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第44話

Author: 魚住 澄音
隼人はようやく満足そうに手を引っ込めると、そのまま自然に杉浦との会話へ戻っていった。

すると杉浦が、急に話題をことはへと振った。「篠原さん、神谷社長と一緒に蒼浜市へ出張されたのは、素材集めのためだったのですね。いやぁ、それなら初稿のデザイン案、楽しみにしていますよ」

ことはは微笑む。「ご安心ください」

佳乃は話の流れを察して、思わず峰道親に問いただした。「お父さん、彼女が、例の最新建築プロジェクトのデザイナーなの?!」

「ああ」杉浦は呆れたように言った、「篠原さんは若いのに優秀で、将来有望だ。少しは見習って、だらしない態度をやめて、もう少し女の子らしく振る舞え」

佳乃は顔を赤くして反論した。「ちょっと、お父さん!外でそんなこと言わないでよ、恥ずかしいよ」

「じゃあ君は、俺に恥をかかせてないか?」

「……」

まるで親子ゲンカのようだったが、どこか微笑ましく、空気が刺々しくなることもない。ことはは、そんなやり取りを見て少しだけ羨ましさを覚えた。もし自分が取り違えられて育っていなければ、典明とこんな風に言い合いながら笑える関係になれたのかもしれない。

「杉浦社長との話は終ったから、ついでに、佳乃さんにも一言」突然、隼人が口を開いた。佳乃の全身が一気に強ばり、目が輝き始めた。

「何を?」

ことはは、思わず心の中でツッコミを入れた。「この子、鈍感だな。その言い方、どう聞いてもマズいやつでしょ……」

「今日みたいなことは、もう繰り返さないでほしい。それと、俺にはもう決めた相手がいる」

その後半の一言で、ことはが思わずむせて咳き込んでしまう。だがまるで予期していたかのように、芳川がさっと水を差し出してくれた。

ことはは目で「ありがとう」と伝えた。

芳川は「気にしないで」というような顔を返したが、どこか妙に芝居がかったその表情に、ことはは思わず違和感を覚えた。けれど、それよりも今は喉の痛みがつらい。余計なことは考えず、彼女は水を口に運んだ。

佳乃は、ことはの様子には気づくこともなく、隼人の言葉に完全にフリーズしていた。しばらくしてようやく我に返ると、否定するように声を上げた。「違う!あなたには彼女なんていないわ。調べたもの!」

杉浦は額に手を当てる。「何を調べてるんだ」

佳乃の目には、涙が浮かんでいた。そう、彼女は調べたのだ。隼人には恋人なんてい
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