が微かに揺れる。淡く上品なジャスミンの香りが彼の呼吸を満たし、意識のすべてを奪っていくようだった。……小夜が強く主張したため、彰は彼女を、彼女自身が運転してきた車まで送り届け、自らは運転席に乗り込んだ。車は長谷川邸の方向へ向かう。途中、薬局の前で車を停めると、彰は車を降りて打撲に効く塗り薬を買ってきた。小夜は冷
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