All Chapters of 幼なじみに裏切られた私、離婚したら大物に猛アタックされた!: Chapter 41 - Chapter 50

100 Chapters

第41話

ことはは何も言わず、ただ一通の電話をかけた。向かいの佳乃の顔がみるみる強張っていく。彼女が本気で行動に出るとは、思いもよらなかったのだろう。すぐに、電話の向こうから芳川の声がした。「篠原様?」「芳川さん、ホテルの地下駐車場で杉浦佳乃さんに会いました。彼女は神谷社長に急ぎの用事があるようです。ただ、私が社長の車を運転していたせいで今は絡まれていて、仕事になりません」佳乃は、驚愕と困惑の顔でことはを見る。「???」「少々お待ちください。すぐに対応します」芳川がそう言って、電話を切った。電話が終わるなり、佳乃は怒り心頭で声を上げた。「警察に通報するって言ってたくせに!なんで隼人の補佐に電話してんのよ!?」ことはは肩をすくめて言った。「だって、ここは帝都ではなく、蒼浜市でしょ?あなたが言ってたから。警察に頼るより、実際的な解決を選んだだけです」「……」いや!なんであんなに素直に言うこと聞くのよ?!佳乃は首を傾げ、ことはを指さそうとしたそのとき、彼女のスマホが鳴った。しぶしぶ画面を確認すると、相手は峰道だった。彼女の顔色がさっと変わり、渋々ながら通話に出る。「お父さん」テーブル越しでも、ことはには電話の向こうから杉浦社長の叱責の声がかすかに届いた。佳乃は口をとがらせて「わかったわよ」と返事し、通話を切った。そして、ことはを睨みつける。「やるじゃない!」そのタイミングで、注文していたラーメンが運ばれてきた。ことはは顔も上げずに一言だけ返す。「ごゆっくり」佳乃は足を鳴らし、怒りを全身ににじませながらその場を去っていった。電話がかかってきた。低い声で、隼人が不機嫌そうに尋ねる。「帰ったか?」「たった今出て行きました」ことはが答える。「杉浦さん、本当に神谷社長に急ぎの用事があったようです」「彼女とは仕事上の協力関係ではないし、そんなわないだろ。会ったことすらない」隼人の声は不機嫌さを隠さなかった。そして一言、念を押すように言った。「変なこと考えるなよ」考えていないけど。ラーメンを箸でつまみながら、ことはは笑って言う。「社長の私生活を、部下が勝手に推測したりしません。安心してください。余計なことなんて考えていませんよ」その言葉が終わるか終わらないうちに、通話はあっさり切れた。「……」切るのが早い。ラーメ
Read more

第42話

ことははきまり悪そうに唇を噛み、不自然に話題を戻した。「神谷社長は、近くでクライアントと会ってたんですか?」隼人は少しも隠さずに答えた。「スマホに位置情報の共有システムが入ってる」「???」ことはは呆然と、自分が机に置いたスマホを見つめる。しばらくして怒りが湧き上がった。「社長!」隼人は眉を上げる。「スマホ貸してやったのに、中身を一度も確認しなかったのか?」ことははむっとした顔で言い返す。「それが社長の携帯でしょう?勝手に見るわけがありませんよ」「貸したんだから、しばらくは君のものだ。中を見てその機能に気づいてオフにしてりゃ、俺は君を探せなかった。だから、誰の責任だ?」ことはは隼人の強引な言い分に呆れ、作り笑いを浮かべた。「だったら最初からこの機能があるって言ってくれればよかったのに」もともとこのスマホには胡散臭さを感じていたが、もう絶対に使う気になれなかった。隼人はそれ以上何も言わず、スマホを手に取ると、彼女の目の前で共有システムを開いてから、あっさりと機能をオフにした。「これで安心だろ。もう探し出せない」ことははきっぱりと断った。「神谷社長のご厚意はありがたいですが、スマホはお返しします。もう使いません」男は目を細める。「じゃあ、また鳴りやまない通知に悩まされるか?」「ミュートにするか、着信拒否にすればいいだけです」そう言った直後、店員が「626番、コーヒーできました」と声を上げ、ことはは慌ててタブレットをバッグにしまい、カウンターへ向かった。だが、コーヒーを受け取ろうと振り返った瞬間、彼女の手元のカップはすでに隼人に奪われていた。「神谷社長……」「行こう。素材探しにちょうどいい場所がある」ここは人の出入りが多く、騒ぎを起こすには場が悪い。ことはは仕方なく隼人のあとに続いてカフェを出た。とはいえ本音は一人で回りたかったので、それとなく尋ねる。「神谷社長、お仕事はもう終わったんですか?」「ほぼな。残りは芳川に任せてる」隼人は彼女にコーヒーを返しながら、暗い瞳でじっと見つめてきた。「そんなに俺と一緒にいるのが嫌か?俺がそばにいるのが恥ずかしいのか?それとも、さっきの男子大学生の方がよかったか?」「男子大学生」という言葉、完全に根に持ってる。ことはは微笑む。「そんなことありませんよ。ただ、神谷社長
Read more

第43話

「ここのオーナーとは友人なんだ」と隼人が説明し、すぐに問い返した。「1時間、静かに素材探しができる。そんな貴重な時間を、この質問で無駄にしてもいいのか?」ことははすぐに我に返り、カメラを取り出した。「ありがとうございます、神谷社長」そう言って、彼女はすぐに作業に集中し始めた。隼人はゆったりとした足取りで彼女に付き添い、気づけば手には彼女が飲みかけのコーヒーとバッグが握られていた。ことはは、自分がどれほど自然にそれらを渡していたかにも気づいていなかった。時間はあっという間に過ぎ、ことはは欲しい素材をすべて撮り終え、ご機嫌だった。振り返って隼人に報告しようとしたその時、彼の手に自分のバッグがあることに気づき、驚愕する。思わず心の中で叫びそうになった。慌ててバッグを取り返しながら、彼女は慌てて謝った。「すみません、神谷社長。教えてくださればよかったのに」かつて翔真と一緒にいた頃の癖で、いつの間にか何でも持たせるのが当たり前になっていた。さっきも夢中になっていたせいで、その癖がうっかり出てしまったのだ。彼女の反応を見て、隼人は冷たい口調で言った。「俺を翔真と間違えたか?」「違います」彼女は即座に否定した。「ってことは、そうなんだな」隼人の声は皮肉っぽく冷ややかだった。「癖ってやつは厄介だな。篠原さん、直した方がいい」「……」隼人は彼女の右側に立ち、片手をポケットに突っ込みながら身を屈め、耳元で低く囁く。「今回は許す。だが次また俺をあいつと重ねたら覚悟しろ」まるっきり脅しだった。ことはは乾いた笑みを浮かべた。「二度としません」次があるなら、バッグなんて持ち歩かない方がマシだ。車でホテルに戻り、ことはが部屋で素材を整理していると、バッグの中から着信音が聞こえた。不思議に思い取り出すと驚いた。隼人に返したはずでは?!よく考えてみれば、隼人がバッグを持っていたあの時、こっそり入れたに違いない。電話に出ると、ことはは「神谷社長」と呼んだ。「今夜、杉浦社長のご招待だ。18時に出発するんだ」「分かりました」ことはは断れなかった。杉浦社長は何といってもクライアントなのだから。レストランはホテルの隣、車もいらないほどの距離だ。夕方、三人は歩いて会場へ向かった。個室の扉が開いた瞬間、ことははすぐ
Read more

第44話

隼人はようやく満足そうに手を引っ込めると、そのまま自然に杉浦との会話へ戻っていった。すると杉浦が、急に話題をことはへと振った。「篠原さん、神谷社長と一緒に蒼浜市へ出張されたのは、素材集めのためだったのですね。いやぁ、それなら初稿のデザイン案、楽しみにしていますよ」ことはは微笑む。「ご安心ください」佳乃は話の流れを察して、思わず峰道親に問いただした。「お父さん、彼女が、例の最新建築プロジェクトのデザイナーなの?!」「ああ」杉浦は呆れたように言った、「篠原さんは若いのに優秀で、将来有望だ。少しは見習って、だらしない態度をやめて、もう少し女の子らしく振る舞え」佳乃は顔を赤くして反論した。「ちょっと、お父さん!外でそんなこと言わないでよ、恥ずかしいよ」「じゃあ君は、俺に恥をかかせてないか?」「……」まるで親子ゲンカのようだったが、どこか微笑ましく、空気が刺々しくなることもない。ことはは、そんなやり取りを見て少しだけ羨ましさを覚えた。もし自分が取り違えられて育っていなければ、典明とこんな風に言い合いながら笑える関係になれたのかもしれない。「杉浦社長との話は終ったから、ついでに、佳乃さんにも一言」突然、隼人が口を開いた。佳乃の全身が一気に強ばり、目が輝き始めた。「何を?」ことはは、思わず心の中でツッコミを入れた。「この子、鈍感だな。その言い方、どう聞いてもマズいやつでしょ……」「今日みたいなことは、もう繰り返さないでほしい。それと、俺にはもう決めた相手がいる」その後半の一言で、ことはが思わずむせて咳き込んでしまう。だがまるで予期していたかのように、芳川がさっと水を差し出してくれた。ことはは目で「ありがとう」と伝えた。芳川は「気にしないで」というような顔を返したが、どこか妙に芝居がかったその表情に、ことはは思わず違和感を覚えた。けれど、それよりも今は喉の痛みがつらい。余計なことは考えず、彼女は水を口に運んだ。佳乃は、ことはの様子には気づくこともなく、隼人の言葉に完全にフリーズしていた。しばらくしてようやく我に返ると、否定するように声を上げた。「違う!あなたには彼女なんていないわ。調べたもの!」杉浦は額に手を当てる。「何を調べてるんだ」佳乃の目には、涙が浮かんでいた。そう、彼女は調べたのだ。隼人には恋人なんてい
Read more

第45話

ことははドアを開けず、顔だけそっと横に向けると、佳乃がすでに涙をぽろぽろとこぼし始めていた。「誤解だとか、ただの上司と部下の関係だとか言い訳しなくていいわ。本当に関係がないなら、彼がわざわざあなたに車を貸す必要ある?さっき、あんなふうに茶碗蒸しを勧めるわけがないわ!とにかく、あなただってわかってるから、私に警戒しなくていいわ。今日あなたに会いに来たのは、隼人を諦めて私に譲るなんて、バカなことを言いに来たんじゃないの」佳乃は一気にそうまくし立てると、涙を拭った。哀れで、でも、どこか芯のある子だった。ことはは少し返答に詰まりつつも、静かに尋ねた。「じゃあ、何の話がしたいんですか?」「お酒、おごってくれないか?」「え?」その言葉を。ことはは一瞬理解できなかった。佳乃は唇を尖らせた。「家を抜け出してきたわ。お父さんにカード全部止められてさ。それに、友達に失恋したって知られたくないの。超恥ずかしいから……心配しないで、ただで飲ませるんじゃないわ。そのうちお金返すから」失恋直後で、しかも杉浦社長の娘でもある。ことははふうっと息を吐き、結局、心を折られた。「入って」佳乃は泣き笑いしながら部屋に入り、遠慮もなくホテルのフロントに電話をかけ、酒を注文した。しばらくして、スタッフがいろんな酒を積んだワゴンを押してきたのを見て、ことはは思わず眉をひそめた。「杉浦さん、ここで酔いつぶれるつもりですか?」「じゃあ、念のために免責同意書でも書いとく?」佳乃の目はまだクルミのように腫れていたが、その表情は本気だった。もし今「帰って」と言おうものなら、次の瞬間には泣きながら足にすがってきそうな勢いだ。ことはは深く息を吸い、またしても折れるしかなかった。部屋の奥に戻ってふと思いついたアイディアをメモにまとめ、再びリビングに戻ると、佳乃は酒瓶を抱えながら泣いていた。ここがことはの部屋だと分かっているから、大声を出すことができないのだ。そんな佳乃を見て、なんとことはは可愛いと思ってしまった。ことはは一人掛けのソファに腰を下ろし、優しく言った。「大声で泣いていいんですよ。我慢して泣いてたら、余計につらいだけでしょ」その一言がスイッチだったのか、佳乃は「うわ」と泣き声を爆発させた。そして、涙でぐしゃぐしゃになりながらことはを見上げて、尋ねた。「
Read more

第46話

ことはは認める。この手の上流サークルじゃ、令嬢も御曹司も何人か恋人がいたって珍しくない。隼人のようなタイプは、確かにかなり珍しい。だからこそ、そんな話を聞けば誰だって惹かれる。佳乃が彼に夢中になる理由、ことはにはよく分かった。好きになるのに、理由なんて何でもいい。次の瞬間、佳乃がことはの首に腕を回し、大声で泣き叫んだ。「ねえ、隼人が私を断ったら、もう第二の隼人なんて、出会えるかな!」ことはは返事せず、ポテトチップスを一枚つまんで彼女の口に押し込んだ。しゃべる口を物理的に塞ぐ。腕から逃れようとするも、佳乃は離すどころか余計に締めつけてくる。「もしかしてあなたも私のこと嫌い?」「そんなことないんですよ」「私みたいな人間って嫌われ者だよね?」「ううん、可愛いんですよ」「なにそれ、慰めでしょ?」「そんなわけないでしょ」「ことは、私……」彼女がうつろな目でことはを見つめ、顔をぐっと近づけてきた瞬間、ことはの全身に警報が鳴った。「杉浦さん、自分が誰に近づいてるか分かっていますか!」「吐きそう……」「もう!」ことはは完全に参ってしまい、急いで彼女を洗面所に連れて行った。佳乃はトイレにしがみつき、しばらく盛大に吐いた。ことはは背中をさすりながら、便器の水を何度も流した。吐き終えてすっきりすると、今度は服を脱ぎ始めた。「シャワー浴びたい……」「待って、そんな状態じゃ……まずは家族に連絡しましょう」ことはは説得した。「嫌だ、ここで寝るわ!」佳乃は今やぬるぬるとしたドジョウのように、ことはの手からすり抜けた。「開けるな!」ことはが飛びついた時にはもう手遅れ、上のシャワーヘッドからざあっと水が降り注ぎ、二人ともびしょ濡れになった。ことはは慌ててシャワーを止め、バスタオルを掴んで佳乃に覆い、浴室から引きずり出した。佳乃は根っからの甘えん坊のようにことをまとわりつく。ことははこの瞬間、心底後悔していた。彼女にここで酒を飲ませなっかたらいいのに。その時、ドアのチャイムが鳴った。スタッフかと思って慌てて佳乃を引きはがし、別のバスタオルを巻いて玄関に向かう。ドアを開けた瞬間、ことはは固まった。そして、ドアの外の隼人も、完全に固まっていた。「か……神谷社長?」バスタオル一枚で上半身を覆い、濡れた髪が頬に
Read more

第47話

「ことは、私、転んだわ。痛いよ」佳乃は悔しそうに泣き出した。ことはは額に手を当て、ため息まじりに隼人へ声をかける。「神谷社長、説明はあとでします。ドアは開けておいてください、スタッフが荷物を届けに来るので」そう言ってから、急いで佳乃を助け起こした。隼人は無言のまま不機嫌そうに部屋へ入ってきた。テーブルの上には乱雑に酒瓶が転がり、泣きじゃくる佳乃がことはの腰に抱きついている。「彼女が君のところで酒を飲んでいたのに、なぜ知らせなかった?」「ただお酒を飲みに来ただけで、悪意はありません」隼人は何も言わず、眉間の皺だけが深くなっていく。幸いホテルのスタッフがすぐに到着し、新しいバスローブとタオルを持ってきた。ことはは佳乃を浴室へ連れていき、濡れた服を着替えさせる。終わる頃には、まるでマラソンでも走ったかのように疲労困憊だった。ドア枠に片手をつきながら、ことはは外に助けを求めた。「神谷社長、手を貸していただけませんか?」隼人は微動だにせず座っていた。「俺は男、彼女は女だぞ」「一緒に支えましょう」「申し訳ないが、女性に触れるのは好まない」「……」ことはは心底呆れた。その時、ようやく芳川がやって来た。ことははまるで救世主を見たようだった。「芳川さん!ちょうどよかった!助けてください!!!」芳川は思わず笑った。社長の命令で来ただけなのだ。「篠原様、何かお手伝いしましょうか?」「杉浦さんを外に連れ出してもらえますか」「承知致しました」芳川は即座に浴室へ向かい、佳乃を横抱きにして連れ出した。隼人は視線を逸らすことなく、淡々と指示を出す。「ソファに寝かせておけ。後ほど杉浦家の人間が迎えに来る」芳川は指示通り、佳乃をソファに寝かせた。清掃スタッフがテーブルの片付けをしており、間もなく杉浦家の迎えも到着。丁寧に礼を言い、泥酔した佳乃を連れて帰っていった。芳川がいつの間にか立ち去ったのか、今は部屋に二人きりだった。ことははかなり不快だった。濡れた服をまだ着替えておらず、肌にべとついていたからだ。それに彼女はまだバスローブを着ており、部屋の温度は高く、蒸し暑かった。だが、顔には出さず、努めて落ち着いた声で言う。「神谷社長、さっきおっしゃっていたプロジェクトの件ですが……」彼女の赤らんだ頬を見た隼人は、
Read more

第48話

この時間帯は朝ランをしている人がけっこう多く、車も少なくて静かだった。ことはは、最初は隼人がただ朝ランを口実に自分を呼び出しただけだと思っていた。けれど数分も走れば、それが完全な誤解だったと気づいた。彼は本気で自分を連れて走っている。彼女は思わず聞いた。「神谷社長、まさか毎朝こうやって走らされるんですか?」「もともとそのつもりはなかったが、今そう言われたからには、そうする。帰ったら毎朝6時に橘ヶ丘に来い」その瞬間、ことはの顔が歪んだ。「断ってもいいんですか?」「契約」隼人の冷たい一言が、情け容赦のなさを物語っていた。ことはは最後の抵抗を試みた。「朝ランの習慣がありません」「今できた」「……」心の中で、ことはは彼のご先祖様にまで怒鳴り込みに行きたくなった。初心者の彼女に配慮してか、隼人は3キロ走ったところで止まってくれた。水を買って戻ってきた時には、彼女はまだ木に手をついて腰を押さえ、肩で息をしていた。「運動は身体にいい。慣れれば平気だ」そう言って、開けたミネラルウォーターを手渡してくる隼人の顔は、どこか楽しげだった。ことはは睨みながら言った。「運動したくないんです」「運動すれば体力がつく」「体力なんていりません」「いつか役に立つ」反論を考えていると、隼人は道の向こうを指さして言った。「朝ごはん、行くぞ」-悪夢のような朝ランが終わった後、隼人は部屋に戻ってさっぱりとシャワーを浴び、そのままさっさと仕事を始めてしまった。一方ことははというと、部屋に戻るなりソファにぐでぇっと倒れ、しばらくしてからシャワーを浴び、ようやく仕事を始めた。午前中には、初版の設計図を仕上げた。隼人がまだ会議中かもしれないと思い、先に芳川に電話してみた。「芳川さん、神谷社長は今お休み中ですか?」「いえ、神谷社長は今ビデオ会議の最中です。篠原様、何かご用ですか?」「初期の設計案が完成したので、ご確認いただければと思って」「では今すぐ来てください。会議ももうすぐ終わると思います」「わかりました」電話を切って、ことははタブレットを持って隣室へ。ドアを開けたのは芳川だった。ことはは問う。「まだお昼食べてないんですか?」芳川は苦笑いして首を振った。「神谷社長、朝からビデオ会議3本連続でした」ことはは内心で
Read more

第49話

ことはは短く沈黙し、それから自然といくばくかの後ろめたさを覚えた。結婚届を出す前、彼女が思い描いていたのは翔真との幸せな新婚生活と、篠原家からの解放ばかりだった。仕事に関しては、彼女は本当に篠原家のしきたりに、知らず知らずのうちに染まっていたのかもしれない。だからこそ、翔真に「主婦になってほしい」と言われたとき、彼女は迷いなくうなずいたのだった。隼人にそんなふうに問われて初めて、それがどれほど恐ろしいことだったかに気づいた。しばらく沈黙が落ちた後、隼人が彼女を見つめたまま口を開く。「ある意味、君は篠原寧々と東雲翔真に感謝すべきだと思う。あいつらがいなければ、君は本当にこの才能を一生埋もれさせていたかもしれない」「じゃあ、あとでお礼言っておきます」隼人は笑った。「冗談だと思ってる?」「いえ、神谷社長が冗談を言ってるようには見えません」彼の言葉が、遠回しな励ましだということは彼女も分かっていた。ゆきを除けば、彼女を真っ向から励ましてくれたのは隼人が二人目だった。「後で芳川にこれを杉浦社長に直接送らせよう」「修正すべき点はありませんか?」「必要ない」隼人は立ち上がる。「食事は済んだ?」「まだです」「行こう」こうして三人はそのままホテルのレストランへ向かった。この時間帯、レストランは空いていて、すぐに席に案内され、食事が出された。ことはは静かに食事をしながら、芳川が隙を見て隼人に午後の予定や仕事の報告をしているのを聞いていた。翻訳の話になったとき、隼人はふと視線を上げた。「そういえば、君、トルコ語できたよな」ことはの目に驚きが浮かぶ。そんなことまで彼が知っていたとは思わなかった。マイナー言語を学んだのは、かつて涼介が申し込んでくれた講座のおかげだった。会社が海外のクライアントと取引することが多く、そのたびに通訳を呼ぶのが面倒だったから、涼介は彼女に学ばせて時々手伝わせようと考えたのだ。「はい」「じゃあ後で俺の部屋に来てくれ。その資料、君に翻訳してもらう」そう言った後、隼人は付け加えた。「残業代はちゃんと払う」彼女は「手伝うくらいなら構いません」と言おうとした瞬間、突如、誰かが目の前に現れ、どさっと彼女の隣に腰を下ろした。「ことはーー!」芳川はぽかんとした。一方、隼人の顔は曇っていた。まる
Read more

第50話

「ただライン交換したいだけなのに、それもダメなの?」佳乃はがっかりしたような、それでいて期待を込めた目でことはを見つめる。その態度のあまりの変わりように、ことはは少し戸惑ってしまった。「杉浦さん、実は……」「あなたに近づいて、それを口実に隼人に近づこうとしてるって思ってるでしょ?」佳乃は首をぶんぶん振る。「安心して、もう彼のことなんて好きじゃないから。お願い、ことは、本当に友達になりたいわ」彼女の甘えるような口調に、ことはは思わずゆきを思い出した。言われてみれば、少し似ている。結局ことはは彼女の勢いに負けて、ラインを交換した。満足げに追加し終えると、佳乃はまたもじもじしながら言った。「実はもう一つ、お願いがあって」ことはが何か言う前に、佳乃は突然両手で彼女の手をぎゅっと握りしめた。その丸い目は、「お願い、助けて」の一心でいっぱいだった。この様子を、芳川と隼人がちょうど目撃した。二人は同時に、固まる。芳川が空気を和ませようと口を開く。「恐らく……」だが、うまく言葉が見つからないようだった。そんな中、隼人が軽く笑って言った。「彼女、本当に男女問わずモテるんだな」ことははその言葉を聞いて、きょとんとしながら佳乃に尋ねた。「どうしてそんなに私を信頼しますか?一番仲のいい友達に相談するんじゃなくて?」「わからないけど、とにかくあなたに相談したかったわ。直感で、絶対あなただって思ったの」佳乃は嘘をついていない。彼女はいつも直感で動くタイプだ。ことはは彼女の軽率な直感に呆れたが、一度話し始めた以上、自分なりの分析を伝えるしかなかい。「恐らく杉浦社長は、あなたを脅かしてるだけで、本気で政略結婚させようとは思ってないとはずですよ」「どうして?」「杉浦社長はあなたをとても可愛がっているから」「可愛がってるって言っても、怒るとめっちゃ怖いのよ?」「怒るのと、あなたの一生の幸せを奪うのは別問題」ことはは真剣な目で言った。「信じられないなら、一度試してみて。政略結婚に同意するふりをしてたら、きっと話を逸らして、もうその話をしなくなると思います」佳乃はすぐに頷いた。「うん、あなたを信じるわ」そう言われても、ことはは念のため、忠告を加える。「杉浦社長はあなたを大事に思ってるけど、無茶はしない方がいいと思います。彼
Read more
PREV
1
...
34567
...
10
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status