ことはは何も言わず、ただ一通の電話をかけた。向かいの佳乃の顔がみるみる強張っていく。彼女が本気で行動に出るとは、思いもよらなかったのだろう。すぐに、電話の向こうから芳川の声がした。「篠原様?」「芳川さん、ホテルの地下駐車場で杉浦佳乃さんに会いました。彼女は神谷社長に急ぎの用事があるようです。ただ、私が社長の車を運転していたせいで今は絡まれていて、仕事になりません」佳乃は、驚愕と困惑の顔でことはを見る。「???」「少々お待ちください。すぐに対応します」芳川がそう言って、電話を切った。電話が終わるなり、佳乃は怒り心頭で声を上げた。「警察に通報するって言ってたくせに!なんで隼人の補佐に電話してんのよ!?」ことはは肩をすくめて言った。「だって、ここは帝都ではなく、蒼浜市でしょ?あなたが言ってたから。警察に頼るより、実際的な解決を選んだだけです」「……」いや!なんであんなに素直に言うこと聞くのよ?!佳乃は首を傾げ、ことはを指さそうとしたそのとき、彼女のスマホが鳴った。しぶしぶ画面を確認すると、相手は峰道だった。彼女の顔色がさっと変わり、渋々ながら通話に出る。「お父さん」テーブル越しでも、ことはには電話の向こうから杉浦社長の叱責の声がかすかに届いた。佳乃は口をとがらせて「わかったわよ」と返事し、通話を切った。そして、ことはを睨みつける。「やるじゃない!」そのタイミングで、注文していたラーメンが運ばれてきた。ことはは顔も上げずに一言だけ返す。「ごゆっくり」佳乃は足を鳴らし、怒りを全身ににじませながらその場を去っていった。電話がかかってきた。低い声で、隼人が不機嫌そうに尋ねる。「帰ったか?」「たった今出て行きました」ことはが答える。「杉浦さん、本当に神谷社長に急ぎの用事があったようです」「彼女とは仕事上の協力関係ではないし、そんなわないだろ。会ったことすらない」隼人の声は不機嫌さを隠さなかった。そして一言、念を押すように言った。「変なこと考えるなよ」考えていないけど。ラーメンを箸でつまみながら、ことはは笑って言う。「社長の私生活を、部下が勝手に推測したりしません。安心してください。余計なことなんて考えていませんよ」その言葉が終わるか終わらないうちに、通話はあっさり切れた。「……」切るのが早い。ラーメ
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