静寂が部屋を支配していた。高田は、ただ座ったまま動けなくなっていた。自分の身体が、どこか遠い場所に置き去りにされたような感覚だった。唇に残るわずかな湿り気が、時間の経過を拒んでいるように思えた。世界は静止し、けれど内側だけが絶え間なく動いている。さっきまで普通だった呼吸が、今はどうしても深く吸い込めなくなっていた。目の前には大和がいる。その存在だけが、この世界で唯一の現実だった。大和の顔がほんの少しだけ近づいて見える。照明のせいか、あるいは自分の視線がどこにも焦点を合わせられないせいか、大和の瞳にはいつもの反射がなかった。その代わり、そこには強い渇望が宿っていた。光が映らない暗い瞳なのに、なぜか惹きつけられて離せなかった。キスの余韻が、唇から頬、そして首筋へと伝播していく。皮膚が過敏に反応する。呼吸をするたび、身体の奥のどこかが熱を帯びていくのを感じた。こんな感覚は知らなかった。誰かに触れられることが、こんなにも自分を揺らすものだとは思いもしなかった。ずっと、感情は処理するものだと信じてきた。けれど今は、処理などできない波が心の底から湧き上がってくるのを、ただ感じるしかなかった。……肌が、感情に直接、触れてくる……自分の中で言葉が形を成さず、断片だけが意識の奥を浮遊していく。手帳も、ペンも、いまは思い出せなかった。触れられたままの頬から、じんわりと熱が流れ込む。心臓の鼓動が、胸の奥で暴れる。どうにか息を吸おうとするが、肺の奥にまで、その熱が染み込んでいく。大和は、ゆっくりと自分の額を高田の額へと重ねた。ごく自然な動作で、まるでそれが日常の挨拶のように、違和感なく二人の距離がゼロになった。互いの呼吸が、ほんの少しだけ交差する。吐息が混じり合い、そこだけ空気が柔らかくなったようだった。「これで、十分やろ」大和の声が、ごく低く、ほとんど囁きのように響いた。その声には、いつもの余裕や冗談っぽさはなかった。真剣で、どこか不器用な響き。触れている額から、熱が伝わってくる。言葉よりも、その体温の方が強く、高田の心に刻み込まれていく。けれど高田は、思わず小さく首を振った。ほんのわずかに。拒絶ではなく、否定でもなく、もっと他の何かを求めている自分がそこ
Terakhir Diperbarui : 2025-07-14 Baca selengkapnya