私はついに背を向けて大股で歩き出した。ただ、振り返る瞬間、無意識に涙がぽろぽろ溢れた。これまでも何度もそうだった。理由もなく、ただなんとなく涙が出る。でも、今回は違う気がした。これが最後の涙だって。背後で航が倒れた音が聞こえた。通りすがりの人たちの驚きの声や救助のざわめきも。でも、もう私には関係ない。過去のすべてから解放されたんだ。胸が締めつけられるような痛みも、もう終わった。彼のいない未来へ、私は歩き出す。さよなら。数ヶ月後、あゆみがA市に遊びに来た。彼女は衝撃的な話を持ってきた。さやかが本当に癌で、葬式も終わったって。「あんまり軽々しく言えないよね。もし当たったら怖いし」あゆみはそう呟いた。私も頷いた。航と最後に会ったのは、A市の大学の門の前だった。校門を出ると、彼がいた。彼はずいぶん変わってた。年の割に疲れ切った顔で、服装はちゃんとしてておしゃれだけど、全身から堕落と絶望がにじみ出てた。私たちは目が合い、逃げられなかった。彼は口元を引きつらせて笑おうとしたけど、うまく笑えなかった。「久しぶり」私は淡々と挨拶した。「南條さん、用事あるから先に行くね」彼は私を止めて、言いたそうに口を開いたけど、結局小さな声で呟いた。「会いたかった」私は何も感じなかった。彼はじっと私を見つめて言った。「ごめん、あの時は本当に辛かったよな」私は口を引き結び、何も返さなかった。彼はゆっくりポケットから見覚えのある薬剤を取り出し、目を閉じて冷たい試験管を口に押し込んだ。私はわかった。これでいいんだ。もう私に絡んでこないだろう。やがて彼は激しい薬の副作用に襲われた。顔は真っ赤になり、首の血管が浮き出て、苦しそうに自分の首を掴み、「はあ、はあ」と荒い息をついた。体が揺れ、膝をついて這いずり回り、試験管は「パリン」と割れてガラスの破片が散らばった。彼は青ざめた顔で地面に跪き、吐き気を抑えきれずに何度も嘔吐した。露出した肌はガラスで切り裂かれ、血がにじんでいた。胃は感情の器官だ。人は悲しみが深すぎると、無意識に吐き気を催す。私は自分もあの時、彼と同じくらいみじめだったのかもしれないと思った。だからか、彼に少しだけ感謝の気持ちが湧いた。もし彼が無理やり私にあの忘却薬を飲ませなかったら
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