All Chapters of ありんすっ‼ ~吉原、華の狂騒曲~: Chapter 11 - Chapter 20

20 Chapters

第十一話 玉菊灯篭

第十一話   玉菊《たまぎく》灯篭《とうろう》七月、蒸し暑い吉原では活気が出てきていた。酒宴も多く、大見世から河岸見世まで客が溢れている。「おはようございます。 潤《じゅん》さん」 梅乃は男性職員に挨拶をする。「おはよう。 梅乃は、いつも早起きなんだな~」 そう言って、梅乃の頭を撫でる。この男性職員は 片山《かたやま》 潤一郎《じゅんいちろう》と言う。 いつも笑顔で、爽《さわ》やかな若い衆である。「今日も、ここを頼めるかい?」 片山は、梅乃にホウキを渡した。梅乃がホウキで掃いていると、少し後に小夜がやってくる。「梅乃、おはよ♪」 小夜はニコニコしていた。「どうしたの? なんかニコニコしてる~」「聞いちゃったの! 勝来姐さん、水揚げをしたって」 小夜は興味津々であった。(小夜、凄いな……私には想像できない……) 「私は、いつやるのかなぁ……?」 顔に似合わず、小夜の大胆な発言に梅乃は引いていた。「小夜、ちょっと頼めるかい?」 采が見世の外まで出てきた。「はい。 お婆」 采は小夜のお使いを頼んでいた。 「いってきまーす」 小夜は小走りで買い物に出掛けていく。 「梅乃、今日は潤の手伝いをしておくれ。 玉菊《たまぎく》灯篭《とうろう》の飾りつけだ」 采が言った後、梅乃は片山の傍で手伝いをしていた。 「この灯篭に色を入れて飾るんだよ」 片山は、梅乃に優しく教えていた。 玉菊灯篭とは、江戸時代の吉原で活躍した玉菊の供養の為のイベントである。 玉菊とは、諸芸《しょげい》に通じた才色《さいしょく》兼備《けんび》の花魁のことで、京保十一年(一七二六年)に二十五歳の若さで亡くなっている。多くの人に慕《した》われ、親交のあった引手茶屋がお盆に吊るしたことが始まりである。その後、引手茶屋や妓楼が趣向を凝《こ》らした灯篭を吊るすようになり、吉原を代表する年中行事になっていたのだ。 「今年は、どんなのにしようか……」 片山は頭を悩ませていた。 「せっかくだから、目立ちたいですよね……」 梅乃も考えていた。 「何しているの?」 菖蒲が声を掛けてきた。 「菖蒲姐さん、おはようございます。 今、潤さんと一緒に玉菊灯篭の模様を考えていたんです」 「玉菊……あぁ、もう、そんな時期なのね……」  「菖蒲姐さんも描いてみませんか?」 梅乃は、紙と筆を
last updateLast Updated : 2025-07-06
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第十二話 勝来

第十二話   勝来玉菊灯篭が始まり、二日目。「おはようございます」 今日は梅乃より小夜が早起きをしていた。「なんだ、今日は小夜の方が早いんだな」 片山は、掃除をしながら小夜と話していた。「えへへ~ 潤さんこそ、いつも早いですよね♪」 小夜は片山からホウキを受け取り、外を掃いていた。そして誰もが待っていた時間、朝食である。「モグモグ」 小さな音で細かく噛んで食べる小夜に対し、 「ガッ ガッ」と口に流し込んで食べているのが梅乃である。性格も反対である。 オドオドしている小夜に対し、正面から当たっていく梅乃。 そんな二人だが仲がいい。これは “人の法則 ” と、言うのであろうか。 小夜も梅乃も、お互いに惹かれあっていた。 『人と言うのは、自分と近しい存在に親しみを覚え、そして自分から遠い存在に惹かれるものらしい』 捨て子だった二人は親しみがあり、正反対の性格の二人が惹かれ合っていたのである。 もちろん喧嘩もなく、お互いの手を握り合って励ましている仲である。 「梅乃、今日は勝来に付いておくれ。 そして小夜は、信濃に付いておくれ」 朝食も済まさぬ時間、采は二人に言った。 (来たか……) 采の言葉を聞き、菖蒲の顔がピクッとした。 玉芳に付いていた四人が、各々でバラバラの役目を持つ。  そしてこの四人が分断されたことにより、三原屋の暗い影を落とすことになるのを、まだ采は知らなかった。 昼見世の時刻、多くの妓女は張り部屋に入った。 菖蒲も、その一人である。 菖蒲は、一人の客から贔屓《ひいき》にされて勢いを持っていた。 笑顔のコツを知り、慣れぬキセルを辞めた。 完全に “真面目な女の子 ”を演出するようになっていた。 菖蒲の手法は、紙に見世と名前を書いた紙を数枚持つ。 そして、その紙を客前で咥えて紅を付けて渡すのである。 現代で言えば、名刺にキスマークを付けて渡す手法になる。 これを菖蒲は覚え、上手に人気を得ていた。 そして昼見世が開始して、三十分が経つ頃信濃が着飾った姿で店の前に立った。 「お~ いい女だな……三原屋の花魁か?」 そんな言葉が客たちの視線を奪った。 「なによ、信濃のヤツ……」 そんな妬みが、張り部屋に流れる。 みんなと同じように一般の妓女であった信濃が、いきなり高級妓女になったのであれば面白くもないだろう
last updateLast Updated : 2025-07-08
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第十三話 忍び寄る猛威

第十三話   忍び寄る猛威三原屋が勝来をトップに据えて三か月。段々と勝来も、自分の立ち位置に慣れてきた頃である。「えっ? 私が?」 菖蒲は驚いていた。菖蒲は中級妓女として二階の部屋を使わせてもらうようになった。つまり出世である。夜の営みなどがある場合は、下女であれば金額も安いため 大座敷にパーテーションを立てての行為であり、横の営みなどが丸聞こえである。しかし、恥ずかしいなどとは言っていられない。 とにかく稼がないといけない立場である。今回、菖蒲が中級妓女になり、二階の部屋が徐々に埋まってきた。これは酒宴の間を含む、部屋数が限られるからだ。ここで、二階を使うのが勝来、信濃、花緒、菖蒲となる。 ただ酒宴の場所は数か所あり、これは客の払いによって下女でも使用できる。下女を好きで推しているのであれば大金を使い、階級を上げようとする客も居る。現在のアイドルを推す構図と、そんなに変わらない。そして地道に頑張ってきた菖蒲の結果が、実を結んだのである。「よかった……本当に良かったよ、姐さん」 勝来は、薄っすらと涙を浮かべた。(勝来……) これには菖蒲も勝来に感謝をしていた。派手な売り出しによる見世の戦略に、菖蒲もオコボレが舞い降りてきていた。それをしっかり、チャンスをモノにしてきた菖蒲の粘り勝ちである。現在のアイドルも同じであろう。 経営者は、誰かセンターを置いて活動を始める。 この構図がないと戦略は成り立たないのであろう。「姐さん、これからです。 お互いに頑張りましょう」 勝来は、菖蒲を讃《たた》えた。「まぁ、位が高くても、私が居ないとダメな勝来の為に頑張るわ♪」菖蒲は、姉気質がある。 玉芳の傍で長女役の菖蒲は、勝来が上級妓女でも妹として見ているのに変わりはなかった。「ふふっ……」 舌を出し、照れくさそうにしている勝来も少女のようであった。そして冬がくると、寒さもあって客足も減ってくる。この季節は、多くの妓楼も頭を悩ませていた。現代であれば、ハロウィンやクリスマス商戦もある。客で言えば、ボーナスがあれば懐具合で商売にも力が入る。ここは明治の初期、幕府も無くなり景気は下がっていた。「前なら、参勤交代の武家様が昼見世に来てくれたんだけどね~」 采はボヤいていた。「勝来、ちょっといい?」 勝来の部屋に花緒がやってきた。「
last updateLast Updated : 2025-07-10
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第十四話 先制攻撃

第十四話   先制攻撃「お前、何を言っているんだい?」 采が驚いている。「いえ、なんとなく言っただけですが……すみません」 梅乃は、しきりに謝っていた。 采は無言で、そろばん弾きをしていた。「んっ? これは……」 (これは正解かもしれないね……あの子、なんていう事を言いだしたんだ……) その後、三原屋は薬屋を呼んでいた。 「この人数をですね……かしこまりました」 薬屋は頭を下げて、見世を後にしていった。 「ま、まさかお婆……」 梅乃は驚き、采の元へ歩み寄った。 「お前が言ったんじゃないか……」 采はキセルに火をつけた。 梅乃は、こんな事態になると思わなかったが、これは良い機会だと思った。 (これ以上、姐さんたちと離れたくないから……) 梅乃に冷たくあたる妓女もいるが、大体の妓女は優しかった。 これは玉芳の功績でもあった。 そんな時、采は梅乃と小夜に役割を与えていく。「……はい」 梅乃と小夜は頷いた。それから梅乃と小夜は妓女に付き、お世話をしていく。そしてメモをする。 字の練習にもなるし、作法や着付けの勉強にもなった。「これです……」 梅乃と小夜は、メモを采に渡した。「汚い字だね……もっと、しっかり書きな!」 そう注意されることも多いが、このメモは役にたっていった。このメモから一週間、これが役に立った。着替えを手伝うこと一週間、梅乃と小夜は妓女の身体を見ていた。“梅毒の症状が、身体に出ているかのチェックである ”普段は衣服を着ていて見えない部分を、着替えの手伝いをしている二人には無防備に見せてしまうからである。そして「お待たせしました。 お薬です」 薬屋に頼んでいたのは梅毒の薬であった。采は、妓女の全員に梅毒の薬を飲ませた。現代であれば、症状の無い者や感染していない者に飲ませるのは異常なことである。副作用もあり、逆に体に異変があっても困るからだ。ただ、吉原では大問題であり、三原屋でも存続の危機でもある。妓女たちは黙って受け入れ、薬を飲んでいた。薬を飲み続けて一か月、梅毒の痕跡《こんせき》があった妓女からも跡が消えだしていた。そして、薬による副作用も妓女たちからの訴えも無かった。実質、医者に診せるより金が高くなってしまったが、命の問題や梅毒で妓女を失わずに済んだと思えば安く済んだと思うようにしていた。「お
last updateLast Updated : 2025-07-12
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第十五話 恋慕

第十五話   恋慕《れんぼ》秋になり、人肌恋しい季節になってきた。これは現代でも変わらないことであろう。「なんか、このままも寂しいわよね……」 と、ある妓女が言う。「このままって?」 「この仕事をして、年季が明けても身請けもなく、最後は河岸見世とか……」多くの妓女の悩みでもある。妓女が身請けをされるのは、花魁クラスである。 稀に中級妓女でも身請けはあるが、ほんの一握りの話しである。この時代にマッチングアプリなんていうものは無く、心を満たされる妓女は、ほぼ存在しない。妓女を身請けするというのは、男性にとっても莫大な金が必要となる。ここで妓女を指名するのは金持ちでも妻帯者が多いので、身請け出来ない男性が多い。「あぁ……私の年季が明けてからの人生はどうなるのやら……」 なんてボヤく妓女も増えてくる季節でもある。(そんなものなんだな……) 横で聞いていた梅乃は、分からない感覚であった。そして梅乃は小夜と話していると「私、わかるな~ 私だって、いつかは結婚したいもん」 小夜の願望に、梅乃は(小夜、思ったより大人なのかも……) 少し出遅れたような気持ちになっていた。ここ最近、梅乃の顔立ちがハッキリして大人びてきた。 大きい瞳は変わらないが、子供の顔立ちから抜け出してきていた。しかし、変わらないのが小夜である。クリッとした目、小さい口元など幼さが抜けていなかった。(なのに、負けた気がする……) 梅乃は、少し悔しがっていた。午後、梅乃は勝来の部屋に来ていた。そして、雑談の中から「姐さんは、誰かに身請けされたいですか?」 梅乃は、唐突に勝来に聞いていた。「そうねぇ……でも妓女になったばかりだから、そんな事は考えられないわ」「そうですよね。 菖蒲姐さんはどうですか?」「私も同じ……まだ十五だし、借金の返済が始まったばかりだもん」梅乃と小夜は、禿の仕事をしていても借金の返済にはならない。妓女として働いてからカウントされる為、禿や新造までは借金が膨らむようになっている。(途方もなく、先の話しだ……) 梅乃は、目が点になっていた。「私なんて、菖蒲姐さんの後でいいわよ」 勝来がそう言って、クスクスと笑っていた。「勝来の方が位も高いし、見つかるのが早いわよ」 菖蒲も挑発に負けじと返していた。(なんだかんだで、楽しそうだな……) 
last updateLast Updated : 2025-07-14
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第十六話 足抜

第十六話   足抜《あしぬけ》秋から冬へと向かう頃、寒さも一段と増してきていた。「梅乃、ちょっと来な」 見世の中から采が呼ぶ。「はい。 なんでしょうか?」 梅乃は、采の元に行くと「ちょっと、噂《うわさ》を拾ってきてくれないかい?」 噂を拾うとは、“吉原の中で噂を聞いてこい ” と言うことだ。大体は引手茶屋に行き、馴染みの主《あるじ》であれば噂や情報を提供してもらえるが、ここ最近では聞かなくなっていたようだ。「ウチの評判も気になるしね。 吉原細見の他にも情報がないかと思ってね~」 「わかりました」 梅乃は仲の町を歩き、聞き耳を立てていた。(確かに、子供になら口が滑ることもあるだろう……) 子供ながら、梅乃はしっかりしていた。『ヒソヒソ……』 やはり、色んな場所で、色んな事を話している人はいるものだ。その中で、気になる人たちが目に入る。そこには男性が三人いて、小さい声で話していた。そしてお歯黒ドブを指さしていたのだ。(なんかあるのか?) 梅乃はお歯黒ドブに近づき、垣根《かきね》の隙間《すきま》から外を見てみる。「なにも変わらないけどな……何かあるのかな?」 今まで気にしていなかった梅乃は、マジマジと外を見ていると「吉原の外って言っても、変わらないかな~」 そんな程度の感想だった。そして翌日、朝から梅乃はお歯黒ドブの方を見にくるとそこには怒りを露《あら》わにしている男性がいる。梅乃は、そっと近づいていく。そこから聞こえてきたのは「また足抜《あしぬけ》か……これで何件になるやら……」 そんな言葉だった。足抜とは、脱走のことである。妓女は借金を抱え、過酷《かこく》な労働《ろうどう》環境《かんきょう》の中で働かなくてはならない。そして年季が明けるまでは吉原から出る事が許されないのである。妓女が吉原から出られる方法は二つ。身請けをされて、身請け人が借金を払うのがひとつ。もう一つは、死ぬことである。病気が重く、死ぬ間際になれば実家に帰らされることはあるが、だいたいは命を落とすケースが多い。借金を抱え、身請けが出来ない妓女は吉原から出る事が出来ないのである。吉原の出入り口は一つしかない。 大門である。その大門には四郎《しろ》兵衛《べえ》会所《かいしょ》というのがある。そこには足抜をしないか見張りをする者がいる。男性は
last updateLast Updated : 2025-07-16
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第十七話 年の瀬の騒ぎ

第十七話   年の瀬の騒ぎ「おはようございます」 梅乃と小夜は、早起きをして吉原を散歩していた。妓女たちは、朝の六時に客を見送る『後朝の別れ』を済ませてから寝床に入り、十時くらいまで仮眠に入る。梅乃と小夜は、子供なので夜の九時には寝ている。 朝の六時には起きて、妓女の見送りには息を潜めて邪魔をしないようにしているのだ。『後朝の別れ』が済むと、梅乃と小夜が慌てて小用に向かう。その後、時間潰しに吉原の中を散歩するのが日課だった。「もう寒いね……」「うん、早く帰ろう」 そう言って、急いで妓楼に戻る。「おはようございます。 潤さん」 梅乃と小夜は、毎朝 見世の前を掃除する片山に挨拶をする。そして、しばらくすると「梅乃……私、お腹が痛い」 小夜が言い出した。「お婆~ 小夜、お腹が痛いみたい」 梅乃が采に話すと「赤岩先生に診《み》てもらいな」 采は親指で赤岩の部屋をさした。赤岩は三原屋に住ませてもらう代わりに、全員の診察をしているのである。「ふむ……ちょっと早い気がするが……」「なんだい?」 采が聞く。「おそらく馬かと……」 馬とは、生理の言い方である。 月のもの、血の道 などと呼んだりもする。「へ~ じゃ、初馬《はつうま》かい!」 采は喜んでいた。そして、采は腹帯《はらおび》を改良して小夜の下腹部に付けた。この月経帯を新馬《しんうま》と呼んでいた。 馬の帯に似ているからとのことらしい。「小夜……大丈夫?」 梅乃は、まだ生理を知らず、痛がっている小夜を心配していると「大丈夫も何も、お前もじきに来るよ。 心配するな」 采は、そう言ったが梅乃は心配であった。翌日、小夜に出血が見られた。そして一階の大部屋では 「おめでとう~」 なんて言葉が飛び交い大部屋には、勝来や菖蒲も来ていた。(なぜ、おめでとう……なのか?) 首を傾げる梅乃と小夜であった。翌日から小夜はお休みとなった。采が『初めてだから』と言って休ませるとは、 じつに優しいお婆である。そうなると、お鉢《はち》は当然 梅乃に回ってくるのだ。「梅乃~髪結い」 「梅乃~服を押さえて~」 と、仕事が増えてきた。(クタクタだ~) 梅乃は疲れていた。そこに小夜がやってきて、「ごめんね 梅乃~」 小夜は、申し訳ない顔をしていた。「大丈夫だよ」 梅乃は、そう言って手をニギニギ
last updateLast Updated : 2025-07-17
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第十八話 春に舞う乙女たち

第十八話   春に舞う乙女たち 正月が過ぎ、厳しい寒さを抜けて春がやってきた。 この春を境に梅乃と小夜は十一歳となる。 誰も二人の誕生日を知らない訳で、春に拾った子だからと言うことらしい。 明治初期、少しずつ江戸の名残が薄くなっていった。 世間では、奉行から警察と呼ばれるようになり姿も変えている。  「梅乃~」 声を掛けてきたのは花緒である。 「花緒姐さん、おはようございます」 見世の前に出ていた梅乃を追いかけるように花緒も外に出てくる。花緒は、以前に勤めていた近藤屋から買い取った妓女である。四人の妓女が三原屋に来たが、花緒だけが梅乃と よく話す仲であった。他の妓女より端正な顔立ちで、可愛いより綺麗タイプの妓女である。「梅乃~ 昼見世の時間、外から見て目立つように助言を貰えないだろうか……」 珍しく花緒がアドバイスを求めてきた。「あの……私、男でもないし、妓女でもありませんが……」 梅乃が困っていると、 「梅乃って、見る目あるじゃない。 少しだけでいいから~」  (花緒姐さんって、美人だけど話すと子供っぽいんだよな~ だから、なんか断りにくいんだよな~) 梅乃は困りながらも「わかりました。 後で怒らないでくださいね……」 梅乃は、念を押して承諾《しょうだく》する。そして梅乃は、花緒が目立つように張り部屋を見ていた。(こうして見ると、花緒姐さんは地味なのか?)梅乃から見た花緒は、綺麗ではあるが不思議に目立たなさを感じている。 「花緒姐さん、なんとなくですが分かります……」  「何? どんな?」 花緒が食いついてくると 「それは、華《はな》です」 「華?」「はい。 花緒姐さんは顔立ちが良いのですが、なんとなく華やかさと言うか…… もったいないと思ってしまいました」「ふむ……」「すみません。 頭にきたなら叩いて結構ですので……」 梅乃が頭を差し出す。「しないわよ! 私から頼んでおいて、出来ないわよ」 花緒は、慌てて両手を振っていた。「でも、どうしたら華やかさが出るんだろう……」「少し、外に出てみませんか?」 梅乃は花緒を外に誘って、仲の町を歩いてみた。 「ねぇ、仲の町を? どうして?」 花緒は、落ち着かない様子で梅乃の後ろを歩いていく。 「姐さんたちは昼見世の後は芸子の練習をしたりで、あまり外を歩かないじゃ
last updateLast Updated : 2025-07-18
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第十九話 花の蜜

第十九話    花の蜜 「ごめんください……」 昼見世が終わりの時間、一人の来客が現れた。「はーい」 小夜が対応する。そこには二十歳くらいの女性が立っていて「私、引手茶屋の千堂屋《せんどうや》で働いています野菊《のぎく》といいます」「はい……」 小夜は不自然な事に戸惑っていた。「良かったら、此処《ここ》で働けないでしょうか?」 野菊の言葉に、小夜は驚く。「少々、お待ちください」 小夜は、采の元へ向かい説明をしていた。そして、 「なんだい? いきなりどうしたんだい?」 采も驚き、野菊に聞くと「あの……茶屋から、接客を勉強しろと言われまして、働きながら勉強できる所を探していまして……」 と、野菊は説明するが、采は困っている。「まぁ、話した事は解るが……ここで働くのは女郎だよ? アンタ、出来るのかい?」「やった事はありませんが、お願いします」 野菊は何度も頭を下げる。そして、細かい説明をした采は悩んでいた。「う~ん……」 「どうしたんだい?」 采に話しかけてきたのは文衛門であった。「お前さん……」 そして、采は文衛門に野菊の事を説明すると「なんだって? 千堂屋が? ちょっと行ってくる」 文衛門は、慌てて千堂屋に向かった。そして、文衛門は千堂屋で店主と話していた。「それって……本気かい?」 文衛門は驚いている。どうやら野菊は、千堂屋の店主の娘だと言う。千堂屋は引手茶屋である。三原屋などの大見世は、千堂屋からの紹介で来る客も多い。 そんな得意先の茶屋ではあるが、「本気かい? なんで娘を女郎にするんだい?」 文衛門は、興奮気味に話していた。引手茶屋の店主は、本気のようだ。話しを聞いた文衛門は、野菊を預かることになってしまった。「お前さん、本気かい?」 当然ながら、受け入れをした文衛門に采は、驚きと怒りさえ混じった声で叫んでいる。「あぁ、仕方ない……あの親父も、「働かせるなら評判の良い所に……」 なんて言うものだから……」文衛門が肩を落としながら話していると、「まぁ、なっちまったもんは仕方ない。 野菊、菖蒲に付いて勉強だよ」采は野菊に指示をし、一緒に菖蒲の部屋に向かった。そして、菖蒲に説明をすると「えっ? お婆……本気?」 当然ながら、菖蒲は唖然《あぜん》としていた。「よろしゅう、お頼み申しんす……」 野菊は三
last updateLast Updated : 2025-07-20
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第二十話 新しい禿

第二十話    新しい禿「……」「へっ?」 梅乃と小夜は驚いていた。「何、ボーっとしているんだい! 部屋割りと仕事を教えてやるんだよ」采は梅乃たちに言っていた。「は、はい―」 三原屋は、新しい禿を迎えいれることになったのである。(先日の客は、この事だったのか……) 梅乃は思い出していた。時を戻して三十分前、「梅乃、小夜、新しい禿になる古峰《こみね》だ。 しっかり教えてやりな」 采の言葉だった。そして古峰は 「……」 無言だった。(この娘は……声が出せないのかな? たまに吉原では変わった人はいるけど……) 「こんにちは。 私は梅乃、よろしくね♪」 梅乃は、『最初が肝心《かんじん》』とばかりに元気よく自己紹介をする。しかし、古峰は  “プイッ ” と、横を向いてしまった。(はぁ? 可愛く無いヤツだな……) 梅乃が目を丸くすると、「梅乃~ そんな元気の押し売りみたいな真似じゃ、驚くよ~ 優しくよ♪」「こんにちは。 私は小夜だよ。 よろしくね~♪」 小夜の持ち味の、ほんわかした声を古峰に掛けたが……“プイッ ” また横を向いていた。「―プッ」 梅乃は吹き出してしまった。「なんなのよ~ そんなんじゃ、モテないからね~」 温和な小夜が叫んでしまうほどであった。そして一時間後、「梅乃、小夜、古峰を連れて買い物に行ってきな」 采はメモを梅乃に渡す。「じゃ、古峰。 行こう」 梅乃が声を掛けると「……」 古峰は返事をしなかった。(コイツ、殴ってもいいかな……?) 梅乃がイライラし始める。そして仲の町を歩いていると「梅乃~ 小夜~」 鳳仙楼の禿、絢が声を掛けてきた。「絢~」 梅乃と小夜は、小さく手を振る。「久しぶり~って、新しい禿?」 絢はヒョコッと、古峰を見る。「……」 古峰は挨拶をしなかった。「随分と面白いのが入ってきたね~」 絢は顔をヒクヒクさせて言うと「でしょ。 私たちも苦戦中《くせんちゅう》よ」 梅乃が呆れたように言う。「はははっ……じゃ、頑張ってね~」 絢は、そそくさと去っていった。そして、買い物をする茶屋の千堂屋に着く。「おっ、梅乃ちゃん、小夜ちゃん こんにちは」「こんにちは。 今日はコレをお願いします」 梅乃は、メモを千堂屋の主人に渡した。すると、 「梅乃ちゃん、小夜ちゃん、こんにちは。 こちらは新し
last updateLast Updated : 2025-07-22
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